「フェイトっ、大丈夫ですか!?」

 十分ほどして、ソフィアが駆けつけてきた。
 彼女一人ではなくて、冒険者や憲兵らしき人も一緒だ。

「怪我はしていませんか? 毒を受けたりしていませんか? 心のダメージは?」
「えっと……僕は大丈夫。そんなに心配しないで」
「本当ですね? なにもありませんね? 無理はしていませんね?」

 過保護だなあ。

 でも、それだけ僕のことを心配してくれているわけで……
 それはそれで、素直にうれしいと思う。

「ところで……」

 ソフィアが、地面に倒れているシグルドをちらりと見た。
 ゴミでも見るかのような視線で、とても冷たい。

「殺していないのですか?」
「うん」
「彼は、殺されても文句を言えないことをしましたし……まあ、反省はしなさそうなので文句は言いそうですが。あと、手にかけたとしても、罪状を考えると、フェイトが罪に問われることはないと思いますよ?」
「恨みがないと言えばウソになるよ」

 奴隷にされたこと。
 五年間、好き勝手されたこと。
 今でも許せない。

 でも……

「シグルドと同じレベルに堕ちたくないから」
「……」
「僕は、僕らしくあろうというか……らしさ、っていうのも、まだよくわからないんだけど……それと、こんな人でも、いなくなると、もしかしたら悲しむ人がいるかもしれない。そう考えたら、無理だった」
「そうですか……優しいのですね、フェイトは」
「意気地がないだけかもしれないよ」
「いいえ。フェイトのその想いは、優しさですよ。誰かのことを考えることができる……それは、とても大事なことだと思います。甘いと言われるかもしれません。ですが私は、フェイトのそんな優しさを、誰よりも誇りに思います」

 僕の決断、行動を肯定するかのように、ソフィアはニッコリと笑うのだった。



――――――――――



 冒険者ギルド。
 ギルドマスターの部屋。

「やれやれ……まいったな」

 アイゼンはため息をこぼし、調査報告書を机の上に置いた。

 報告書の内容は、シグルド達が起こした事件についてだ。
 フェイトに罪をなすりつけようとして、三人の無関係の者を殺害。
 それだけではなくて、領主の殺害も企てた。

 さらに、過去に遡り記録を調べていくと……
 断片的ではあるが、フェイトを無理矢理に奴隷にしたという証拠が浮上してきたという。

「殺人に領主の殺人未遂、無理矢理に奴隷にした……死刑は確定だな。よほど運が良かったとしても、強制労働奴隷に堕ちることは免れない。果てに、自分達が奴隷になるとは、なんとも皮肉な結末だ。スティアートの件も見逃して、ごまかしてやったというのに」

 やれやれ……と、アイゼンは再びため息をこぼした。
 それから、頭が痛いとこめかみの辺りに指をやる。

「シグルド達め……まさかここに来て、あんな暴走をしてくれるとはな。ここまでされたら、さすがに尻拭いはできない……斬り捨てるしかないな」

 そう言うアイゼンの顔は歪んでいた。
 色々な悪意を詰め込み、じっくりと煮詰めたかのような……
 悪鬼のような顔をしていた。

「まったく……しばらくは自由に動けそうにないな。自由に使える都合の良い駒を、また一から探さなくては」

 タンタンタン、とアイゼンは苛立たしげに机を指先で叩いた。
 そのリズムを聞きながら、考える。

 シグルド達は良い駒だった。
 問題児ではあるものの、とある契約を結んだことにより、自分のいうことを聞くようになった。
 彼らは、アイゼンに従うことで利益を得られることを理解しているため、忠実に命令をこなしていた。

