レナと和解することができた。
友達になることができた。
それは、すごく嬉しいことなのだけど……
ただ、喜んでばかりもいられない。
「レナは……これからどうするの?」
友達になったものの、レナは、黎明の同盟を抜けてはいない様子。
なら、この先敵対することも……
「うーん……フェイト達に協力してもいいよ? 王都に来たのは、黎明の同盟と決着をつけるためなんでしょう?」
「「えっ」」
その言葉はとても意外なもので、ソフィアも一緒になって、驚きの声をあげてしまう。
「い、いいの……?」
「仲間を裏切るのですか?」
驚く僕。
厳しい視線を向けるソフィア。
一方で、リコリスとアイシャとスノウは、食後のお昼寝をしていた。
なんていうか……平和なのかそうじゃないのか、よくわからない状況だ、これ。
「裏切るというか……正したい、のかな」
レナは苦笑して……
本当に苦い表情をして、言葉を続ける。
「あの時、フェイトとソフィアと戦って……お説教されて……ボク、わかったんだ。今のままでいたらいけない、って」
そして、レナは自分のことを語る。
レナの両親は黎明の同盟の一員だ。
だから、レナも生まれた時から同盟の一員となった。
過去に理不尽に討たれた神獣の敵を討つ。
憎しみ、恨み、怒り……
それらを晴らすことが正義であり、生きる道。
それこそが存在理由であると、そう信じていた。
そしてレナは、魔剣に対する高い適合性が確認された。
稀に、先祖の血を強く引いて、魔剣に飲み込まれることなく、自由自在に扱える者が現れるという。
レナは、その適合者だった。
両親はレナに期待を寄せた。
仲間達も期待を寄せた。
あなたが恨みを晴らすのよ。
あなたが正義を執行するのだ。
あなたがやるべきことは、神獣の正義を伝えることだ。
そんな言葉をずっとかけられて、レナはその気になっていた。
自分のやるべきことは復讐であり、それは正当なことだと思っていた。
ただ……
「初めてなんだ。ボクのことを叱ってくれたの……本当に、初めてだったんだ」
「偉そうだったかもしれないけど……うん。僕は、また同じことが起きたら、同じことを繰り返すと思う」
過去に虐げられた神獣には同情する。
でも、今を生きる人は関係ない。
それに、復讐のために同族を犠牲にするなんて、そんなことは間違っている。
そこに正義なんてない。
あるのは、ただの憎しみだけだ。
「そんなフェイトだから、ボク、目が覚めたのかも」
レナは嬉しそうに言う。
「酷いことをしたのに、でも、ボクを見捨てないでくれた。何度も何度も本気でぶつかってきてくれた。必死に呼びかけてくれた。手を差し伸べてくれた……本当に、本当に嬉しかったんだ……」
「……レナ……」
「黎明の同盟の一員じゃなくて、類まれなる魔剣使いでもなくて……フェイトは、ボクのことをただの『レナ・サマーフィールド』として見てくれた」
レナは涙を浮かべつつ。
でも、とても晴れやかな顔をして、こちらを見る。
「ありがとう、フェイト」
「……うん、どういたしまして」
そこまで大したことはしていない。
ただ、彼女と友達になりたいと思っただけ。
でも、それが彼女の心に強く響いたのだろう。
そんなことができて、それはそれで嬉しいと思った。
「だから……ボク、フェイト達と一緒に行動したいな、って。それで、ボクがそうだったように、組織のみんなも考え直してほしいんだ。言われてみると、やっぱりおかしいことだからね……あはは、今更な話だけどね」
「いいえ」
ソフィアは、そっとレナの手を取る。
「ソフィア……?」
「あなたにとって、黎明の同盟は家族のようなものなのでしょう? それを正そうとすることは、とんでもない勇気がいるはずです。それを、今更と笑うことはできません。そんなことをする人がいたら、私が怒ってあげます」
「……」
「私は、あなたのことを尊敬しますよ」
「……あはは、なんていうか、もう……そんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったよ」
レナがうつむいた。
その表情はわからないけど……
でも、なにも触れないでおく。
「……ありがとう……」
ややあって顔を上げたレナは、どこかさっぱりした表情になっていた。
「だから、ボクは、ボクにできることをしようと思うんだ。そのために仲間達と戦うことになっても、前に進むよ」
「うん」
