将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

「そっか。フェイトは、ボク達、黎明の同盟の目的が知りたいんだ」
「うん。そこを知ることができれば、色々な疑問が解決されるからね」

 魔剣を作る理由。
 ブルーアイランドで事件を引き起こした理由。
 アイシャやスノウを狙う理由。

 黎明の同盟の目的を知ることができれば、それらの疑問が一気に解決されると思う。
 全て、レナ達が起点になっているのだから。

「んー」

 レナが渋い顔に。

「教えてくれないの?」
「ううん、大丈夫。約束したから教えるよ? 目的を教えたらダメ、とは言われてないからね。ただ、どこから話したものかなー、って。ホント、長い話になるから」
「ゆっくりでいいよ。今は時間があるから」
「そっか。なら……」

 レナは、近くにある倒木に腰掛けた。
 そして、隣をぽんぽんと叩く。

「ここに座って、ゆっくり話をしよ?」
「えっと……お邪魔します」

 断るのも失礼かと思い、レナの隣に座る。

「えへへー」
「ちょ」

 いきなりレナが肩に寄りかかってきた。

「な、なにをしているの!?」
「これくらい、いいじゃん」
「だ、ダメだから! ダメダメ!」
「ちぇ、ケチだなー。ま、いいや。そのうち、フェイトの方からしてして、って言うくらい魅了してあげるから」

 にっこりと笑いつつ、レナがそう言う。

 正直、その笑顔はとても魅力的で……
 ソフィアと出会っていなければ、一瞬で魅了されていただろう。

 それくらい魅力的な女の子なのに……
 レナは、どうして黎明の同盟なんてものに所属しているんだろう?
 その理由も、できるのなら聞きたかった。

「ちょっとした昔話から始まるんだけど……フェイトは、女神様は知ってるよね?」
「うん。僕達、人間の産みの親。全ての母」

 でも……
 今はちょっと人間と距離ができている、らしい。

「そうそう、基本はそんな認識になるよねー。でも、ちょっと違うんだ」
「違う?」
「全ての母、ってわけじゃないの。獣人は別」
「え?」
「獣人を生み出した神様は別にいるんだ」

 別の神様がいる?
 それは、とても衝撃的な話だ。
 もしも学会なんかで発表をしたら、大騒ぎに……

 ……ならないか。
 それよりも前に、そんなバカな、と一蹴されるのがオチだろう。

「にわかには信じられないんだけど……それ、本当のことなの?」
「マジのガチ」
「うーん」
「あ、疑っているなー?」
「だって、突然すぎるし……」
「ま、わかるけどねー。ホントなら証拠でも示したらいいんだけど、そういうの、あいにくないんだよねー。だから、ここからは私の話が正しい、っていう前提で聞いてね? 疑問とかあったとしても、ひとまず飲み込んで、最後まで聞いて」
「うん、了解」

 話を聞きたいと言ったのは僕だ。
 どんな話だとしても、ひとまず、最後まで聞かないと。

「今言ったけど、もう一人、別の神様がいるんだ。それが……神獣」
「……」

 思い切り咳き込んでしまいそうになった。

 神獣、って……
 スノウのこと?

「獣の神様だから、神獣。わかりやすいでしょ?」
「そう、だね」
「神獣は、女神と協力して自分達の子供を作ったの。人間と獣の要素を持つ、新しい生命……それが獣人だよん」
「なるほど」

 納得できる話だった。
 二人の神様が協力したからこそ、それぞれの特徴を受け継いだ、新しい種族が生まれたんだろう。

「ずっと昔……女神と神獣は仲良く暮らしていた。人間と獣人も、仲良く暮らしていた。互いに足りないところを補い、支え合い、穏やかな生活を送っていた」

 レナは、どこか遠い目をして語る。

 その横顔は寂しそうでもあり……
 迷子になった子供のようでもあった。

「人間は知恵に優れている。獣人は身体能力に優れている。だから、支え合うことで、より良い方向に発展することができたんだ」
「理想的な関係だね」
「うん、そう。ただ、やっぱり人間の方が弱くて……狩りなんかに行くと、人間の方に被害が出ることが多かった。獣人も守ったりしてたけど、限界があるからね」
「どうしようもないことだね……」
「でも、獣人はそれをなんとかしようとしたんだ。自分達が持つ力を使い、人間達に新しい力を与える……その研究を続けて、そして、完成したのが聖剣」
「えっ」

