「くぅっ!!!?」
前に倒れ込むようにして身を低くした。
それと同時に、ほぼほぼ勘で後ろに剣を振る。
ギィンッ!
流星の剣とティルフィングが交差した。
前回は叩き折られてしまったけど、今回は無事だ。
剣の力は互角みたいで、十分に耐えている。
問題は……
僕の力が足りないこと。
「このっ!」
剣を斜めにして、刃を滑らせる。
わずかだけど余裕ができた。
その間に後方へ……
「いや、前だ!」
「へぇ」
レナの力量は、僕よりも圧倒的に上。
下手に逃げようとしたり防御に徹しようとしても無駄だ。
すぐに押し切られてしまうはず。
なら、危険を覚悟で懐に飛び込むしかない。
リスクは大きいけどリターンもある。
うまくいけば僕の攻撃も当たるかもしれない。
「はぁっ!!!」
踏み込むと同時に突きを放つ。
避けられてしまうけど、それは予想済。
下半身のバネを使い、そこから強引に剣の軌道を変える。
横へ薙ぎ払い、続けて縦に跳ね上げた。
定石にはない軌道で刃を叩き込むのだけど、
「やるね」
レナは全ての攻撃をあっさりと受け止めてみせた。
定石にない戦いなら、むしろ得意。
その程度? と言っているかのようだ。
「次はボクの番だね!」
「うぁ!?」
腹部に走る衝撃と痛み。
たぶん、蹴りを食らったんだと思う。
まったく見えなくて……
どうすることもできず、僕は後ろに吹き飛ばされてしまう。
そこにレナの追撃が襲う。
「真王竜剣術・裏之三……大蛇!」
視認できないほどの速度でレナが剣を振る。
衝撃波が生まれ、獣のように襲いかかってきた。
避けられない!
防ぐこともできない!
なら……迎え撃つ!
「神王竜剣術・壱之太刀……破山!!!」
渾身の一撃を繰り出した。
ただ、それでも衝撃波を相殺するので精一杯。
レナが突貫。
一瞬で目の前にやってきて、刃の嵐を見舞う。
ダメだ。
一撃一撃の威力が高い上に、なによりも早すぎる。
防ぐのがやっと。
反撃に転じる間を作ることができない。
「くっ……!!!」
必死に防いで。
ギリギリのところで避けて。
命の危機をヒシヒシと感じつつ、反撃の機会をうかがう。
負けられない。
間違えた感情で暴走するレナに、負けてなんていられない!
僕が負けたら……
負けたら……
大事な人が傷つくかもしれないんだ!!!
「こっ……のぉおおおおお!!!」
「えっ」
レナに隙なんてない。
それでも、あえて前に出た。
刃が左肩をえぐり、鋭い痛みが走る。
でも、こちらから前に出たせいでタイミングが狂ったらしく、そのまま切断、なんてことにはならない。
うまい具合に骨で受け止めることができた。
「神王竜剣術・参之太刀……」
「しま……!?」
「紅っ!!!」
全身全霊の一撃を至近距離で放つ。
強引に作り出した隙。
そのタイミングに合わせて、現時点で出せる全力を叩き込んだ。
タイミングは完璧。
攻撃も最大。
それなのに……
「あぶな!?」
レナはありえない速度で剣を戻して、こちらの攻撃を防いでいた。
刃を防ぐことでいっぱいいっぱい。
衝撃を逃すことはできなかったらしく、吹き飛ばされる。
でも……それだけ。
致命的なダメージではなくて。
決定的なダメージでもなくて。
千載一遇のチャンスを逃してしまう。
「まさか、自分の体を盾にするなんてね」
レナは体勢を立て直した。
ただ、すぐに攻撃に転じることはない。
さきほどまでの抜き身の刃のような雰囲気は消えた。
代わりに、今までと同じように明るく楽しい笑顔を浮かべている。
「うーん……! やっぱり、フェイトはいいなあ。うん、本当にいい!」
「それ、褒めてくれているの?」
「もちろん!」
「今の一撃でもダメだったのに?」
「いやいやいや、アレ、本当にすごかったよ? ボクじゃなかったら、ほとんどのヤツがやられていると思う。リケンでも倒されていたかな?」
リケン?