レナに手を差し出す。
「一緒にがんばろう」
「うん!」
レナは、笑顔で僕の手を取るのだった。
「……とまあ、こんなところかな?」
テーブルの上に王都の地図を広げて、レナがいくつかの場所を指さした。
黎明の同盟のアジトの場所を教えてもらっているのだけど……
「お、多すぎない……?」
「まさか、十を超えるアジトを持っているなんて……」
「たぶん、これで全部じゃないよ? ボクってそこそこの立場にいたけど、それでも、なんでもかんでも教えてくれたわけじゃないからね。ボクの知らないアジトやセーフティハウスは、他にもっとあると思う」
「それ、最終的にどれくらいになるの?」
「うーん……セーフティハウスも含めたら、五十はいくんじゃないかな?」
「ご……」
想像を超える数に、もはや言葉を失ってしまう。
「その中で、本拠地はどこなのですか?」
「ごめん、それはわからないや」
「あなたでもわからないのですか?」
「ボク、最近、会合に顔を出していなかったからね……それに、二人と戦った時のこともあって、こいつ裏切るんじゃないか? って思われてそうだから、顔を出しても本拠地は教えてもらえなかったと思う」
「どういうことですか? その口ぶりだと、最初から知らなかったようですが……」
「あ、それね。本拠地って、定期的に場所が変わるんだ。敵に悟られないために、って」
「なんて厄介な……」
ソフィアが頭を抱えた。
そんな彼女に気づいたアイシャとスノウが、よしよしとソフィアを慰めていた。
リコリスは気にすることなく、食事を続けていた。
……性格の差がものすごく出ているなあ。
「よし」
少し考えて、これからどうするかを決めた。
「とりあえず、休もうか」
「え? ですが……」
「焦っても仕方ないよ。これからどうするか、たくさん考えないといけないけど……旅の疲れもあるから、うまく頭が回らないと思うし。まずは、ゆっくり休むことが大事だと思うんだ」
「そう言われると……そうですね、わかりました。アイシャちゃん、スノウ、部屋に行きますよ」
「ちょっと、なんであたしのことを呼ばないのよ!?」
ソフィアは気持ちを切り替えた様子で、柔らかく言う。
それから、みんなで二階の部屋に移動して……
「おー、良い部屋だね。広くて綺麗で、お風呂もあり! 窓からの眺めもいいね!」
「……どうして、あなたがここにいるのですか?」
はしゃぐレナに、ソフィアのジト目が突き刺さる。
「え? だって、ボク、行くところないし」
「それで?」
「それに、協力関係になったじゃない? なら、ここにいてもいいよね♪」
「むう」
ソフィアは難しい顔だ。
レナが黎明の同盟の一員だったことを気にしているのだろう。
「まあまあ、ソフィア。レナはもう、黎明の同盟から抜けたんだから……」
「気にしているのはそこではありません」
「え、そうなの?
なら、どこを気にしているの?
「レナ……あなたは、まだフェイトを狙っているのですか?」
「それって、命を、ってこと? それとも……」
「その反応……やはり、フェイトを性的に狙っていますね!?」
「ごほっ」
ソフィアがとんでもないことを言い出して、思わず咳き込んでしまう。
レナは否定することはなくて……
「ふふ♪」
怪しい笑みを浮かべるだけ。
それ、肯定しているのと同じだよね……?
「やはり! そういう不埒な輩をこの部屋に置くわけにはいきません!」
「えー、いいじゃんいいじゃん。ベッド、空いてるでしょ?」
「アイシャちゃんとスノウの分です!」
「わたし……パパとママと一緒がいい」
「オフゥ」
スノウは、むしろ自分は床の方が落ち着く、という感じで鳴いた。
「うぐ」
「ほら、二人はこう言ってるけど?」
「だ、ダメですダメです! フェイトに変なことをするつもりなんて、なんてうらやましい! ではなくて、けしからないです!」
落ち着いて、ソフィア。
ちょっと言葉遣いが怪しくなっているから。
「ボク、黎明の同盟はやめるけど、フェイトを諦めるつもりはないんだよねー」
「ついでに、命もやめてはいかがですか?」
「……」
「……」
バチバチバチ、と二人は睨み合い火花を散らせる。
怖い怖い怖い。
アイシャが怯えているから。
スノウも、尻尾を足の間に挟んで丸くなっているから。
「フェイトはどう思いますか!?」
「ボク、一緒にいてもいいよね?」
「えっと……」
しまった、こっちに飛び火した!?
