「ってなことがあったわ!」

 しばらくしてリコリスが戻ってきて……
 とんでもない話を聞かされた。

「領主に対する不満を持つ人が集まって、武装蜂起を企んでいる……?」
「そんな話、冗談であってほしいのですが……さすがに、そんなつまらない冗談を口にする大人はいないでしょうね」

 さすがに、今日明日でクーデターが起きることはないと思う。
 まだ計画段階ということなら、入念な準備が必要なはずだ。
 今日決断されたとしても、一ヶ月以上の猶予はあると思う。

 ただ……
 事態は逼迫している、ということが問題だ。

 クーデターを企むなんて相当な覚悟がないと無理だ。
 そんな覚悟をしてしまうほどの環境が形成されているとなると……
 アルベルトの言っていることは、正しいのかもしれない。

「ソフィアはどう思う?」
「そうですね……巧妙な罠という可能性もありますが、ただ、そういうことを考えていたらキリがないですね」
「うん。ついでに言うと、僕達とアルベルトが出会ったのは、本当に偶然だと思うんだ。それなのに、これだけの規模の罠を用意しておくなんて不可能だと思う」
「と、なると……」
「ひとまず、アルベルトは嘘を吐いていない、って判断してもいいんじゃないかな」

 もちろん、全てを信じることはできない。
 実は秘めた野望があって、僕達を利用しようと企んでいるかもしれない。

 でも、ソフィアが言ったように、そういう可能性を考えたらキリがないから……
 ひとまず、もっとも可能性の高い方向で話を進めたいと思う。

「で……結局のところ、あたしらはどうするの?」

 リコリスが根本的な問いかけを投げてきた。

「うーん、悩ましいところだよね……」

 アルベルトの言っていることが正しいとしても、彼に協力するかどうかは別の話だ。

 僕達と関係ない、っていう話じゃなくて……
 問題は、アルベルトがやろうとしていることにある。

 現状、領主が悪政を敷いている可能性は高いと思う。
 それをなんとかしたい、っていう気持ちはわかるんだけど……

「簒奪なんて……いいのかな?」

 正しいことを成すために正しくないことをする。
 アルベルトがやろうとしていることは、つまり、そういうことで……

 そんな彼に力を貸していいのか、迷って悩んでしまう。

「私は……」
「うん」
「……協力しても良いと思いました」

 ちょっと意外な答えだった。

「どうして?」
「世の中、正しいことが全てではありません。時に非情な手段を取ることが必要になります」
「それは……」
「この街に残された時間は少ないです。まっすぐな手段で正そうとしても、時間がかかり、その分被害が大きくなります。それに、時間をかけてしまうとクーデターが起きて、さらに混乱が大きくなるでしょう。そうなる前に……というのは、わからない話ではありませんから」
「うん……そうだね」

 正しいことだけを成そうとしてもうまくいかない。
 そのことは、奴隷だった経験がある僕にはよくわかる。

 だから、アルベルトのやろうとしていることも理解できた。

 できたんだけど……

「……」

 なんか、しっくりとこない。
 もやもやした感じが残る。

 僕は、そこまで潔癖なつもりじゃなかったんだけど……
 やっぱり、簒奪っていう強引な方法が許せないのかな?

「フェイトは、やはり反対ですか?」
「えっと……」
「私はフェイトに従います。彼に協力しても良いですし、王都への旅を優先しても構いません。まったく別の、第三の道を探すというのでも大丈夫ですよ」

 どんな選択肢も受け入れる、というような感じで、ソフィアがにっこりと笑う。
 そんな彼女の笑顔を見ていたら、不思議ともやもやが消えていった。

「……うん、アルベルトに協力しよう」
「いいんですか?」
「思うところはあるけど……大丈夫。それに、こんな状況を知ったのに知らなかったフリをするなんて、そんなことはしたくないから」
「ふふ、それでこそ、私の大好きなフェイトです」

 ソフィアが嬉しそうに笑い、

「いい、アイシャ? あれがドバカップル、っていうヤツよ」
「ド?」
「バカップルを超越した、さらに進化したバカップルね。周囲の目なんか気にしない。いつでもどこでも二人きりの世界を作り、イチャイチャすることができる」
「おー」
「アイシャに変なことを教えないでください!」

 そして、いつものようにリコリスが変なことを言ってソフィアに怒られる、というパターンが形成されるのだった。