将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

 レナの襲来があったこと。
 そして、黎明の同盟の目的。
 それらの情報を、クローディアさんと獣人の里の長を含めたみんなで共有した。

「そうですか、彼らが……」
「あの馬鹿者共め」

 長はしんみりとした様子を見せた。
 そしてクローディアさんは、苛立たしいような悲しんでいるような、そんな複雑な表情になる。

 僕が話をするまでもなく、黎明の同盟の目的、正体を知っていたのだろう。

 それでもなにもしなかったのは……
 たぶん、信じたかったから。

 これ以上、とんでもないことはしないと。
 いつか分かり会えるはずだ、と。
 そう信じていたから、あえてこちらからはなにもしなかったんだと思う。

 甘い考えだ、って言われるかもしれない。
 でも、僕はその方が好きだ。

「申しわけありません、私達の事情に巻き込んでしまいました……」

 クローディアさんが頭を下げるものだから、ついつい慌ててしまう。

「そんな、気にすることないですよ!」
「そうですね」
「しかし……」
「アイシャちゃんとスノウのことがあるので、どちらにしろ、私達も巻き込まれていた……いいえ、この言い方はよくありませんね」
「僕達も関係者です」

 アイシャとスノウは家族だ。
 そして、家族の問題は僕達の問題でもある。

 放っておけるわけがないし、見てみぬ振りもできない。

「なにができるかわからないですけど、協力させてください」
「ひとまずは、用心棒として私達を雇いませんか? お代は、里にいる間、宿を提供していただく、ということで」
「フェイトさん、ソフィアさん……」

 クローディアさんはぐっと言葉を詰まらせて……
 それから、深く頭を下げた。

 そこまでしてもらわなくてもいいのに。
 どちらかというと、僕達、人間のせいでこうなっているわけだから。

「とにかく、対策を考えないといけませんね」
「たぶん、レナは里を探していたんだと思う。まだ見つけていないみたいで、追い払うことはできたけど……」

 この様子だと、里が見つかるのは時間の問題だ。
 そうなると、どうなるか?

 黎明の同盟は、目的と手段を履き違えている。
 獣人の里を見つけたとなれば、復讐のための力を得るために、生贄にしてさらなる魔剣を作ろうとするだろう。

 里の人に犠牲を出すわけにはいかないし……
 下手をしたら、アイシャやスノウも連れ去られてしまうかもしれない。
 それだけは絶対に避けないと。

「ふむ……ならば、結界の修復が急務ですな」

 少し考えてから、長がそう言った。

「結界は、魔物だけではなくて悪意あるものからも守ってくれます」
「そんな便利な機能が」
「もちろん、絶対無敵というわけではありません。その気になれば破壊されてしまうでしょうが……それでも、我らの存在を隠して、時間を稼ぐことはできるでしょう」
「なら、決まりですね」

 次にやるべきことは結界の修復だ。

「アイシャとスノウの力が必要って言ってましたけど、具体的にはどうするんですか?」
「姫様と神獣様に祈りを捧げていただくのです」
「祈りを?」
「想いは、時に強い力となる。姫様や神獣様の祈りとなれば、結界を形成するほどに」
「なるほど」

 火事場の馬鹿力、っていう言葉があるように、想いの力は確かにあると思う。
 そして、それは思いがけない力を発揮するものだ。

「なにか力になれませんか?」
「でしたら、姫様と神獣様と一緒にいてください。お二人のことをとても信頼しているみたいなので」
「わかりました。それくらいなら、もちろん」

 言われなくても二人の傍にいるつもりだ。

「では、さっそく……」
「た、大変です!」

 扉を蹴破るような勢いで、一人の獣人が長の家に入ってきた。

「なにごとじゃ、騒々しい」
「姫様と神獣様がいません!」
 アイシャとスノウが消えた。

 話によると、二人は空き家で待機していたのだけど……
 ちょっと目を離した隙に消えてしまったらしい。

 自分達で移動したのか?
 それとも、誰かにさらわれたのか?