 思わぬところで思わぬ単語が出てきた。

「聖剣は、獣人によって作られたものなんだよ」
「聖剣が……」

 僕が知っている聖剣は、ソフィアが持つエクスカリバーだけ。

 邪悪を祓う剣。
 闇を切り裂く希望の光。

 聖剣エクスカリバー。

「聖剣は、獣人がありったけの力を込めて作った最終兵器のようなもの。でも、試作品っぽいところもあって、量産はできなかったんだ。作ることができたのは、三本だけ、って聞いているよ」
「そのうちの一本が、ソフィアが持っているエクスカリバー?」
「そういうこと。残りの二本は、ボクも知らないんだよねー。って、話が逸れた。で……聖剣の代わりの、ちょっとランクが落ちる武器を量産したり、あるいは結界を展開するとかして、獣人は色々と協力したんだ。おかげで、人間の被害は減ってめでたしめでたし」

 レナはにっこりと笑う。

 でも、次の瞬間には、その笑みは消えた。

「って、そうそう、うまくはいかなかったんだよねー」

 レナは、やれやれといった様子で肩をすくめてみせた。
 その表情には、ハッキリとした怒りと憎しみが現れている。

「一部の人間は、こう考えた。獣人を利用すれば、もっと強くなれるのではないか? もっともっと豊かな生活を手に入れられるのではないか?」
「それは……」
「人間って、ホント欲深くてどうしようもない生き物だよねー。それって昔から変わってなくて、ダメダメすぎるよね。そう思わない?」
「……」

 返す言葉がない。

 人間の全部がそうだなんて言うつもりはないけど……
 でも、世の中には色々な人がいる。
 良い人がいれば、悪い人もいる。

 だから……
 レナの言葉には、大きな説得力があった。

「で、色々な人間が暗躍を始めて、暴走をして……ついには、禁忌に手を染めたんだ」
「禁忌っていうのは……?」
「神獣の子供に手を出した」

 そう語るレナは、とても冷たい顔をしていた。

 感情の一切を削ぎ落としてしまったかのようで……
 思わず背中が震えてしまう。

「当時の人間は、神獣の子供を拉致して、生贄にしたんだ」
「そんなことが……」
「神獣の子供の力を利用した、一種の結界を展開したの。その結界内では常に豊作になって、幸せが訪れて、災厄が退けられる」

 それは、とても理想的な話だ。
 誰もが望んでやまないものだろう。

 でも……

 そのために誰かを犠牲にするなんて、絶対に間違っている。

 レナも同じ想いを抱いているらしく、拳を強く握りしめていた。

「その結界は色々な場所にあるんだけど……その一つが、ブルーアイランド」
「えっ」
「ボク達は、あえて魔剣をばらまいて街の空気を壊して、封印を解いたんだ」
「……ちょっとまって。なら、どうしてスノウがおかしくなったの?」
「封印が解かれると同時に、生贄にされた神獣の子供の恨み憎しみがあふれたんだよ。それが今代の神獣に乗り移り……っていう感じ」

 凄絶な話だった。
 聞いているだけで胸が痛くなる。

 それでも逃げるわけにはいかない。

 スノウの家族として。
 一人の人間として。
 きちんと真実と向き合わないといけない。

「話は戻るけど……子供をさらわれて怒らない親はいないよね? 神獣は怒った。それはもう激怒した。人間達は、あれこれと口八丁で言い含めるつもりだったらしいけど、そんなことはできなくて……まあ、戦争が起きたよね」
「当然の流れ……だよね」
「血で血を洗うような泥沼の戦争になって……最終的に神獣が負けたんだ。その力は圧倒的だったけど、人間達は聖剣を持ち出していたから、それで追い込まれちゃったみたい」
「……」
「かくして、復讐の鬼となった神獣は封印されて、人間は平和を勝ち取りました……めでたしめでたし」

 レナは茶化すように言うけど、ぜんぜんめでたくない。
 むしろ、バッドエンドでは?

