大きなトラブルはなくて、旅は順調に進んだ。
 そして、予定よりも一日早く獣人の里に到着する。

 森の奥の奥。
 陽が欠片も差し込まないような最深部に獣人の里はあった。

 それまでは上も左右も草木に覆われていたのに、一気に視界が開ける。
 巨大な森の中に開けた広場。
 そこに木材で作られた建物が数多く並んでいる。

 それと、村を囲う塀と門。
 見張り台が四方に設置されていて、弓矢を手にした獣人が見える。

「ここが……」
「はい、私達の里です」

 森の奥に隠された秘境。
 そんな言葉がぴったりの場所だ。

「何者だ!?」

 門番の獣人がこちらに気づいて、剣を抜いた。
 見張り台の獣人達も反応して、こちらに弓矢を向けてくる。

 そんな彼らの誤解を解くために、クローディアさんが前に出る。

「私です」
「クローディア? なぜ人間なんかと一緒に……」
「いや、待て! その方は……」
「姫様!? それに、神獣様も!?」

 わーっと、たくさんの獣人が押し寄せてきた。

 その目的はアイシャとスノウ。
 とても興奮した様子で二人に駆け寄ろうとして……

 ザンッ!

 なにから走り、彼らの前の地面が切り裂かれた。
 巨人が刃を振るったかのような跡ができていて、ピタリと獣人達の動きが止まる。

「驚き、興奮する気持ちはわからないでもありませんが……」

 見ると、ソフィアがいつの間にか抜いた剣を鞘に収めていた。

「アイシャちゃんもスノウも、まだ子供です。そのように興奮しては、怯えさせてしまうことになります」
「「「……」」」
「二人の保護者として、故意ではなくても、害を与えるようなら実力で排除いたしますが……さて、どうしますか?」
「「「すみませんでした」」」

 たくさんの獣人が平服した!?

 なんていうか……
 ソフィアがビーストテイマーに見えてしまうのだった。



――――――――――



 その後……
 クローディアさんが間を取り持ってくれたおかげで、僕達は変な誤解を受けることもなく、獣人の里へ入ることができた。

 そのまま長老の家に案内された。

 長老の家は、他の家の三倍くらい大きい。
 しかも吹き抜けになっているから解放感がすごい。

 長老となると、これくらいの家を持たないといけないのかな?

 なんてことを考えつつ、客間へ。
 案内された席に座り、長方形のテーブルを挟んで長老とクローディアさんと向かい合う。

「姫様と神獣様を保護していただき、誠にありがとうございます」

 長老とクローディアさんが、揃って頭を下げた。

 腰を90度に曲げるほど頭を下げていて……
 そこまでされてしまうと、こちらが恐縮してしまう。

「い、いえ。そこまで大したことは……」
「いえ! お三方に保護していただかなかったら、どうなっていたか……聞けば、姫様は奴隷商に捕まっていたとか。本当に、本当に感謝いたします!」

 今度はテーブルに頭をつけられてしまった……

「あはは……」

 ソフィアは苦笑して、

「ふふーん!」

 リコリスはドヤ顔をきめていた。

 それぞれ、性格が出るなあ……

「さっそく宴を開きましょう。姫様と神獣様の帰還を盛大に祝わなくては。それと、恩人方に感謝も」
「それはうれしいんですけど……」

 クローディアさんは、アイシャとスノウが一緒にいることは問題ないと言っていた。
 でも、他の獣人はどうなのか?
 長老は素直に許可してくれるのか?

 もしかして、揉めることも……

「なに、心配なされるな」

 こちらの懸念を察した様子で、長老が朗らかに笑いつつ、言う。

「聞けば、姫様と神獣様は、お三方の家族という。家族を無理矢理引き離すなんていうこと、儂らは決していたしませぬ」
「えっと……そう言ってくれるのはうれしいんですけど、いいんですか?」
「ええ。ただ……クローディアから聞いているかもしれませぬが、浄化と結界の構築に力を貸していただけると……」
「はい。そういう協力は惜しむつもりはありません」
「でしたら、なにも問題はありませんな」

 ものすごく話がわかる人だった。

 騙されている? と考えなくもないけど……
 でも、長老からは悪意を感じない。
 クローディアさんも同じ。

 たぶん、信じてもいいと思う。

 もしかしたら騙されるかもしれないけど……
 その時は、アイシャとスノウを守るだけ。

 それに、疑うよりは信じる方がいい。

「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ感謝いたします。では、さっそく宴の準備を……」
「長老っ、大変だ!」

 バンと扉を吹き飛ばすような勢いで、若い獣人の男性がやってきた。