 後者だろうか?
 その可能性は考えたくないけど、でも、レナの件があるから疑り深くなってしまう。

 なんて慌てていたら……

「姫様と神獣様を発見しました!」

 ほどなくして朗報が飛び込んできた。
 やけに早い。

「二人はどこに?」
「それが、その……」

 報告に来た獣人は、なにやらとても困った顔をしていた。



――――――――――



「すぅ……すぅ、すぅ……」
「スピー……スピー……」

 村の外れにある大きな木。
 その木陰で、アイシャとスノウが抱きしめ合うようにして昼寝をしていた。

 木の葉の隙間から差し込む陽光。
 それと、そっと吹く穏やかな風。
 それらがとても心地良い様子で、二人は幸せそうな顔をしている。

「散歩をして、そのままここで昼寝をしてしまったみたいですね」

 やれやれ、とソフィアがため息をこぼす。

 ただ、怒っているわけじゃない。
 やんちゃをして泥まみれになった子供を見て、仕方ないわね、と苦笑する母親そのもので……
 とても優しい顔をしていた。

「どうしようか?」
「もう少し寝かせてあげましょう。起こすのは、なんだかかわいそうです」
「そうだね」

 幸せそうに昼寝をするアイシャとスノウの隣に座り、僕とソフィアも穏やかな時間を過ごした。



――――――――――



 その後……
 一時間くらいしたところでアイシャとスノウが起きた。

 二人を連れて、改めて村長の家へ。
 そこで今後のことを話し合う。

「アイシャ、スノウ。二人の力を借りて、ここに結界を作りたいんだ。お願いしてもいいかな?」
「わたし……そんなことできるの?」
「うん、できるよ」
「……」

 アイシャは不安そうだ。

 それも仕方ない。
 膨大な魔力を持っていることは判明したものの、結界の構築なんてしたことはない。
 やっていないことをやってほしいとお願いされて、不安を覚えない人なんていない。

「大丈夫よ」

 自信たっぷりに言うリコリスだ。

「あたし、結界の構築にはそれなりの知識と経験があるの。あたしがいれば成功間違いなしね!」
「リコリスって、なんでもできるんだね」
「ふふん、万能無敵妖精リコリスちゃんって呼んでもいいのよ?」

 ちょっと長いかな。

「結界はすぐに構築できるのですか?」
「んー……さすがに準備と軽い練習が必要ね。三日は欲しいわね」
「三日ですか……」

 ソフィアは渋い顔に。
 なにしろ、少し前にレナがやってきたばかりだ。
 三日も守りきれるか、難しいだろう。

 でも、結界を構築すれば里の安全は確保できる。
 絶対安全って言い切れないけど……
 今よりはだいぶマシになるだろう。

 そのためにどうすればいいか?

「うーん」

 みんなで考えて……
 ちょっとしたアイディアを閃いた。

「こういうのはどうかな?」
「……ここか」

 黎明の同盟の工作員は、獣人の里の手前にやってきた。

 幹部のレナが獣人の里の位置を特定。
 先遣隊として工作員が派遣されることになったのだけど……

「これは……」
「ずいぶんと荒れているな」

 確かに集落があった。
 しかし人気はない。

 それに草木も伸び放題だ。
 倒木で道が塞がれている。
 家屋に蔓が巻き付いている。

「この様子、放置されて数年は経っているな」
「これじゃあ手がかりなんて残っていないだろうし、探すだけ時間の無駄だな」
「そうだな、次へ行こう」

 ここは放置された獣人の里。
 残っている者はいないし、手がかりもない。

 そう判断した工作員はろくに調べることなく、この地を後にした。



――――――――――



「……行ったかな?」
「……はい、行ったみたいです」

 廃屋のような家の奥に潜んでいた僕達は、そっと外に出た。

 誰もいない。
 ソフィアが言うように、黎明の同盟の斥候はここをスルーして立ち去ったみたいだ。

 斥候としてはお粗末だけど、それも仕方ないと思う。
 リコリスのおかげで、獣人の里は樹海に飲み込まれているように見えたのだから。

「ふふーんっ、あたしのおかげね!」
「うん、そうだね。ありがとう、リコリス」
「えっ、いや……素直にそう言われると、ちょっと照れるんだけど……」
「ありがとうございます、リコリス」
「ありがとー」
「オンッ!」
「や、やめなさい、あんたら!?」

