僕は剣を構える。
「我と戦うつもりカ?」
「そうだね」
水神が僕達人間を家畜として見ているのは、別に咎めるつもりはない。
人間も同じことをしているから、咎める権利なんてない。
でも、素直に従うかどうかは別だ。
されるがままとか。
言われた通りに生贄を捧げるとか。
おとなしくやられるとか。
そうそう思い通りにいかないっていうことを、教えてやる!
「愚かナ。人間ごときが我に敵うとでモ?」
「やってみないとわからないよ」
「くだらヌ。もういイ、消えヨ」
水神は全身を竜巻のように激しくうねらせつつ、回転した。
その勢いを乗せて、尾を叩きつけてくる。
ガァッ!!!
石畳が大きくえぐれ、破片が飛び散る。
なんて破壊力だ。
まるで、爆弾が炸裂したかのよう。
咄嗟に跳んで避けたものの……
直撃していたら、そこで終わりだっただろう。
「でも……それなら、全部避ければいいだけだよね!」
「ム!?」
水神が攻撃するよりも早く動いて、撹乱してやる。
右手に回り込み……
急旋回して、水神の左手へ移動。
それから前後の移動を繰り返して、常に攻撃を避ける。
流れてきた倒木などがあるから、足場には困らない。
「ネズミのようにちょこまかト!」
「体が大きいと大変だね!」
「グッ!?」
すれ違いざまに一撃を叩き込む。
剣の半ばまでを食い込ませたのだけど……
相手が大きすぎるせいで、大したダメージにはなっていないみたいだ。
ここまで大きいと、ものすごく苦戦しそうだ。
ある意味で、今までで一番の強敵かもしれない。
「人間ごときガ!」
「偉そうに言っているけど、その人間ごときに取り引きを持ちかけたあなたは、どれくらい偉い存在なのかな? そうでもないよね」
「貴様!」
挑発は成功して、水神の攻撃がさらに激しくなった。
苛烈な攻撃が続くけど……
でも、怒りに任せた攻撃なので、精度が甘い。
簡単に狙いを読めるようになったので、さっきよりも楽に避けることができた。
「とはいえ……」
適度に反撃を繰り出しているけど、致命的なダメージには程遠い。
この分だと、あと何回、斬りつけないといけないかわからない。
下手をしたら、数時間、戦闘が続くかも。
体力の心配はあまりしていない。
奴隷だった頃、もっと過酷な環境で三日間、寝ずに働いたことがあるし……
まだまだ余裕だ。
でも、街の被害が気になる。
これ以上、水神が派手に暴れたら、どうなるか。
街に致命的な被害が出てしまうかもしれない。
そんなことになる前に、どうにかして倒したいんだけど……
「フェイト」
ポケットから、リコリスがひょこっと顔を出した。
状況は把握しているらしく、珍しく真面目な顔だ。
「あたしに任せなさい!」
訂正。
いつものドヤ顔だった。
「胴体をちまちまと攻撃してもダメ。あいつの弱点は頭よ!」
リコリスは断定するような口調で、そう言った。
やけに自信たっぷりだ。
どこで、そんな知識を仕入れたのだろう?
「なんでそんなことを知っているの?」
「ふっふっふ、このリコリスちゃんに不可能はないわ!」
答えになっていないからね?
「ってか、大抵の生き物は、頭を潰されれば死ぬでしょ。あいつも例外じゃないわよ、たぶん」
「それはまあ、そうだけど……」
深い知識を持っているだけじゃなくて、ごくごく当たり前の話をしているだけだった。
すごいかも、と一瞬でも感心した僕がバカだったかもしれない。
「でも、さすがに攻撃が届かないよ」
「大丈夫。あたしが足場を作るわ」
「足場?」
「説明している時間がもったいないから、臨機応変よ! 即興で合わせて!」
「無茶を言うね!」
でも……
リコリスは無茶を言うことは多々あるけど、無謀を口にすることはない。
僕ならできる、と信じてくれているからこその発言だ。
なら、それに応えてみせないと!
