「忠告……?」
ソフィアは、アイゼンの行動に興味はないと言う。
好きにすればいいと言う。
ならば、なにをしにここへ来たのか?
アイゼンが訝しんでいると、ソフィアはスタスタと歩いてきた。
思わず身構えるが、彼女はアイゼンではなくて、机の上の資料に手を伸ばす。
それは、アイゼンの不正を明白にするためのものだ。
「やはり、俺を告発するつもりか!?」
そうはさせないと、アイゼンは剣を抜いた。
切っ先をソフィアに向けて、牽制する。
しかし、彼女はまるで気にしない。
そんなものは見えていないかと言うように、足を止めない。
「ですから、そのようなことはしません。冒険者ギルドについては、今はまだ、そこまでの驚異ではないので……あなたの好きにしたらいいと思います」
「ならば、なぜそれを持っていこうとする?」
「忠告ですよ」
「忠告?」
「同じようなことを繰り返すのならば、コレを公開します」
「なっ……あ、いつの間に……!?」
注視していたはずなのに、いつの間にか、ソフィアは数歩離れた場所へ移動していた。
その手には、アイゼンの不正の証拠である書類が握られている。
「それを返してもらおうか」
「イヤですよ?」
「強引にいっても構わないのだぞ」
「私に勝てるとでも?」
「普通なら勝てないだろうな。しかし」
アイゼンは机の下に密かに設置しておいた魔道具を起動した。
ブゥン、という音が響いて、周囲の雰囲気が変わる。
それを感じたらしく、ソフィアはわずかに顔色を変える。
「これは……」
「使用者以外の力を百分の一にする結界を展開した。効果範囲はこの部屋の中だけになるが、とても強力な結界だ」
「へぇ……」
「そして」
アイゼンは、もう一つ、あらかじめ机に仕込んでおいたスイッチを押す。
ガチャリ、と扉の鍵が遠隔で閉まる。
「これでもう、逃げることはできない」
「……」
「さあ、痛い目に遭いたくないのなら、その書類を返せ。キミは剣聖だ。いなくなると騒ぎになるだろうから殺さないが……少し、おとなしくしてもらおうか」
「……ふふっ」
心底おかしいという様子で、ソフィアが笑う。
その笑みは冷たく、凍りついているかのようだ。
ゾクリと、アイゼンの背が震えた。
確かな恐怖を感じていた。
圧倒的に有利な状況にいるはずなのに、それでも、素手で猛禽類と相対しているかのような、そんな絶望を覚えた。
……気の所為だ。
アイゼンはそう自分に言い聞かせて、ソフィアに迫る。
「返してもらおうか。それと……今後、このようなことができないように、キミの弱みを握っておくことにしよう」
「それは、つまり?」
「女に生まれたことを後悔するといい。あとは、そうだな……首輪をつける意味でも、やはりスティアートを利用するしかないな」
「そうですか……残念ですね。私は、本当に見逃すつもりでいたのですよ? 私に危害を加えようとしても、まあ、そこも我慢するつもりでした。ただ……あくまでもフェイトを、私の大事な幼馴染を利用するというのならば、許せません」
「ふん、この結界の中で、お前になにができる。さあ、まずは書類を……」
アイゼンは右手を伸ばして……
そこで、ようやく気がついた。
肘から先がない。
「……え?」
ボトリと、腕が床に落ちる音。
遅れて大量の血が吹き出す。
「ぐっ、あああああ!? な、なんだこれは!? ぐっ、ううううう!?」
激痛に苛まれ、半ばパニックに陥りながらも、アイゼンはベルトを外して腕に巻いて止血をする。
なにが起きたか、さっぱり理解できていないが……
元冒険者なので、条件反射で救命措置をすることができた。
「い、いったい、なにが……?」
「私が斬ったのですよ」
いつの間にか、ソフィアは剣を抜いていた。
刃が血に濡れている。
その言葉に間違いはないのだろうが……
しかし、いつ?
