将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

 レクターの対処をさせられてしまい、シグルドは逃げる時間を得た。
 彼はアタッカーなので、体力は十分にあるだろう。
 すでに街を抜け出している、という可能性もある。

 ただ、僕はもう一つの可能性を考えていた。

 シグルドは非常にプライドが高い。
 病的と言ってもいい。

 そんな彼が、やられっぱなしで黙っていられるだろうか?
 ソフィアが一緒にいたら、さすがに手を出してくることはないだろうけど……
 僕一人なら?
 奴隷、無能と侮る僕だけならば?

 その予想は……的中する。

 魔物や獣の侵入を防ぐため、街は、ぐるりと壁に囲まれている。
 出入り口は、東西南北の四つ。

 ただ、大災害が起きた時などに備えて、普段は使われていない非常口が存在する。
 そこに移動すると……

「おらぁっ!!!」
「っ!」

 物陰からシグルドが飛び出してきて、問答無用で斬りかかってきた。
 巨大な大剣を叩きつけるようにして、僕を両断しようとする。

 ただ、それは読んでいた。

「ふっ!」
「なぁ!?」

 下からすくいあげるようにして剣を跳ね上げる。
 刃がシグルドの剣の腹を叩く。

 ギィイイインッ!!!

 ガラスをまとめて数十枚叩き割るような音。
 シグルドの剣が半ばから折れた。

 一方、僕の剣は無事。
 頑丈と聞いていたけど、これほどとは。
 改めて、この剣を貸してくれたソフィアに感謝だ。

「くそっ、バカな……なんで、てめえが俺の攻撃を防いでいるんだよ? ありえねえだろ。無能のくせに、なんでなんでなんで……!!!」
「僕は、模擬戦でシグルドに勝ったはずだけど?」

 落ち着いて、そう言うことができた。

 以前は、彼に対する恐怖があった。
 ただ、それはシグルドの実力を恐れていたわけじゃない。
 長年の奴隷生活で酷い扱いを受けていたから、逆らうことが難しく、体に恐怖が染みついてしまっていたのだ。

 でも、今は違う。
 その恐怖と苦痛は、ソフィアの温かい心が癒やしてくれた。
 僕に自信をつけてくれた。

 もう、こんなヤツは怖くない!

「おとなしく投降するつもりは……ないみたいだね」

 シグルドは獣のような目をしていた。
 ここで終わるなんてことはありえない、絶対に諦めてたまるものか、まだまだ上に上り詰める。

 ……そんなことを考えているように見えた。

「もうすぐソフィアも駆けつけてくるよ。いい加減、諦めない? なにを思って、こんなバカなことをしたのか、いまいちわからないけど……シグルド達は、もう冒険者に戻ることはできない。おとなしく罪を償うんだ」
「罪ぃ……? ははっ、この俺に罪があるだと? ……ふざけるなっ!!!」

 突然、シグルドが激高した。

「俺は、Aランクパーティー『フレアバード』のリーダーだ! 誰もが一目置く、一流冒険者だ! そんな俺に罪がある? そんなわけないだろうっ!!! ふざけたことを言うな! 俺が悪いわけねえ、全部全部全部、てめえのせいだろうが! てめえが、てめえが俺達に歯向かうから、生意気なことをするから、だからっ!!!」

 シグルドに対する恐怖は克服したはずなのだけど、それでも、一瞬、気圧されてしまう。
 それほどまでに、彼が抱える想いは歪んでいた。

 ここまでなんて……

 唖然とするものの、すぐに我に返った僕は剣を構え直した。
 もう言葉では止まらない。
 実力行使あるのみだ。

 そして……今度こそ、僕は過去に決着をつける。

「……俺に勝てるつもりか?」
「つもりとか、そういうのはどうでもいいんだ。勝つ。それだけだよ」
「くそっ、まだ生意気なことを……いいぜ! ここで、グチャグチャに叩き潰してやるよぉおおおおお!!!」

 シグルドは小瓶を取り出して、ドロリと粘度の高い液体を飲み干した。

「それは……?」
「ぐううう……はっ、ははは! コイツは、力を何倍にも引き上げる薬だよ。俺の切り札さ。まあ、理性が飛ぶから、使う機会なんて今までなかったんだけどな……でも、今しか、ねえ……!!!」

 シグルドの筋肉が膨れ上がり、その体が一回り大きくなる。
 血管が浮き上がる。
 目が充血して、赤くなった。

「ぐっ、があああ……この力が、あればぁ、てめぇごとき……!!!」
「そんなものを使って僕を倒したとしても、逃げられるわけが……」
「負けるよりはマシだ!!!」

 口から泡を散らしながら吠えて、

「いくぜぇ……鏖殺だぁああああ!!! ぐぉおおおおおっ!!!」
「っ!?」

 再びの突撃。

 とても単純な動きで、技術というものがまったく感じられない。
 しかし、その速度はさきほどと比べ物にならなかった。
 まるで、ソフィアと対峙しているかのようだ。

 驚異的な速度で迫るシグルドは、折れた剣を鈍器のように扱い、叩きつけてくる。

「ぐっ!?」

 避けることは難しく、剣を盾のように使い受け止めた。

 ズンッ、と全身に圧力がかかる。
 巨人に押さえつけられているかのようだ。

 スピードだけじゃなくて、パワーも桁違いに上がっている。

「おぉおおおおおっ!!!」

 理性が飛んできているらしく、その瞳に、もう正気の色はない。
 デタラメに拳を振り回してくるだけだ。

 以前、模擬戦で激突した時は、ソフィアには遠く及ばないものの、それなりの剣技を見せていたのだけど……
 今は、技術の欠片もない。
 強引に力をぶつけてくるだけだ。

「でも、これは……くうううっ、けっこうキツイかも」

 子供がダダをこねているような感じで、シグルドはデタラメな動きで剣を叩きつけてくる。
 もう片方の手も鈍器のように使い、殴りつけてくる。

 技術はないのだけど、パワーとスピードは圧倒的だ。
 対処することが難しい。

「だけど!」

 技術がないため、定期的に隙が露出する。
 わずかな時間ではあるのだけど、カウンターに移る機会がある。

 慎重に見極めて……

「ここだ!」

 シグルドの剣をギリギリまで引きつけてから避けて、横を駆け抜けるようにして、ヤツの分厚い脇腹を斬る!
 この剣はとことん頑丈だけど、切れ味は普通だ。
 なので、うまく刃が通るか不安だったのだけど……