「いくわよ!」
「いつでも!」
「んー……えいっ!」
リコリスの掛け声と共に、風を圧縮して作られた、空気の板が宙に並べられた。
それらは螺旋階段のように上に伸びて、水神の頭部へ繋がる道を作る。
「このっ!」
風の板を足場にして、跳躍。
さらに跳躍。
再び跳躍。
何度も何度も跳んで、空を駆け上がっていく。
「こざかしイ!」
水神がぐるっと回転して、風の板を吹き飛ばす。
でも、慌てる必要はない。
「ふふーん、これくらい、天才美少女魔法少女リコリスちゃんには、なんの障害にならないわね!」
すぐに新しい風の板が作り出された。
少女って、二度言っているからね?
心の中で律儀にツッコミを入れつつ、さらに駆け上がる。
「ぐっ……我に近づくナ!」
怒り……そして、焦る水神は、再び体をくねらせて風の板を破壊した。
ついでに僕も吹き飛ばそうとするけど……
そんな攻撃に当たってなんかやらない。
ソフィアの方が万倍も速い。
問題なく避けて……
そして、間髪入れず生み出された風の板を踏み込んでいく。
水神の頭部まであと少し!
「人間などニ……ふざけるナ!!!」
「っ!?」
怒りの咆哮を響かせた水神は、上体を反り返らせた。
力を溜めている様子で体を震わせて……
「ガアアアアアァッ!!!」
二度目の咆哮と共に、口から水を吐き出してきた。
大量の水を極限まで圧縮しているらしく、その威力に大気が震える。
キィイイインと耳鳴りがする。
極大の破壊力を持つ水撃が僕とリコリスに迫り……
「リコリス!」
「あ、うん!?」
とあるお願いをして。
……その直後、水撃が襲いかかってきた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
水神は荒い吐息をこぼしつつ、敵を探して視線を走らせた。
周囲の水を集めて、圧縮。
それを一気に解き放つ。
岩や鉄を紙のように砕く、水神の必殺技だ。
体力の消費が激しいため、連射はできないが……
まともに直撃すれば、人間は欠片も残らないだろう。
「……倒したカ」
水神は安堵した。
人間と見下していたが、とんでもなく強い相手だった。
妙な剣を持ち。
妖精と一緒で。
そして、とんでもない身体能力。
下手をしたら、負けていたのは自分だったかもしれない。
紙一重の勝利だ。
「忌々しイ……」
人間ごときに負けるところだった。
その事実が水神のプライドを傷つける。
苛立ち、舌打ちをして……
しかし、ほどなくして喜びの感情が湧いてくる。
「忌々しいガ……これでもウ、我の邪魔をする者はいなイ」
餌の時間だ。
もう一度、街の人間に生贄を催促しよう。
ここまで追い詰めているのだ。
何度か催促することで、ダメ元で生贄を捧げる者が現れてもおかしくはない。
そうすれば、再び人間の肉を味わうことができる。
これからも、定期的に餌を楽しむことができる。
「はははハ!」
笑いが止まらない。
水神の気分は最高潮に達して……
ザッ!!!
「……ハ?」
一気に最低に落ちた。
――――――――――
リコリスに魔法を使ってもらい、幻影を用意。
水神に僕達を倒した、と勘違いさせて……
その間に、風の足場を使い、さらに上昇。
一気に下降して、ありったけの一撃を水神の頭部に叩き込んだ。
「……ハ?」
完全に油断していたらしく、水神は間の抜けた声をこぼした。
そんなヤツの頭部に突き刺さる流星の剣。
防御力が高くて、刃は根本まで埋まっていない。
それなら……!
