翌日は、ダンジョン攻略のための準備に費やして……
 さらに翌日、僕とソフィアはダンジョンに挑むことにした。

 街を出て、歩くこと半日ほど。
 森の中に隠れるようにして、そのダンジョンはあった。

「ここが、妖精のゆりかごと言われているダンジョンですよ」
「……普通のダンジョンだね」
「どんなダンジョンを想像していたのですか?」
「なんていうか、こう……秘境にあるような、なかなかたどり着くことができないような、そんなところをイメージしていたんだけど」
「そうですね。妖精の剣があると聞かされたら、そのようなイメージをするのが普通かもしれませんが……ここは違いますよ。徒歩でも半日ほどで移動できますし、中にいる魔物のレベルだけは、それほど高くないので」

 魔物のレベルだけは、という含みのある言い方が気になる。

「わりと近いところにあるのなら、誰かが攻略して、妖精の剣はもうないんじゃあ?」
「いえ。そのような話は、まだ聞いていませんね」
「……なにか問題が?」
「はい。この妖精のゆりかごは、中にいる魔物のレベルは大したことはありません。せいぜいがDランク。物理的な障害は大したことないので、駆け出しの冒険者でも、パーティーを組めばなんとかなるレベルです。ただ……」

 そこで一度、言葉を切る。
 ソフィアは困った顔になる。

「妖精のゆりかごの攻略には、力はあまり必要とされていないのですよ。その他、とある要因が攻略の鍵となっていて、最下層に到達することはできても、妖精の剣を手に入れることができていないのです」

 力が必要とされていない?
 どういうことだろう?

 普通のダンジョンは、大量の魔物がいて、最深部にそれらを束ねるボスがいて……
 そのボスを討伐することで、ダンジョン攻略が完了。
 宝を手に入れることができる、という流れになっている。

 でも、この妖精のゆりかごは、そんな一般常識が通用しない場所なのだろうか?

「いったい、どういうこと?」
「トラップが満載なのですよ。しかも、常識はずれのトラップが」
「トラップに特化したダンジョン、っていうこと? でも、それだけなら、妖精の剣を手に入れるパーティーが現れても不思議じゃないと思うんだけど……」
「落とし穴とか魔物ハウスとか、そういうトラップが一般的だと思いますが、この妖精のゆりかごは、まったく別のトラップがしかけられているんです。そのせいで、本命の剣を手に入れることはどうしてもできないという状況が続いています。そうですね……実際に体験してみた方がわかりやすいと思います。行きましょうか」
「了解」

 ソフィアと一緒にダンジョンへ突入した。

「へえ……中は明るいね」
「妖精の鱗粉が光を放っているらしいですよ。本当かどうか、わかりませんけどね」

 壁や天井、床までもがうっすらと光を放っていた。
 おかげで松明やランプは必要ない。

 時折、魔物が襲いかかってきた。
 でも、それはEランクのゴブリンなどで、大した脅威じゃない。
 いくら僕でも、ゴブリンに負けることはない。

 迎撃しつつ、先へ進む。

 ちなみに、ダンジョン内で倒した魔物はそのままだ。
 魔物の死体は、他の魔物を呼び寄せることになるけれど……
 元々、ダンジョンというのは魔物が大量にいるところなので、呼び寄せても大して意味はない。
 環境が汚染されたとしても、ダンジョンだから問題はない。

「お?」

 しばらく進んだところで、広い部屋に出た。
 ちょっとしたスポーツができるくらいの広さがあり、天井もそれなりに高い。

「フェイト、気をつけてください。ここからが、妖精のゆりかごの厄介なところです」
「見たところ、なにもないけど……」

 規格外のトラップというのは、どんなものなんだろう?
 重力が反転するとか?
 あるいは、異次元に繋がる扉が開くとか?

 最大限に警戒をしつつ、先へ進むと、

「え?」

 突然、ふわりと体が浮いた。
 足が床から離れて、そのままふわふわと。

「な、なんだろう、これは……え? え?」
「これが、妖精のゆりかごのトラップですよ」

 そう言うソフィアも、ふわふわと浮いていた。

「部屋を無重力状態にして、移動を困難にする。このようなトラップ、他では、なかなか見かけないでしょう?」
「そうだね、聞いたことがないかも」
「これは序の口で、他にも色々なトラップがありますよ。魔物の強さは大したことありませんが、厄介さでいえばかなりのものです」

 というか……
 これ、地味に辛いトラップだなあ。

 水中なら、水をかくなり蹴るなりして移動することができるのだけど、空中なのでそれができない。
 手足を必死で動かしても、空気をスカッ、と蹴るだけで進まない。

「フェイト、剣などを床や壁につけて、その反動でどうにか先へ進んでください。奥に見える出口まで行けば、無重力状態は解除されるはずです」
「うん、がんばって……みる……よ?」

 とあるものを見て、僕は言葉を失ってしまう。

「どうしたのですか、フェイト?」

 不思議そうにするソフィアは、ゆっくりと宙を回っている。
 くるくると、くるくると。
 縦に回っているものだから、なんていうか、その……スカートの中が。

「……」
「フェイト? どこを見て……っ!!!?」

 僕の視線に気がついたソフィアが、顔を赤くして、バッとスカートを両手でおさえた。
 でも、縦にくるくると回転しているものだから、それだけでは全体をカバーすることができなくて……

「ふぇ、フェイト!」
「は、はい!?」
「こちらを見ないでください! 前、前だけを見てください! 後ろを見るのは禁止ですっ」
「ごめん!!!」

 ……そんなハプニングがありつつも、なんとか、無重力地帯を突破することができた。

「……」

 ソフィアの視線が痛い。
 偶然とか事故とか、そういう感じじゃなくて、おもいきり見ていたからね……

「えっと……その、ごめんなさい」
「……フェイトのえっち」
「うぐっ」
「私のパンツ、じっと見ていました」
「ご、ごめん……」
「もうっ、さすがに恥ずかしいんですからね?」
「だよね……その、本当にごめん。僕も男だから、好きな女の子のパンツが見えていたら、ついついじっと……って、言い訳になっていない。いや、本当にごめんなさい……」
「……別に怒っていません」
「そう、なの?」
「ただ、恥ずかしかっただけです。その……フェイトが見たいというのなら、恥ずかしいですが、パンツを見せることは……やぶさかではありません」
「え?」
「……見たい、ですか?」

 ソフィアは頬を染めつつ、スカートの端を軽くつまむ。

 綺麗な太ももがチラリと覗く。
 もうちょっとスカートを上げると、純白の下着が……

「って……ま、まったまった! ソフィア、ストップ!」
「っ」
「えっと、ほら……今はダンジョンの攻略を優先しないと。そ、そうだよね?」
「そ、そうですね……うぅ、私ったら、なんて恥ずかしいことを……」

 正気に戻ったらしく、ソフィアはものすごく恥ずかしそうにしていた。

 そうして照れる彼女を見て、僕はダメなことを思う。
 惜しいことをしたかな……なんて。