 顔を赤くしたリコリスがあたふたと慌てた。
 その様子がおかしくて、ついつい笑ってしまう。

「里を木々で覆い、廃墟のように見せかけてしまうなんて……とんでもないことを考えるのですね」

 遅れてクローディアさんがやってきた。

「ごめんなさい、こんなことをして」
「謝る必要はありません。私達も賛成していますし、なにより、敵に見つかることはなかった。今は、そのことが一番大事です」

 リコリスは妖精なので、普通の魔法だけじゃなくて、木々の成長を促すというような特殊な魔法を使うことができる。
 それを利用して、里全体を植物で覆ってもらった。
 そうすれば廃墟に見えるし、それに、成長した植物の隙間に身を隠すことができる。

 そうやって、斥候の目を欺いた……というわけだ。

「よし。これで時間を稼ぐことができたね」

 完全に欺いた、っていうことはないと思う。
 ほどなくしたら再び斥候が派遣されるはず。

 でも、三日は稼ぐことができただろう。
 その間に結界を展開して、この地を浄化することができれば……

 うん。
 ひとまず、僕達の勝ちだ。

「アイシャ、スノウ」
「なーに?」
「オフゥ?」
「ここを二人の力で守ってほしいんだ。僕達にはできなくて、アイシャとスノウにしかできないことなんだ」
「「……」」

 二人は幼い。
 でも、僕の言葉をしっかりと理解している様子で、真面目な顔で話を聞いていた。

「二人にしかできないことは、たぶん、大変なことだと思う。辛いかもしれない」
「「……」」
「でも、ここにいる人達を助けることができるのは二人だけなんだ。だから、がんばってほしい。どうかな? できるかな?」

 アイシャは、決意を示すかのように小さな拳をぎゅっと握る。

「わたし、がんばるよ!」
「オンッ!」

 続けて、スノウも高く鳴いた。

「ありがとう、二人共」
「えへへ」
「クゥーン」

 アイシャとスノウの頭を撫でると、二人はくすぐったそうなうれしそうな、そんな顔をした。
 ついでに、後ろの尻尾がぶんぶんと横に振られている。

「よし、がんばろう!」
「おー!」
「オンッ!!!」
 結界を構築して、この地を浄化するため、僕達を含めて里のみんなが動いた。

 必要な素材を集めて。
 準備を進めて。

 その一方で、二度目の襲撃に備えて警戒も怠らない。

 斥候の目は欺くことができたけど、もしかしたらすぐにバレてしまうかもしれない。
 あるいは、二度目の斥候がやってくるかもしれない。
 そういった時に備えての行動だ。

