「……」

 工房に入ろうとしたソフィアだけど、中から聞こえてきた会話に思わず足を止めてしまう。

『親孝行なんて、真面目に考える必要はねえよ。どうしてもっていうのなら、孫の顔でも見せてくれれば十分だ』
『ま、孫って……』
『なんだ、その気はないのか?』
『ううん。その……い、いつかは、って思っているよ』

 そんなやりとりが聞こえてきて……

「っっっーーー!!!?」

 思わず、ソフィアは中に入るのを止めて、意味もないのに物陰に隠れてしまう。

 顔を押さえると、とても熱くなっていた。
 鏡を見たら、きっと真っ赤になっているだろう。
 耳まで赤いに違いない。

『ううん。その……い、いつかは、って思っているよ』

 フェイトの言葉が耳に焼き付いて離れない。
 そのまま脳の奥にまで染み込んでくるかのようだ。

「ふぇ、フェイトは……そ、そんな風に思っていたのですね……」

 もちろん、ソフィアもそういうことを考えなかったわけではない。
 むしろ、ちょくちょく考えていた。

 いやらしい?
 そんなことは知らない。

 自分も一人の女の子。
 年頃の乙女なのだ。
 好きな人と結ばれたい、というのは当たり前の感情。
 だから、そういうことを妄想したり想像したりしても、当たり前。
 うん、問題ない。

 そんな感じで、ソフィアは自分の感情を正当化して……
 それから、久しぶりにそういう想像やら妄想をして……
 ぼんっ、と顔を再び赤くした。

「ソフィアって、けっこうむっつりよね」
「ーーーっ!!!?」

 突然、耳元から聞こえてきた声に、ソフィアは悲鳴をあげそうになる。
 でも、気合と根性でなんとか我慢した。

 慌てて振り返ると、にんまりと笑うリコリスの姿が。

「にひひ」
「……聞いていたのですか? 見ていたのですか?」
「バッチリ」

 リコリスのニヤニヤ笑顔が止まらない。
 それを見たソフィアは……

「斬ります」
「ちょ!?」

 剣の柄に手を伸ばす。
 ただの剣ではなくて、聖剣エクスカリバーだ。

「は、はやまらないで!? こんなにかわいいリコリスちゃんを斬っちゃうなんて、人類の損失よ!? 世界が泣くわ! 泣いて大洪水が起きるわ!」
「冗談ですよ」

 ソフィアはにっこりと笑いつつ、剣の柄から手を離す。

「あ、あはは……」

 もーやだなー、ソフィアの意地悪。
 そんな感じでリコリスは笑うものの……

(ウソだ。あれ、絶対斬るつもりだったわ……)

 ソフィアの本気を感じたリコリスは、内心でガタガタと震えていた。

 ちょっと際どいネタでからかうのはやめておこう。
 そう誓うリコリスだった。

 まあ……
 忘れっぽいところがあるリコリスなので、再びやらかすかもしれないが。
 それはまた別の話だ。

「でも、そんなに恥ずかしがることないんじゃない?」
「そ、そのようなことを言われても……! だってだって、フェイトと、その……え、えっちなことをするなんて……」
「だから、別に恥ずかしいことじゃないでしょ」
「……えっちなことなのに?」
「そのえっちなことをすることで、人間も動物も子供を産むことができるんじゃない。子孫繁栄のための唯一の方法なのよ。恥ずかしがる必要はないと思うけどねー」
「むう」

 そんな簡単に割り切れないと、ソフィアは複雑な表情に。

 それから、ふと思いついた様子でリコリスに尋ねる。

「リコリスは、そういう経験はあるんですか?」
「えっ」

 一瞬の硬直。
 でも、すぐに回復して、リコリスは得意そうに胸を張る。

「ま、まーね! ミラクルかわいいリコリスちゃんなら、引く手あまただもん。ノノカと一緒にいる前は、あちらこちらの妖精から誘われて大変だったわ」
「わぁ」
「そのテクニックで、男連中はメロメロ。骨砕き! 魔性のリコリスちゃんって呼ばれていたわ!」
「すごいです!」

 完全に信じ込んでいる様子で、ソフィアは子供のように目をキラキラさせた。
 こういうことに関しては、ぽんこつになるソフィアだった。

「ぜひ、話を聞かせていただけませんか!?」
「え、ええ。いいわよ、リコリスちゃんのピンク色の話、してあげる!」
「お願いします!」

 リコリスがありもしない話を盛大に撒き散らして……
 ソフィアが真に受けて、思い込んでしまい……
 初めての日、色々とやらかすことになるのだけど、それもまた別の話だ。