「はっ……! はっ……! はっ……!」

 人気のない裏路地を、シグルドとレクターが走っていた。
 息が切れていて、体力もどんどん奪われている。

「シグルド、止まってください」
「どうした?」
「この先に、なにかの気配が……どうやら、魔法のトラップみたいですね。範囲内に侵入すると、大きな音を立てるというものです」
「解除できるか?」
「少し時間をください」

 レクターはトラップの解除を試みる。

 それを待つ間、シグルドは舌打ちをして、苛立たしそうに頭をかいた。

「ちくしょう……なんで、こんなことになるんだ!」

 今回の事件を計画するにあたり、裏の情報屋を使っていたのだけど……
 その情報屋から、ミラが失敗して逮捕されたと知らされた。

 それだけではない。
 シグルド達が共謀していることがバレて、冒険者資格は剥奪。
 三件の殺人事件と領主の暗殺未遂で指名手配されることに。

「くそっ、完璧な計画だったはずだ。現に、誰も気づかなかった。俺達を捕まえることはできなかった。後は、あの無能に罪を被せるだけだったっていうのに……くそくそくそっ、ちくしょう!!!」
「……その無能が、ミラの逮捕に貢献したらしいですよ」

 トラップの解除を終えたレクターは、苦い顔で言う。

「なんだと、それは本当か?」
「本当かどうか、わかりませんが……最後に、あの情報屋がそのようなことを言っていました」
「バカな!? あの無能が、いったいどうやって、俺達の犯行を見破ったっていうんだ! 俺達の計画は完璧だ。あの剣聖ならともかく、無能ごときに、俺達を捕まえられるわけがねえ!!!」
「それは、私も同意見なのですが……しかし、情報屋は……」
「くそっ……あのガキ! 俺達が使ってやっていた恩も忘れて、こんなことをするのかよ! ふざけやがって!!!」

 フェイトは、シグルド達に感謝したことはない。
 逆に、無理矢理奴隷にされたことを恨んでいる。

 そのことは、ハッキリと伝えていたはずなのだけど……
 シグルド達は、自分達に都合の良いことしか考えることができない。
 そんな思考回路しか持っていない。

 故に、破滅を迎える。

 今まで好き勝手してきたツケが回ってきたのだ
 その引き金となったのがフェイトというのは、なんとも皮肉な話ではある。

「この俺が、こんな惨めな思いをするなんて……!」
「今は辛抱の時です。遠くに逃げて、再起を図りましょう。いずれミラを助け出して、あの無能に礼を返して、逆襲してやりましょう」
「……ああ、そうだな。いつか、後悔させてやる。覚えていろよ、フェイト・スティアート……この借りは、絶対に返すからな」
「悪いけど、そういうわけにはいかないよ」
「「っ!!!?」」



――――――――――



 ソフィアと一緒に街を探すこと、しばらく……
 裏路地で、シグルドとレクターを発見した。

 剣を抜いて構える。

「ソフィア、冒険者と憲兵隊に連絡を」
「はい、わかりました」

 ソフィアが笛を鳴らす。
 ピィイイイと甲高い音が響き渡る。
 五分もすれば応援が駆けつけてくるだろう。

「さて……おとなしく投降してくれませんか?」

 ソフィアも剣を抜いた。
 たったそれだけで、空気がビリビリと震える。

 剣聖の境地に至る者が闘気をまとった結果だ。
 並の者ならば、これだけで失神しているだろう。

「ふざけんじゃねえっ、誰がてめえらなんか投降するかよ!」
「剣聖とはいえ、無能が足を引っ張っているため、大したことはできないはず。シグルド、コンビネーションでいきますよ」
「ああ、いいぜ」

 シグルドとレクターも戦闘態勢に入る。

 そして、戦闘が始まる……まさにその瞬間。

「レクター、後は頼んだぜ!」
「ぐっ!? し、シグルド、なにを……!?」

 シグルドがレクターを蹴り飛ばした。
 まったくの予想外だったらしく、レクターはまともに吹き飛ばされて、こちらに飛んでくる。

 シグルドの行動は、こちらも予想外だ。
 彼を避けることができず、僕とソフィアは、折り重なるようにして倒れてしまう。

「お前の献身は忘れないぜ!」
「シグルド、まさか、仲間である私を……そんな、どうして!!!?」

 レクターは悲痛な叫び声をあげるものの、無視して、そのまま走り去る。

「……」

 見捨てられた。
 それだけではなくて、捨て石にされた。

 相当にショックだったらしく、うなだれている。

「邪魔なので、どいてくれませんか?」
「うぐっ」

 ソフィアは容赦なくレクターを蹴り飛ばして、どかす。

「ソフィア、容赦ないね……」
「邪魔をする方が悪いのですよ」

 ソフィアも鬱憤が溜まっていたのだろう。
 なかなかに怖い笑顔をしていた。

「援軍が到着するまで、ソフィアはレクターを頼める? 茫然自失、っていう感じだけど……さすがに、見張りは残しておかないと」
「フェイトは、シグルドを追うのですか?」
「うん」
「……」
「どうしたの?」
「うまく言葉にできないのですが、なにかイヤな予感がするのです」

 ソフィアは深刻そうな顔で言う。
 ただ、具体的な言葉は見つからないらしく、もどかしそうだ。

 そんな彼女の言葉を無視するなんて、ありえない。

「最大限に警戒するよ」
「できることなら、私が向かいたいのですが……」
「……ごめんね。今回だけは、僕にやらせて。完全に僕の都合でしかないんだけど……シグルドと決着をつけるのは、僕じゃないとダメなんだ。模擬戦とかじゃなくて、しっかりとした戦いで過去に決着をつけたいんだ」
「わかりました。もう引き止めることはしません。ただ……」

 ぎゅうっと、ソフィアが抱きついてきた。
 ちょっと痛い。
 でも、彼女は僕のことを心配してくれているわけで……

 とてもじゃないけれど、離れて、なんて言うことはできない。

「がんばってくださいね」
「うん」
「……よし」

 どこか納得した様子で、ソフィアが離れた。

「この男を援軍の方に引き渡したら、私もすぐに追いかけます。なので……」
「無理は禁物、だね」
「先に言われてしまいました」
「ソフィアのことだから、なんとなくわかるんだ」
「ずるいです」
「じゃあ、行ってくるね」
「はい……気をつけて」

 過去に決着をつけることは大事だけど、ソフィアを泣かせないことは、もっと大事だ。
 絶対にそんなことにならないように、細心の注意を払わないと。

 そう決意して、僕はシグルドの追撃に移行した。