「ぐぁッ!?」

 シグルドの脇腹を切り裂くことに成功した。

 血が流れ、苦痛のうめき声をこぼす。

「おぉおおお……うぉおおおおおっ!!!」
「えぇ!?」

 それがどうした、というような感じで、シグルドが突貫してきた。
 まるで砲弾だ。
 慌てて横に跳んで回避。

 さらなる追撃を避けるために、後ろへステップを踏んで距離を取る。

「ダメージは与えているみたいだけど、でも、そんなことは気にしていない……か」

 なんて厄介な。
 ドーピングのせいで、脳内麻薬でも分泌されているのか、痛みをまったく感じていないみたいだ。

 こうなると、普通の攻撃をしても無駄だろう。

 足を折るなどして、行動不能に陥らせるか……
 あるいは、首を斬り飛ばして、命を断つか。
 そこまでしないと止まらないのかもしれない。

 とはいえ、今のシグルドを相手に、そんなことができるのか?
 暴れ回る攻城兵器のようなもので、なかなかに厳しい。

「し、ねぇえええええっ!!!」
「ウソだぁ!?」

 シグルドは近くにあったベンチを片手で掴み上げると、勢いよく投げてきた。
 慌てて避けるのだけど、

「おおおおおぉっ!!!」

 そこを狙い、シグルドが距離をつめてきて、剣を叩きつけてくる。

「くっ」

 紙一重のところで避けることに成功。
 それから、カウンターの一撃。
 剣をまっすぐに構えて、シグルドの膝に刃を突き入れる。

「ぐあっ!?」

 さすがにこれは無視できなかったらしく、シグルドが片膝を地面につけた。

 相変わらず痛みは感じていないみたいだけど……
 ただ、膝をやられたことで自由に動けないらしい。

「この俺が、こんな、ところでぇえええええっ!!!」

 折れた剣を叩きつけながら、もう片方の拳を振るう。
 パワーはすさまじいものの……
 膝をやられた影響で、スピードは格段に落ちている。

 これならばと思うが……
 しかし、ここに来て僕は迷う。

「……どうやって、終わりにすれば?」

 完全に僕のペースだ。
 同じように、もう片方の足の膝も壊して……
 腕の神経などを斬れば、行動不能に陥らせることが可能だろう。

 ただもう一つの選択肢がある。

 今なら……シグルドを殺すことができる。

 この戦いは、僕が制していて……
 シグルドの生殺与奪権を握っていると言っても過言ではない。

「……」

 そのことに気がついた時、どろどろと暗い感情が湧き上がってきた。
 五年もの間、シグルド達に虐げられてきた記憶が蘇る。

 無理矢理に奴隷にされた。
 何度も死ぬような目に遭った。
 涙を流して、血を吐いたのは一度や二度じゃない。

「今なら」

 五年の恨みを晴らすことができる。

 やりすぎだ、と責められることはないだろう。
 ドーピングをしたシグルドの力は驚異的で、手加減なんてできなかった、と言えば信じてもらえるだろう。

 このまま殺したとしても……
 その首をはねて、復讐を果たしたとしても……

 なにも問題はない。
 むしろ、そうするべきだというかのように、状況が整いすぎていた。

「……」

 襲い来るシグルドの攻撃を避けると同時、カウンターを叩き込む。
 剣の腹で側頭部を強烈に叩く。

 パワーやスピードがアップしているものの、肉体的強度はそのままらしい。
 強烈な衝撃が脳に伝わり、シグルドは地面に倒れた。
 意識は残っているものの、もう動くことができないらしく、指先をピクピクとさせてうめき声をこぼすだけだ。

「ぐ、ううう……この俺が、こんな無能に……」
「あなたという人は、まだそんなことを……!」
「……殺せ。てめえなんかに、情けを、かけられてたまるか……」
「……」

 僕は無言で剣を振り上げた。

 逆手に持ち変える。
 そして、刃の切っ先の狙いを、シグルドの頭部に定める。

 後は一気に叩きつけるだけ。
 それで復讐を果たすことができる。
 五年の恨みを晴らすことができる。

 迷うことはない。
 シグルドは、それだけのことをしてきた。
 殺されたとしても、文句を言える立場じゃない。
 彼はそのまま煉獄に落ちて、業火に魂を焼かれることになるだろう。

 ザンッ!

 僕は剣を振り落とした。

「……てめえ」

 刃はシグルドを貫くことなく、彼の頬をかすめるようにして、地面に突き刺さる。

「なんで、殺さねえ……? てめえの情けなんか……」
「情けじゃないよ」
「なら……」
「ここでシグルドを殺したら、僕は、あなたと同じレベルに堕ちてしまう。気に入らないことは力で解決して、時に殺して、自分が絶対的に正しいと信じる暴君になってしまう。そんなことはイヤだから……だから、殺さない」
「……」
「僕は、シグルドみたいにはならない。僕は、僕だ。フェイト・スティア―トだ」
「クソ……生意気なガキだ……」

 そこが限界だったらしく、シグルドはがくりとうなだれて、意識を手放した。
 肉体的な力だけではなくて、心も彼に勝利した瞬間だ。

 僕は今、完全に過去に決着をつけることができた。

「……終わったよ、ソフィア」
「フェイトっ、大丈夫ですか!?」

 十分ほどして、ソフィアが駆けつけてきた。
 彼女一人ではなくて、冒険者や憲兵らしき人も一緒だ。

「怪我はしていませんか? 毒を受けたりしていませんか? 心のダメージは?」
「えっと……僕は大丈夫。そんなに心配しないで」
「本当ですね? なにもありませんね? 無理はしていませんね?」

 過保護だなあ。

 でも、それだけ僕のことを心配してくれているわけで……
 それはそれで、素直にうれしいと思う。

「ところで……」

 ソフィアが、地面に倒れているシグルドをちらりと見た。
 ゴミでも見るかのような視線で、とても冷たい。

「殺していないのですか?」
「うん」
「彼は、殺されても文句を言えないことをしましたし……まあ、反省はしなさそうなので文句は言いそうですが。あと、手にかけたとしても、罪状を考えると、フェイトが罪に問われることはないと思いますよ?」
「恨みがないと言えばウソになるよ」

 奴隷にされたこと。
 五年間、好き勝手されたこと。
 今でも許せない。

 でも……

「シグルドと同じレベルに堕ちたくないから」
「……」
「僕は、僕らしくあろうというか……らしさ、っていうのも、まだよくわからないんだけど……それと、こんな人でも、いなくなると、もしかしたら悲しむ人がいるかもしれない。そう考えたら、無理だった」
「そうですか……優しいのですね、フェイトは」
「意気地がないだけかもしれないよ」
「いいえ。フェイトのその想いは、優しさですよ。誰かのことを考えることができる……それは、とても大事なことだと思います。甘いと言われるかもしれません。ですが私は、フェイトのそんな優しさを、誰よりも誇りに思います」

 僕の決断、行動を肯定するかのように、ソフィアはニッコリと笑うのだった。



――――――――――



 冒険者ギルド。
 ギルドマスターの部屋。

「やれやれ……まいったな」

 アイゼンはため息をこぼし、調査報告書を机の上に置いた。

 報告書の内容は、シグルド達が起こした事件についてだ。
 フェイトに罪をなすりつけようとして、三人の無関係の者を殺害。
 それだけではなくて、領主の殺害も企てた。

 さらに、過去に遡り記録を調べていくと……
 断片的ではあるが、フェイトを無理矢理に奴隷にしたという証拠が浮上してきたという。

「殺人に領主の殺人未遂、無理矢理に奴隷にした……死刑は確定だな。よほど運が良かったとしても、強制労働奴隷に堕ちることは免れない。果てに、自分達が奴隷になるとは、なんとも皮肉な結末だ。スティアートの件も見逃して、ごまかしてやったというのに」

 やれやれ……と、アイゼンは再びため息をこぼした。
 それから、頭が痛いとこめかみの辺りに指をやる。

「シグルド達め……まさかここに来て、あんな暴走をしてくれるとはな。ここまでされたら、さすがに尻拭いはできない……斬り捨てるしかないな」

 そう言うアイゼンの顔は歪んでいた。
 色々な悪意を詰め込み、じっくりと煮詰めたかのような……
 悪鬼のような顔をしていた。

「まったく……しばらくは自由に動けそうにないな。自由に使える都合の良い駒を、また一から探さなくては」

 タンタンタン、とアイゼンは苛立たしげに机を指先で叩いた。
 そのリズムを聞きながら、考える。

 シグルド達は良い駒だった。
 問題児ではあるものの、とある契約を結んだことにより、自分のいうことを聞くようになった。
 彼らは、アイゼンに従うことで利益を得られることを理解しているため、忠実に命令をこなしていた。