 そうやってみんなで協力して準備が進められて……

 翌日。
 結界構築の準備が完了した。

「こちらへ」

 クローディアさんの案内で、里にある神殿へ。

 普段は、ここで祈りが捧げられているらしい。
 人間で言うと教会のようなものだ。

 そんな神聖な場所だからこそ、結界の起点としてうってつけらしい。

 すでに準備は整えられていた。
 床には魔法陣が。
 前後左右に魔力が込められたクリスタルなどなど。

「姫様、神獣様、こちらの魔法陣へ」

 クローディアさんが二人を魔法陣へ導いた。

「えっと……」
「大丈夫だよ」
「私達はここにいますからね」

 ちょっとだけ不安そうにするアイシャに、僕達は笑ってみせた。
 それで不安がとれたらしく、アイシャは、がんばるぞ! と小さな拳をぎゅっと握り、魔法陣の上へ。

「そこで祈りを捧げてください」
「祈り……?」
「はい。姫様や神獣様の想いが一番大事な力となるので……後の細かいことは、私達が引き受けます」
「……がんばる」

 アイシャは膝をついて両手を合わせた。
 スノウは床にお尻をつけて、ピシリと座る。

 そして、共に目を閉じて祈りを捧げる。

「「……」」

 アイシャとスノウの体から光があふれていく。
 それらはとても優しく温かくて……
 意味もなく泣いてしまいそうになるほど、懐かしいものでもあった。



――――――――――



 結界は無事に構築された。
 同時に里の浄化も完了して、溜め込まれていた負の感情は綺麗さっぱり消失した。

 大成功だ。

「すぅ、すぅ……んゅ……」
「スピー……スピー……」

 アイシャとスノウは、ベッドで抱き合うようにして寝ていた。

 結界の構築で疲れたらしい。
 今はゆっくりと休んでほしい。

 僕とソフィアは二人の寝顔を少し見た後、そっと部屋の扉を閉じた。
 そのまま一階に降りて、クローディアさんと合流する。

 ちなみに、ここは僕達のために用意された家だ。
 アイシャとスノウがいるからなのか、里で一番良い家を用意してくれた。

「姫様と神獣様は……?」
「ぐっすり眠っています。少し疲れちゃったみたいです」
「そうですか……」

 クローディアさんが難しい顔に。
 結界の構築や里の浄化は必須だったけれど、アイシャとスノウに負担をかけてしまったのではないか? と気にしているらしい。

「クローディアさんが気にすることはありませんよ」
「しかし……」
「アイシャとスノウがやるって決めたことです。だから、大丈夫です」

 それに、二人はまったく気にしていないと思う。
 むしろ、里を助けることができて誇らしく思っているはず。

「それより、次のことを考えましょう」
「フェイトの言う通りですね。黎明の同盟の目的がハッキリした以上、放置なんてしておけませんから」

 ちょっと意外だった。
 ソフィアが、まさかここまでやる気を見せるなんて。

「あんな泥棒猫を放置しておいたら、どうなるかわかったものではありません。フェイトは、私だけのものです!」

 ぎゅうっと、抱きしめられてしまう。
 やっぱり、ソフィアはソフィアだった。

「でも、次はどうすればいいのかな……?」

 黎明の同盟の目的は判明した。
 でも、組織の規模や構成員。
 本拠地も場所も、わからないことの方が多い。

「……ふむ」

 クローディアさんが考えるような顔に。
 ややあって口を開く。

「では、釣りをしてみるというのはいかがでしょう?」
 クローディアは一人、里から離れた場所を歩いていた。

 剣は腰に下げたまま。
 代わりに弓と矢を手にして、獣を追う。

 狩りだ。

 人間との交流を持たないクローディア達獣人は、自給自足が基本だ。
 たまに、スノウレイクの商人と取り引きをすることはあるけれど……
 それは例外で、基本、人間と関わることはない。

「……フッ!」

 クローディアが矢を放ち、鹿が倒れた。

 この一頭で村全体を満たすことができる。
 命をありがたくいただこう。

 軽く祈りを捧げた後、クローディアは鹿を持ち帰ろうとして……

「何者ですか?」
「……」

 音もなく五人の男達が現れた。
 黒装束で、いずれも覆面で顔を隠している。
 ただ、体格から男ということはわかる。

 クローディアの問いかけに答えず、男達は短剣を抜いた。

 刃がわずかに濡れている。
 毒が塗られているようだ。

 それを見抜いたクローディアは、わずかに厳しい顔に。

「毒ですか……私を殺すことが目的なら、そのようなものは必要ありません。おそらく、それは麻痺毒……目的は私を連れ去ることですか?」
「……」

 男達は答えない。
 ただ、無言でクローディアを囲み、じりじりと距離を詰めていく。

 そして必殺の間合いに達したところで、男達は一斉に動いた。
 四方から囲むようにして突撃して、クローディアの逃げ場を潰す
 その上で、同時に刃を振る。

 前後左右から迫る攻撃。
 しかも同時攻撃のため、全てを防ぐことは難しい。

 男達は勝利を確信するが……

 しかし次の瞬間、それは消える。

「なっ!?」

 刃を振ると、クローディアの姿が蜃気楼のように消えた。
 担いでいた鹿も一緒に消えてしまう。

 狐に化かされていたのだろうか?