「そ、それは、なんていうか……」
「モテるのも大変ねー……あむっ」
一人、リコリスは他人事で、部屋に持ち込んだドーナツを食べているのだった。
翌朝。
「……うーん、あまり眠れた気がしない」
昨夜遅くまで、ソフィアとレナは争っていた。
その仲裁で心底疲れて……
ようやく眠りにつけたのは深夜だ。
眠れが気がしないのも当然か。
「よいしょ……っと」
みんな、まだ寝ていた。
最初に目を覚ましたのは僕みたいだ。
起こしたら悪いので、そっと部屋を出る。
そのまま外に出て、朝の新鮮な空気をいっぱいに吸う。
「んーーー……ふぅ。気持ちのいい朝だなあ」
すでにたくさんの人が外に出ていた。
僕と同じように、外の空気を吸いに出た人。
ジョギングをする人。
仕事の準備をする人。
王都だからなのか、たくさんの人がいる。
そして、誰もが笑顔で、今日一日をがんばろうとしていた。
とても平和な光景だ。
でも……
「この平和を壊そうとしている人がいるんだよね」
黎明の同盟にも言い分はあるかもしれない。
でも、過去の復讐に今を生きる人は関係ないはずだ。
親の罪が子供に受け継がれるなんて、そんな話、認めたくない。
だから……
「なんとしても守らないと」
改めて決意を固めた。
「すみません」
ふと、声をかけられた。
振り返ると、見知らぬ女性が。
歳は……二十代半ばくらいかな?
凛とした表情と、強い意思を感じる瞳が特徴的な顔だ。
ショートヘアーの美人。
街を歩けば、ほとんどの男性がついつい振り返ると思う。
鎧を身に着けて、腰に二本の剣を下げている。
ソフィアがそうしているように、予備の剣なのかな?
「突然、失礼します。フェイト・スティアート殿でしょうか?」
「え……あ、はい。そうですけど、あなたは?」
「私は、とある騎士団に所属する者で、エリン・ラグスリートと申します」
「あ、どうもご丁寧に……フェイト・スティアートです」
丁寧に頭を下げられて、こちらも慌てて頭を下げた。
なんだか、取り引きをする前の商人みたいだ。
「少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「えっと……大丈夫です」
出会ったばかりだけど、なんとなく、エリンは悪い人じゃないと思った。
話をするくらいなら、と了承する。
「ありがとうございます。では、こちらへ」
「どこか移動するんですか?」
「往来でする話ではないので」
「……わかりました」
ちょっと迷うけど、やはり了承した。
ハッキリとした根拠はないのだけど、彼女は信じられるように気がする。
アイシャのような、純粋な心を感じるんだよね。
「では、こちらへ」
エリンが先導して、その後をついていって……
そして、小さな家に到着した。
部屋にあるのはイスとテーブルなどの最低限の家具だけ。
殺風景なところだ。
「ここは、私達騎士団が保有するセーフハウスの一つです。普段は利用することがないためこのような内装となっていますが、ご容赦いただければ……」
「特に気にしていません。それで、話っていうのは……?」
エリンは鋭い表情になり、そっと口を開く。
「黎明の同盟について……です」
「それは……」
エリンの口から黎明の同盟の名前が出てきて、ついつい動揺してしまう。
「……どこでその名前を?」
「その前に、まずは私の素性を明かしましょう。とある騎士団に所属していると言いましたが……その騎士団の名前は、王国特務騎士団。普段は表に出ることはなく、秘密裏に国の危機に対処する騎士団です。そして私は、特務騎士団の副隊長を務める者です」
「特務騎士団……ですか」
そんなものが存在するなんて、まるで知らなかった。
絵本の中のような話で、ちょっと疑念を持ってしまう。
そんな僕の考えを察したらしく、エリンはとある紋章を差し出してきた。
「こちらが、私の話を証明するものとなります」
「これは……王家の紋章?」
エリンが差し出してきた紋章は見たことがある。
というか、見覚えがあって当たり前だ。
この国の紋章なのだから。
これでエリンが詐欺を働いている、という可能性は消えた。
王家の紋章を利用して詐欺なんて働いたら、問答無用で死刑だ。
そんなリスクを犯す人はいない。
「特務騎士団は王族の剣となり、その手足として動いています。故に、この紋章を持ち、必要とあれば使うことを許可されているのです」
「なるほど……確かに、本物のようですね」
