家よりも大きな影が湖底を動いている。

 ゆったりとした動きで……
 でも、どこか活き活きとした様子で、この状況を楽しんでいるかのようだった。

「あれが水神かな……?」
「かもしれないわね。ちょっと試してみるわ」
「え? 試すって……」

 不思議に思っていると、リコリスがなにか叫んだ。
 それは人間の言語じゃなくて、聞き取ることができない。

 鳥の鳴き声に似ているけど……
 いったい、なにをしたんだろう?

「今のは……」
「魔物の言語よ。ほら、あたしって超絶かわいくてプリティだから、それくらいできちゃうのよねー」

 同じこと、二度言っているからね?

「魔物の言語を話せるなんて、すごいね」
「ふふーん、翻訳、通訳は任せなさい!」
「って……うわ!?」

 ゴゴゴと足元が揺れる。

 地震?
 いや……違う。

 湖底で動いていた影が急速に大きくなる。
 一気に浮上して……
 その衝撃で地面が揺れているんだ。

 ザァアアアッ!!!

 ほどなくして、湖面を割るようにして巨大な影が現れた。

「……すごい……」

 とんでもなく巨大で、五十メートルくらいあるだろうか?
 小人になったような気分だ。

 蛇のような、うねる胴体。
 ところどころに、魚のヒレのような羽が生えていた。
 左右に一本ずつで、計八本。

 頭部は大きな角と髭が生えていて、鋭い牙が顔を覗かせている。
 鋭い顔つきは、ありとあらゆる生き物の頂点に立つ威厳を備えていた。

 龍。

 おとぎ話に出てくる存在が、今、目の前にいた。

「……小さき者ヨ」
「しゃべった!?」
「なにを驚ク? 言語を操ることは、人間だけの特権と思ったカ?」
「あ、いや。そんなことは……リコリス?」
「……」

 気がつくと、リコリスが唖然とした様子で震えていた。
 龍の出現に怯えて……

「ちょっとあんた、なんで喋れるのよ!? 通訳なら任せておきなさい、とかドヤ顔してたあたしがバカみたいじゃない!」

 どうでもいい理由で怒っていただけだった。

「何用ダ?」
「えっと……質問があります。この街の嵐は、あなたが引き起こしているんですか?」
「いかにモ」

 あっさりと認められて、少し拍子抜けしてしまう。

 とぼけられるか、否定されると思っていたんだけど……
 うーん?

「なら、今すぐに嵐を止めてください。このままだと、街が沈んでしまいます」
「構わなイ」
「え、いいんですか?」

 またしても予想外の返事。
 もしかして、けっこう話が通じる……」

「構わないガ、生贄をよこセ」

 ……通じなかった。

「嵐を止めたいのならば生贄をよこす契約ダ。それが認められないのならバ、汝の願いは聞き届けられなイ」
「……契約っていうけど、この嵐はあなたが引き起こしているんですよね?」
「そうダ」
「それなのに、やめてほしいなら生贄をよこせっていうのは、ちょっと横暴じゃないですか?」
「そういう契約ダ」
「自分で事件を引き起こしておいて、無茶な話じゃないですか?」
「そうは思わなイ。汝ら人間は家畜を飼うだろウ?」
「それが……なにか?」
「家畜を相手に必要以上に気をつかうカ? その心象を気にするカ? しないだろウ。つまりそういうことダ」
「……なるほど」

 理解した。
 こいつは敵だ。