「そんなことがあったなんて、ぜんぜん知らなかった……」
「まー、仕方ないよ。獣人の神様の子供を殺しました、とか言えないからね。そこら辺の歴史は、都合のいいように捏造されているよ」
「……もしかして」

 ふと、とある可能性に思い至る。

「黎明の同盟は、かつての神獣の関係者?」
「正解」

 レナはニヤリと笑い、僕の言葉を肯定するのだった。
「ボク達、黎明の同盟は、かつて神獣に味方をした者の末裔なんだ」

 そう語るレナは、どことなく誇らしげだ。

 裏切り者になんて与していない。
 正しい復讐の権利を持つ神獣に味方をした。

 そんな想いがあるのかもしれない。

「だから、ボク達は正しい歴史を知っているんだ。歪められて、捨てられて、葬りさられた神獣の無念を知っている。受け継がれている」
「……」
「そして……その想いは、ボク達が晴らさないといけない」

 レナは冷たい表情で、そう言う。

 抜き身の刃のようで……
 触れるもの全てを傷つけるような危うさがあって……

 でも、レナにそんな表情をさせているのは、過去の人達のせいだ。
 愚かな行いをしたせいで、黒い感情が後世に流れ着いている。

「今、人間達が築いている世界は神獣の犠牲の上に成り立つものだよね? そんなもの、許すことはできないよね? なら、一度全部壊してリセットしないと。そうすることが公平だと思わない?」
「それは……」
「かつての神獣の無念を晴らす。そして、世界を正しい方向に戻す……それが、ボク達、黎明の同盟の目的だよ」

 レナは、ちょっととぼけたところはあるものの、でも真面目な子だ。
 中途半端な理由で悪事に加担なんてしない。
 よほどの理由があるに違いない。

 そう思っていたんだけど……
 まさか、これほどの理由があったなんて。

 想像以上の事実を教えられて、すぐに言葉が出てこない。

「っていう感じかな」

 ころっと雰囲気を一変させて、レナが笑う。
 萎縮してしまっている僕を気遣い、態度を変えてくれたんだろう。

「ね、ね。フェイトもボク達の仲間になろう? ボク、フェイトと一緒に戦いたいな」
「そんなことは……」
「できない? ひどいことをした人間の味方をするの?」
「それは……」

 頭の整理が追いつかない。

 僕は……
 いったい、どうしたらいいんだろう?

「すぐに味方になれないとしても、ちょっとくらい協力してほしいな」
「協力……って?」
「あの子……スノウって言ったっけ? 神獣の生まれ変わりをちょうだい」
「え?」

 あっさりと言われてしまい、再び頭の中が真っ白になってしまう。

「あの子を素材にすれば、もっともっと強い魔剣を作ることができる。そうすれば、ボク達の復讐もやりやすくなるんだよね」
「スノウを……生贄にするつもり?」
「うん」

 ごまかすことはなく。
 ためらうこともなく。
 レナは、あっさりと頷いた。

「ボク達は強いけど、数が少ないからねー。量より質、っていう戦い方を選んでいるんだけど、まだまだ足りないんだ。だから、もっともっと強い魔剣が欲しいんだよね。神獣や獣人を素材にした魔剣なら、一級品ができるんだ」
「そのためにスノウを暴走させたり、アイシャを狙って……」
「大義の前には、ちょっとの犠牲なんて仕方ないよ」

 レナは、きっぱりと言い切ってみせた。

 ……それのおかげで、逆に僕の心が固まる。

「……大義なんてないよ」
「え?」
「僕は、まだまだ未熟だ。力は足りていないし、知らないこともたくさんある。でも、これだけは言える。レナに……黎明の同盟に大義なんてものはないよ」

 へぇ……という感じで、レナの目が細くなる。
 怒らせてしまっただろうか?

