「嫌だ」

 レナの求めに対して、僕は首を横に振る。
 そんな反応は予想していたのか、レナの表情は変わらない。

「うーん、どうしてダメなのかな? ボク、自分で言うのもなんだけど、けっこうかわいいと思うよ? スタイルは……まあ、ちょっと残念かもだけど。でもでも、その分、なんでもしてあげるよ? フェイトがしたいこと、全部してあげるよ?」
「……そういう問題じゃないよ」
「?」
「なんでもしてあげるとか、そんなこと気軽に言われても……困るよ。それに、そんな一方的な関係は嫌だ。なにかをしてあげて、されて……そんな支え合う関係がいいんだ、僕は」
「なるほど」

 レナはうんうんと頷いて、

「わからないなー」

 キョトンとした顔で小首を傾げた。

「ボクのこと好きにできるんだから、それでよくない? ボクがいっぱいいっぱい尽くして、それでよくない?」
「なんで、そんな偏った考えになるのかな……」

 理想論かもしれないけど……
 恋人とか夫婦って、支え合うものだと思う。
 どちらか一方が寄りかかっていたら、すぐに壊れてしまうような気がする。

 助け合い。
 苦楽を分かち合い。
 ずっと一緒にいること。

 そんな理想を僕は叶えていきたい。
 ……ソフィアと一緒に。

「もしかしたら……ソフィアよりも先にレナに会っていたら、君に惹かれていたかもしれない」

 レナは黎明の同盟に所属しているけど……
 でも、極悪人とは思えない。
 一緒にいると楽しいと思えるかもしれない。

 でも。

「僕は、ソフィアのことが好きなんだ」
「……」
「レナは、彼女の代わりになることはできない。僕が好きなのは、ソフィア一人だけだよ」
「……そ」

 再び殺気があふれる。

 先程の比じゃない。
 今度は嵐のように激しく、ここにいるだけで意識を失ってしまいそうだ。

 たぶん……
 これがレナの本気。

「……う……」

 正直なところを言うと……怖い。

 それなりの修羅場を潜り抜けてきたつもりだったけど、甘かった。
 本気のレナと戦うということは、天災を相手にするようなもの。
 普通に考えて立ち向かえるわけがない。

 手が震えてしまう。
 足も震えてしまう。

 それでも。

「っ……!!!」

 唇を噛む。
 小さな痛みが気を引き締めてくれる。

 ここで退くわけにはいかない。
 ソフィアが狙われてしまうかもしれない。
 リコリスにアイシャ、スノウに害が及ぶかもしれない。

 それだけじゃなくて、獣人の里も危ないかもしれない。

 僕にできることなんて、たかがしれている。
 どうあがいてもレナに勝つことはできない。
 退けることもできない。

「だからといって、諦めてたまるもんか!」

 やらない後悔より、やってからの後悔がいい。

「ふーん」

 レナは面白そうに言う。
 その顔に再び笑顔が戻っているものの、殺気は消えていない。
 むしろ、さっきよりも鋭く濃厚になっていた。

「ボクの本気を前にしても怯まないんだ。やっぱり、フェイトはすごいね」
「……ありがとう」
「でも、ボクのものにならないなら、いらないや」

 ふっ、と。
 突然、レナの姿が消えた。

「死んじゃえ」

 背後からの声。
 それは死神を連想するほど冷たいものだった。