まるで見えなかった。
というか、ありえない。
「バカな……この部屋には、今、結界が……」
「ええ、そうですね。面倒な結界が展開されていますね。おかげで、全力を出すことができません。ですが……」
ソフィアが殺気を放つ。
「あなたごとき、百分の一の能力でも十分すぎるほどに対処できますよ? 剣聖を舐めないでいただきましょうか」
「ひっ!?」
この時、アイゼンはようやく理解した。
自分は今、敵に回してはいけない相手を怒らせている。
激怒させている。
死を覚悟した。
「では、私はこれで」
殺される……そう思っていたのだけど、その予想に反して、ソフィアは踵を返した。
もうアイゼンに興味はないというかのように、不正の証拠を手に、立ち去ろうとする。
「お、俺を殺さないのか……?」
「最初はそのつもりでしたが……まあ、フェイトがあのように言っていたので、私だけが短気を起こすわけにはいかないかな、と思いまして」
「あのように……?」
「ですが、いつでもあなたを殺せるということをお忘れなく」
「そ、そのようなことをすれば、お前が罪に……いくら不正の証拠があろうと、私刑なんて……」
「私を、法で止められるとでも? 止まるとでも?」
実際に、彼女は単身で乗り込んできて、アイゼンの片腕を切り落とした。
なにかあれば、ためらうことなくアイゼンを殺すだろう。
そのことを実感したアイゼンは、恐怖のあまり言葉を発することができない。
「キミは、なぜ、ここまでのことを……?」
「フェイトを傷つけたからですよ」
再び、ソフィアに睨みつけられる。
その瞳は激情の炎が燃えていて、膨大な殺意が凝縮されていた。
途方もない圧を受けて、それだけで心臓が止まってしまいそうだ。
「あなたがなにを企もうと構いませんが、フェイトを巻き込むことは絶対に許しません。そして今回、シグルドを放置して、間接的ではあるもののフェイトを傷つけて苦しめた……正直なところ、殺してしまいたいですね。腕一本では足りません」
「ひっ……うぅ……!?」
「ですが……フェイトは復讐を望んでいません。彼は、とても優しいですから。なので、私もここまでにしておきます。フェイトの優しさに感謝してくださいね?」
「う……」
「では、さようなら」
ソフィアは一礼して、部屋を後にした。
……数日後。
大怪我をしたアイゼンが、突然、ギルドマスターを引退すると発表して混乱が起きるのだけど、それはまた別の話だ。
ソフィアは、アイゼンの行動に興味はないと言う。
好きにすればいいと言う。
ならば、なにをしにここへ来たのか?
アイゼンが訝しんでいると、ソフィアはスタスタと歩いてきた。
思わず身構えるが、彼女はアイゼンではなくて、机の上の資料に手を伸ばす。
それは、アイゼンの不正を明白にするためのものだ。
「やはり、俺を告発するつもりか!?」
そうはさせないと、アイゼンは剣を抜いた。
切っ先をソフィアに向けて、牽制する。
しかし、彼女はまるで気にしない。
そんなものは見えていないかと言うように、足を止めない。
「ですから、そのようなことはしません。冒険者ギルドについては、今はまだ、そこまでの驚異ではないので……あなたの好きにしたらいいと思います」
「ならば、なぜそれを持っていこうとする?」
「忠告ですよ」
「忠告?」
「同じようなことを繰り返すのならば、コレを公開します」
「なっ……あ、いつの間に……!?」
注視していたはずなのに、いつの間にか、ソフィアは数歩離れた場所へ移動していた。
その手には、アイゼンの不正の証拠である書類が握られている。
「それを返してもらおうか」
「イヤですよ?」
「強引にいっても構わないのだぞ」
「私に勝てるとでも?」
「普通なら勝てないだろうな。しかし」
アイゼンは机の下に密かに設置しておいた魔道具を起動した。
ブゥン、という音が響いて、周囲の雰囲気が変わる。
それを感じたらしく、ソフィアはわずかに顔色を変える。
「これは……」
「使用者以外の力を百分の一にする結界を展開した。効果範囲はこの部屋の中だけになるが、とても強力な結界だ」
「へぇ……」
「そして」
アイゼンは、もう一つ、あらかじめ机に仕込んでおいたスイッチを押す。
ガチャリ、と扉の鍵が遠隔で閉まる。
「これでもう、逃げることはできない」
「……」