偽物を使い、悪人が僕を騙そうとしている可能性も考えたけど……
でも、見たところ紋章は本物だ。
偽造できないように色々な仕掛けが施されていると聞いたことがある。
「わかりました。あなたのことを信じます」
「ありがとうございます」
さて、ここからが本題だ。
「それで……どうして、黎明の同盟のことを?」
「国を転覆させかねない危険なテロ組織が存在する……すなわち、黎明の同盟。その情報は私達も掴んでいたのです」
黎明の同盟は遥か昔から存在しているけれど、途中で潰されることなく、暗躍を続けている。
しぶとく頑丈で、そして、尻尾を掴みにくい。
そんな組織の情報を得ているなんて……
思っている以上に、特務騎士団はすごい存在なのかもしれない。
「ただ、なかなか情報を得ることができず……また、情報を得たとしても、敵の強大な力が判明するばかりで良い情報を得られず……正直、途方に暮れていました。どう対処していいか、迷うことしかできなかったのです」
「それで……僕のところに?」
「はい。断片的な情報による推測になりますが……スティアート殿達は、今まで、黎明の同盟と何度か戦っているのではないでしょうか? そして、ある程度の情報を得ているのではないでしょうか?」
大正解です。
「スティアート殿達に接触することが以前から検討されていましたが……幸いというべきか、この王都にやってこられた。ならば、この機会を逃すわけにはいかない」
「それで、僕に声を?」
「はい」
エリンはまっすぐにこちらを見る。
「黎明の同盟に関する情報が少ないため、なんとも言えないところはあるのですが……しかし、私個人の勘ではありますが、決して放置していい相手ではないと思っております。いえ。それどころか、最優先で対処するべき強敵と思っております」
「勘……ですか」
でも……うん。
勘はバカにできない。
言い換えれば、その人がそれまでに積み重ねてきた経験則から来る、無意識の演算なのだ。
特務騎士団で活動するエリンなら、間違った答えは導き出さないと思う。
「どうか、協力していただけないでしょうか?」
即答はできない。
信頼できる相手なのか、特務騎士団のことをもっと知りたいと思うし……
もしかしたら、エリンの素性はまったくのデタラメかもしれない。
紋章もどこかで手に入れたものかもしれない。
色々と考えないといけないことはある。
でも……断る理由にはならない、か。
「……わかりました」
「では!」
「ひとまず、仲間のところへ案内します。そこで、もう少し詳しい話をしましょう」
疑い出したらキリがない。
それよりは、騙されてもいいから信じたいと思った。
「ありがとう、スティアート殿」
「えっと……フェイトでいいですよ」
「では、私のこともエリンで」
笑顔で握手を交わす。
「よろしくお願いします、エリンさん」
「こちらこそ、フェイト殿」
エリンを連れて宿に戻ると、
「「どういうこと!? その女は誰!?」」
ソフィアとレナに詰め寄られた。
早朝から女性を引っ掛けてきたように思われたみたいだけど……
いやいや、そんなことはしないからね?
「二人共、落ち着いて。あと、変な勘違いをしないで」
「私は怪しい者ではありません。私は……」
エリンが自己紹介をして……
「「……」」
ソフィアとレナは自分達の早とちりを悟り、落ち着いて、恥ずかしそうに顔を赤くした。
そうして場が落ち着いたところで、エリンについての深い話をする。
彼女は特務騎士団に所属していること。
黎明の同盟と対決姿勢を見せていること。
そのために協力を求められたこと。
全部説明したところで、レナが納得顔で頷いた。
「なるほど、お姉さんがあの特務騎士団だったんだ」
「レナは知っているの?」
「かなーり手強い相手で、元部下達も何度も痛い目に遭っているからね。黎明の同盟にとっては、けっこう厄介な相手だったよ」
すでに小さな争いは起きていたらしい。
その時のことを思い返しているらしく、レナは苦い顔だ。
「ボクも、まだまだ未熟だった頃、何度か戦ったことがあってねー。いやー、あの時は本気で死ぬかと思ったよ。それくらいやばい相手」
レナがそこまで言うなんて相当なものだ。
エリンと特務騎士団。
頼もしい味方になってくれるだろうか?
「何度か戦った? フェイト殿、そちらの女性はいったい……?」
「えっと……」
黎明の同盟の元幹部です。
今は僕達に協力を約束してくれています。
って言ったら信じてくれるかな……?