 ここでレナと敵対することは得策じゃない。
 彼女の方が力は上で、本格的な戦闘になったら、十中八九、僕は負けてしまうだろう。

 それでも。
 これだけは言わないといけないと思い、言葉を紡ぐ。

「過去の神獣が受けた仕打ちはひどいもので、復讐を考えるのは仕方ないと思うよ。でも、レナ達のやり方は間違っている」
「なんでそんなことが言えるのかな? かな?」
「些細なことと言って、誰かを殺すようなこと……絶対に認められないよ」

 普通の復讐なら、あるいは正しかったかもしれない。

 でも、レナ達は手段を選んでいない。
 無関係の人まで巻き込んでいる。
 本来は仲間であるはずの獣人や神獣も手にかけようとしている。

 全ては目的を果たすためというけど……
 仲間の無念を晴らすために仲間を殺すなんて、矛盾しているじゃないか。
 無茶苦茶な話だ。

 そもそも……

「正直言うと、世界のためとか人々のためとか、そんなだいそれた理由で戦うつもりはないよ。そんな覚悟はないし」
「なら、どうして?」
「家族のため」

 アイシャもスノウも大事な家族だ。
 その家族に危害が及ぶかもしれない。

 それなら、僕は全力で戦おう。
 例えレナ達に大義があったとしても、世界の反逆者になったとしても……最後まで、後悔することなく家族のために戦おう。

「だから……」

 僕は立ち上がる。
 そして剣を抜いて、レナに突きつけた。

「君は僕の敵だ」
「……」

 剣を突きつけられたレナは、信じられないという様子で目を丸くした。

 そのまま、しばらくの間、呆然として……
 やがて、ニヤリと笑みを作る。

「あはっ」

 小さな笑い声。
 それは哄笑に変わる。

「あはははははっ!!!」

 レナの戦意が膨れ上がる。
 やる気か……?

 距離を取り、剣を構える。

 ただ、レナは剣を抜くことなく、とにかく楽しそうに笑っていた。

「あーもうっ、ものすごくおもしろいんだけど。まさか、そんな風に言われちゃうなんて……ふふ、あははっ。思い出したら何度でも笑っちゃう」
「……」
「ボク、本気でフェイトのことが好きなんだよ?」

 笑顔を消して。
 冷たい表情でレナがこちらを見る。

「っ……!?」

 その瞳は、深い深い闇で満たされていた。
 どれだけの修羅場を潜れば、こんな目ができるようになるんだろう?

「本当に好きなんだけど……」

 ゆっくりと、レナは剣を抜いた。

 魔剣ティルフィング。
 修理は終わっていたらしく、刃には傷一つない。

「ボクの邪魔をするなら、死んでもらうしかないね」
「っ!?」

 強烈な殺気が放たれた。
 質量を感じてしまうほどのもので、思わず、一歩後ろへ下がってしまう。

 って……ダメだ!
 戦う前から気持ちで負けていたら、絶対に勝つことはできない。

 負けるわけにはいかない。
 絶対に!

「……」

 軽い深呼吸をして、乱れた心を落ち着かせる。

 体の震えが止まる。
 呼吸が正常に戻る。

 剣を構えて、レナをまっすぐに見据えた。

「へぇ」

 レナが笑う。
 楽しそうに笑う。
 心底楽しそうに……嗤う。

「この殺気は本物で本気なんだけど……耐えるんだ。耐えるだけじゃなくて、立ち向かおう、って思えちゃうんだ。これに耐えられるのって、あの剣聖くらいだと思っていたんだけど……」
「いつまでもソフィアに守られてばかりじゃいられないから」
「あはっ」

 レナが笑い声をこぼした。

「うんうん、うんうんうん! いいよ、すごくいいよ。ボクの予想をこんなにも上回ってくるなんて……あー、ホントにやばい。もうダメ。今日、絶対にフェイトをボクのものにしてみせるんだから」

 レナも剣を構えた。
 そして、笑みを消す。

「フェイト……ボクのものになって?」

 その問いかけに、僕は……
「嫌だ」

 レナの求めに対して、僕は首を横に振る。
 そんな反応は予想していたのか、レナの表情は変わらない。

「うーん、どうしてダメなのかな? ボク、自分で言うのもなんだけど、けっこうかわいいと思うよ? スタイルは……まあ、ちょっと残念かもだけど。でもでも、その分、なんでもしてあげるよ? フェイトがしたいこと、全部してあげるよ?」
「……そういう問題じゃないよ」
「?」
「なんでもしてあげるとか、そんなこと気軽に言われても……困るよ。それに、そんな一方的な関係は嫌だ。なにかをしてあげて、されて……そんな支え合う関係がいいんだ、僕は」
「なるほど」