誰だろう?
「普通、傷つかないように戦うものだけど……まさか、その定石を覆して、あえて傷ついて隙を作るなんて」
「結局、届かなかったけどね」
「でもでも、普通、そんなことできないよ? 誰でも……ボクでも、体を盾にするなんてためらっちゃうもん。誰にもできないことをやってみせた……うん。素直にフェイトのことをすごいと思うよ」
「……ありがとう」
やたらと絶賛される。
ただ、裏があるのではないかと警戒してしまう。
その予感は正解。
「ねえ、フェイト。やっぱりボクのものにならない?」
「その話は……」
「イヤなんでしょ? でもでも、やっぱり惜しくなったんだ。ここまでできるフェイトを殺したくなんてないし……あと、惚れ直しちゃった」
レナは笑顔で言う。
平常時に言われたらうれしい言葉なんだけど……
今は殺し合いをしている最中だ。
一時も油断できない。
「ねえ、ボクのものになろう? そうすれば、ボクがフェイトを鍛えてあげる。今より、もっともっと強くなれるよ。フェイトも剣士だから、強くなりたい、っていう気持ちはあるよね?」
「それはあるけど……」
「あとあと、女の子に向ける欲求も満たしてあげる♪ ボク、尽くすタイプだからね。おいしいごはんを作ってあげるし、お風呂で背中も流してあげる。えっちなことも、なんでも受け止めてあげる」
えっちなこと、とあっけらかんと言わないでほしい。
その……
こんな時だけど、少し恥ずかしくなってしまう。
「あれ? さっきと同じことを言ってる? ま、いっか。それで、どうかな?」
物騒な場なのだけど……
これはたぶん、レナの告白。
彼女なりの本気の告白だ。
だから、僕も誠実に向き合わないといけない。
「……ごめんね」
頭を下げた。
「何度告白されても、僕の気持ちは変わることはないよ。僕が好きなのは……ソフィアだ」
「……」
一瞬だけど、レナが泣きそうになったような気が……した。
「なんで」
ゾクリと背中が震えた。
「なんでなんでなんでなんでなんで……!!!」
なんで、と。
呪詛を吐くかのように、レナがその言葉を繰り返す。
何度も何度も繰り返して……
その姿は、まるで子供のようだった。
「初めて欲しいものができたのに。ずっとずっと言う通りにしてきて、ボクの心なんて殺して……それなのに、初めて欲しいものが……! それなのに、また我慢するの? 諦めないといけないの? 仕方ないって、目をそらさないといけないの? そんなの、そんなこと……!!!」
「レナ……?」
「やだ、やだやだやだ……もう、奪われるのはイヤだ!!!」
レナのトラウマを踏み抜いてしまったのかもしれない。
彼女は明らかに正気ではなくて……
瞳から光が消える。
代わりに剣呑な色が宿った。
レナは剣を構えて……
そして、一気に踏み込んできた。
「はや……!?」
ダメだ、対応できない!?
僕はどうすることもできず、自分に迫る刃を眺めていた。
レナの刃が僕に迫る。
それを避けることはできない。
防ぐこともできない。
どうすることも……できない。
ギィンッ!!!
横から剣が割り込んできて、レナの刃を受け止めた。
その剣は見覚えがある。
聖剣エクスカリバー。
剣聖だけが持つことを許される剣。
そして、その主は……
「ソフィア!」
「まったく……少し目を離した隙に、とんでもないことになっています……ねっ!」
「くっ!?」
ソフィアは前に踏み込み、回転。
その威力を乗せて剣を薙ぎ払い、レナを吹き飛ばした。
とても強引な力技。
でも、だからこそ抵抗することは難しい。
ただ、レナは猫のようにしなやかに着地。
まったくダメージはない様子だった。
レナは座った目でソフィアを睨みつける。
「ボクとフェイトのデートに邪魔するなんて、野暮がすぎないかな?」
「今のがデートなのですか? だとしたら、相当に女子力が低いですね。そのようなデートでは、殿方を楽しませることはできませんよ」
「このっ……!」
苛立っている様子で、レナの視線がさらに鋭くなった。
「えっと……ソフィア? 助けてもらったことはうれしいんだけど、あまり挑発するようなことは……」
「挑発なんてしていませんが?」
「え? じゃあ、今のが素?」
「はい」
たぶん、本気で言っているのだろう。
ソフィアは、そんなに好戦的な性格じゃないけど……
レナが相手だと、無意識でスイッチが切り替わってしまうのかな?