 アイゼンがシグルド達に与えた命令は、とても公にはできないようなことばかりだ。
 対立する存在に対する脅迫や妨害。
 あるいは、抹消。

 その対価として、彼らのランクを上げた。
 元々はCランク程度の実力しかないのだけど、アイゼンの後押しによって、Aランクに上り詰めたのだ。

 さすがに、最近はやりすぎていたため、おとなしくさせるために罰を与えたのだが……
 それで、逆に暴走を招いてしまった。
 失敗である。

「やはり、スティアートが一番いいだろうな」

 才能は抜群。
 おまけに、彼をうまく使えば剣聖もついてくる。
 最高の手駒だ。
 だからこそ、途中からシグルド達の味方を止めて、彼に味方するようにしたのだから。

「まあ、後で考えておこう。色々と悪いことをしているという自覚はあるが、しかし、こうでもしなければ、冒険者ギルドは変わらん」

 差別は当たり前のように起きていて、冒険者をサポートするという理念は忘れられかけており、金ばかりを求めるようになっていた。
 既得権益にしがみつくものが、そのようにギルドを腐敗させたのだ。

 なればこそ、強硬手段に出たとしても、改革を成し遂げなければいけない。
 まっとうな方法でそれを貫くことは不可能。
 だからこそ、アイゼンはシグルド達を使い、悪事を行い、犠牲を生み出しても自分が正しいと思うことを実行してきた。

「そう……全ては、大義のためなのだ」
「……そのために、あなたはフェイトを犠牲にしてきたのですね? そしてまた、シグルド達がそうしたように、都合のいいように使おうとしているのですね?」
「なっ!?」

 突然、どこからともなく声が聞こえてきた。
 アイゼンは慌てて部屋を見回すが、誰もいない。

「なるほど、あなたの考えも、わからないではありません。今の冒険者ギルドの深部は、なかなかに腐っていますからね。膿を排除するには、大胆な行動が必要となる。痛みを伴う治療が必要なる。納得しましょう。ですが……」

 なにもないところからソフィアが現れた。
 パサリ、となにか軽いものが落ちるような音。
 それを聞いて、アイゼンはからくりを理解する。

「ソフィア・アスカルト……そうか! 俺がシグルド達に与えた、透明になる魔道具を使っていたのか!」
「ええ、正解です」
「くっ……しかし、なぜ俺のところに?」
「それ、本気で言っているのですか? フェイトが試験を受けた際、シグルド達は小細工を色々としていましたね? まあ、フェイトが全て自力で乗り越えてしまったので、私はなにもしませんでしたが……ですが、あなたは違います。気づいていたはずなのに、なにもしなかった。シグルド達の好きにさせていた。この点で、あなた達が裏で繋がっていることは明白でした」
「なぜ、そう言い切れる? 俺が、シグルド達の小細工に気がついていない可能性もあるのではないか?」
「三度の試験で、全て見逃していたと? あなたは、それほどの無能なのですか?」
「……」
「それに、よくよく考えてみれば、あなたはシグルド達の肩を持ちすぎです。ギルド職員に対しても、シグルド達に有利なことばかり命令しています。それで、繋がりがあると確信しました。彼らを使い、色々としていたようですね? この街のギルドマスターで収まるつもりはなくて、将来は、冒険者協会の上層部の一員になることでしょうか?」
「……ああ、そのとおりだ」

 アイゼンは強く拳を握りしめた。
 そして、強く言う。

「俺は今回、確かに悪事に手を染めた。シグルド達を利用した。しかし、それは全て大義のため! 冒険者ギルドの深部では、俺がしたようなことは当たり前のように毎日起きている。そのようなことを許せるものか? いや、許せるわけがない! 故に、俺は上に上り詰めて、改革をしなければならないのだ!!!」

 自分の行動は間違っていない。
 アイゼンは、そう主張するように、まっすぐな視線をソフィアにぶつけた。

 その視線を受けて……
 ソフィアは、どうでもいいというように嘆息する。

「どうぞ、好きなようにしていただければ」
「……なに?」
「確かに、今のギルドは微妙なところですね。それなりに腐敗が進んでいるのでしょう。冒険者の私がそう感じるのだから、ギルドマスターであるあなたからしたら、もっと大きな危機感を覚えているのでしょう。それを改革したいというのならば、お好きにどうぞ。止めるつもりは、まったくありません」
「キミは、俺を捕まえるために来たのではないのか……?」
「そのようなこと、一言も言ってませんよ」

 ソフィアは冷たく笑い、

「私は、忠告に来たのですよ」
「忠告……?」

 ソフィアは、アイゼンの行動に興味はないと言う。
 好きにすればいいと言う。

 ならば、なにをしにここへ来たのか?

 アイゼンが訝しんでいると、ソフィアはスタスタと歩いてきた。
 思わず身構えるが、彼女はアイゼンではなくて、机の上の資料に手を伸ばす。

 それは、アイゼンの不正を明白にするためのものだ。

「やはり、俺を告発するつもりか!?」

 そうはさせないと、アイゼンは剣を抜いた。
 切っ先をソフィアに向けて、牽制する。

 しかし、彼女はまるで気にしない。
 そんなものは見えていないかと言うように、足を止めない。

「ですから、そのようなことはしません。冒険者ギルドについては、今はまだ、そこまでの驚異ではないので……あなたの好きにしたらいいと思います」
「ならば、なぜそれを持っていこうとする?」
「忠告ですよ」
「忠告?」
「同じようなことを繰り返すのならば、コレを公開します」
「なっ……あ、いつの間に……!?」

 注視していたはずなのに、いつの間にか、ソフィアは数歩離れた場所へ移動していた。
 その手には、アイゼンの不正の証拠である書類が握られている。

「それを返してもらおうか」
「イヤですよ?」
「強引にいっても構わないのだぞ」
「私に勝てるとでも?」
「普通なら勝てないだろうな。しかし」

 アイゼンは机の下に密かに設置しておいた魔道具を起動した。

 ブゥン、という音が響いて、周囲の雰囲気が変わる。
 それを感じたらしく、ソフィアはわずかに顔色を変える。

「これは……」
「使用者以外の力を百分の一にする結界を展開した。効果範囲はこの部屋の中だけになるが、とても強力な結界だ」
「へぇ……」
「そして」

 アイゼンは、もう一つ、あらかじめ机に仕込んでおいたスイッチを押す。
 ガチャリ、と扉の鍵が遠隔で閉まる。

「これでもう、逃げることはできない」
「……」
「さあ、痛い目に遭いたくないのなら、その書類を返せ。キミは剣聖だ。いなくなると騒ぎになるだろうから殺さないが……少し、おとなしくしてもらおうか」
「……ふふっ」