 レナはうんうんと頷いて、

「わからないなー」

 キョトンとした顔で小首を傾げた。

「ボクのこと好きにできるんだから、それでよくない? ボクがいっぱいいっぱい尽くして、それでよくない?」
「なんで、そんな偏った考えになるのかな……」

 理想論かもしれないけど……
 恋人とか夫婦って、支え合うものだと思う。
 どちらか一方が寄りかかっていたら、すぐに壊れてしまうような気がする。

 助け合い。
 苦楽を分かち合い。
 ずっと一緒にいること。

 そんな理想を僕は叶えていきたい。
 ……ソフィアと一緒に。

「もしかしたら……ソフィアよりも先にレナに会っていたら、君に惹かれていたかもしれない」

 レナは黎明の同盟に所属しているけど……
 でも、極悪人とは思えない。
 一緒にいると楽しいと思えるかもしれない。

 でも。

「僕は、ソフィアのことが好きなんだ」
「……」
「レナは、彼女の代わりになることはできない。僕が好きなのは、ソフィア一人だけだよ」
「……そ」

 再び殺気があふれる。

 先程の比じゃない。
 今度は嵐のように激しく、ここにいるだけで意識を失ってしまいそうだ。

 たぶん……
 これがレナの本気。

「……う……」

 正直なところを言うと……怖い。

 それなりの修羅場を潜り抜けてきたつもりだったけど、甘かった。
 本気のレナと戦うということは、天災を相手にするようなもの。
 普通に考えて立ち向かえるわけがない。

 手が震えてしまう。
 足も震えてしまう。

 それでも。

「っ……!!!」

 唇を噛む。
 小さな痛みが気を引き締めてくれる。

 ここで退くわけにはいかない。
 ソフィアが狙われてしまうかもしれない。
 リコリスにアイシャ、スノウに害が及ぶかもしれない。

 それだけじゃなくて、獣人の里も危ないかもしれない。

 僕にできることなんて、たかがしれている。
 どうあがいてもレナに勝つことはできない。
 退けることもできない。

「だからといって、諦めてたまるもんか!」

 やらない後悔より、やってからの後悔がいい。

「ふーん」

 レナは面白そうに言う。
 その顔に再び笑顔が戻っているものの、殺気は消えていない。
 むしろ、さっきよりも鋭く濃厚になっていた。

「ボクの本気を前にしても怯まないんだ。やっぱり、フェイトはすごいね」
「……ありがとう」
「でも、ボクのものにならないなら、いらないや」

 ふっ、と。
 突然、レナの姿が消えた。

「死んじゃえ」

 背後からの声。
 それは死神を連想するほど冷たいものだった。
「くぅっ!!!?」

 前に倒れ込むようにして身を低くした。
 それと同時に、ほぼほぼ勘で後ろに剣を振る。

 ギィンッ!

 流星の剣とティルフィングが交差した。

 前回は叩き折られてしまったけど、今回は無事だ。
 剣の力は互角みたいで、十分に耐えている。

 問題は……
 僕の力が足りないこと。

「このっ!」

 剣を斜めにして、刃を滑らせる。

 わずかだけど余裕ができた。
 その間に後方へ……

「いや、前だ!」
「へぇ」

 レナの力量は、僕よりも圧倒的に上。
 下手に逃げようとしたり防御に徹しようとしても無駄だ。
 すぐに押し切られてしまうはず。

 なら、危険を覚悟で懐に飛び込むしかない。

 リスクは大きいけどリターンもある。
 うまくいけば僕の攻撃も当たるかもしれない。

「はぁっ!!!」

 踏み込むと同時に突きを放つ。
 避けられてしまうけど、それは予想済。

 下半身のバネを使い、そこから強引に剣の軌道を変える。
 横へ薙ぎ払い、続けて縦に跳ね上げた。

 定石にはない軌道で刃を叩き込むのだけど、

「やるね」

 レナは全ての攻撃をあっさりと受け止めてみせた。

 定石にない戦いなら、むしろ得意。
 その程度? と言っているかのようだ。

「次はボクの番だね!」
「うぁ!?」

 腹部に走る衝撃と痛み。
 たぶん、蹴りを食らったんだと思う。

 まったく見えなくて……
 どうすることもできず、僕は後ろに吹き飛ばされてしまう。

 そこにレナの追撃が襲う。

「真王竜剣術・裏之三……大蛇!」

 視認できないほどの速度でレナが剣を振る。
 衝撃波が生まれ、獣のように襲いかかってきた。

 避けられない!
 防ぐこともできない!

