「追い落とす、って……」

 とんでもない話が飛び出してきた。

 最初は、聞き間違いかと思うけど、

「父を蹴り落として、私が領主の座につきたいのだ」

 改めて、そんなことを言われてしまう。

 まともそうな人に見えて、その裏で、簒奪を考えていたなんて……
 なんて人だ。
 このことは、すぐに報告をして……

 って、待てよ?

 驚きのあまり短絡的な思考になりそうだったけど、よくよく考えてみるとおかしい。
 出会ったばかりの僕達に、そんなことを話すわけがない。

 普通の人なら、悪事に加担するかどうか、時間をかけて見極めるものだ。
 強いから、という理由で協力を求めるほど、アルベルトは短慮ではないだろう。

「……なにか事情があるんですか?」

 ひとまず話を聞いてみよう。
 ソフィアも賛成らしく、口を挟まない。

「ありがとう。きちんと話を聞いてもらえて、嬉しいよ」
「請けるかどうか、それは未定です。ちゃんと話を聞いてからです」
「もちろん、それでいいさ」

 そして、アルベルトは事情を語る。

 この街……レノグレイドは、銀鉱山で栄えているらしい。
 銀を採掘して、輸出。
 あるいは街で加工して、他所へ売る。

 街の人はそうやって生計を立ててきた。
 しかし最近、その構図にほころびが生じてきたという。

「流行病が発生してね。多くの人が病に倒れてしまったんだ」
「そんなことが……」
「幸いというべきか、致死性は低い。高熱は出るものの、一週間くらい寝ていれば治るんだ。ただ、感染力が高く、有効な治療法も確立できていないため、うまく対処することができなくてね……情けない話だ」

 そう語るアルベルトは、自分の力不足を心の底から嘆いているみたいだ。

「この非常時にするべきことは、治療と感染拡大の防止の徹底だ。感染してしまった者は、最悪の事態にならないようにしっかりと治療して、仕事を休み、感染が拡大しなように隔離しないといけない。いけないのだけど……」

 アルベルトは苦い顔に。

「父は……領主は、それを許さなかった」

 鉱石の採掘がストップすれば、収入がストップする。
 一時的ではあるものの、街の財源を失うことになる。

「父は言ったよ。このような病など恐れることはない、今まで通り、いつも通りの日常を過ごすことを命じる……と」
「それは……」

 わからない話じゃない。
 経済がストップしたら、やがて、街が崩壊してしまう。
 それを避けるために、必要以上の制限はかけない。

 理解できない話じゃないけど……
 だからといって、まったく制限をかけないのはいかがなものか?
 そんなことをしたら病は拡大する一方だ。
 収束は遠ざかり、余計に経済にダメージを受けてしまう。

 制限をかけつつ、経済も回していく。
 そのバランスをうまく取ることが大事だ。

「それどころか、財源が減ったからと、税を上げると言い出した」
「えぇ……」
「多少の熱なら問題ない、鉱山に出ろ、とも言った」
「えぇぇぇ……」

 領主の発言の方が問題だらけだ。

「前々から、色々と怪しいところはあったのだけど……ここに来て、利己的な思想が目に見えて現れるようになってね。このままでは、街が破滅するか……あるいは、父が破滅するだろう」
「なるほど」

 そうなる前に領主の座から蹴落としてしまう、というわけか。

 アルベルトの考えは過激なものだけど……
 時間がない今、他に有効な手はないだろう。

 この状況が長引けば長引くほど、人々と街にダメージがいくのだから。

「このまま、街の治世を父に任せておくわけにはいかない。だからこそ、荒々しい手段ではあるが、父を追い落とすことにした」
「なる、ほど……」
「どうだろう? 私に協力してくれないだろうか?」
「……少し考えさせてくれませんか?」

 今は、そう答えるのが精一杯だった。