色々な意味でライバルだから、そうなるのも仕方ないとは思うけど。
「邪魔しないでくれる?」
「イヤです」
「……」
「私はフェイトのパートナーです。この座は、あなたに譲るつもりは毛頭ありません」
「……フェイトも同じ考えなの?」
「うん」
即答した。
「レナには悪いけど……でも、ソフィアが僕のパートナーだよ。他の人は考えられない」
「……どうして」
レナがぽつりとつぶやいた。
「小さな幸せが欲しいだけなのに……がんばりたいだけなのに……なんで、なんで、なんで……」
「レナ……?」
レナは、がしがしと自分と頭をかいた。
剣を持ったままなので、時々、自分を傷つけてしまう。
それでも手は止まらない。
「どうしてどうしてどうして……なんで宗家の連中ばかり……!」
「宗家……?」
ソフィアが眉を潜めた。
そういえば……
レナが使う技、神王竜にとてもよく似ているけど、なにか関係性が?
「そっか」
ややあって、レナは動きを止めた。
とても無機質な瞳をして……
それは、なんの感情も宿していなくて……
ぽつりと言う。
「奪われるなら、先に奪っちゃえばいいんだ」
「「っ!?」」
瞬間、殺気の嵐が吹き荒れた。
質量を持つほどの圧倒的なオーラ。
気をしっかりと保っていないと、一瞬で意識を刈り取られてしまいそうだ。
「なんていう力……フェイト。ここは私がなんとかするので、フェイトは……」
「僕も一緒に戦うよ」
「フェイト!? ですが、それは……」
「僕はパートナーだからね」
「……あ……」
「だから、一緒に戦うよ」
そう。
僕達は二人で一つなんだ。
「いこう、ソフィア」
「はい!」
「つまらないもの……見せないでよっ!!!」
レナは眩しいものを見るかのような目をこちらに向けて……
次いで、ギンと鋭く睨みつけてきた。
怨嗟のような声を吐き出しつつ、地面を蹴る。
転移したかと思うような脅威的な加速力。
気がつけばレナの姿が目の前にあった。
でも、慌てることはない。
「このっ!」
魔剣を流星の剣で受け止めた。
力で押し切られてしまいそうになるけど、そこは我慢。
両足に力を込めて耐える。
「フェイトから離れなさい!」
「ちっ」
ソフィアの反撃に、レナはうっとうしそうに舌打ちをした。
ただ、下手な動きをしたらやられてしまうのは理解しているんだろう。
一度離れて……
「えっ」
なにを思ったのか、レナは魔剣を投擲する。
自ら武器を手放すという、ありえない行動。
虚を突かれてしまい、一瞬、反応が遅れてしまう。
それはソフィアも同じだった。
避けることは間に合わないと判断したらしく、その場に留まる。
そして剣を振り上げて、飛来する魔剣を弾いた。
魔剣がくるくると宙を舞い……
「死ねぇえええええっ!!!」
「なぁ!?」
あらかじめそうなることを予測していたのか、レナは、ベストな位置で魔剣をキャッチ。
そのまま斬りかかってきた。
剣を投げて、弾かれて、しかしそれをキャッチする。
まるでサーカスの曲芸だ。
「山茶花!」
「破山!」
僕とレナの技が真正面から激突した。
予想外の動きに翻弄されてしまい、こちらの方が初動が遅い。
でも、技の威力はこちらが上だったらしく、刃が競り合い、拮抗状態に持ち込むことができた。
今度は逃さない!