「これで……」
「き、貴様!? 死んだはずでハ……!?」
「終わりだよ!!!」
「ガッ!?」
全力で剣を押し込んだ。
根本まで流星の剣が埋まり、水神がビクンと全身を震わせる。
でも……まだだ!!!
「破山っ!!!」
逆手で剣を持ち、刃を埋め込んだ状態で技を放つ。
ゴガァッ!!!
岩が砕けるような音が響いて……
水神の頭部が吹き飛んだ。
巨体が力を失い、ゆっくりと倒れる。
僕は剣を引き抜いて、
「よし!」
一人、勝どきをあげるのだった。
水神を倒したことで、嵐はピタリと止んだ。
雨は上がり、風は穏やかなものに変わる。
空を覆っていた雨雲も消えて、太陽が顔を見せた。
氾濫寸前の川は、すぐに元に戻ることはないけど……
数日もすれば元の水位に下がるだろう。
アクアレイトは救われた。
誰かの力になることができた。
そのことはとても嬉しい。
嬉しいのだけど……
――――――――――
「むううう……!」
宿へ戻ると、不機嫌そうなソフィアが。
そんな彼女の前で正座をする僕とリコリス。
「無茶はしない、って約束しましたよね?」
「う、うん。そうだね」
「でも、リコリスの話を聞く限り、無茶をしたみたいですね?」
「そ、そうかな……? 無茶っていうほど無茶はしていないような……」
「一歩間違えたら、死んでいたかも……という攻撃を受けたと聞いていますが」
「うっ」
最後、水神が口から放ってきた水流のことだろう。
確かに、あれが直撃していたら即死だったと思う。
「危ないと感じた場合は、即撤退。二人で挑む……という約束をしていましたよね?」
「えっと……あれくらいなら、そんなに危ないことは……」
「危ないです!」
ピシャリと言われてしまい、反論の言葉を失う。
「前々から思っていましたけど、フェイトは自分のことに対して鈍感です。他人の痛みには敏感なのに、自分のことになると途端に鈍感になって、おざなりになってしまいます」
「そう……なのかな?」
「そうです!」
そんな自覚はなかった。
でも……
そう指摘されると、ソフィアの言う通りかもしれない。
奴隷生活が長かったから、誰かのために、と思うことが自然になって。
自分のことをないがしろにしていたのかもしれない。
「……もう」
「そ、ソフィア……?」
突然、ソフィアに抱きしめられてしまう。
ぎゅうっと、強く強く抱きしめられてしまう。
でも、痛いと思うことはなくて……
むしろ、温かくて優しい気持ちになれた。
「話を聞いて、とても心配したんですからね……」
「……ごめん」
「罰として、このまま抱きしめさせてください」
「それ、罰なの?」
「罰です」
「そっか……なら、じっとしていないとだね」
「はい」
静かで優しい時間が流れて……
「じー……」
「オフゥ……」
「「っ!?」」
アイシャとスノウがいることを思い出して、僕とソフィアはビクリと震えた。
顔を熱くしつつ、慌てて離れる。
「おとーさん、おとーさん」
「な、なに?」
「わたしも、ぎゅってして?」
「う、うん。もちろん! ほら、ぎゅー」
「えへへ」
抱きしめると、アイシャは嬉しそうに尻尾を振った。
「にひひ、アイシャが純粋でよかったわね」
「……うるさいですよ」
リコリスにからかわれて、ソフィアはさらに顔を赤くするのだった。
翌朝。
水神がいなくなったことで、綺麗な青空が一面に広がっていた。
温かい陽の光が降り注いで、街全体が輝いている。
うん。
これなら川を渡る船も出ているだろう。
「よかった、街が元通りになって。これで旅を再開できるよ」
「っていうか」
リコリスが口を開く。
「あたしらなら、嵐の中でも、どうにかして川を超えることができたんじゃない? 無理して水神を倒すことなかったんじゃない?」
「それは……」
リコリスの言うことは、たぶん、正しいと思う。
風の足場なんてものを作れるから……
僕やソフィアがアイシャとスノウを抱えれば、あの荒れ狂う川も超えられたはずだ。
はずだけど……
「でも、嫌なんだ」
「なにがよ?」
「困っている人がいるのに、それを見なかったことにするのは……嫌なんだ」
助けることができるのなら、助けたい。
助けられないとしても、自分にできることを探したい。
そう思うのは、わがままだろうか?
