まずは、現時点で判明している情報をギルドで受け取る。

 犯人の正体は不明。
 手がかりゼロ。
 目撃者もゼロ。

 気がつけば、被害者が殺されているという状況。
 物音がしたという話はないし、争う声も聞いていない。

 被害者に共通点はなし。
 その他、犯人に繋がる情報もない。

「これはまた……」
「犯人を探すということは、雲をつかむような話なのかもしれませんね」

 宿の食堂で情報を整理した僕とソフィアは、共に悩ましげな顔をした。

「情報がここまでないと、どこから手をつけていいものか……こうなると、本当に殺人鬼がいるのかさえ怪しく思えてしまいますね。死神の仕業と言われたら納得してしまいそうです」
「でも、犯人は必ずいる。絶対に捕まえないと」
「はい、そうですね。さすが、フェイト。正義感の強いあなたなら、そう言うと思っていました」
「まあ、探す方法はまったくわからないんだけどね。目撃者はゼロで、誰にも気づかれることなく事件を起こしている。それに、被害者の共通点もなしで……あれ?」

 共通点はないと思っていたのだけど、あった。
 よくよく見てみることで、そのことに気がついた。

「どうしたのですか?」
「共通点……見つけたかも」
「え!? どういうことですか?」
「ただの偶然かもしれないんだけど、被害者は……全員、僕の顔見知りだよ」
「えっ」
「最初の被害者の冒険者は、奴隷だった頃、何度か情報交換をしたことがあるんだ。二人目の被害者のギルド職員も同じ感じで、何度か話をしたことがある。三人目の被害者の憲兵も同じく、話をしたことがあるよ。シグルド達は、よく酔っ払って事件を起こしていたから、その仲裁として話をしたことが……」

 顔見知り程度ではあるのだけど、犠牲者は、全員、僕と関わりがある。
 一人なら偶然で済ませることができただろうけど、三人となると……

「これは、一つの手がかりになるかもしれませんね」
「うん。でも……」
「下手をしたら、フェイトが疑われてしまいます」

 容疑者ゼロの状態で、こんな情報が浮上したら、どうなるか?
 さすがに犯人扱いされることはないだろうけど、参考人として憲兵に話を聞かれることはあるかもしれない。
 あとは、監視されるとか……

「うーん……なんか、変な方向に動いてきたな」

 うまく言葉にできないのだけど、イヤな予感がした。



――――――――――



 連続殺人事件の調査を始めて、三日目。
 進展は芳しくない。

 一方で、僕と被害者の間に接点があるという話が、どこからともなく浮上してきた。
 誰がそんな話をしたのか?
 調べてみたけれど、手がかりを掴むことはできず……

 ついには、憲兵に事情聴取をされるハメに。

「よし、事情聴取はこれで終わりだ。すまないな、わざわざ足を運んでもらって」
「いえ、気にしていませんから。僕も事件を解決したいと思っていますから、できることがあるのなら、なんでも協力しますよ」
「実のところ、最初はちと疑ってたんだが……あんたが犯人なんてこと、ありえないな。あんたは、あんな事件を起こせるような人間じゃない。俺が保証する。仲間達にもそう伝えておくよ」
「ありがとうございます。でも、そんなに簡単に信じていいんですか? いや、僕が言うのもアレな話ですけど……」
「俺は、これでも憲兵を十年やっててな。色々なヤツと接してきたから、善人と悪人の区別はつく。人を見る目はあるつもりだ。あんたは……とびきりの善人だよ」
「そう言ってもらえると、うれしいです。信じてくれて、ありがとうございます」
「俺らも全力を尽くすから、あんたも力を貸してくれると助かる」
「はい、もちろん。犯人を絶対に捕まえましょう」

 気の良い憲兵と別れの挨拶をして、僕は詰め所を後にした。

「フェイト!」

 外で待っていたらしく、すぐにソフィアが駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか? ひどいことをされていませんか? 疲れていませんか? 精神的な疲労は? お腹は空いていませんか? 睡眠不足になっていませんか?」
「いや、うん、大丈夫」