 心底おかしいという様子で、ソフィアが笑う。

 その笑みは冷たく、凍りついているかのようだ。
 ゾクリと、アイゼンの背が震えた。

 確かな恐怖を感じていた。
 圧倒的に有利な状況にいるはずなのに、それでも、素手で猛禽類と相対しているかのような、そんな絶望を覚えた。

 ……気の所為だ。

 アイゼンはそう自分に言い聞かせて、ソフィアに迫る。

「返してもらおうか。それと……今後、このようなことができないように、キミの弱みを握っておくことにしよう」
「それは、つまり?」
「女に生まれたことを後悔するといい。あとは、そうだな……首輪をつける意味でも、やはりスティアートを利用するしかないな」
「そうですか……残念ですね。私は、本当に見逃すつもりでいたのですよ? 私に危害を加えようとしても、まあ、そこも我慢するつもりでした。ただ……あくまでもフェイトを、私の大事な幼馴染を利用するというのならば、許せません」
「ふん、この結界の中で、お前になにができる。さあ、まずは書類を……」

 アイゼンは右手を伸ばして……
 そこで、ようやく気がついた。

 肘から先がない。

「……え?」

 ボトリと、腕が床に落ちる音。
 遅れて大量の血が吹き出す。

「ぐっ、あああああ!? な、なんだこれは!? ぐっ、ううううう!?」

 激痛に苛まれ、半ばパニックに陥りながらも、アイゼンはベルトを外して腕に巻いて止血をする。
 なにが起きたか、さっぱり理解できていないが……
 元冒険者なので、条件反射で救命措置をすることができた。

「い、いったい、なにが……?」
「私が斬ったのですよ」

 いつの間にか、ソフィアは剣を抜いていた。
 刃が血に濡れている。

 その言葉に間違いはないのだろうが……
 しかし、いつ?
 まるで見えなかった。

 というか、ありえない。

「バカな……この部屋には、今、結界が……」
「ええ、そうですね。面倒な結界が展開されていますね。おかげで、全力を出すことができません。ですが……」

 ソフィアが殺気を放つ。

「あなたごとき、百分の一の能力でも十分すぎるほどに対処できますよ? 剣聖を舐めないでいただきましょうか」
「ひっ!?」

 この時、アイゼンはようやく理解した。
 自分は今、敵に回してはいけない相手を怒らせている。
 激怒させている。

 死を覚悟した。

「では、私はこれで」

 殺される……そう思っていたのだけど、その予想に反して、ソフィアは踵を返した。
 もうアイゼンに興味はないというかのように、不正の証拠を手に、立ち去ろうとする。

「お、俺を殺さないのか……?」
「最初はそのつもりでしたが……まあ、フェイトがあのように言っていたので、私だけが短気を起こすわけにはいかないかな、と思いまして」
「あのように……?」
「ですが、いつでもあなたを殺せるということをお忘れなく」
「そ、そのようなことをすれば、お前が罪に……いくら不正の証拠があろうと、私刑なんて……」
「私を、法で止められるとでも? 止まるとでも?」

 実際に、彼女は単身で乗り込んできて、アイゼンの片腕を切り落とした。
 なにかあれば、ためらうことなくアイゼンを殺すだろう。
 そのことを実感したアイゼンは、恐怖のあまり言葉を発することができない。

「キミは、なぜ、ここまでのことを……?」
「フェイトを傷つけたからですよ」

 再び、ソフィアに睨みつけられる。
 その瞳は激情の炎が燃えていて、膨大な殺意が凝縮されていた。
 途方もない圧を受けて、それだけで心臓が止まってしまいそうだ。

「あなたがなにを企もうと構いませんが、フェイトを巻き込むことは絶対に許しません。そして今回、シグルドを放置して、間接的ではあるもののフェイトを傷つけて苦しめた……正直なところ、殺してしまいたいですね。腕一本では足りません」
「ひっ……うぅ……!?」
「ですが……フェイトは復讐を望んでいません。彼は、とても優しいですから。なので、私もここまでにしておきます。フェイトの優しさに感謝してくださいね?」
「う……」
「では、さようなら」

 ソフィアは一礼して、部屋を後にした。

 ……数日後。
 大怪我をしたアイゼンが、突然、ギルドマスターを引退すると発表して混乱が起きるのだけど、それはまた別の話だ。
「なんか、大変なことになったね」

 食堂で朝食を食べつつ、そんな感想をこぼす。
 対面に座るソフィアは、スクランブルエッグを綺麗に食べながら、小首を傾げた。

「なんのことですか?」
「シグルド達のこともそうだけど、アイゼンのこととか」

 シグルド達は、先日、裁判が行われて、全員有罪になった。
 一連の事件の主犯格であるシグルドは、死刑。
 ミラとレクターは、シグルドに命令されたということで上場酌量の余地が認められたものの、それでも、労働奴隷堕ち。

 彼らとは、もう二度と会うことはないだろう。

 一方で、アイゼンも憲兵隊に逮捕されることになった。
 一週間ほど前に、突然、大怪我を理由に引退を発表したのだけど……

 その後、憲兵隊の調査が入り、彼の犯した罪が次々と暴かれた。
 そして、そのまま逮捕。
 かなりのことをやらかしていたらしく、未だ調査が行われていて……
 裁判は長引きそうだ。

「どうでもいいことではありませんか」
「ど、どうでも?」
「彼らが犯罪者であることは明白。逮捕されたのは自業自得。今回のことで冒険者ギルドがダメージを受けることになっても、それもまた、自業自得。私達が気にするようなことではありません」
「そうなんだけどね。ただ、これから大変なことになりそうだなあ……って」

 なにしろ、ギルドマスターが逮捕されたんだ。
 国で例えるなら、大臣クラスが逮捕されたようなもの。
 しばらく、冒険者業界は荒れるだろうな。

「しばらくは、ギルドも閉鎖されるみたいだから……はあ。せっかく冒険者になったのに、請けた依頼がまだ二つだけとか。ちょっと悲しい……」
「こうなると予想はしていましたが、まさか、フェイトを落胆させてしまうなんて……くっ、私はなんという失敗を」
「ソフィア?」
「いえ、なんでもありませんよ?」

 なんでもあったような顔をしていたのだけど、気のせいだろうか?

「ただ、空白の期間ができたことは、決して悪いことではありませんよ? フェイトは冒険者になったものの、まだ、色々足りていないものがあるでしょう?」
「そうだね。冒険者としてやっていくだけの能力が足りていないと思うし、知識も……」
「いえいえいえ、それらは十分すぎるほどですよ」
「そうかな?」
「そうですよ」
「うーん……ソフィアがそう言ってくれることはうれしいけど、でも、慢心はしたくないんだ。冒険者初心者というのは本当のことだから、ゼロからしっかりと、一歩一歩前に進んでいきたいかな」
「ものすごく真面目ですね……でも、そんなフェイトも素敵ですよ♪」

 話が逸れた。

「力や知識じゃないとすると、いったい?」
「そうですね……人脈や依頼をうまく達成するためのコツ。機転や応用など、色々なものがありますけど、まずは、やっぱり装備ですね」

 装備と言われて、自分の姿を見る。
 服は頑丈なものを選んでいるため、特に問題はない……ように見えて、ところどころでほつれや破れがある。
 五年、着ているからなあ……さすがに、そろそろ限界かもしれない。

 それと、剣はソフィアに借りた物。
 荷物袋はなし。
 その他、防具はなし。

「フェイトがとても楽しそうにしていたため、二つの依頼は請けることにしましたが……やっぱり、まずは装備を整えた方がよさそうですね。いざという時は、私がなんとかするつもりでしたが、どうも、フェイトは前に前に出る傾向があるので……」
「えっと……ごめん」

 ソフィアの言うことに反論できず、素直に頭を下げた。

 フェンリルを討伐した時も。
 シグルド達を捕まえた時も。

 僕は、ソフィアに任せるということをしないで、自分で解決する方法を選んだ。
 彼女にばかり頼っていたら、この先、冒険者としてやっていけないという思いがあったのだけど……