 アイゼンがシグルド達に与えた命令は、とても公にはできないようなことばかりだ。
 対立する存在に対する脅迫や妨害。
 あるいは、抹消。

 その対価として、彼らのランクを上げた。
 元々はCランク程度の実力しかないのだけど、アイゼンの後押しによって、Aランクに上り詰めたのだ。

 さすがに、最近はやりすぎていたため、おとなしくさせるために罰を与えたのだが……
 それで、逆に暴走を招いてしまった。
 失敗である。

「やはり、スティアートが一番いいだろうな」

 才能は抜群。
 おまけに、彼をうまく使えば剣聖もついてくる。
 最高の手駒だ。
 だからこそ、途中からシグルド達の味方を止めて、彼に味方するようにしたのだから。

「まあ、後で考えておこう。色々と悪いことをしているという自覚はあるが、しかし、こうでもしなければ、冒険者ギルドは変わらん」

 差別は当たり前のように起きていて、冒険者をサポートするという理念は忘れられかけており、金ばかりを求めるようになっていた。
 既得権益にしがみつくものが、そのようにギルドを腐敗させたのだ。

 なればこそ、強硬手段に出たとしても、改革を成し遂げなければいけない。
 まっとうな方法でそれを貫くことは不可能。
 だからこそ、アイゼンはシグルド達を使い、悪事を行い、犠牲を生み出しても自分が正しいと思うことを実行してきた。

「そう……全ては、大義のためなのだ」
「……そのために、あなたはフェイトを犠牲にしてきたのですね? そしてまた、シグルド達がそうしたように、都合のいいように使おうとしているのですね?」
「なっ!?」

 突然、どこからともなく声が聞こえてきた。
 アイゼンは慌てて部屋を見回すが、誰もいない。

「なるほど、あなたの考えも、わからないではありません。今の冒険者ギルドの深部は、なかなかに腐っていますからね。膿を排除するには、大胆な行動が必要となる。痛みを伴う治療が必要なる。納得しましょう。ですが……」

 なにもないところからソフィアが現れた。
 パサリ、となにか軽いものが落ちるような音。
 それを聞いて、アイゼンはからくりを理解する。

「ソフィア・アスカルト……そうか! 俺がシグルド達に与えた、透明になる魔道具を使っていたのか!」
「ええ、正解です」
「くっ……しかし、なぜ俺のところに?」
「それ、本気で言っているのですか? フェイトが試験を受けた際、シグルド達は小細工を色々としていましたね? まあ、フェイトが全て自力で乗り越えてしまったので、私はなにもしませんでしたが……ですが、あなたは違います。気づいていたはずなのに、なにもしなかった。シグルド達の好きにさせていた。この点で、あなた達が裏で繋がっていることは明白でした」
「なぜ、そう言い切れる? 俺が、シグルド達の小細工に気がついていない可能性もあるのではないか?」
「三度の試験で、全て見逃していたと? あなたは、それほどの無能なのですか?」
「……」
「それに、よくよく考えてみれば、あなたはシグルド達の肩を持ちすぎです。ギルド職員に対しても、シグルド達に有利なことばかり命令しています。それで、繋がりがあると確信しました。彼らを使い、色々としていたようですね? この街のギルドマスターで収まるつもりはなくて、将来は、冒険者協会の上層部の一員になることでしょうか?」
「……ああ、そのとおりだ」

 アイゼンは強く拳を握りしめた。
 そして、強く言う。

「俺は今回、確かに悪事に手を染めた。シグルド達を利用した。しかし、それは全て大義のため! 冒険者ギルドの深部では、俺がしたようなことは当たり前のように毎日起きている。そのようなことを許せるものか? いや、許せるわけがない! 故に、俺は上に上り詰めて、改革をしなければならないのだ!!!」

 自分の行動は間違っていない。
 アイゼンは、そう主張するように、まっすぐな視線をソフィアにぶつけた。

 その視線を受けて……
 ソフィアは、どうでもいいというように嘆息する。

「どうぞ、好きなようにしていただければ」
「……なに?」
「確かに、今のギルドは微妙なところですね。それなりに腐敗が進んでいるのでしょう。冒険者の私がそう感じるのだから、ギルドマスターであるあなたからしたら、もっと大きな危機感を覚えているのでしょう。それを改革したいというのならば、お好きにどうぞ。止めるつもりは、まったくありません」
「キミは、俺を捕まえるために来たのではないのか……?」
「そのようなこと、一言も言ってませんよ」

 ソフィアは冷たく笑い、

「私は、忠告に来たのですよ」