こちらから前に出て、ひたすらに力を叩きつけてやる。
そうして撤退を許さないでいると、横からソフィアが飛び込む。
「これで!」
「うるさいっ!!!」
レナは右手一つだけで魔剣を持つ。
そして、空いた左手に忍び持っていた短剣を。
短剣でソフィアの剣を受け止めた。
名のあるものではなかったらしく、ギィンッと一撃で砕け散ってしまう。
でも、防ぐことはできた。
それで十分というかのように、レナはさらに数本の短剣を左手に持ち、投擲する。
複数相手の戦いに慣れている。
これが真王竜の力……?
「ボクはもう、我慢なんてしたくないんだから……全部、全部手に入れてやるんだ!」
現状、戦況はレナに傾いている。
こちらは二人いるのだけど……
でも、レナの力が圧倒的だ。
加えて、複数相手の戦いに慣れているため死角がない。
隙もない。
攻めあぐねている状態で、これが続くとまずい。
まずいんだけど……
ただ、レナはレナで苦しそうだ。
自分の方が優位に立っているはずなのに、その表情に余裕はない。
むしろ、とても苦しそうだ。
それは……
もしかしたら、レナの心を表しているのかもしれなかった。
「うあああああぁっ!!!」
獣のように叫びつつ、レナが突撃をする。
速い!
まるで風の化身だ。
目で追うことができなくて、気がつけば距離を詰められている。
僕が対処するのは難しい。
でも……
「甘いです!」
ソフィアが前に出て、レナの突撃を止めてくれた。
「ありがとう、ソフィア」
「どういたしまして」
僕ができないことは、素直にソフィアを頼ればいい。
そして、頼った分、働いてみせればいい。
それだけのこと。
「破山!」
ソフィアがレナの動きを止めている間に、横から技を叩き込む。
レナはちらりとこちらを見た。
魔剣を右手だけで持ち、再び左手に短剣を抜く。
ギィンッ!
左手の短剣をこちらに叩きつけて、僕の剣の軌道を逸らしてみせた。
やっぱりというか、多対一の戦いに慣れている。
目が倍あるかのように、正確に戦場を把握していて、隙がまるでない。
でも……
「負けてたまるもんか!」
手数を増やしても意味がない。
そう考えた僕は、攻撃頻度を減らし、代わりに精度と威力を高めた一撃を繰り出していく。
一方のソフィアは、ひたすらに加速。
秒間、三撃放つような神業を披露しつつ、ひたすらに手数を増やしていく。
「くっ……!?」
対称的な攻撃を繰り出されて、レナは苦い顔に。
僕もそれなりに経験を積んだからわかる。
こんな攻撃をされると、ものすごくやりにくい。
レナも同じ気持ちらしく、苛立ちが溜まり、次第に攻撃が荒くなる。
「こんなところで、ボクは……!!!」
「ぐ!?」
ここに来てレナの剣が加速した。
それだけじゃなくて、重さも増す。
まだ全力じゃなかった!?
そう思うほどの急加速で、一気に戦況を盛り返していく。
僕とソフィアの二人がかりなのに、それでも押されてしまう。
それほどの相手……ということ?