最悪、ここで戦闘が勃発するような……
「彼女は、レナ・サマーフィールド。黎明の同盟の元幹部です」
「ソフィア!?」
あっさりとバラしてしまい、僕は、ついつい大きな声をあげてしまう。
「こういう大事なことを隠していたら、後で大きな問題になりますよ。下手をしたら共謀していた、騙していた、と勘違いされてしまうかもしれません」
「それは……」
「ならばいっそのこと、どのような事実であれ、最初から打ち明けてしまうのがベストです。それで交渉が決裂するのなら仕方ありません。そして、敵対するというのなら……」
ソフィアが闘気を放つ。
「特務騎士団であろうと、容赦はしません」
「……ふふ」
ソフィアの闘気を真正面から浴びているのに、エリンはまるで怯んでいない。
むしろ、どこか楽しそうにしつつ言う。
「さすが剣聖ですね。アスカルト殿は、とてもまっすぐな方のようです」
「フェイトの方がまっすぐですよ」
なんで、そこで僕の話になるのだろう?
「ええ、わかっています」
「レナは、まあ、生意気で小憎たらしい泥棒猫ではありますが……」
「なんかボク、ひどいこと言われてる!?」
「フェイトが信じた人です。だから、私も信じます。あなたはどうしますか? エリン・ラグスリート」
「……」
しばしの間、二人の視線が真正面から激突した。
火花が散るような迫力はない。
むしろ静かなもので、とても落ち着いていた。
だからこそ怖い。
嵐の前の静けさのように、いつ爆発してもおかしくない気がした。
「「ふふ」」
ややあって、二人は同時に小さく笑う。
「でしたら、私も彼女を信じなければいけませんね」
「ええ、その通りです」
なにか通じ合うものがあったのだろうか?
一気に二人の雰囲気が柔らかくなって、握手も交わしていた。
「なんだろう……?」
「怖い化け物同士、通じ合うものがあったんだねー、うんうん」
「「あなたに言われたくありません」」
ソフィアとエリンは、同時にレナにツッコミを入れるのだった。
部屋のテーブルに王都の地図を広げた。
僕とソフィア。
レナとエリンがそれを覗き込む。
ちなみに、アイシャとスノウは一階の食堂でスイーツを食べている。
監督役がリコリスなのが少し不安だけど……
ちゃんとしたらドーナツをあげる約束をしておいたから、たぶん、大丈夫だと思う。
「それじゃあ、レナが知っている限りのことを教えてくれないかな?」
「ん、オッケー」
レナは気軽な様子で頷いて、ペンを持ち、地図にチェックを入れていく。
「こことこことここ。それと、こことここと……えっと……あ、そうそう。この倉庫もアジトになっているかな」
黎明の同盟のアジト、セーフハウスなどを地図に描き出してもらっているのだけど……
どんどんチェックが増えていく。
その数は想像以上で、ほどなくして地図がチェックで埋まってしまう。
「んー……ボクが知っているのはこんなところかな?」
「これは、なんていうか……」
「すさまじい数ですね……」
三十近い。
まさか、これほどの数があるなんて……
「あ、これで全部じゃないと思うよ」
「え」
「ボクも全部を知っているわけじゃないからね。あと、あれから顔を出していないから、さらに増えていてもおかしくないと思う」
「つまり、これが最低限……っていうことなんだね」
「あなたの予想で構いません。最高で、どれだけのアジト、セーフハウスが用意されていると思いますか?」
「うーん……最高で考えると、五十はあるかも? さすがに、それ以上はないと思うけど」
とんでもない数だ。
それだけの戦力を王都に潜ませているなんて……
思っていた以上に、黎明の同盟の力は大きいのかもしれない。
「これ、どうしましょう……?」
「そうですね……」
エリンに問いかけると、彼女はしばらく黙考した。
ややあって口を開く。
「これだけの数となると、正直、お手上げですね……特務騎士団だけでは対応できません」
「そんな……」
「やるのならば、国の全ての戦力を投入しなければ……しかし、それだけの決断ができるかどうか」
エリンは難しい顔で悩んでいた。