 でも、まだ初心者なのだから、頼るべきなのだろう。
 一人前になってから、色々とやるべきなのだ。

「ごめんね、心配をかけて」
「まったくです。フェイトがとんでもないことをする度に、私の胃はキリキリとなるのですよ? 反省してください。あと、今度、ねぎらってください。なでなでするとかハグするとか、そういうことをしてください」
「そんなものでいいなら、いつでも」
「聞きましたよ!? 約束です、約束しましたからね!?」
「う、うん」

 ものすごい勢いで食いつかれてしまった。

「えっと……それで、まずは装備を整える、っていう話だったっけ?」
「はい、そうですね。先の依頼で報酬もそれなりに出ましたし、あと、私も手持ちはたくさんあるので、良い装備を買い揃えましょう」
「うん、了解」

 まずは服屋へ赴いて、靴から手袋に至るまで、全ての服を更新した。
 頑丈で動きやすく、品質の良いもの。
 この際、値段は気にしないで、予備を含めて、複数買い揃えた。

 その後、武具店で防具を購入。
 軽鎧からフルアーマープレートまで色々なものがあって、かなり迷ったのだけど……
 ソフィアの助言を元に、腕と胸と脚を守る防具を購入。
 動きやすさを優先することにした。

 最後に剣。

 街で一番という武具店を訪れて、剣を見て回る。

「うーん」
「どうですか?」
「なんていえばいいのか……しっくりと来るものがないんだよね」

 色々な剣を手に取ってみるものの、どれも馴染むことがない。
 これは違う、という感覚を得て……
 なかなか決めることができないでいた。

「ソフィアは、どんな基準で剣を選んでいるの?」
「そうですね……こればかりは言葉にすることが難しく、直感ですね。この剣ならば……という、剣に対する信頼が湧いてくるのです」
「……信頼……」
「剣はその期待に応えてくれて、最初の愛剣は、長い付き合いとなりました。今は、この子を使っていますが……それでも、最初の子は、大事に保管していますよ」
「なるほど」

 やっぱり、自分の感覚を大事にした方がよさそうだ。
 しかし、そうなると困ることに。

 どの剣を見ても、どこか違う、という感覚で……
 しっくりとくるものがない。

「フェイトの身体能力、才能、素質が高すぎるせいで、ここにある剣では役不足なのかもしれませんね」
「そう……なのかな?」
「ひとまず、一番良い剣を三本ほど買っておきましょう。それを一時的な代用品としませんか?」
「了解」

 そんなわけで、三本の剣を購入して店を後にした。

「その三本の剣は、あくまでも代用品です。それでしばらくをしのいで……その間に、本命の剣を見つけましょう」
「でも、どこに良い剣があるのかな? この街、一番の武具店にないとなると、他の街に行くとか?」
「いえ、大丈夫ですよ。街を移動しなくても、私に心当たりがあります」
「え、そうなの? それは、どんな?」
「この近くにダンジョンがあるのですが……そこに、妖精が鍛えたと言われている剣があるんですよ」
 翌日は、ダンジョン攻略のための準備に費やして……
 さらに翌日、僕とソフィアはダンジョンに挑むことにした。

 街を出て、歩くこと半日ほど。
 森の中に隠れるようにして、そのダンジョンはあった。

「ここが、妖精のゆりかごと言われているダンジョンですよ」
「……普通のダンジョンだね」
「どんなダンジョンを想像していたのですか?」
「なんていうか、こう……秘境にあるような、なかなかたどり着くことができないような、そんなところをイメージしていたんだけど」
「そうですね。妖精の剣があると聞かされたら、そのようなイメージをするのが普通かもしれませんが……ここは違いますよ。徒歩でも半日ほどで移動できますし、中にいる魔物のレベルだけは、それほど高くないので」

 魔物のレベルだけは、という含みのある言い方が気になる。

「わりと近いところにあるのなら、誰かが攻略して、妖精の剣はもうないんじゃあ?」
「いえ。そのような話は、まだ聞いていませんね」
「……なにか問題が?」
「はい。この妖精のゆりかごは、中にいる魔物のレベルは大したことはありません。せいぜいがDランク。物理的な障害は大したことないので、駆け出しの冒険者でも、パーティーを組めばなんとかなるレベルです。ただ……」

 そこで一度、言葉を切る。
 ソフィアは困った顔になる。

「妖精のゆりかごの攻略には、力はあまり必要とされていないのですよ。その他、とある要因が攻略の鍵となっていて、最下層に到達することはできても、妖精の剣を手に入れることができていないのです」

 力が必要とされていない?
 どういうことだろう?

 普通のダンジョンは、大量の魔物がいて、最深部にそれらを束ねるボスがいて……
 そのボスを討伐することで、ダンジョン攻略が完了。
 宝を手に入れることができる、という流れになっている。

 でも、この妖精のゆりかごは、そんな一般常識が通用しない場所なのだろうか?

「いったい、どういうこと?」
「トラップが満載なのですよ。しかも、常識はずれのトラップが」
「トラップに特化したダンジョン、っていうこと? でも、それだけなら、妖精の剣を手に入れるパーティーが現れても不思議じゃないと思うんだけど……」
「落とし穴とか魔物ハウスとか、そういうトラップが一般的だと思いますが、この妖精のゆりかごは、まったく別のトラップがしかけられているんです。そのせいで、本命の剣を手に入れることはどうしてもできないという状況が続いています。そうですね……実際に体験してみた方がわかりやすいと思います。行きましょうか」
「了解」

 ソフィアと一緒にダンジョンへ突入した。

「へえ……中は明るいね」
「妖精の鱗粉が光を放っているらしいですよ。本当かどうか、わかりませんけどね」

 壁や天井、床までもがうっすらと光を放っていた。
 おかげで松明やランプは必要ない。

 時折、魔物が襲いかかってきた。
 でも、それはEランクのゴブリンなどで、大した脅威じゃない。
 いくら僕でも、ゴブリンに負けることはない。

 迎撃しつつ、先へ進む。

 ちなみに、ダンジョン内で倒した魔物はそのままだ。
 魔物の死体は、他の魔物を呼び寄せることになるけれど……
 元々、ダンジョンというのは魔物が大量にいるところなので、呼び寄せても大して意味はない。
 環境が汚染されたとしても、ダンジョンだから問題はない。

「お?」

 しばらく進んだところで、広い部屋に出た。
 ちょっとしたスポーツができるくらいの広さがあり、天井もそれなりに高い。

「フェイト、気をつけてください。ここからが、妖精のゆりかごの厄介なところです」
「見たところ、なにもないけど……」

 規格外のトラップというのは、どんなものなんだろう?
 重力が反転するとか?
 あるいは、異次元に繋がる扉が開くとか?