 なら……迎え撃つ!

「神王竜剣術・壱之太刀……破山!!!」

 渾身の一撃を繰り出した。
 ただ、それでも衝撃波を相殺するので精一杯。

 レナが突貫。
 一瞬で目の前にやってきて、刃の嵐を見舞う。

 ダメだ。
 一撃一撃の威力が高い上に、なによりも早すぎる。

 防ぐのがやっと。
 反撃に転じる間を作ることができない。

「くっ……!!!」

 必死に防いで。
 ギリギリのところで避けて。
 命の危機をヒシヒシと感じつつ、反撃の機会をうかがう。

 負けられない。
 間違えた感情で暴走するレナに、負けてなんていられない!

 僕が負けたら……
 負けたら……
 大事な人が傷つくかもしれないんだ!!!

「こっ……のぉおおおおお!!!」
「えっ」

 レナに隙なんてない。
 それでも、あえて前に出た。

 刃が左肩をえぐり、鋭い痛みが走る。
 でも、こちらから前に出たせいでタイミングが狂ったらしく、そのまま切断、なんてことにはならない。
 うまい具合に骨で受け止めることができた。

「神王竜剣術・参之太刀……」
「しま……!?」
「紅っ!!!」

 全身全霊の一撃を至近距離で放つ。
 強引に作り出した隙。
 そのタイミングに合わせて、現時点で出せる全力を叩き込んだ。

 タイミングは完璧。
 攻撃も最大。

 それなのに……

「あぶな!?」

 レナはありえない速度で剣を戻して、こちらの攻撃を防いでいた。

 刃を防ぐことでいっぱいいっぱい。
 衝撃を逃すことはできなかったらしく、吹き飛ばされる。

 でも……それだけ。

 致命的なダメージではなくて。
 決定的なダメージでもなくて。
 千載一遇のチャンスを逃してしまう。

「まさか、自分の体を盾にするなんてね」

 レナは体勢を立て直した。
 ただ、すぐに攻撃に転じることはない。

 さきほどまでの抜き身の刃のような雰囲気は消えた。
 代わりに、今までと同じように明るく楽しい笑顔を浮かべている。

「うーん……! やっぱり、フェイトはいいなあ。うん、本当にいい!」
「それ、褒めてくれているの?」
「もちろん!」
「今の一撃でもダメだったのに?」
「いやいやいや、アレ、本当にすごかったよ? ボクじゃなかったら、ほとんどのヤツがやられていると思う。リケンでも倒されていたかな?」

 リケン?
 誰だろう?

「普通、傷つかないように戦うものだけど……まさか、その定石を覆して、あえて傷ついて隙を作るなんて」
「結局、届かなかったけどね」
「でもでも、普通、そんなことできないよ? 誰でも……ボクでも、体を盾にするなんてためらっちゃうもん。誰にもできないことをやってみせた……うん。素直にフェイトのことをすごいと思うよ」
「……ありがとう」

 やたらと絶賛される。
 ただ、裏があるのではないかと警戒してしまう。

 その予感は正解。

「ねえ、フェイト。やっぱりボクのものにならない?」
「その話は……」
「イヤなんでしょ? でもでも、やっぱり惜しくなったんだ。ここまでできるフェイトを殺したくなんてないし……あと、惚れ直しちゃった」

 レナは笑顔で言う。

 平常時に言われたらうれしい言葉なんだけど……
 今は殺し合いをしている最中だ。
 一時も油断できない。

「ねえ、ボクのものになろう? そうすれば、ボクがフェイトを鍛えてあげる。今より、もっともっと強くなれるよ。フェイトも剣士だから、強くなりたい、っていう気持ちはあるよね?」
「それはあるけど……」
「あとあと、女の子に向ける欲求も満たしてあげる♪ ボク、尽くすタイプだからね。おいしいごはんを作ってあげるし、お風呂で背中も流してあげる。えっちなことも、なんでも受け止めてあげる」