 男達は動揺して……
 だから、それに気づかなかった。



――――――――――



「スーパーリコリスちゃんストラーーーイクッ!!!」

 動揺する男達の中心に光弾が放たれて、そのまま炸裂した。

 衝撃が吹き荒れるが、それはあまり大したことはない。
 それ以上に強力なのが音と光だ。

 キィイイイン! と甲高い音が響いて男達の聴覚を奪う。
 その上、強烈な閃光が視界を焼いてしまう。

 二重苦に耐えられなくて、男達は次々と倒れていった。

「ふふんっ! 敵を必要以上に傷つけることなく、一瞬で倒す。これこそがリコリスちゃんのウルトラパワーよ!」
「オンッ」
「ぎゃー!? なんで!? なんであたしを食べるのよ!?」

 調子に乗るな、という感じでリコリスがスノウに食べられていた。

 まあ、本気で食べているわけじゃなくて甘噛みしているだけ。
 それならいいかと、今はスルー。

「フェイト、いきましょう」
「うん。クローディアさんも」
「はい!」

 あらかじめ周囲に隠れていた僕達は前に出て、倒れた男達を捕縛した。

「うぅ……なんだ、貴様らは……」
「敵だよ」
「見事に誘い出されてくれましたね」

 つまり、これが『釣り』だ。

 クローディアさんにエサになってもらい、里の外に出てもらう。
 そうすれば、里の手がかりを求める黎明の同盟の関係者はクローディアさんを襲い、誘拐しようとするだろう。

 それを予期しておいた僕達は、逆に罠を張り、黎明の同盟の関係者を捕まえる……という作戦だ。

 レナのような幹部クラスが出てきたら危ないところだったけど、そこは賭けだった。
 そして、僕達は賭けに勝った。
 おかげで、こうして黎明の同盟の関係者を五人も捕まえることができた。

 ただの野盗という可能性は?

 それはない。
 だって、彼らが使う紋章を身に着けているからね。
 それを確認した上で行動した。

「さてと……」
「では……」

 ソフィアとクローディアさんがにっこりと笑う。

「「色々と教えてもらいましょうか」」

 この二人に捕まったのは災難だったなあ……と、敵なんだけど同情してしまうのだった。
 その後、捕虜の尋問が行われた。

 担当は、ソフィアとクローディアさん。
 他、複数の獣人達だ。

 僕は外で待機することに。

 そういうのは向いていないのと……
 あと、がんばって結界を構築してくれたアイシャとスノウを労わないといけない。
 二人が望むまま、思い切り遊ぶ。

 そして夕暮れ。

「アイシャ、スノウ。そろそろ帰ろうか」
「えー」
「オフゥ……」

 まだまだ遊び足りないらしく、二人は不満そうだ。

「もう日が暮れるから。それに、これ以上遊んだら、ごはんが遅れちゃうよ」
「ごはん!」
「オンッ!」

 不満は一瞬で消えて、目をキラキラを輝かせる。
 現金な二人だった。

「今夜はどのようなメニューですか?」
「確か、鹿肉のステーキって聞いているけど……って、ソフィア!?」

 いつの間にかソフィアがいた。

 まったく気づかなかったけど……
 なんで気配を消して近づいてきたんだろう?

「ふふ、ちょっとしたいたずらです」

 ものすごく驚くからやめてほしい。

「でも、ソフィアがここにいるっていうことは……」
「その話は後にしましょう。アイシャちゃん達もいますから……まずは、ごはんを」
「そうだね」



――――――――――



 ごはんを食べて、お風呂に入って。
 そうやって夜がふけて、アイシャとスノウがベッドに入る。

 すやすやと寝たところを確認して、別の部屋に。

「おまたせ」

 部屋にはソフィアとリコリス。
 それと、クローディアさんと長がいた。

「遅くに申しわけありません」
「いえ、気にしないでください。それよりも、こうして集まるということは進展が……?」
「ええ。詳細は……」
「私が説明します」

 ソフィアが口を開いた。

「私とクローディアさんのごう……尋問の結果、貴重な情報を得ることができました」

 今、拷問って言おうとしなかった……?

「黎明の同盟のアジトが判明しました」
「それは……」

 本当だとしたら、とても貴重な情報だ。
 でも、偽情報を掴まされていないか? という疑問がある。

 アジトを知られるということは、組織にとって致命的な問題だ。
 それなのに、簡単に情報を入手できるものなのか?

「あー……心配はしなくていいぞ」

 僕の疑問を察した様子で、長が言う。

「絶対とは言い切れぬが、しかし、偽情報の可能性は限りなく薄いじゃろう」
「それは、どうして?」
「あのようなごう……尋問を受けて、なお嘘を吐こうとする者はいないじゃろう」

 だから、拷問って言おうとしたよね……?