「さあ、痛い目に遭いたくないのなら、その書類を返せ。キミは剣聖だ。いなくなると騒ぎになるだろうから殺さないが……少し、おとなしくしてもらおうか」
「……ふふっ」
心底おかしいという様子で、ソフィアが笑う。
その笑みは冷たく、凍りついているかのようだ。
ゾクリと、アイゼンの背が震えた。
確かな恐怖を感じていた。
圧倒的に有利な状況にいるはずなのに、それでも、素手で猛禽類と相対しているかのような、そんな絶望を覚えた。
……気の所為だ。
アイゼンはそう自分に言い聞かせて、ソフィアに迫る。
「返してもらおうか。それと……今後、このようなことができないように、キミの弱みを握っておくことにしよう」
「それは、つまり?」
「女に生まれたことを後悔するといい。あとは、そうだな……首輪をつける意味でも、やはりスティアートを利用するしかないな」
「そうですか……残念ですね。私は、本当に見逃すつもりでいたのですよ? 私に危害を加えようとしても、まあ、そこも我慢するつもりでした。ただ……あくまでもフェイトを、私の大事な幼馴染を利用するというのならば、許せません」
「ふん、この結界の中で、お前になにができる。さあ、まずは書類を……」
アイゼンは右手を伸ばして……
そこで、ようやく気がついた。
肘から先がない。
「……え?」
ボトリと、腕が床に落ちる音。
遅れて大量の血が吹き出す。
「ぐっ、あああああ!? な、なんだこれは!? ぐっ、ううううう!?」
激痛に苛まれ、半ばパニックに陥りながらも、アイゼンはベルトを外して腕に巻いて止血をする。
なにが起きたか、さっぱり理解できていないが……
元冒険者なので、条件反射で救命措置をすることができた。
「い、いったい、なにが……?」
「私が斬ったのですよ」
いつの間にか、ソフィアは剣を抜いていた。
刃が血に濡れている。
その言葉に間違いはないのだろうが……
しかし、いつ?
まるで見えなかった。
というか、ありえない。
「バカな……この部屋には、今、結界が……」
「ええ、そうですね。面倒な結界が展開されていますね。おかげで、全力を出すことができません。ですが……」
ソフィアが殺気を放つ。
「あなたごとき、百分の一の能力でも十分すぎるほどに対処できますよ? 剣聖を舐めないでいただきましょうか」
「ひっ!?」
この時、アイゼンはようやく理解した。
自分は今、敵に回してはいけない相手を怒らせている。
激怒させている。
死を覚悟した。
「では、私はこれで」
殺される……そう思っていたのだけど、その予想に反して、ソフィアは踵を返した。
もうアイゼンに興味はないというかのように、不正の証拠を手に、立ち去ろうとする。
「お、俺を殺さないのか……?」
「最初はそのつもりでしたが……まあ、フェイトがあのように言っていたので、私だけが短気を起こすわけにはいかないかな、と思いまして」
「あのように……?」
「ですが、いつでもあなたを殺せるということをお忘れなく」
「そ、そのようなことをすれば、お前が罪に……いくら不正の証拠があろうと、私刑なんて……」
「私を、法で止められるとでも? 止まるとでも?」
実際に、彼女は単身で乗り込んできて、アイゼンの片腕を切り落とした。
なにかあれば、ためらうことなくアイゼンを殺すだろう。
そのことを実感したアイゼンは、恐怖のあまり言葉を発することができない。
「キミは、なぜ、ここまでのことを……?」
「フェイトを傷つけたからですよ」
再び、ソフィアに睨みつけられる。
その瞳は激情の炎が燃えていて、膨大な殺意が凝縮されていた。
途方もない圧を受けて、それだけで心臓が止まってしまいそうだ。
「あなたがなにを企もうと構いませんが、フェイトを巻き込むことは絶対に許しません。そして今回、シグルドを放置して、間接的ではあるもののフェイトを傷つけて苦しめた……正直なところ、殺してしまいたいですね。腕一本では足りません」
「ひっ……うぅ……!?」
「ですが……フェイトは復讐を望んでいません。彼は、とても優しいですから。なので、私もここまでにしておきます。フェイトの優しさに感謝してくださいね?」
「う……」
「では、さようなら」
ソフィアは一礼して、部屋を後にした。
……数日後。
大怪我をしたアイゼンが、突然、ギルドマスターを引退すると発表して混乱が起きるのだけど、それはまた別の話だ。