この剣はとことん頑丈だけど、切れ味は普通だ。
 なので、うまく刃が通るか不安だったのだけど……

「ぐぁッ!?」

 シグルドの脇腹を切り裂くことに成功した。

 血が流れ、苦痛のうめき声をこぼす。

「おぉおおお……うぉおおおおおっ!!!」
「えぇ!?」

 それがどうした、というような感じで、シグルドが突貫してきた。
 まるで砲弾だ。
 慌てて横に跳んで回避。

 さらなる追撃を避けるために、後ろへステップを踏んで距離を取る。

「ダメージは与えているみたいだけど、でも、そんなことは気にしていない……か」

 なんて厄介な。
 ドーピングのせいで、脳内麻薬でも分泌されているのか、痛みをまったく感じていないみたいだ。

 こうなると、普通の攻撃をしても無駄だろう。

 足を折るなどして、行動不能に陥らせるか……
 あるいは、首を斬り飛ばして、命を断つか。
 そこまでしないと止まらないのかもしれない。

 とはいえ、今のシグルドを相手に、そんなことができるのか?
 暴れ回る攻城兵器のようなもので、なかなかに厳しい。

「し、ねぇえええええっ!!!」
「ウソだぁ!?」

 シグルドは近くにあったベンチを片手で掴み上げると、勢いよく投げてきた。
 慌てて避けるのだけど、

「おおおおおぉっ!!!」

 そこを狙い、シグルドが距離をつめてきて、剣を叩きつけてくる。

「くっ」

 紙一重のところで避けることに成功。
 それから、カウンターの一撃。
 剣をまっすぐに構えて、シグルドの膝に刃を突き入れる。

「ぐあっ!?」

 さすがにこれは無視できなかったらしく、シグルドが片膝を地面につけた。

 相変わらず痛みは感じていないみたいだけど……
 ただ、膝をやられたことで自由に動けないらしい。

「この俺が、こんな、ところでぇえええええっ!!!」

 折れた剣を叩きつけながら、もう片方の拳を振るう。
 パワーはすさまじいものの……
 膝をやられた影響で、スピードは格段に落ちている。

 これならばと思うが……
 しかし、ここに来て僕は迷う。

「……どうやって、終わりにすれば?」

 完全に僕のペースだ。
 同じように、もう片方の足の膝も壊して……
 腕の神経などを斬れば、行動不能に陥らせることが可能だろう。

 ただもう一つの選択肢がある。

 今なら……シグルドを殺すことができる。

 この戦いは、僕が制していて……
 シグルドの生殺与奪権を握っていると言っても過言ではない。

「……」

 そのことに気がついた時、どろどろと暗い感情が湧き上がってきた。
 五年もの間、シグルド達に虐げられてきた記憶が蘇る。

 無理矢理に奴隷にされた。
 何度も死ぬような目に遭った。
 涙を流して、血を吐いたのは一度や二度じゃない。

「今なら」

 五年の恨みを晴らすことができる。

 やりすぎだ、と責められることはないだろう。
 ドーピングをしたシグルドの力は驚異的で、手加減なんてできなかった、と言えば信じてもらえるだろう。

 このまま殺したとしても……
 その首をはねて、復讐を果たしたとしても……

 なにも問題はない。
 むしろ、そうするべきだというかのように、状況が整いすぎていた。

「……」

 襲い来るシグルドの攻撃を避けると同時、カウンターを叩き込む。
 剣の腹で側頭部を強烈に叩く。

 パワーやスピードがアップしているものの、肉体的強度はそのままらしい。
 強烈な衝撃が脳に伝わり、シグルドは地面に倒れた。
 意識は残っているものの、もう動くことができないらしく、指先をピクピクとさせてうめき声をこぼすだけだ。

「ぐ、ううう……この俺が、こんな無能に……」
「あなたという人は、まだそんなことを……!」
「……殺せ。てめえなんかに、情けを、かけられてたまるか……」
「……」

 僕は無言で剣を振り上げた。

 逆手に持ち変える。
 そして、刃の切っ先の狙いを、シグルドの頭部に定める。

 後は一気に叩きつけるだけ。
 それで復讐を果たすことができる。
 五年の恨みを晴らすことができる。

 迷うことはない。
 シグルドは、それだけのことをしてきた。
 殺されたとしても、文句を言える立場じゃない。
 彼はそのまま煉獄に落ちて、業火に魂を焼かれることになるだろう。

 ザンッ!

 僕は剣を振り落とした。

「……てめえ」

 刃はシグルドを貫くことなく、彼の頬をかすめるようにして、地面に突き刺さる。

「なんで、殺さねえ……? てめえの情けなんか……」
「情けじゃないよ」
「なら……」
「ここでシグルドを殺したら、僕は、あなたと同じレベルに堕ちてしまう。気に入らないことは力で解決して、時に殺して、自分が絶対的に正しいと信じる暴君になってしまう。そんなことはイヤだから……だから、殺さない」
「……」
「僕は、シグルドみたいにはならない。僕は、僕だ。フェイト・スティア―トだ」
「クソ……生意気なガキだ……」

 そこが限界だったらしく、シグルドはがくりとうなだれて、意識を手放した。
 肉体的な力だけではなくて、心も彼に勝利した瞬間だ。

 僕は今、完全に過去に決着をつけることができた。

「……終わったよ、ソフィア」