 ソフィアは、ものすごく心配性だなあ。
 なんとなく、故郷にいるであろう母さんを思い出した。

 母さん、元気にしているだろうか?
 そのうち故郷に帰って、元気なところを見せないと。

「よかった……憲兵隊がフェイトの事情聴取とすると聞いて、しかも、フェイトがそれに素直に応じて……でも、私は外で待機。どうなってしまうのかと、心配で心配で心臓が潰れてしまうかと思いました」
「心配してくれてありがとう、それと、ごめん。でも、僕は大丈夫だから」
「本当に?」
「本当」

 事実、憲兵はさきほどの人を始め、皆、紳士的だ。
 噂を元に事情聴取をしたものの、僕が犯人とは思っていない様子だった。
 ひとまず話を聞いてみよう、という程度なのだろう。

「少しでも手がかりがほしいから、念の為、僕に話を聞いたみたい。他にも、同じような人はいくらかいたよ」
「そうなのですね……よかった、何事もなくて」
「うん。それと、事情聴取に応じた甲斐はあったよ?」
「どういうことですか?」
「ちょっと気になる情報を聞くことができたんだ」

 憲兵隊によると……

 僕のことではなくて、もう一つ、別の共通点を発見したらしい。
 その共通点というのは、犯行時間。
 犯行は、全て昼に行われていたという。

 些細なポイントかもしれないが、それでも、手がかりは手がかり。
 この手がかりを元に、さらに精度の高い情報を得てみせると、憲兵は意気込んでいた。

「犯行時間ですか……それは確かに大事ですね。昼というのも気になります。普通は、昼から堂々と犯行に及ばないと思うのですが」
「うん。だから、昼でないとダメな理由があるのかもしれない」
「昼でないといけない理由……」

 少し考えて、

「……ダメですね。私には、その理由が思いつきません」

 答えに辿り着くことはできず、ソフィアは難しい顔に。

「フェイトは、なにかわかりましたか?」
「うん。多分だけど、犯行方法はわかったよ」
「えっ、本当ですか!? 私でも、まだなにもわからないのですが……」
「たまたま、アレのことを知っているから」
「アレ?」
「ちょっとした魔道具のこと」

 この情報については、まだ公にすることはできない。
 確たる証拠がないため、迂闊なことを口にしたら、こちらが不利になる。

「僕の想像が正しいのなら、犯人も、たぶん、わかる」
「す、すごいですね……フェイトは、身体能力だけではなくて、頭の回転も早いのですね」
「うーん、どうだろう? ただ、奴隷だった頃はあれこれと雑用を押しつけられていたし、交渉も全て担当していたから、考えることは得意な方かな?」

 奴隷時代の経験が活きている、ということなのだろうか?

「ただ、証拠がない。あと、犯人の次のターゲットもわからない。ついでに言うと、動機もわからない」
「わからないことだらけですね。それらを一気に解決する方法は?」
「あるよ」
「……実際に犯行現場に立ち会う、ですか?」
「正解。ソフィアも頭の回転が早いね」
「犯行現場を見つけて、そして犯人を捕まえる。一番、確かな方法ですが……とはいえ、どのようにして次の事件を突き止めるか。あと、被害者を増やすわけにはいかないので、先手を打つ……罠などをしかけておく必要もありますね」
「そこが問題なんだよね。罠とかはどうとでもなると思うんだけど、次のターゲットをどうやって突き止めればいいのか」
「難しいですね」

 「うーん」と二人で頭を悩ませる。

 一人目は冒険者、二人目は冒険者ギルドの職員、三人目は憲兵。
 少しずつではあるけれど、順々に、社会的地位の高い被害者が選ばれている。

 この法則が適用されるのならば……
 最終的に狙われるのは、貴族だろうか?

「……だとしたら、過程を飛ばさせるようにして、狙いを絞り込ませることも可能かな?」
「なにか思いついたのですか?」
「うん、ちょっとね」