 えっちなこと、とあっけらかんと言わないでほしい。

 その……
 こんな時だけど、少し恥ずかしくなってしまう。

「あれ? さっきと同じことを言ってる? ま、いっか。それで、どうかな?」

 物騒な場なのだけど……
 これはたぶん、レナの告白。
 彼女なりの本気の告白だ。

 だから、僕も誠実に向き合わないといけない。

「……ごめんね」

 頭を下げた。

「何度告白されても、僕の気持ちは変わることはないよ。僕が好きなのは……ソフィアだ」
「……」

 一瞬だけど、レナが泣きそうになったような気が……した。

「なんで」

 ゾクリと背中が震えた。

「なんでなんでなんでなんでなんで……!!!」

 なんで、と。
 呪詛を吐くかのように、レナがその言葉を繰り返す。

 何度も何度も繰り返して……
 その姿は、まるで子供のようだった。

「初めて欲しいものができたのに。ずっとずっと言う通りにしてきて、ボクの心なんて殺して……それなのに、初めて欲しいものが……! それなのに、また我慢するの? 諦めないといけないの? 仕方ないって、目をそらさないといけないの? そんなの、そんなこと……!!!」
「レナ……?」
「やだ、やだやだやだ……もう、奪われるのはイヤだ!!!」

 レナのトラウマを踏み抜いてしまったのかもしれない。

 彼女は明らかに正気ではなくて……
 瞳から光が消える。
 代わりに剣呑な色が宿った。

 レナは剣を構えて……
 そして、一気に踏み込んできた。

「はや……!?」

 ダメだ、対応できない!?
 僕はどうすることもできず、自分に迫る刃を眺めていた。
 レナの刃が僕に迫る。
 それを避けることはできない。
 防ぐこともできない。

 どうすることも……できない。

 ギィンッ!!!

 横から剣が割り込んできて、レナの刃を受け止めた。
 その剣は見覚えがある。

 聖剣エクスカリバー。

 剣聖だけが持つことを許される剣。
 そして、その主は……

「ソフィア!」
「まったく……少し目を離した隙に、とんでもないことになっています……ねっ!」
「くっ!?」

 ソフィアは前に踏み込み、回転。
 その威力を乗せて剣を薙ぎ払い、レナを吹き飛ばした。

 とても強引な力技。
 でも、だからこそ抵抗することは難しい。

 ただ、レナは猫のようにしなやかに着地。
 まったくダメージはない様子だった。

 レナは座った目でソフィアを睨みつける。

「ボクとフェイトのデートに邪魔するなんて、野暮がすぎないかな?」
「今のがデートなのですか? だとしたら、相当に女子力が低いですね。そのようなデートでは、殿方を楽しませることはできませんよ」
「このっ……!」

 苛立っている様子で、レナの視線がさらに鋭くなった。

「えっと……ソフィア? 助けてもらったことはうれしいんだけど、あまり挑発するようなことは……」
「挑発なんてしていませんが?」
「え? じゃあ、今のが素?」
「はい」

 たぶん、本気で言っているのだろう。

 ソフィアは、そんなに好戦的な性格じゃないけど……
 レナが相手だと、無意識でスイッチが切り替わってしまうのかな?

 色々な意味でライバルだから、そうなるのも仕方ないとは思うけど。

「邪魔しないでくれる?」
「イヤです」
「……」
「私はフェイトのパートナーです。この座は、あなたに譲るつもりは毛頭ありません」
「……フェイトも同じ考えなの?」
「うん」

 即答した。

「レナには悪いけど……でも、ソフィアが僕のパートナーだよ。他の人は考えられない」
「……どうして」

 レナがぽつりとつぶやいた。

「小さな幸せが欲しいだけなのに……がんばりたいだけなのに……なんで、なんで、なんで……」
「レナ……?」

 レナは、がしがしと自分と頭をかいた。
 剣を持ったままなので、時々、自分を傷つけてしまう。
 それでも手は止まらない。

「どうしてどうしてどうして……なんで宗家の連中ばかり……!」
「宗家……?」

 ソフィアが眉を潜めた。

 そういえば……
 レナが使う技、神王竜にとてもよく似ているけど、なにか関係性が?