「フェイトは、それでいいと思いますよ」
振り返ると、ソフィアが優しい顔をしていた。
「フェイトは優しいところが魅力的で……それと、それが力にもなっていると思うんです。誰かのために……そう願うことで、力が湧いてきていると思うんです」
「そう、かな?」
「そうですよ。誰かのために動き時こそ、フェイトは、一番の力を発揮していましたから」
ちょっと照れくさいけど……
そう言ってもらえると嬉しい。
「まったく、仕方ないわねー。反対はしないけど、それに突き合わされるあたしの身にもなってほしいわ」
「リコリス……つんでれ?」
「オフゥ」
「なんでそうなるのよ!? ってか、アイシャにそんな言葉教えたの、どっち!?」
「え? いや、僕はそんなことは……」
「私も、そんな言葉を教えたことはないのですが……」
僕とソフィアは、揃って首を傾げた。
たぶん……
宿に泊まっていた時、他の客の話を聞いて覚えたんだろう。
子供って不思議だ。
親の知らないところで、どんどん成長する。
これから先、どんな風に成長していくんだろう?
どんなことを覚えていくんだろう?
それを知りたい。
知りたいからこそ、彼女を狙う黎明の同盟をなんとかしないといけない。
それと……
誰かが涙を流すのを止めたいから、っていう理由もある。
感謝されなくていい。
自己満足でもいい。
ただ、そうしたいと願うから、そうするだけだ。
「……もし」
声をかけられて振り返ると、宿にいたおじいさん……ヘミングさんが。
「……ありがとう」
「え?」
「あんた達に水神様の話をして……それから、ピタリと嵐が収まった。詳しいところはわからぬが、なんとかしてくれたのじゃろう?」
「えっと、それは……」
「なにも言わなくてもよい。ただ、お礼を言っておきたかったのじゃ。本当に……ありがとう」
「……はい」
僕が戦うことで、こうして、誰かの涙を止めることができる。
なら、戦うだけだ。
「お主ら、北へ向かうのか?」
「はい。王都を目指しているんです」
「なら、これを持っていくがよい」
手の平サイズのカードを渡された。
「王都は警備が厳しいから、入るのも一苦労じゃ。ただ、この通行証があれば、問題なく入れるじゃろう」
「ありがとうございます」
「せめてもの礼じゃ。ではな」
ヘミングさんはにこりと笑い、立ち去っていった。
それから、ソフィアがリコリスに、ニヤリと笑う。
「人助けをすることで、こうして得られることもあるんですよ?」
「むぐ」
「まあ、フェイトの場合、対価を求めてのことではありませんが……でも、そういうところが大好きです」
「あ、ありがとう。僕も、ソフィアのことが……」
「はいはい、隙あればイチャつこうとするんじゃないの。ほら、とっとと行くわよ」
リコリスに促されて、船着き場へ向かう。
こうして僕達は、色々とあったアクアレイトを後にして……
王都に向けて、さらに旅を続けるのだった。
アクアレイトの北は広大な森林地帯だ。
開拓が進んでいるため、道は整備されているものの……
その全てを切り開くことは不可能だ。
この中を馬車で進むと、いざという時に身動きがとれない。
なので、歩きで森林地帯を抜けることにした。
「ねえねえ、なんで歩きなの? お嬢さま的妖精なあたしには、ちょっと過酷なんですけど」
「リコリスは飛んでいるよね?」
「あー、それ妖精差別な発言よ。飛ぶのだって疲れるんだから」
「疲れた時は、僕の頭の上に乗っかるといいよ」
「ふふん、そうさせてもらうわ」
なんで偉そうなんだろう?