 最大限に警戒をしつつ、先へ進むと、

「え?」

 突然、ふわりと体が浮いた。
 足が床から離れて、そのままふわふわと。

「な、なんだろう、これは……え? え?」
「これが、妖精のゆりかごのトラップですよ」

 そう言うソフィアも、ふわふわと浮いていた。

「部屋を無重力状態にして、移動を困難にする。このようなトラップ、他では、なかなか見かけないでしょう?」
「そうだね、聞いたことがないかも」
「これは序の口で、他にも色々なトラップがありますよ。魔物の強さは大したことありませんが、厄介さでいえばかなりのものです」

 というか……
 これ、地味に辛いトラップだなあ。

 水中なら、水をかくなり蹴るなりして移動することができるのだけど、空中なのでそれができない。
 手足を必死で動かしても、空気をスカッ、と蹴るだけで進まない。

「フェイト、剣などを床や壁につけて、その反動でどうにか先へ進んでください。奥に見える出口まで行けば、無重力状態は解除されるはずです」
「うん、がんばって……みる……よ?」

 とあるものを見て、僕は言葉を失ってしまう。

「どうしたのですか、フェイト?」

 不思議そうにするソフィアは、ゆっくりと宙を回っている。
 くるくると、くるくると。
 縦に回っているものだから、なんていうか、その……スカートの中が。

「……」
「フェイト? どこを見て……っ!!!?」

 僕の視線に気がついたソフィアが、顔を赤くして、バッとスカートを両手でおさえた。
 でも、縦にくるくると回転しているものだから、それだけでは全体をカバーすることができなくて……

「ふぇ、フェイト!」
「は、はい!?」
「こちらを見ないでください! 前、前だけを見てください! 後ろを見るのは禁止ですっ」
「ごめん!!!」

 ……そんなハプニングがありつつも、なんとか、無重力地帯を突破することができた。

「……」

 ソフィアの視線が痛い。
 偶然とか事故とか、そういう感じじゃなくて、おもいきり見ていたからね……

「えっと……その、ごめんなさい」
「……フェイトのえっち」
「うぐっ」
「私のパンツ、じっと見ていました」
「ご、ごめん……」
「もうっ、さすがに恥ずかしいんですからね?」
「だよね……その、本当にごめん。僕も男だから、好きな女の子のパンツが見えていたら、ついついじっと……って、言い訳になっていない。いや、本当にごめんなさい……」
「……別に怒っていません」
「そう、なの?」
「ただ、恥ずかしかっただけです。その……フェイトが見たいというのなら、恥ずかしいですが、パンツを見せることは……やぶさかではありません」
「え?」
「……見たい、ですか?」

 ソフィアは頬を染めつつ、スカートの端を軽くつまむ。

 綺麗な太ももがチラリと覗く。
 もうちょっとスカートを上げると、純白の下着が……

「って……ま、まったまった! ソフィア、ストップ!」
「っ」
「えっと、ほら……今はダンジョンの攻略を優先しないと。そ、そうだよね?」
「そ、そうですね……うぅ、私ったら、なんて恥ずかしいことを……」

 正気に戻ったらしく、ソフィアはものすごく恥ずかしそうにしていた。

 そうして照れる彼女を見て、僕はダメなことを思う。
 惜しいことをしたかな……なんて。
 その後も、ダンジョンの攻略は難航した。

 五分ごとに構造が変わる、複雑な立体迷路を攻略したり。
 番人が出す問題を十問連続で正解しないと先へ進めなかったり。
 暗号を解いて鍵を探すハメになったり。

 予想しないトラップばかりで、なかなかに苦戦させられた。

 なるほど。
 こんなトラップばかりだったら、全てをクリアーするのはかなり難しい。
 妖精の剣は、そんなトラップに守られているのだろう。
 だから、誰も手にしていない。納得だ。

「ソフィアは、妖精のゆりかごが、全何層なのか知っている?」
「少し曖昧な情報になってしまうのですが……とある情報筋からは、全十層と聞いています。ただ、絶対とは言い切れませんが」
「うーん、その情報を信じるなら、今は八層だから、あと少しっていうところか」

 ゴールに近づいていると信じたい。
 ここのトラップは、精神がゴリゴリと削られていくから……
 できることなら、そろそろ終わりにしたい。
 でないと、精神的な疲労から倒れてしまいそうだ。

「ソフィアは大丈夫? 疲れていない?」
「はい、大丈夫ですよ。これでも剣聖なので、まだまだ問題ありません」
「すごいなあ、ソフィアは。僕は、けっこう疲れてきたよ」
「なら、少し休憩しましょうか? 次の間に繋がる通路なら、たぶん、トラップはないはずですから」
「ううん、大丈夫。今までは、疲れていても病気になっていたとしても、動かないといけなかったからね。それに比べれば、かなり楽だよ」
「そんなことを聞かされても、まったく安心できないのですが……」
「本当に大丈夫だから。厳しい時は、素直に言うよ」
「絶対ですよ? 約束してくださいね?」
「うん、約束」

 指切りを交わした。

 それから、次のトラップがあるであろう部屋に。
 こちらの部屋は、今までと比べると狭い。

 なにもないのは今までと同じだけど……
 突然、仕掛けが作動したりするから、油断はできない。

「さて……今度は、どんなトラップなのかな?」
「気をつけてくださいね、フェイト。今までは非殺傷生のものでしたが、最深部に近づいてきた今、もしかしたら」
「……」

 あれ?

 途中でソフィアの台詞が途切れて、不思議に思い振り返ると、

「ソフィア?」

 いつの間にか、彼女の姿が消えていた。
 さっきまで、確かに数歩後ろにいたはずなのに、どこにもいない。

「これは……もしかして、すでにトラップが?」

 人を一瞬で消してしまうなんて、いったい、どんな方法が使われたのだろう?
 最大限に警戒するのだけど……
 でも、カラクリがまったく理解できない以上、警戒しても意味がないかもしれない。

「これから、いったいなにが……うん?」

 ガコン、という音と共に壁に亀裂が走り、扉が作り上げられる。
 その扉が開くと……

「「フェイト?」」

 それぞれの扉からソフィアが現れた。
 ただし、二人。

「え?」

 あまりにも予想外の光景に、一瞬、思考が停止してしまう。
 そうしている間に、二人のソフィアは互いの存在に気がついたらしく、共に怪訝そうな顔をする。

「「あなたは誰ですか?」」

「「……」」

「「私の真似をしないでくれませんか?」」

 声、仕草、雰囲気……全てが同じだ。
 二人のソフィアは瓜二つ。
 並行世界から別のソフィアを連れてきた、と言われたら納得してしまうかもしれない。

 でも、そんなことはないだろう。

 たぶん、これがトラップ。
 本物のソフィアを見極めろ、という内容なのだろう。

 それは二人のソフィアも理解したらしく、それぞれに自分が本物であることを訴える。

「「フェイト、騙されないでください。私が本物のソフィアです」」
「えっと……」
「「よく見てください。こちらの私は、わずかに違和感があります。私の幼馴染のフェイトなら、きっと気づくことができます」」
「あー……」
「「というか、いい加減に私の真似をやめてくれませんか? トラップとはいえ、私の真似をされるのは不愉快です」」
「んー……」
「「まったく、口の減らないニセモノですね……さあ、フェイト。ニセモノだと思う方を、バッサリと斬ってください」
「えっ、これ、そういう方法で答えを選ぶの?」
「「はい」」

 二人のソフィアが頷いた。
 それぞれ、僕に対する絶対の信頼を瞳に宿している。

 二人共、僕の知るソフィアだ。
 どちらも本物に見える。

 見えるのだけど……
 でも、僕は最初から答えがわかっていた。
 一目見て、本物かニセモノか見分けがついた。

 絶対の自信がある。
 間違う可能性なんて欠片もない。

 ただ……

「ごめん、斬るのはダメ」
「「え?」」
「それしか解決方法がないとしても、ニセモノだとしても、ソフィアを斬りたくないよ。絶対に無理。そうしないと攻略できないっていうのなら、いいや。諦めて帰るよ。だから、ソフィアを返してくれないかな?」
「「フェイト、なにを言っているのですか? 私達のうち、どちらかを選んで……」
「二人共、ニセモノだよね?」
「「っ!?」」