いや、でも……
「ボクは、ボクは……もう二度と負けるわけにはいかないんだ!!!」
魂を震わせているような、そんな叫び。
その迫力に押されてしまいそうになる。
「フェイト」
「……あ……」
静かな声をかけられた。
ちらりと見ると、ソフィアが優しく笑う。
言葉はない。
でも、私が一緒にいます、と言っているかのようだった。
うん、そうだ。
僕は一人じゃない。
ソフィアがいる。
大好きな人が隣にいる。
それだけで人はどこまでも強くなれる。
「フェイト!」
「うん。いこう、ソフィア!」
ソフィアと一緒に前へ出た。
「このぉっ!!!」
「はぁあああああ!!!」
ソフィアと同時に前へ出た。
剣を構えつつ駆けて……
僕は右から。
ソフィアは左から。
交差するように、同時に剣を払う。
「ぐっ!?」
僕とソフィアのタイミングが完全に一致して、レナに重い一撃を叩き込むことに成功した。
防がれてしまうけど、でも、彼女は顔をしかめている。
たぶん、予想外に重い一撃に手が痺れたのだろう。
今がチャンスだ。
「これで……」
追撃の一閃。
しっかりと捉えたと思ったんだけど、でも、脅威的な反射神経で防がれてしまう。
手が痺れていてコレなのだから、レナは本当に強い。
でも、僕だけじゃない。
「終わりです!」
続けて、ソフィアが前に出た。
レナに激突するような勢いで駆けて、その勢いを乗せた突きを繰り出す。
狙いはレナの急所じゃない。
彼女の右手だ。
「あっ、ぐ!?」
ソフィアの剣がレナの右手の甲を貫いた。
レナの顔が苦痛に歪む。
それでも、彼女は反撃に移ろうとした。
痛みに耐えつつ、剣を振ろうとするが……
カラン。
しかし、剣を握ることができず落としてしまう。
右手の甲を貫かれたことで、指に繋がる神経がいくらか断たれたのだろう。
うまく指を動かせない様子で、その場に膝をついてしまう。
そんなレナに、ソフィアは剣を突きつけた。
「終わりですね」
「くっ……」
レナは、血の流れる右手の甲を押さえつつ、ソフィアを睨みつけた。
もう剣は持てない。
戦うことはできない。
でも闘志はまったく衰えていない様子だ。
剣がないなら拳がある。脚がある。
どちらも断たれたとしたら、噛みついてでも戦ってやる。
そんな意思を感じることができた。
それだけじゃない。
魔剣が持つ力を使えば、人を捨てる代わりに、レナは大きな力を得ることができるだろう。
まだまだレナは戦うことができる。
だから僕は……
「……ねえ、レナ」
ぴくりとレナが震えた。
そっと、彼女がこちらを見る。
そんなレナに僕は……首を小さく横に振る。
「もうやめよう?」
「……」
「レナにも色々あるのわかったよ。譲れないものがあるっていうのもわかった」
「なら……」
「でもさ」
本当の想いを口にする。
「僕は、レナと争いたくないよ」
レナはひどいことをしてきたと思う。
アイシャやスノウを傷つけて、他の人にも剣を向けてきた。
でも……
「どうしても、君を嫌いになることはできないんだ」
泣いているレナを見たら、僕は、胸が苦しくなってしまう。
そんな顔は見たくない、って思う。
僕とレナは同じだ。
抱えているものの大きさはぜんぜん違うけど……
僕達は、共に虐げられてきた。
「安い同情なんかしないで……!!!」
レナが強く睨みつけてきた。
怒りが全身からあふれている。
同情なんてするな。
心に踏み込んでくるな。
優しいフリをするな。
……そんな感じで、レナは僕を拒絶する。
「フェイト」
そっと、ソフィアが隣に立つ。
「いまいち状況が掴めていないのですが……」
「え? そうなの?」
てっきり、レナや黎明の同盟のことを突き止めて、応援に来てくれたと思っていたんだけど。
「妙に嫌な感じがしまして。それでフェイトを探してみたら、あの泥棒猫がいたので、とりあえず斬りかかってみました」
「とりあえず、って……」
直情的すぎないかな?
いや、まあ。
そのおかげで助けられたから、強くは言えないんだけど。
「詳しいことは後で説明するよ」
「わかりました。では、この泥棒猫の処刑を……」
「まってまってまって」
「はい?」
どうして止めるの?
