「……それが儂らを裏切る理由か?」

 ふと、しわがれた声が響いた。

 墓石の影から老人が姿を見せる。
 ソフィアは、その老人に見覚えがあった。
 過去、事件が起きたところで何度か目撃している。

 黎明の同盟の幹部の一人。
 リケンだ。

「やっほー、リケン」

 リケンは険しい表情をしているけれど、レナは対称的に笑顔を見せていた。
 きさくな様子で挨拶をする。

「こんなところで会うなんて偶然だね?」
「なにが偶然なものか。こうなることは、ある程度、予想していたのじゃろう?」
「まあねー。本拠地に行くのなら、ある程度の立場の人か……もしくは、幹部クラスと遭遇してもおかしくないなー、とは思っていたよ」

 レナがニヤリと笑う。

「でも、リケンがここにいるっていうことは、墓地が当たり、ってことでいいみたいだね」

 リケンは苦々しい顔をした。
 その表情がレナの言葉の裏付けになっていた。

 本来なら表に顔を出すべきではないのだけど……
 地下の存在を知っているレナなら、すぐに入り口を見つけてしまう。
 そして、墓地が本拠地であることを突き止めるだろう。

 先にバレるか後でバレるか。
 その違いでしかないので、リケンは表に出るという選択をとった。

「くだらぬ感情で儂らを……黎明の同盟を裏切るとは」
「んー、くだらないとか言ってほしくないな? これでもボク、真面目にちゃんと考えたんだよ?」
「それをくだらないと言うのだ」

 リケンは剣を抜いた。
 刀身は黒に染まり、禍々しいオーラをまとっている。

 魔剣だ。
 それも適当に作られたものではなくて、大量の生贄を使い、何日もかけて錬成されたもの。
 レナの持つティルフィングと同等の一振りだ。

「儂らは、過去に全てを奪われた。なればこそ、今を生きる者から全てを奪い返す。その権利がある。価値がある。そうするべきだろう?」
「……わからないでもないんだけどね」

 レナは苦笑する。

「そう考えることが正しいって、そう思っていたよ? 心の底から共感していたよ? でも……」

 レナは自分の胸元に手を当てた。
 その奥にある気持ちを確認するかのように、優しく微笑む。

「でも、それだけじゃダメなんだ。復讐だけを考えて、正当化して……でも、実際は、ボク達が昔されたことを自分達の手で繰り返していて……そのことを教えてくれた人がいるんだ」
「……あの小僧か」
「ボク達は変わらないとダメなんだよ。過去に囚われてばかりなんて、生きている、とは言えないでしょ? もっと前を……未来を見ないと」

 「ボクが言えたことじゃないけどね」と付け足しつつ、レナはリケンの説得を試みた。

 しかし、リケンは表情を変えない。
 レナの言葉は届かない。

「……残念だな」
「む?」
「儂は、お主のことを買っていたのだが……それが、こんなにも腑抜けだったとは」

 リケンの体から殺気が放たれた。
 それは質量すら伴い、周囲の草木を揺らす。
 ビリビリと空気が震えて、小動物達が慌てて逃げ出す。

「せめてもの情けだ。儂が終わりを教えてやる」
「んー、それは困るな」

 レナはあくまでも飄々とした態度で……
 合間、チラッとソフィアとエリンを見る。

 それだけでレナの意図を察した二人は、小さく頷いてみせた。

 それを確認した後、レナも剣を抜く。

「まあ……そういうことなら、やろうか?」
「潔いな」
「でも、こっちは三人だよ? 勝てると思うの?」
「お主に全てを見せてきたと思うな。儂の本当の力を見せてやろう」
「それは楽しみ」

 レナはにっこりと笑い、

「ていっ」

 おもむろに剣を地面に突き立てた。

「裏之一、獅子戦吼!」
「なっ!?」

 極限まで高められた力を一点に収束して、全てを叩き斬る。
 神王竜剣術の破山と似た技を地面に向けて繰り出して……
 結果、ガッ! という爆音と共に土煙が舞い上がる。

「今! 逃げるよ!」
「はい!」
「ええ!」
「貴様!?」
「本拠地の場所が特定できればそれでいいんだよねー、あははは!」

 レナは小悪魔のように笑いつつ、その場を逃走するのだった。