「アイシャちゃんは大丈夫ですか? 疲れた時は、私がおんぶしてあげますからね」
「大丈夫、がんばる」
「うんうん、アイシャちゃんは偉いですね。すぐ人に頼ろうとする怠け者さんとは大違いです」
ちらりとリコリスを見て、ソフィアがニヤリと笑う。
「むっ。あたしが怠け者なんて心外ね」
「リコリス、とは言っていないのですが」
「どう見てもあたしのことでしょ! まったく……いいわよ、これくらい、ずっと飛んでてやろうじゃない!」
見事、挑発に乗せられたリコリスはがんばって飛び続けることに。
僕は、別に頭の上に乗っても構わなかったんだけど……
でも、そうか。
甘やかしてばかりだと、本人のためにならないよね。
「オンッ!」
ふと、スノウが吠えた。
ぐるるる、と低く唸る。
僕とソフィアは、アイシャとスノウ、それとリコリスを背中にかばい、それぞれ剣に手を伸ばす。
「魔物かな?」
「すぐ近くにはいないと思いますが、間違いないと思います」
神獣であるスノウがここまで敵意を見せるなんて、魔物以外にいないだろう。
そう判断した僕達は、警戒態勢に移行しつつ、ゆっくりと進む。
ほどなくして、剣戟の音が聞こえてきた。
「無理に攻撃をするな! 守備に専念しろ!」
「二人一組で当たれ!」
「くっ、動きが速い……!?」
これは……
音がする方に視線を走らせると、道の先に馬車が見えた。
馬が二頭使われている馬車で、豪華な装飾が施されている。
そんな馬車の周囲には、武装した兵士が六人。
それぞれ馬車を背中にかばい、魔物と戦っている。
どうやら、旅人が魔物に襲われているみたいだ。
「スノウは、あれに反応していたのかな?」
「みたいですね。馬車を襲っているのは……ファイアベア。なるほど、厄介な相手ですね」
ファイアベア。
名前の通り、熊型の魔物だ。
体は大きく、力が強いだけじゃなくて、動きも素早い。
さらに火を吐くという、とんでもない能力を持った魔物だ。
そんなファイアベアが、三頭、馬車を襲っている。
思わぬ強敵を相手に、護衛の兵士達は苦戦しているみたいだ。
「フェイト、アイシャちゃん達をお願いします」
「うん、了解」
頷くと同時、ソフィアが駆けた。
その動きは、まさに風のように。
一瞬で馬車の近くに駆け寄り……
「ふっ!」
駆け抜けると同時に剣を振る。
キィン!