国の全戦力を投入するなんて、非現実的な話だ。
そんなことをして失敗したら、そこで終わり。
国は守る力を失い、そのまま滅んでしまうだろう。
それに、うまくいったとしても問題が残る。
それだけ大きな動きをしたら、他国を刺激してしまう可能性がある。
他にも色々な問題、課題が残されていて……
どのようにこの状況を打破すればいいか、わからない。
「これほどの戦力を有しているとは、正直、予想外でしたね……ただのテロリストと侮っていました」
「きっと……それだけ、強い想いを抱いているのでしょうね」
ソフィアは、どこか悲しそうに言う。
「復讐のために全てを捧げて、そのために生きてきて……自分達の代だけじゃなくて、先代、その前、さらにその前……ずっとずっと前から準備を重ねてきた。だから、これだけのことができるんでしょうね」
全てを復讐に捧げる。
自分だけではなくて、先祖も孫も怨念に巻き込む。
それは、とても悲しいことだ。
できるのなら、ここで止めたい。
僕達のためだけじゃなくて、彼らのためにも。
「うーん」
考える。
この状況を打破する方法を考える。
そして、ふと閃いた。
「よくよく考えてみれば、全部を相手にする必要はないよね」
「どういうことですか、フェイト?」
「敵の戦力に驚いて、そのせいで目が曇っていたのかも。わざわざ全部を相手にする必要はないよ。これだけの戦力を持っていたとしても、頭がなければちゃんと動くことはできな。だから……」
「幹部やトップを叩くことに集中する……ということですか?」
「うん。最低でも幹部以上を叩いて、組織としての活動を不可能にさせる。そうすれば、後は自然と瓦解……とまで、うまくはいかないか。でも、対処はものすごく簡単になると思う」
蜂と同じだ。
働き蜂を相手にしてもキリがない。
女王蜂を叩いて、問題を根本から切り崩した方が早く、そして的確だ。
「レナ、幹部やトップの情報は持っている?」
「幹部は三人で、でもボクが抜けたから残りは二人。ある程度、居場所は絞れるかな? トップは長老って呼ばれてて、あまり会ったことがないんだよね。ただ、本部にいると思う」
よし、それならなんとかなりそうだ。
絶望的な戦いと思われていたけど、でも、少し希望が見えてきた。
その希望を消さないために、がんばっていこう。
「じゃあ、幹部の話をするね?」
レナは、ちょっと得意そうな顔をした。
教師の真似事をできるのが楽しいんだと思う。
「幹部はボクを除いて二人。一人は、リケンっていうおじいちゃん。いつから黎明の同盟にいるかわからないけど、一番の古参かな? おじいちゃんだけど、侮ったらダメ。剣の腕はかなりのもので、ボクのちょい下くらい?」
「なら、大したことはありませんね」
「……大したことないか、今、証明しようか?」
「ふふ、私は構いませんよ」
「ストップストップ!」
ソフィアとレナがいきなり火花を散らし始めたので、慌てて止めた。
仲が悪いのかな?
それとも相性の問題?
「もう、話の邪魔しないでよね」
レナは頬を膨らませつつ、話の続きをする。
「リケンはそこそこ強いけど、それ以上に悪知恵が働くんだ。参謀? 的な役割で、けっこう厄介だと思う」
「剣の腕よりも知略に優れている……確かに厄介だね」
「もう一人は、ゼノアスっていう男。歳は、うーん……30くらいかな? ちゃんと確認したことないから、よくわからないや。ゼノアスは、ボク以上に戦闘に特化してて、戦うこと以外は興味ないっていう感じ。巨大な魔剣を軽々と扱い、千人以上の敵を一人で相手することができる……文字通り、一騎当千」
そう語るレナは、ちょっと緊張している様子だった。
彼女にこんな顔をさせるなんて、ゼノアスっていう人は語る以上の化け物なのだろう。
「で、肝心の長老だけど……ボク、ほとんど知らないんだよね。さっきも言ったけど、あまり会ったことがなくて……っていうか、話をする時も魔法を使っていたりで、直接、顔を見たことがないんだ」
「性別や歳は?」
「たぶん、女性かな? 歳は……うーん、若いようで、でも歳をとっているようにも思えて、なんともいえない」