 声も、姿も、仕草も……全てソフィアにそっくりだ。
 他の人なら騙されていたかもしれない、悩んでいたかもしれない。

 でも、僕を騙すことはできない。
 なにしろ……僕は、ソフィアの幼馴染なのだから。

「本物のソフィアは、君達のうち、どちらでもない。それが僕の答え」
「「……」」

 しばらくの沈黙の後、

「「なるほど、目は確かなようですね」」
「これで終わり?」
「「いいえ、まだです」」

 二人のソフィアは妖しい笑みを浮かべると……
 おもむろに上着をはだけ、白い肌を露出させた。

 二人は偽物。
 偽物なんだけど……
 好きな女の子とそっくりな姿で、そんなことをされたら、さすがに……

「な、なにを!?」
「「ここで引き返すのなら、私達のことを好きにしてもいいですよ?」」
「そんなこと……」
「「今度は即答しないのですね」」
「うっ……」

 いや、それは……
 僕も男だから。
 ダメだとわかっていても、なんかこう、心揺れてしまう時が……

 って、ダメだダメだ!
 こんなことをソフィアに知られたら……

『フェイト……ナニをしていたのですか?』

 頭の中で、にっこり笑顔で激怒するソフィアが鮮明に思い浮かんだ。

「と、とにかく、そういうことはしないから! ダメ、絶対にダメ!」
「「……」」

 二人のソフィアは無機質な顔に戻る。
 そして、その体が蜃気楼のように揺らいで、消えて……

「あら?」

 代わりに、新しいソフィアが現れた。

 うん、間違いない。
 このソフィアは本物だ。

「ふぅ……危なかった」
「え? どういうことですか?」
「おかえり、ソフィア」
「フェイト? えっと、その……はい、ただいまです」

 安堵故に思わず抱きしめると、恥ずかしそうにしつつも、ソフィアは抱きしめ返してくれた。
 話を聞くと、ソフィアは暗闇の中に閉じ込められていたらしい。
 彼女の推測では、トラップで亜空間に飛ばされたのではないか? とのこと。

 出口はなし。
 脱出する方法はわからない。

 ならば、いっそのこと次元を切り裂いてみようか?
 なんて、とても物騒なことを考え始めた頃……
 突然、トラップが解除されて、ここに戻ってこられたという。

 そんなソフィアに、ここで起きたことを説明した。

「私の偽物が……なんて厄介なトラップを。私がそちらのトラップにかかっていたら、危なかったかもしれませんね」
「え? そうかな? ソフィアが苦戦するとは思えないんだけど」
「大苦戦ですよ。フェイトが二人いるなんて……天国じゃないですか!」

 ぐっと拳を握りしめつつ、ソフィアが強く言う。
 その目は、ちょっとおかしい。

「右を見てもフェイト、左を見てもフェイト。すばらしいですね。きっと、私はどちらも持ち帰るでしょうね。そして……はっ!?」
「……」
「えっと……今のは、その、なんていうか……」
「ソフィア」
「……はい」
「とりあえず、なにも見なかった、ということでいいかな?」
「お願いします……」

 ものすごく恥ずかしそうにしつつ、ソフィアは小さく頷いた。
 たまに暴走するところも、彼女らしいところでもある。

「トラップの話だけど……僕の方で解除したから、ソフィアのトラップも解除されたのかもしれないね」
「そうかもしれませんね。ありがとうございます、フェイト」
「ううん、どういたしまして」
「ところで、ソフィアの方はどんなトラップが?」
「大したことはありませんよ。Aランク相当の魔物の群れ、百匹以上でしょうか? それらにまとめて襲いかかられただけですね」
「だけ、って……気軽に言えるようなことじゃないと思うんだけど」
「あれくらい、大したことありませんよ」

 さっき、罠にかかっていなくて本当に良かった。
 心底、そんなことを思う僕だった。

「フェイト?」
「な、なんでもないよ」

 とにかくも、ソフィアが無事でなによりだ。

「こんなトラップ、誰が用意したんだろう?」
「噂によると、妖精らしいですよ」
「妖精が?」
「最深部にある剣は、妖精が鍛えたと言われていますからね。誰にも渡したくないらしく、自分で守り、そのためにトラップを設置した……と、一部では言われています」
「なるほど、納得できる話だね。でも、そうなると、最深部には剣だけじゃなくて、妖精もいるのかな?」
「かもしれないですね」
「うーん、妖精かぁ……」

 奴隷だった頃、色々なところを回ったけど、妖精を見かけたことはない。

 どんな姿をしているのだろう?
 物語にあるように、小さいのだろうか?
 綺麗な羽が生えているのだろうか?

「見てみたいのですか?」
「え、なんで僕の考えていることが……」
「私は、フェイトのことならなんでもわかるのですよ」

 「なんて」と挟み、ソフィアは舌をぺろっと出す。

「というのはウソです。フェイトは、とてもわかりやすいですからね。考えていることが、すぐ顔に出ます」
「そう、なのかな?」
「そうですよ。カードゲームをする時などは気をつけてくださいね」
「うーん……そんな機会、あるかどうかわからないけど、了解。気をつけるよ」
「では、次の階層へ向かいましょう」

 また同じようなトラップがあるかもしれない。
 あるいは、今以上に凶悪で厄介なトラップがあるかもしれない。

 細心の注意を払いつつ、僕とソフィアは九層の攻略に乗り出した。

 なにが待ち受けているか?
 けっこうドキドキしたのだけど……
 特にこれといって大きな障害に遭遇することはなくて、無事に攻略完了。
 最下層の十層に辿り着いた。

「情報通り、ここが最下層みたいだね」

 まっすぐに伸びた通路の先に扉が見える。
 おそらく、扉の先が最深部なのだろう。
 そう思わせる雰囲気が漂っていた。

 扉の前に移動して、耳を当てて、向こうの様子を探る。

「なにかわかりますか?」
「うーん……少なくとも魔物はいないみたいだけど、細かいところはよくわからないかな。開けてみるしかないかも」
「なら、開けてみましょう」
「ソフィアって、けっこう大胆だよね」
「ふふっ。伊達に剣聖は名乗っていませんよ?」

 ソフィアが前、僕が後ろ。
 ちょっと情けないけど、でも、彼女の方が力は圧倒的なので、これが正しい。

 布陣を決めて、扉の向こうへ突入する。

「……あれ?」
「空っぽ……ですね」

 一目で全部が見えるくらい、小さな部屋。
 中央に泉が湧いているだけで、他になにもない。

「この泉の底に、さらなる階層があるとか?」
「底が見えるので、それはないかと。他に、なにかしら仕掛けがあるのかもしれません。探してみましょう」
「了解」

 二人で手分けをして部屋を調べる。
 見落としがないように、徹底的に調査する。

 ただ、なにも見つけられなくて、時間だけが過ぎていく。

「うーん……あまり想像したくないのですが、もしかしたら、妖精が鍛えたという剣は誰かに持ち去られた後なのかも。これだけ探してもなにもないとなると、そう考える以外に……」
「残念だけど、確かに、そう考えるのが自然かもね……あれ?」

 ふと、違和感を覚えた。

 なんていえばいいのか……
 言葉にしづらいのだけど、なにかがおかしい、と本能が訴えてくる。

「……これは」
「フェイト、どうしたのですか?」
「ちょっとまって、なにかが……」

 その時、第三者の気配がした。
 今まで巧妙に隠していたのだけど、一瞬、気配が漏れた。

「そこ!」
「ひゃあ!?」

 なにもないところに手を伸ばす。
 すると、がしっとなにかを掴むことができて、悲鳴のような声が聞こえてきた。

「えっ、今の声は……というか、フェイトは、なにかを掴んでいるように見えますが……なにを?」
「僕もよくわからないんだけど、ここになにかがいるよ」

 手に伝わる感触からして、手の平サイズより少し大きいくらいだろうか?
 透明な、なにかがいる。

「くうううっ、ちょっと、離しなさいよ!」
「えっ」

 そんな声と共に、ぐらりと景色が歪んで……
 小さな小さな女の子が姿を見せた。
「はーなーしーなーさーいー!!!」
「いたっ!?」

 小さな女の子にがぶりと噛みつかれて、思わず手を離してしまう。
 その隙に、女の子は飛んで逃げる。

 ……飛ぶ?