刃の軌跡に沿って、ファイアベアの頭部に傷が入り……
そのまま胴体と分かたれた。
電光石火の一撃。
さすがソフィアだ。
「な、なんだお前は!?」
「いや、待て。その剣、その姿……」
「もしかして、剣聖ソフィア・アスカルト!?」
「助太刀します。あなた達は馬車をお願いします」
返事を待たず、ソフィアは再び駆けた。
真正面からファイアベアに突撃する。
普通の人なら無謀な行為と嘆くところだけど……
彼女の場合は違う。
不意を突くとか死角に回り込むとか、そういう搦手は必要ない。
それほどまでに実力差がある。
「ガァ!」
ファイアベアが豪腕を振り下ろした。
しかし、ソフィアは剣を一閃。
その腕を切り飛ばしてしまう。
さらに、返す刃でファイアベアの胴体を斬る。
刃は胴体を両断して、ファイアベアを物言わぬ躯にする。
最後の一匹は、敵わない相手と悟ったらしく逃げ出すが……
「すみませんが、人を襲った以上、逃がすわけにはいきません」
ソフィアはあっさりとファイアベアに追いついて、その首を跳ね飛ばした。
すごい。
わずか十秒足らずで全滅させてしまった。
「あ、ありがとう。助かったよ……」
「どういたしまして。それよりも、馬車の中の人は……」
「素晴らしい!!!」
馬車の扉が開いて、中から二十代くらいの男性が姿を見せた。
彼は感動した様子でソフィアの手を取り……
そっと、その手の甲にキスをする。
「……へ?」
あまりにも突然のことに、ソフィアは目を丸くしてしまう。
さすがに、手の甲にキスをされると思っていなかったらしく、されるがままだ。
一方、相手の男性はソフィアの手を握ったままだ。
その状態で熱く語る。
「あなたがかの剣聖か。その実力はもちろん、それだけじゃなくて、とても美しい。まるで一流の美術家が描いた絵画のよう……いや、それ以上だ。神が作った奇跡としか思えない」
「え? あ、はあ……」
とんでもない口説き文句だけど、ちょっと遠回しな言い方のせいか、口説かれているという実感がないらしい。
ソフィアは生返事を返してしまう。
「そう……あなたは、女神。地上に降臨した女神そのものだ。この運命的な出会いに、全ての人々に感謝を捧げたい」
「えっと……」
「魔物に襲われた時は覚悟をしたが……なるほど。このような出会いがあるのならば、逆に感謝しなくてはならないな。女神と出会うきっかけをくれた魔物にも感謝を」
「あのー……」
これはどうしたら?
そう困った様子で、ソフィアがこちらを見て。
「あっ」
ソフィアの困り顔を見て、ようやく我に返る。
冷静に解説していないで、やるべきことがあろうだろう、僕!
「だ、大丈夫ですか!?」
慌ててソフィアと男性の間に割り込んだ。
無理に引き離したら不興を買うかもしれないと思い……
慌てているフリをして、二人を引き離した。
「む、君は……?」
そこでようやく僕の存在に気がついたらしく、男性は不思議そうな顔に。
それから、護衛の兵士に耳打ちされて、納得顔になる。
「おお、そうか! 剣聖殿と一緒に助けてくれたのか。なるほど、なるほど。君にも感謝しなければいけないな。ありがとう」
「え? あ……はい。どういたしまして」
邪魔をするな、とか。
私と彼女の間に立つな、とか。
そんなことを言われると思っていたけど、ぜんぜん違う。
純粋に僕に感謝しているみたいだ。
これで、実は違うことを考えていた、となったら、この人は相当な役者だ。
「剣聖殿に、将来有望な少年……うむ。このような出会いがあるなんて、今日はとても素晴らしい日だ。我が領の記念日にしたいな」
「えっと……」
やっぱり、この人はとても偉い人だ。
貴族であることは確定。
それと、今のセリフから考えると、どこかの領主でもありそうだ。
あるいは、その関係者。
「色々と話したいことはあると思うけど……思いますけど、まずは、ここを離れませんか? また、魔物に襲われないとも限らないので」
「おお、そうだったな。それもそうだ。それで……」
「はい、僕達も一緒に行きます」
いいよね? とソフィアを見ると、迷う間があってから、小さく頷いた。
いきなり口説かれて困っているのだろう。
「ただ、連れがいて……」
「ふーん、イケメンね。でも、この超超超プリティかわいいガールリコリスちゃんには敵わないわねー」
「おとーさん?」
「オンッ」
「ほう。リコリスに獣人の幼子に銀狼……これはまた、珍しい」
男性の目が輝いた。
ただ、悪巧みをしているという感じはしない。
どちらかというと、正義のヒーローを目の前にしたような子供のような感じだ。
「この子達も一緒でいいなら」
「うむ、うむ。もちろんだ。その者達は、二人にとって大事な存在なのだろう? ならば、それを拒むような恥はせぬ。ぜひ、歓待をさせてほしい」
ものすごく話がわかる人だ。
ちょっと変なところはあるけど……
でも、実は良い人なのかな?