レナはとても困った様子だ。
本当になにも知らないのだろう。
「アジトについて、なにか知りませんか?」
エリンがそう尋ねた。
レナが、むむむと眉を寄せる。
「うーん……セーフハウスを除外して、ボロいところも除外して……色々検証すれば、ある程度は絞れると思う。ただ、ボクが離れている間にアジトが追加されているかもしれないから、そこはなんとも」
「それでも、今は他になにも手がかりがないから、教えてくれないかな?」
「うん、いいよ。フェイトの頼みだもんね、えへへ♪」
「デレデレしないでください」
ソフィアが剣を抜きそうな……というか、柄に手を伸ばしていた。
やめて。
気持ちはわからないでもないけど、レナは、とても重要な協力者だから。
「んー……」
レナは地図をじっと見て考える。
ややあって、三箇所を指さした。
「北の地下水路。港に面した倉庫。共同墓地。ボクが知っている限りでは、この三つが可能性が高いかな?」
黎明の同盟の本部となれば、大量の構成員を抱えている。
貴重な魔剣も複数保管されている。
故に、セーフハウスをアジトにすることはない。
除外。
小さい場所を拠点として活動することも難しい。
除外。
……そうやって、消去法でこの三つが残ったらしい。
「それでも、三つもあるんだよね……」
「これ以外のどこか、という可能性もありますね……まったく。元幹部というのに、役に立たないですね」
「さっきから、ちょっとボクに対する当たり強くない?」
「色々な意味でライバルなので、今から牽制しているだけですよ」
「むう……隙あればフェイトの唇を奪おうと思っているだけなのに」
「絶対にダメです!」
「ケチ」
「……」
子供みたいなやりとりをする二人の横で、エリンが難しい表情をしてなにか考えていた。
さきほどのレナと同じように、じっと地図を見つめている。
「どうしたんですか?」
「共同墓地……ここにアジトがあるかもしれない、というのは確かな話ですか?」
「幹部や長老がいるか、それはわからないよ? ただ、アジトがあるのはホント。ここ、ボクも何度か利用したことあるもん」
「ただの墓地なのに?」
「広大な地下室があるんだよ。墓地って、夜は人が来ないでしょ? だから、隠れるのにはけっこううってつけなんだよねー」
「なるほど」
納得した様子でエリンが頷いた。
「なにか心当たりが?」
「我々もいくらか当たりをつけていて……その一つが、この共同墓地なのです」
「それじゃあ……!」
「はい、調べてみる価値はあるかと」
共同墓地が黎明の同盟のアジトなのか?
そこで何が待ち受けているのか?
この時の僕は……まだ、なにも知らない。
「おとーさん、おとーさん」
「どうしたの?」
「えっとね、あのね……絵本、読んでほしい」
「うん、いいよ。こっちにおいで」
「えへへ♪」
アイシャは嬉しそうに尻尾を振りつつ、僕の膝の上に座る。
彼女から絵本を受け取り、朗読を始めた。
「むかしむかし、あるところに一匹の狼がいました」
「わくわく」
……黎明の同盟のアジトを探さなければいけない。
最も怪しいのは共同墓地。
そこをエリンと一緒に調べることになったものの、それはソフィアとレナが担当することに。
ただ、僕はアイシャ達と一緒に宿で留守番だ。
アイシャとスノウは狙われている。
そんな中、二人から離れるわけにはいかない。
そこで僕が残ることになった、というわけだ。
「ねえねえ」
ふわりと、リコリスが僕の頭の上に舞い降りた。
ポリポリとクッキーを食べている。
欠片が落ちてくるから、やめてほしいんだけど……
「待っているだけなんて、退屈なんですけど」
「仕方ないよ。僕達までアイシャとスノウから離れるわけにはいかないし」
「んー……でも、ここ最近、あたしずっと留守番じゃない? ウルトラミラクルマジカルリリックハートフルワンダースペシャルホリデーライフリコリスちゃんを何度も置いていくなんて、おかしくない?」
それは、リコリスが場をかき乱すかもしれない、と思われているからでは?