 いったい、ソフィアとクローディアさんはなにをしたんだろう?
 ものすごく気になるけど、踏み入ったら危ない気がしたのでスルーしておいた。

「えっと……うん、了解。それで、アジトはどこに?」
「それは……」

 ソフィアが少し迷うような顔に。
 迷うような場所、っていうことかな?

 でも、ここで黙っていても意味がないと判断したんだろう。
 そっと口を開く。

「……王都です」

 ソフィアの口から告げられたのは、この国の中枢の名前だった。
 黎明の同盟のアジトは王都に?

「え、それは本当に?」
「真偽はなんとも言えないのですが、少なくとも、あの男は嘘を吐いている様子はありませんでした」
「それは私も保証いたします。あれだけのことをされて黙っていられることは……いえ、なんでもありません」

 なにをしたの……?

「黎明の同盟って、テロ組織のようなものだよね? 人間に対する復讐を謳っているし……そんな組織が王都に拠点を構えているなんて、ありえるのかな?」
「ない話ではありません。灯台下暗しと言いますし、あえて王都にアジトを置いている可能性も」

 ありえない話じゃないか。

 黎明の同盟は、今まで何度も大胆不敵な行動を繰り返してきた。
 そのことを考えれば、ソフィアの説も肯定できる。

「もしかしたら、王都にアジトを構えることに意味があるのかもしれません」
「それは、どういう……?」

 クローディアさんの言葉に首を傾げる。

「国の上層部と繋がりを持っている可能性があるのではないか、と」
「そんなことは……」

 ない、とは言い切れなかった。

 冒険者ギルドも貴族も。
 腐敗している現状を見てきた。
 だから、黎明の同盟と繋がっている者がいたとしても不思議じゃない。

 他にも色々な可能性が考えられるんだけど……

「現状、情報が足りないかな?」

 斥候から得た情報だけじゃ足りない。
 かといって、これ以上の情報を求めるとなると難しいものがある。

「……王都に行くしかないのかな」

 そして、黎明の同盟と決着をつける。

 アイシャのため、スノウのため。
 そして、自分自身のために。



――――――――――



 王都に行くことが決定したけど、一つ問題があった。

 アイシャとスノウだ。
 二人を連れていくべきか、それとも、獣人の里で匿ってもらうか。

 目を離すことは不安だけど……
 でも、結界を構築した獣人の里なら安全だろう。
 少なくとも、即日、どうこうなることはないと思う。

 それに、王都に連れていけば否応なしに戦いに巻き込んでしまう。
 それは避けたいところなのだけど……

「私は、里に置いていくのは反対です」

 ソフィアは一緒に連れていくべきだ、と主張する。

「確かに結界は構築されましたが、必ずしも安全というわけではありません。もしかしたら結界をすり抜ける手段を持つ敵がいるかもしれません。結界をものともしない敵がいるかもしれません」
「そういう可能性を考えたら、一緒に連れていくことで二人が危険な目に遭う可能性が高いよ、っていう話になるんだけど……」
「ですが、二人は家族です。家族を置いていくなんて考えられません」

 ソフィアの言いたいことはわかる。
 僕も、アイシャとスノウと一時とはいえ離れ離れになんてなりたくない。

 なりたくないけど……
 二人の安全が脅かされるかもしれないと考えると、悩んでしまう。

「やっぱり、里で匿ってもらった方がいいんじゃないかな?」
「フェイトは、二人が寂しい思いをしてもいいと言うんですか?」
「そうは言わないよ。でも、王都に行くのは敵の本拠地に乗り込むことと同じだから、もっと安全に配慮しないと……」
「その言い方だと、私が二人の安全を無視しているように聞こえますが?」
「違うよ。でも、どっちが危険なのか考えると、やっぱり連れていく方が……」
「いいえ。目を離してしまう方が危険です。里に残して、その間になにかあった場合、私は悔やんでも悔みきれません」
「悪いことばかり考えたら、なにも行動できないよ」
「だからといって、楽観的になることはできません」
「僕は楽観的に考えているつもりはないよ」
「どうでしょうか?」
「むっ」
「むっ」