「それと……招くと言っておいてすまないのだが、護衛を頼めないだろうか? ここは、思っていたよりも凶悪な魔物が多くてね。我が兵士達を信頼していないわけではないのだが、安全には安全を重ねておきたい。もちろん、相応の謝礼は払おう」
「はい、構いません」
「うむ、助かる。ではすまないが、頼んだ。ああ、そうそう。そちらのレディ達と子狼は、私の馬車に乗るといい。まだしばらく歩くことになるから、その方がいいだろう」
「あ、ありがとうございます」
自分の馬車に乗せてくれるなんて……
この人、変わっているだけで、ものすごく良い人?
どんどん評価が上昇していく。
でも……
「……」
「どうしたのですか、フェイト?」
とあることを思い返して、ついつい、面白くない顔をしてしまう。
それを見たソフィアは不思議そうな顔に。
「ううん、なんでもないよ」
この人は、ソフィアの手の甲にキスをした。
そのことがもやっとして……
ついつい嫉妬してしまう僕だった。
アクアレイトの北には広大な森が広がり……
それを抜けたところには、山が連なっていた。
その麓に広がる街が、レノグレイドだ。
アリの巣のように鉱道が伸びていて……
そこからとれる色々な鉱石が主な産業だ。
それ故、鉱山都市とも呼ばれているらしい。
僕達が助けた人は、アルベルト・ヒルディス。
レノグレイドの領主の息子だった。
ちょっとした用事でアクアレイトに出かけていたらしいけど……
その帰り道、魔物に襲われてしまったらしい。
そこに僕達が通りかかり……という状況だ。
「おー」
護衛は無事に終わり、僕達は、そのまま屋敷に案内された。
広いだけじゃなくて綺麗な調度品が並ぶ屋敷内を見て、アイシャが目をキラキラさせた。
巫女とか姫様とか言われているけど、やっぱり子供。
こういうところは好きなんだろうな。
「どうぞ、こちらへ」
メイドさんに案内されて、客間へ。
「こちらでお待ちください。なにかあれば、遠慮なく申しつけください」
そう言って、メイドさんは部屋の端に待機した。
ちなみにアルベルトは、最初に、領主である父親に報告しなければいけないと、今はこの場にいない。
本当は僕達とすぐに話をしたいのだけど……と、言っていた。
その態度に嘘はないように見えて、彼の人柄が表れているみたいだ。
……だからこそ、余計にソフィアの手の甲にキスをしたのがもやっとする。
「どうしたのですか、フェイト」
「え?」
「なにやら怒っているみたいですけど……」
「そ、そんなことはないよ」
感情が表に出ないように、表情はきちんとコントロールしていたはずだ。
でも、そんな僕を見てソフィアが優しく笑う。
「確かに、いつもと変わらない顔ですけど……でも、私にはわかります。どれだけ隠そうとしていても、フェイトの心はわかりますよ」
「……ソフィア……」
「どうしたんですか?」
優しい声で言われると、隠し続けることはできなかった。
「その……さっき、手の甲にキスをされたよね?」
「あ」
「それで、えっと……なんていうか、こう……もやもや、っと」
「……っ!」
ソフィアは、なぜかぷるぷると震えて、
「あーもうっ、フェイトはかわいいですね!!!」
「うわ!?」
思い切り抱きしめられてしまう。
「嫉妬ですか!? 嫉妬ですね!? もう、そんなことをするなんて、フェイトったら。そんなフェイトもたまらなくかわいくて、抱きしめてしまいたくなります」
「もう抱きしめているよ……」
「かわいすぎるフェイトが悪いんですよ?」
僕のせいなの……?