「そっか」

 ややあって、レナは動きを止めた。

 とても無機質な瞳をして……
 それは、なんの感情も宿していなくて……

 ぽつりと言う。

「奪われるなら、先に奪っちゃえばいいんだ」
「「っ!?」」

 瞬間、殺気の嵐が吹き荒れた。
 質量を持つほどの圧倒的なオーラ。
 気をしっかりと保っていないと、一瞬で意識を刈り取られてしまいそうだ。

「なんていう力……フェイト。ここは私がなんとかするので、フェイトは……」
「僕も一緒に戦うよ」
「フェイト!? ですが、それは……」
「僕はパートナーだからね」
「……あ……」
「だから、一緒に戦うよ」

 そう。
 僕達は二人で一つなんだ。

「いこう、ソフィア」
「はい!」
「つまらないもの……見せないでよっ!!!」

 レナは眩しいものを見るかのような目をこちらに向けて……
 次いで、ギンと鋭く睨みつけてきた。

 怨嗟のような声を吐き出しつつ、地面を蹴る。

 転移したかと思うような脅威的な加速力。
 気がつけばレナの姿が目の前にあった。

 でも、慌てることはない。

「このっ!」

 魔剣を流星の剣で受け止めた。

 力で押し切られてしまいそうになるけど、そこは我慢。
 両足に力を込めて耐える。

「フェイトから離れなさい!」
「ちっ」

 ソフィアの反撃に、レナはうっとうしそうに舌打ちをした。

 ただ、下手な動きをしたらやられてしまうのは理解しているんだろう。
 一度離れて……

「えっ」

 なにを思ったのか、レナは魔剣を投擲する。

 自ら武器を手放すという、ありえない行動。
 虚を突かれてしまい、一瞬、反応が遅れてしまう。

 それはソフィアも同じだった。
 避けることは間に合わないと判断したらしく、その場に留まる。
 そして剣を振り上げて、飛来する魔剣を弾いた。

 魔剣がくるくると宙を舞い……

「死ねぇえええええっ!!!」
「なぁ!?」

 あらかじめそうなることを予測していたのか、レナは、ベストな位置で魔剣をキャッチ。
 そのまま斬りかかってきた。

 剣を投げて、弾かれて、しかしそれをキャッチする。
 まるでサーカスの曲芸だ。

「山茶花!」
「破山!」

 僕とレナの技が真正面から激突した。

 予想外の動きに翻弄されてしまい、こちらの方が初動が遅い。
 でも、技の威力はこちらが上だったらしく、刃が競り合い、拮抗状態に持ち込むことができた。

 今度は逃さない!

 こちらから前に出て、ひたすらに力を叩きつけてやる。
 そうして撤退を許さないでいると、横からソフィアが飛び込む。

「これで!」
「うるさいっ!!!」

 レナは右手一つだけで魔剣を持つ。
 そして、空いた左手に忍び持っていた短剣を。

 短剣でソフィアの剣を受け止めた。
 名のあるものではなかったらしく、ギィンッと一撃で砕け散ってしまう。

 でも、防ぐことはできた。
 それで十分というかのように、レナはさらに数本の短剣を左手に持ち、投擲する。

 複数相手の戦いに慣れている。
 これが真王竜の力……?

「ボクはもう、我慢なんてしたくないんだから……全部、全部手に入れてやるんだ!」

 現状、戦況はレナに傾いている。

 こちらは二人いるのだけど……
 でも、レナの力が圧倒的だ。

 加えて、複数相手の戦いに慣れているため死角がない。
 隙もない。
 攻めあぐねている状態で、これが続くとまずい。

 まずいんだけど……

 ただ、レナはレナで苦しそうだ。
 自分の方が優位に立っているはずなのに、その表情に余裕はない。
 むしろ、とても苦しそうだ。

 それは……

 もしかしたら、レナの心を表しているのかもしれなかった。