 話し合いはいつしかヒートアップしてしまう。

 僕とソフィアの言い争いになって……
 間にいるクローディアさんと長は、困った顔をしてしまう。

 本当なら言い争っている場合じゃない。
 こういう時こそ、一致団結しないといけない。

 そう思うんだけど、でも、感情はコントロールできなくて……

「里に匿ってもらうべきだよ!」
「いいえ、連れていくべきです!」

 言い争いはどんどんエスカレートしてしまい、

「ソフィアのわからずや!」
「フェイトのわからずや!」

 僕達はケンカをしてしまうのだった。
 翌朝。

「……」
「……」

 カチャカチャと食器の音だけが響いていた。

 昨日までなら、おいしいごはんを食べながら色々な話をしていたんだけど……
 今日は無言。
 ひたすらに無言。

 その原因は僕達にある。

「……ふん」
「……ふん」

 ソフィアと目が合い、すぐに逸らした。
 それは向こうも同じ。
 不機嫌そうに鼻を鳴らしつつ、無視をする。

 その態度はなんだろう?
 ひどくないかな?

「え、えっと……」

 僕達のケンカに、クローディアさんはあわあわとして……

「うぅ……」
「クゥーン……」

 アイシャとスノウは元気がない。

 二人にこんな顔をさせてしまうなんて、ものすごく心が痛い。
 今すぐに笑顔になってほしい。

 なってほしいんだけど……

「……ふん」
「……ふん」

 ソフィアと仲直りをする?
 彼女の固い思考が原因なのに?

 アイシャとスノウを王都に連れていくか。
 それとも、獣人の里で匿ってもらうか。

 どちらが正しいわけじゃなくて、どちらを選んでも正解なのだと思う。
 それなのにソフィアは自分の意見が正しいと信じて疑わず、強引に押し通そうとした。

 そんな身勝手、許せるわけないじゃないか。
 僕から謝るなんてこと、絶対にしないぞ。

「……やれやれ」

 無言の食事を続ける中、リコリスの呆れたようなため息が響いた。



――――――――――



 その後もケンカは続いて……

「……ふん」
「……ふん」

 顔を合わせれば、それぞれ顔をふいっと背けて。

「……ふん」
「……ふん」

 他の食事の時間も無言。

「……ふん」
「……ふん」

 一緒に過ごす時間もなくなり、一人の時間が増えた。



――――――――――



 ……ソフィアとケンカをして、三日後。

「はあ……こんなことしてる場合じゃないのに」

 割り当てられた部屋のベッドに寝て、ぼーっと天井を眺めていた。

 一刻も早く王都に行って、黎明の同盟をなんとかしないといけない。
 いけないのに、ここを動くことができない。
 ソフィアとのケンカが終わらない。

「ソフィア、本当に意地っ張りなんだから……ちょっとくらい自分の意見を曲げてもいいのに」
「それ、フェイトが言う?」
「リコリス?」

 いつの間にかリコリスが。
 体を起こす。

「どうしたの?」
「ソフィアが意地っ張りって言うけど、フェイトは? まるでソフィアの話を聞こうとしない、意見を認めようとしてないじゃない」
「そ、それは……」

 痛いところを突かれてしまい、言葉に詰まってしまう。

「そうかもしれない、けど……でも、今はケンカなんてしている場合じゃないよ。すぐに王都に行って、黎明の同盟をなんとかしないと……」
「そんなことは二の次じゃない?」
「え?」

 黎明の同盟を放置したら、どんな災厄が訪れるか。
 そのことはリコリスはわかっているはずなのに、どうしてそんなことを言うんだろう?

