グルド・ヒルディスは、良くも悪くも平凡な男だった。

 ヒルディス家の次男として生を受けて、貴族としての教育を受けてきた。
 いざという時のために剣の訓練もした。

 その実力は中の上。
 天才というわけではないが、ほどほどの才を持つ。

 それだけ。

 他に秀でた才があるわけではなくて、特別な能力を持つこともない。
 平凡な男だ。

 ただ、グルド本人はそのことを気にしていない。
 平凡だからといって、両親が差別をするようなことはなくて、優れた兄と同じに愛してくれた。
 優しくしてくれた。

 家は、十離れた兄が継ぐことになっているから、特にプレッシャーもない。
 将来は兄の補佐をすることになるんだろう、と思っていた。

 ターニングポイントは、グルドが十歳の時にやってきた。
 家を継ぐはずだった兄が事故で死んでしまったのだ。

 他に子供はいない。
 グルドが後継者となり……
 そして、家を継いだ。

 最初は問題はなかった。

 天才と呼ばれた兄と比べると劣るものの、一人で為政の全てを行うことはない。
 優秀な者にサポートをしてもらうのが当たり前だ。

 ヒルディス家は人材が豊富で、若い新しい当主をしっかりと支えることができた。
 引退した両親も戻ってきてくれて、色々と助言を授けてくれた。

 そのおかげで、最初はうまくいっていたのだけど……
 それだけ。
 現状維持が精一杯で、領地が発展することはない。
 兄が生きていた頃は活発だった街が、とても静かになっていた。

 やがて、人々はとある想いを口にするようになる。

「どうして、兄が死んでしまったのだろう? どうして、グルドが残ってしまったのだろう?」

 人々はグルドに不満を持っていたわけではない。
 ただ、もしも兄が生きていたら? という想いを捨てることができず……
 ついつい、そんなことを口にしてしまっていた。

 無自覚の言葉の刃はグルドの心を抉る。

 ここにきて、グルドは始めて兄と比べられることになった。
 そうやって、己が非力であることを、これ以上ないほど嫌というほど認識させられた。

 力がないから自分を認めてくれない。
 力がないから兄を求めてる。
 力がないから……

 いつしかグルドは力を求めるようになった。
 力さえあれば認めてもらえると、そう錯覚するようになった。

 以来、グルドは強くなることだけを考えるようになった。
 いかにして力を手に入れるか、だけを考えた。

 そして……

 ある日、黎明の同盟を名乗る者が接触してきた。
 彼らはうさんくさい連中ではあったものの、魔剣という非常に魅力的なアイテムを持っていた。

 人を超えた力を持ち主に与えてくれる。
 もちろんリスクはあるのだけど……
 しかし、力を手に入れられるのならば問題ない。
 リスクなんて気にしない。

 そう判断したグルドは黎明の同盟と交渉して魔剣を譲り受けた。

 そうして、グルドは力を手に入れた。

 魔剣の力は想像以上だった。
 Aランクの冒険者でさえ、グルドに勝つことができない。
 平凡だったはずのグルドが全てを上回るようになっていた。

 力を手に入れた。

 長年の夢を叶えることができたグルドは、次の行動に出る。
 力を得た者が取る行動は?

 それは……
 己の力を見せつけて、他者を従えることだった。

 力があればなんでもできる。
 人を思うように動かすことができる。
 もう、なぜ兄が生き残らなかったのか、なんて言わせることもない。

 そう。
 力こそが正義なのだ。

 ……その日、グルドの心の中で、致命的なエラーが起きたのだけど、本にも含めてそれに気がつく者はいないのだった。