……なんてことを思ったものの、それは口にしないでおいた。
「共同墓地は、もしかしたら黎明の同盟の本拠地かもしれないからね。今までとは危険度が段違いだから、仕方ないよ」
「でも、このあたしなら、どんなトラブルも乗り越えられると思わない? 悪人なんて、このリコリスちゃんパンチで滅殺よ」
言葉がとても物騒だ。
「えっと……ほら。それだけ強いリコリスだからこそ、ここを任されているんだよ」
「ん? どゆこと?」
「アイシャとスノウは狙われているでしょう? そして、二人がさらわれたら、たぶん、とんでもないことになる」
アイシャは巫女で、スノウは神獣。
その力を悪用されたら、とんでもない魔剣が生み出されるかも……いや。
魔剣なんかでは収まらない『災厄』が起きるかもしれない。
「だから、二人を守ることの方が大事なんだ。その大事な任務を果たすには……」
「あたしの力が必要、っていうわけね!?」
「そういうこと」
「ふふーん、そこまで頼りにされているのなら仕方ないわね。このスーパー……」
「おとーさん、続き!」
「オンッ!」
「あ、ごめんごめん。えっと……」
「……」
アイシャとスノウを優先したら、リコリスが涙目になっていた。
えっと……ごめん。
でも、妙な名乗りを聞くよりも、二人のお願いを聞く方が優先度は高いと思うんだ。
「続きは……っ!?」
絵本を読もうとして、不意に寒気のようなものを感じた。
背中を突き刺されるかのような、強烈なプレッシャー。
まだなにも起きていないのに、自然と手が震えてしまう。
「おとーさん?」
「オフ?」
「……アイシャ、スノウ。僕の後ろに」
「う、うん……」
アイシャとスノウは困惑しつつ、しかし、素直に僕の後ろに隠れてくれた。
その間に剣を取り、いつでも抜けるように構える。
「リコリス、これは……」
「ええ……敵ね」
リコリスは軽口を叩くことなく、汗を流していた。
これだけ余裕がないリコリスは初めて見るような気がする。
廊下の方から足音が響いてきた。
ゆっくりとした足音。
それはまっすぐこの部屋に向かってきて……
「邪魔をする」
ドアノブを強引に回して鍵を壊して、一人の男が姿を見せた。
その男は見上げるほどに背が高い。
身長は2メートルを超えているかもしれない。
筋肉もついていて、極限まで鍛え上げられている。
それでいて引き締まった体は、歴戦の戦士であることが伺えた。
背中に帯びた大剣。
彼と同じように巨大で、僕の剣が子供のおもちゃのように見えるほどだ。
なによりも特徴的なのは、彼の青い髪だ。
空のように青く、水のように澄んでいる。
思わず見惚れてしまいそうになるほど綺麗な髪だ。
「あなたは……」
アイシャ達を背中にかばいつつ、剣を抜いた。
「お前がフェイト・スティアートか」
男の声は氷のように冷たい。
ただ、敵意も殺意もない。
僕達のことをなんとも思っていない……
欠片も興味がないようだ。
「そして、そちらが巫女と神獣……ふむ、妖精もいるのか」
「あなたは……黎明の同盟の関係者ですか?」
巫女と神獣。
アイシャとスノウのことをそう呼ぶ者はとても限られている。
僕はさらに警戒度を引き上げた。
いつでも動けるように足に力を入れつつ、闘気を高める。
ただ、それでも男は反応しない。
日常の中にいるという感じで、背中の剣を抜くこともなく、プレッシャーを放つこともしない。
その静けさが逆に不気味だった。
「ああ、その通りだ」
「あっさりと認めるんですね」
「下手にごまかしても仕方ないだろう? それに、その方が話が早い」
男は丁寧にお辞儀をする。
「俺の名前は、ゼノアス。姓は捨てた」
「っ……!?」
黎明の同盟の幹部の……?
本物なのか?
……本物なんだろうな。
そうでなければ、この圧はないだろう。
なにもしていないのに息苦しさを感じるほどだ。
猛獣を目の前にしているかのように、一瞬たりとも気を抜くことができない。
「巫女と神獣をもらいうけにきた」
やっぱり、そういう話になるよね。
できれば違う展開を希望したのだけど、そんな甘くはないみたいだ。
「……リコリス」
小声で呼んだ。
「……二人を連れて逃げて」
「……えっ、ちょ……フェイトはどうするのよ?」
「……なんとか時間稼ぎをする」
「……それならあたしも」
「……ダメ。今は、なによりもアイシャとスノウの安全が一番で……それに、自分のことだけを考えて戦わないと、たぶん、すぐにやられる」
ゼノアスが戦うところを見たわけじゃない。
まだ彼は剣すら抜いていない。
それでも、とんでもない強敵ということは理解できた。
本能が危機を感じて、頭の中で警笛が鳴りっぱなしだ。
背中も震える。
正直、逃げてしまいたいくらいなのだけど……でも。
「アイシャとスノウは僕が守る」
改めて剣を構えて、ゼノアスを睨みつけた。
「良い気迫だ」
表情は変わらないものの、そう言うゼノアスは少し優しい雰囲気を見せた。
しかし、それも一瞬。
背中の大剣に手を伸ばすと、ビリビリと空気が震えた。
「お前を敵と認めよう」
「……」
「いざ参る」