「今は、もっと大事にしなくちゃいけないことがあるでしょ」
「……ソフィアのこと?」
「違うわよ。はー……まったく、こういうところで人生経験が足りてないのが露見するわね。ホント、あたしがいないとダメなんだから」
「……なにが足りていないのさ」

 僕の意見が間違っているかのような言い方に、ついついむすっとしてしまう。

 でも、リコリスの態度は変わらない。
 むしろ、より呆れた様子でジト目を向けてきた。

「他に考えるべきこと、優先することがあるでしょ」
「だから、それは……」
「一番に考えないといけないのは、アイシャとスノウのことじゃないの?」
「っ!!!?」
 一番に考えないといけないのは、アイシャとスノウのこと。

 そんな当たり前のことを忘れていて……
 そして今、思い出すことができて……

 なんていうか、雷に打たれたような衝撃を覚えた。

「フェイトもソフィアも、自分のことばかり考えないの。あの子の家族なんでしょう? ならしっかりしなさい!」
「……うん、そうだね」

 まったく反論できない。
 僕が全面的に悪い。

 僕達がケンカをしている間、アイシャとスノウはすごく不安だっただろう。
 今思い返してみれば、笑顔が消えていたような気がする。

 そうさせてしまったのは僕のせい。

「うぅ……すごく情けないよ。僕、二人のためにがんばる、って決めていたのに……」
「ま、完璧にはいかないわよ」

 リコリスの声音が少し柔らかくなった。

「無敵超妖精リコリスちゃんと違って、人間なんて間違いをするのが当たり前なんだから。今回みたいなことをしても、仕方ないんじゃない?」
「でも……」
「ほら、そこでうじうじしない。間違いっていうのを理解したなら、反省はほどほどでいいの。次を考えなさい、次を。そして、すぐ行動に移るの」
「……リコリス……」
「返事は?」
「うん!」

 リコリスのおかげで完全に目が覚めた。
 やるべきことを今すぐにやろう。

 急いで部屋を出ようとして……
 扉の前で立ち止まり、振り返る。

「ありがとう、リコリス」
「お礼なんて、超おいしいクッキーでいいわよ」
「あはは、了解。王都に行ったら探してみるよ」
「あと、はちみつもほしいわ。天然ものね」
「それは確約できないけど……うん、探してみるね。それと……」
「ん?」
「リコリスも大事な家族だから、なにかあったら絶対に力になるから」
「……」
「じゃあ、行ってくるね!」



――――――――――



「……なによ、ちょっとドキッとさせられたじゃない」




――――――――――



「ソフィア!」
「ひゃ!?」

 勢いに任せてソフィアの部屋を訪ねた。
 驚かせてしまったらしく、ソフィアはひっくり返ったような声をこぼす。

「な、なんですかいきなり……? というか、せめてノックくらい……」
「ごめん!!!」

 僕は勢いよく頭を下げる。

「ソフィアとケンカをしたいわけじゃないんだ。仲直りしてくれないかな?」
「……それは、自分の考えが間違っていた、ということを認めるのですか?」
「ううん。僕は、僕の考えが正しいと思っているよ」
「はぁ?」
「でも、だからといってソフィアとケンカをしたいわけじゃないんだ。違う意見になったのなら、もっともっと話し合えばよかったんだ。それなのに意地になって、あんなことを言って……だから、ごめん!」
「……フェイト……」

 ソフィアの表情から険が取れていく。

 そっと立ち上がり、僕の前に。
 そして……

「フェイト!」
「わぷっ」

 ぎゅうっと抱きしめられてしまう。

「私も……私も、フェイトとケンカなんてしたくありません。意地になってしまい、すみませんでした」
「……ソフィア……」
「フェイトなら、なんでも私に賛成してくれると思っていたのかもしれません。そうやって、甘えていたのかもしれません。本当に申しわけありません……」
「ううん、気にしていないよ」
「それに……」

 ソフィアが憂い顔で言う。

「今回のことで、アイシャちゃんとスノウに心配をかけてしまいました。二人にも謝らないと……」
「そっか……ソフィアは、誰に言われるまでもなく二人のことを気にかけていたんだね。はぁ……僕、ダメだなぁ」
「フェイト?」
「僕、リコリスに怒られるまで二人のことを忘れていて……ダメだね。本当に」
「仕方ありません。私も、少し前にアイシャちゃんとスノウのことを思い出して……同じくダメダメです」
「……」
「……」

 少しの沈黙。
 そして、

「あはは」
「ふふ」

 どちらからともなく笑う。

「僕達、まだまだなのかもしれないね」
「そうですね。でも……」
「うん。二人一緒なら、なんでもできると思う。だから……」
「仲直り、ですね」

 ソフィアが笑顔で手を差し出してきて……
 僕もにっこりと笑い、その手を取るのだった。