と、本気で不思議そうな顔をするソフィア。
怖いから。
「レナのことは僕に任せてくれないかな?」
「心配です」
「僕なら大丈夫。それに、レナもきちんと話せばわかってくれると思うんだ」
「……わかりました。フェイトにお任せいたします」
ソフィアは小さく頷いて、剣を鞘に収めてくれた。
ただ、その状態のまま、柄は握ったままだ。
「ですが、いざという時は斬るので」
「うん、それでいいよ」
ソフィアが過剰に反応しているのは、僕を心配してくれているからだ。
その気持ちを否定するようなことはしたくない。
よし。
改めてレナと向き合う。
「ねえ、レナ」
「……なに?」
「僕は、同情は悪いことじゃないと思うんだ。相手の気持ちになって考えること、共感すること、っていう意味だもの」
押し付けがましくなったり。
勝手に、かわいそうだ、と決めつけたり。
それは微妙なことかもしれないけど……
でも、無視されるよりはいいと思う。
どうでもいいとか思われるよりは、ずっとマシだと思う。
少なくとも、同情してもらっているということは、関わろうとしてくれていること。
そこから関係が発展することもあると思うんだ。
「レナは知らないかもしれないけど……僕、騙されて奴隷にされていたことがあるんだ」
「え?」
「十年くらいかな? ずっとひどい扱いを受けていて……だから、レナの気持ちはわかるつもりなんだ」
「……」
「他人に思えなくて、だから嫌いになりたくなくて……」
そっとレナに手を差し出した。
「だから、もうやめよう?」
「……フェイト……」
「友達になってくれませんか?」
「あ……」
レナの目が大きくなる。
僕の手を見て、自分の手を見て……
交互に見て、それからそっと口を開いた。
「ボクは……」
レナは少し声が震えていた。
そこで言葉が止まっていた。
でも、焦って促すようなことはしない。
あくまでも彼女の自主性に任せたい。
「ボクは……!」
「うん」
「うぅ……くううう!」
どこにそんな体力が残っていたのか。
レナは大きく後ろへ跳んで逃げてしまう。
「レナ!」
「どうしたらいいか、わからないよ……」
「……レナ……」
「ボクは使命があるはずなのに。ボク達から全部を奪った世界に復讐しなくちゃいけないのに。でも……」
レナは泣きそうな顔でこちらを見る。
「フェイトと戦うのは……嫌だよ」
「なら!」
「でも、ボクは……ボクは!」
レナはうつむいた。
ぽつりと、涙が落ちる。
「……またね」
魔道具を隠し持っていたのだろう。
彼女の足元に魔法陣が展開されて……
そして、そのまま姿が消える。
最後、レナがどんな顔をしていたのか?
それはわからなかった。
――――――――――
「いたたたっ」
獣人の里に戻り治療を受ける。
最後まで立っていられたものの、実はあちらこちらがボロボロで、かなりの重傷だったらしい。
まずは、リコリスの魔法で治療を。
それから獣人が使う特製の秘薬を分けてもらい、ソフィアに塗ってもらっているところだ。
「まったく、こんなになるまで無茶をするなんて……私が駆けつけていなかったら、どうなっていたことか」
「ありがとう、ソフィア。本当に感謝……あいたたたっ」
「しているのなら、あまり心配をかけさせないでください!」
「ごめん……」
もっともな話なので、頭を下げることしかできない。
「まーまー、そんなに責めたらかわいそうよ」
意外というべきか、リコリスが間に入ってくれた。
「突発的な遭遇だったんでしょ? なら、どうしようもないじゃない。里の場所を知られるわけにもいかないし、あそこで食い止めるのは正解よ」
「それはそうかもしれませんが……」
「というか、ソフィアは嫉妬してるだけでしょ? あの女とフェイトが密会してた、許せないー、って」
「うっ!?」
図星だったらしく、ソフィアが苦い表情に。
「そうなの?」
「……」
ソフィアは顔を背けてしまう。
代わりにリコリスが答える。
「そうなのよ。ソフィアったら、『泥棒猫の匂いがします』とか言って、いきなり飛び出していったんだもの。里を守るとか、そういうことは考えてなかったわね。嫉妬よ、嫉妬」
意外……でもないのかな?