「これって……」

 よくよく見たら、女の子には四枚の羽が生えていた。
 透き通るほどに綺麗で、まるでガラス細工のようだ。

 それと、やはり小さい。
 手の平サイズで、それと、ゆったりとしたワンピースのような服を着ていた。
 あんな服が売られているとは思えないから、自作なのだろうか?

 目尻は釣り上がり気味で、強気で勝ち気な印象を受ける。
 ただ、愛嬌のあるかわいらしい顔をしているせいで、全体的に愛らしさが勝る。

「ちょっと、そこのあんた!」

 女の子がビシッと俺を指差して、怒りの表情で言う。

「レディの扱いがなっていないんじゃないの? このあたしを、がしっと鷲掴みになんてどういうこと?」
「えっと……ご、ごめん?」
「ふんっ、謝れば許してもらえるとでも? はっ、甘々ね! 収穫したばかりのはちみつくらいに甘いわ!」

 小さな女の子はものすごく怒っていた。

 でも……よくよく考えたら、それも当然かもしれない。
 いきなり体を掴まれたんだ。
 とても恐ろしいだろうし、悪気がなかったとしても、そうそう簡単に許せることじゃないだろう。

 僕は深く頭を下げる。

「本当にごめん」
「え?」
「なにかいる、と思って手を伸ばしたらキミを掴んでいて、怖がらせようと思ったわけじゃなくて……って、これは言い訳だよね。本当にごめん。僕にできることがあれば、なんでもするよ」
「えっと……」

 小さな女の子は、虚を突かれたかのように目を丸くした。

 ややあって、ため息。

「あんた、あたしを捕まえに来たわけじゃないの?」
「そんなことはしないよ」
「本当に?」
「女神に誓って」
「……信じてあげる。それと、許してあげる」

 小さな女の子はにっこりと笑う。
 よかった、機嫌を治してくれたみたいだ。

「ところで、あなたは誰なのですか?」

 様子を見ていたソフィアが、我慢の限界という感じで尋ねた。

「ふふーん、このあたしのことが気になるの? 気になるのね? それも仕方ないわねー。なにしろ、こんなにも愛らしく可憐なんだもの。気にならない方がおかしいわ」
「もしかして、妖精ですか?」
「そう! その通り! 天下無敵の美少女妖精リコリスちゃんとは、このあたしのことよ!!!」

 妙な決めポーズを決めつつ、小さな女の子……妖精のリコリスは、そう名乗った。

「まさか、妖精と出会うなんて……」
「さすがに、この展開は私も想定していませんでした」

 妖精は希少種だ。
 その容姿に興味を持つ者が多く、昔、乱獲が行われたみたいで……
 今では、人前に姿を見せることはほとんどない。

 それが、こんなところで遭遇するなんて。

「リコリスは……あ、名前で呼んでもいいかな?」
「ええ、構わないわ。というか、二人も自己紹介しなさいよ」
「あ、そうだね。ごめん。僕は、フェイト・スティアート。冒険者だよ」
「私は、ソフィア・アスカルトです。同じく冒険者です」
「へー、冒険者なのね。なんで、こんなところに?」
「妖精が鍛えたと言われている剣がこのダンジョンにあると聞いて」
「剣? えっと……ああ、アレのことね」
「知っているの?」
「ええ。あたしが管理しているわ。ここ、最下層じゃなくて、実は十一層があるのよ。そこが宝物庫になっていて……はっ!?」

 なにかに気がついた様子で、リコリスは顔色を変えた。
 ピューと、慌てた様子で天井ギリギリまで飛ぶ。

「このあたしをうまく誘導して、宝物庫の話をさせるなんて、やるわね!」
「いや、えっと……」
「でも、あたしはなにも話さないわよ! どんなことをされても……えっちなことをされても、絶対に話さないわ!」
「……フェイト?」
「なにもしないからね!?」

 ソフィアが冷たい笑顔でこちらを見るので、慌てて否定した。

「リコリス、誤解をしないで。僕達は、無理矢理になんて思っていないよ」
「ふんっ、どうかしら。人間の言うことなんて、信じられないわね」
「それは……うん、そう思われても仕方ないと思う」
「え?」
「ひどいことをしてごめん」
「……なんで、あんたが謝るのよ? 別に、あんたが妖精狩りをしたわけじゃないんでしょ?」
「でも、それは人全体の罪だと思うから。だから、ごめんなさい」
「……」

 リコリスは、片方の眉をひそめた。
 それから、ゆっくりと降りてくる。

「フェイトは、変わった人間なのね」

 今、僕のことを名前で……?

「確かに、フェイトは変わっているかもしれませんね」
「えぇ、ソフィアまで」
「ですが、そこがフェイトの良いところなのですよ。私も人間なので、あまりアテにならないかもしれませんが……彼は、リコリスが知る人間とは違うということを保証いたします」
「同じ人間が言っても、本当にアテにならないわね」
「ですが、私は同じ女です」
「……」
「そこで、多少は信用していただけませんか?」
「……仕方ないわね」

 リコリスは、ふわりとソフィアの肩に降りた。

「フェイトと……ソフィアだっけ? あんた達は、確かに他の人間と違うみたい。害を与えようとしているわけじゃないって、信用してあげる」
「ありがとうございます。それで、できれば剣が欲しいのですが……ダメでしょうか?」
「んー……まあ、あたしは剣なんて使えないしいらないし、あげてもいいんだけど、条件をつけてもいい?」
「なんですか?」
「あたしのお願いを聞いてほしいの」

 リコリスは再び宙を飛び、僕達の前で滞空する。

「実のところ、あたしは二人のような人間を待っていたの。このダンジョンを踏破する力を持っていて、なおかつ、信頼できそうな人間を」
「どういうこと?」
「実は、最下層……あ、十一層の本当の最下層のことね? そこに、魔物が住み着いちゃったのよ」
「そんなことが……」
「フェイト達が欲しがっている剣とか、そういうのはわりとどうでもいいんだけど……でも、あたしの大事なものも宝物庫にあるの」
「大事なもの?」
「そう……とても大事なもの。ともすれば、あたしの命よりも大事よ」

 そう言うリコリスは、とても辛そうな顔をしていた。
 大事なものが手元になくて、魔物にどうかされているのではないかと、不安に思っているのだろう。

「ソフィア」
「はい、フェイトの好きなように」
「ありがとう」

 頼りになるだけじゃなくて、理解もしてくれて、とてもありがたい。

「その依頼、請けるよ」