アクアレイトの北は広大な森林地帯だ。

 開拓が進んでいるため、道は整備されているものの……
 その全てを切り開くことは不可能だ。

 この中を馬車で進むと、いざという時に身動きがとれない。
 なので、歩きで森林地帯を抜けることにした。

「ねえねえ、なんで歩きなの? お嬢さま的妖精なあたしには、ちょっと過酷なんですけど」
「リコリスは飛んでいるよね?」
「あー、それ妖精差別な発言よ。飛ぶのだって疲れるんだから」
「疲れた時は、僕の頭の上に乗っかるといいよ」
「ふふん、そうさせてもらうわ」

 なんで偉そうなんだろう?

「アイシャちゃんは大丈夫ですか? 疲れた時は、私がおんぶしてあげますからね」
「大丈夫、がんばる」
「うんうん、アイシャちゃんは偉いですね。すぐ人に頼ろうとする怠け者さんとは大違いです」

 ちらりとリコリスを見て、ソフィアがニヤリと笑う。

「むっ。あたしが怠け者なんて心外ね」
「リコリス、とは言っていないのですが」
「どう見てもあたしのことでしょ! まったく……いいわよ、これくらい、ずっと飛んでてやろうじゃない!」

 見事、挑発に乗せられたリコリスはがんばって飛び続けることに。

 僕は、別に頭の上に乗っても構わなかったんだけど……
 でも、そうか。
 甘やかしてばかりだと、本人のためにならないよね。

「オンッ!」

 ふと、スノウが吠えた。
 ぐるるる、と低く唸る。

 僕とソフィアは、アイシャとスノウ、それとリコリスを背中にかばい、それぞれ剣に手を伸ばす。

「魔物かな?」
「すぐ近くにはいないと思いますが、間違いないと思います」

 神獣であるスノウがここまで敵意を見せるなんて、魔物以外にいないだろう。
 そう判断した僕達は、警戒態勢に移行しつつ、ゆっくりと進む。

 ほどなくして、剣戟の音が聞こえてきた。

「無理に攻撃をするな! 守備に専念しろ!」
「二人一組で当たれ!」
「くっ、動きが速い……!?」

 これは……

 音がする方に視線を走らせると、道の先に馬車が見えた。
 馬が二頭使われている馬車で、豪華な装飾が施されている。

 そんな馬車の周囲には、武装した兵士が六人。
 それぞれ馬車を背中にかばい、魔物と戦っている。

 どうやら、旅人が魔物に襲われているみたいだ。

「スノウは、あれに反応していたのかな?」
「みたいですね。馬車を襲っているのは……ファイアベア。なるほど、厄介な相手ですね」

 ファイアベア。
 名前の通り、熊型の魔物だ。

 体は大きく、力が強いだけじゃなくて、動きも素早い。
 さらに火を吐くという、とんでもない能力を持った魔物だ。

 そんなファイアベアが、三頭、馬車を襲っている。
 思わぬ強敵を相手に、護衛の兵士達は苦戦しているみたいだ。

「フェイト、アイシャちゃん達をお願いします」
「うん、了解」

 頷くと同時、ソフィアが駆けた。

 その動きは、まさに風のように。
 一瞬で馬車の近くに駆け寄り……

「ふっ!」

 駆け抜けると同時に剣を振る。

 キィン!

 刃の軌跡に沿って、ファイアベアの頭部に傷が入り……
 そのまま胴体と分かたれた。

 電光石火の一撃。
 さすがソフィアだ。

「な、なんだお前は!?」
「いや、待て。その剣、その姿……」
「もしかして、剣聖ソフィア・アスカルト!?」
「助太刀します。あなた達は馬車をお願いします」

 返事を待たず、ソフィアは再び駆けた。
 真正面からファイアベアに突撃する。

 普通の人なら無謀な行為と嘆くところだけど……
 彼女の場合は違う。
 不意を突くとか死角に回り込むとか、そういう搦手は必要ない。
 それほどまでに実力差がある。

「ガァ!」

 ファイアベアが豪腕を振り下ろした。
 しかし、ソフィアは剣を一閃。
 その腕を切り飛ばしてしまう。

 さらに、返す刃でファイアベアの胴体を斬る。
 刃は胴体を両断して、ファイアベアを物言わぬ躯にする。

 最後の一匹は、敵わない相手と悟ったらしく逃げ出すが……

「すみませんが、人を襲った以上、逃がすわけにはいきません」

 ソフィアはあっさりとファイアベアに追いついて、その首を跳ね飛ばした。

 すごい。
 わずか十秒足らずで全滅させてしまった。

「あ、ありがとう。助かったよ……」
「どういたしまして。それよりも、馬車の中の人は……」
「素晴らしい!!!」

 馬車の扉が開いて、中から二十代くらいの男性が姿を見せた。
 彼は感動した様子でソフィアの手を取り……
 そっと、その手の甲にキスをする。