ソフィアって、わりと独占欲が強い。
そういう行動に出ても不思議じゃないと思う。
「そっか……ありがとう、ソフィア」
「え? ど、どうしてお礼を言うのですか? 私は……」
「でも、ソフィアのおかげで助かったから」
理由はどうあれ、ソフィアが駆けつけてくれなかったら僕は死んでいたと思う。
それに……
「身勝手な話だけど、嫉妬してくれるのはうれしいよ」
「っ……!」
ソフィアは顔を赤くして、
「……その言い方、ずるいです」
唇を尖らせるのだった。
レナの襲来があったこと。
そして、黎明の同盟の目的。
それらの情報を、クローディアさんと獣人の里の長を含めたみんなで共有した。
「そうですか、彼らが……」
「あの馬鹿者共め」
長はしんみりとした様子を見せた。
そしてクローディアさんは、苛立たしいような悲しんでいるような、そんな複雑な表情になる。
僕が話をするまでもなく、黎明の同盟の目的、正体を知っていたのだろう。
それでもなにもしなかったのは……
たぶん、信じたかったから。
これ以上、とんでもないことはしないと。
いつか分かり会えるはずだ、と。
そう信じていたから、あえてこちらからはなにもしなかったんだと思う。
甘い考えだ、って言われるかもしれない。
でも、僕はその方が好きだ。
「申しわけありません、私達の事情に巻き込んでしまいました……」
クローディアさんが頭を下げるものだから、ついつい慌ててしまう。
「そんな、気にすることないですよ!」
「そうですね」
「しかし……」
「アイシャちゃんとスノウのことがあるので、どちらにしろ、私達も巻き込まれていた……いいえ、この言い方はよくありませんね」
「僕達も関係者です」
アイシャとスノウは家族だ。
そして、家族の問題は僕達の問題でもある。
放っておけるわけがないし、見てみぬ振りもできない。
「なにができるかわからないですけど、協力させてください」
「ひとまずは、用心棒として私達を雇いませんか? お代は、里にいる間、宿を提供していただく、ということで」
「フェイトさん、ソフィアさん……」
クローディアさんはぐっと言葉を詰まらせて……
それから、深く頭を下げた。
そこまでしてもらわなくてもいいのに。
どちらかというと、僕達、人間のせいでこうなっているわけだから。
「とにかく、対策を考えないといけませんね」
「たぶん、レナは里を探していたんだと思う。まだ見つけていないみたいで、追い払うことはできたけど……」
この様子だと、里が見つかるのは時間の問題だ。
そうなると、どうなるか?
黎明の同盟は、目的と手段を履き違えている。
獣人の里を見つけたとなれば、復讐のための力を得るために、生贄にしてさらなる魔剣を作ろうとするだろう。
里の人に犠牲を出すわけにはいかないし……
下手をしたら、アイシャやスノウも連れ去られてしまうかもしれない。
それだけは絶対に避けないと。
「ふむ……ならば、結界の修復が急務ですな」
少し考えてから、長がそう言った。
「結界は、魔物だけではなくて悪意あるものからも守ってくれます」
「そんな便利な機能が」
「もちろん、絶対無敵というわけではありません。その気になれば破壊されてしまうでしょうが……それでも、我らの存在を隠して、時間を稼ぐことはできるでしょう」
「なら、決まりですね」
次にやるべきことは結界の修復だ。
「アイシャとスノウの力が必要って言ってましたけど、具体的にはどうするんですか?」
「姫様と神獣様に祈りを捧げていただくのです」
「祈りを?」
「想いは、時に強い力となる。姫様や神獣様の祈りとなれば、結界を形成するほどに」
「なるほど」
火事場の馬鹿力、っていう言葉があるように、想いの力は確かにあると思う。
そして、それは思いがけない力を発揮するものだ。
「なにか力になれませんか?」
「でしたら、姫様と神獣様と一緒にいてください。お二人のことをとても信頼しているみたいなので」
「わかりました。それくらいなら、もちろん」
言われなくても二人の傍にいるつもりだ。
「では、さっそく……」
「た、大変です!」
扉を蹴破るような勢いで、一人の獣人が長の家に入ってきた。
「なにごとじゃ、騒々しい」
「姫様と神獣様がいません!」