「……ここか」

 黎明の同盟の工作員は、獣人の里の手前にやってきた。

 幹部のレナが獣人の里の位置を特定。
 先遣隊として工作員が派遣されることになったのだけど……

「これは……」
「ずいぶんと荒れているな」

 確かに集落があった。
 しかし人気はない。

 それに草木も伸び放題だ。
 倒木で道が塞がれている。
 家屋に蔓が巻き付いている。

「この様子、放置されて数年は経っているな」
「これじゃあ手がかりなんて残っていないだろうし、探すだけ時間の無駄だな」
「そうだな、次へ行こう」

 ここは放置された獣人の里。
 残っている者はいないし、手がかりもない。

 そう判断した工作員はろくに調べることなく、この地を後にした。



――――――――――



「……行ったかな?」
「……はい、行ったみたいです」

 廃屋のような家の奥に潜んでいた僕達は、そっと外に出た。

 誰もいない。
 ソフィアが言うように、黎明の同盟の斥候はここをスルーして立ち去ったみたいだ。

 斥候としてはお粗末だけど、それも仕方ないと思う。
 リコリスのおかげで、獣人の里は樹海に飲み込まれているように見えたのだから。

「ふふーんっ、あたしのおかげね!」
「うん、そうだね。ありがとう、リコリス」
「えっ、いや……素直にそう言われると、ちょっと照れるんだけど……」
「ありがとうございます、リコリス」
「ありがとー」
「オンッ!」
「や、やめなさい、あんたら!?」

 顔を赤くしたリコリスがあたふたと慌てた。
 その様子がおかしくて、ついつい笑ってしまう。

「里を木々で覆い、廃墟のように見せかけてしまうなんて……とんでもないことを考えるのですね」

 遅れてクローディアさんがやってきた。

「ごめんなさい、こんなことをして」
「謝る必要はありません。私達も賛成していますし、なにより、敵に見つかることはなかった。今は、そのことが一番大事です」

 リコリスは妖精なので、普通の魔法だけじゃなくて、木々の成長を促すというような特殊な魔法を使うことができる。
 それを利用して、里全体を植物で覆ってもらった。
 そうすれば廃墟に見えるし、それに、成長した植物の隙間に身を隠すことができる。

 そうやって、斥候の目を欺いた……というわけだ。

「よし。これで時間を稼ぐことができたね」

 完全に欺いた、っていうことはないと思う。
 ほどなくしたら再び斥候が派遣されるはず。

 でも、三日は稼ぐことができただろう。
 その間に結界を展開して、この地を浄化することができれば……

 うん。
 ひとまず、僕達の勝ちだ。

「アイシャ、スノウ」
「なーに?」
「オフゥ?」
「ここを二人の力で守ってほしいんだ。僕達にはできなくて、アイシャとスノウにしかできないことなんだ」
「「……」」

 二人は幼い。
 でも、僕の言葉をしっかりと理解している様子で、真面目な顔で話を聞いていた。

「二人にしかできないことは、たぶん、大変なことだと思う。辛いかもしれない」
「「……」」
「でも、ここにいる人達を助けることができるのは二人だけなんだ。だから、がんばってほしい。どうかな? できるかな?」

 アイシャは、決意を示すかのように小さな拳をぎゅっと握る。

「わたし、がんばるよ!」
「オンッ!」

 続けて、スノウも高く鳴いた。

「ありがとう、二人共」
「えへへ」
「クゥーン」

 アイシャとスノウの頭を撫でると、二人はくすぐったそうなうれしそうな、そんな顔をした。
 ついでに、後ろの尻尾がぶんぶんと横に振られている。

「よし、がんばろう!」
「おー!」
「オンッ!!!」