「でも……安心してください」
ソフィアの力が緩んで、さきほどまでと同じような穏やかな声で言う。
「私の心の中にいるのは、フェイトだけですよ。好きというカテゴリーなら、たくさんの人がいますけど……異性として愛しているのは、フェイトだけです。この部屋は、あなただけのものです」
「そ、ソフィア……」
「だから、大丈夫です」
「……うん」
嬉しくて。
温かい気持ちになって。
反射的にソフィアに手を伸ばして……
「あんたら、領主の屋敷でまでイチャつくとか、すごい根性ね」
「「っ!?」」
リコリスの言葉で我に返り、僕とソフィアは同時にびくんと震えて、離れた。
あ、危なかった……
リコリスの言う通り、こんなところでこんなことをしたらダメだ。
「またせた」
絶好のタイミングなのか、それとも最悪のタイミングなのか。
扉が開いて、アルベルトさんが現れるのだった。
「こちらから招いておいて、待たせてしまうなんて申しわけない。なるべく早く用事を片付けたのだが……うん? 二人共、顔が赤いがどうかしたのかな?」
「「な、なんでも!!」」
そうやって、慌てて首を横に振る僕とソフィアだった。
「まずは、礼を言わせてほしい。護衛を引き受けてくれて、ありがとう」
アルベルトが小さく頭を下げる。
領主の息子という立場なのに、一介の冒険者に頭を下げるなんて……
なかなかできることじゃない。
それに、顔も整っていて。
背も高くて。
「……」
この人と競ったら、僕は勝てるのだろうか?
実力じゃなくて、男としての魅力が勝っているのだろうか?
ついつい、そんなことを考えてしまう。
それに気づいてか気づいていないのか、アルベルトは話を進める。
「どうぞ、私のことはアルベルトとお呼びください」
「では、私達のことも名前でどうぞ」
「わかりました、ソフィアさん、フェイトくん。アイシャちゃん、スノウくん」
気さくな人だ。
性格も良い。
そうなると、この人がライバルになったら……
って、ダメだダメだ。
なにか真面目な話があるみたいだから、今は、そっちに集中しないと!
「剣聖であるソフィアさんは、さすがの腕でした。それだけじゃなくて、フェイトくんも素晴らしい力を持っている。二つ名や称号を持っていないのが不思議なくらいだ」
「あ、えっと……冒険者になって、まだ日が浅いので」
「なんと。それなのに、あれほどの実力を……才能があるんだね」
「あ、ありがとうございます」
アルベルトはソフィアだけに話をするのではなくて、僕にも声をかけてくれる。
というか、友達のような感覚で親しく話をしてくれる。
本当、良い人だ。
「……そんな二人を見込んで、お願いしたいことがあるのです」
アルベルトは軽く手を振り、メイドさんを部屋の外に下がらせた。
他の人には聞かせられない内容、っていうことか。
「あの、アイシャとスノウは……」
「もちろん、二人のことも信頼しているよ」
とてもありがたい言葉だった。
「それは、依頼っていうことですか?」
「ああ、その通りだよ」
「どうして僕達に?」
「二人は腕が立つだけではなくて、信頼できるように思えた」
「出会ったばかりなのに?」
「一応、私は人を見る目があるつもりなのさ」
ひとまず話を聞いてみよう。
そう判断して、続きを促す。
「これからする話は、絶対に内密にしてほしい。ソフィアさんとフェイトくんだからこそ、話をする。依頼を請ける請けないは、後で判断してもらって構わないけれど、他言無用ということだけは、今ここで誓ってもらいたい」
「わかりました、絶対に話しません」
「ええ。女神に誓います」
「ありがとう」
そう言って笑うものの……
アルベルトは、すぐに笑みを消して、重い表情になってしまう。
彼をこんなにさせてしまうなんて……
いったい、どんな依頼なのだろう?
緊張して、でも、ちょっとだけわくわくした。
冒険者の生活に、すっかり馴染んだ、っていうことなのかな?
「依頼というのは……この街、レノグレイドの領主である父を追い落とす手伝いをしてもらいたい」