フェンリルを倒すことができたものの、あれは、やっぱり偶然だと思う。
 運が良いだけで、僕の実力は、まだまだ足りない。

 なので、ソフィアに稽古をつけてもらった。
 今は十分だと思いますが……
 とソフィアは呆れていた様子ではあるが、僕はひたすらに稽古に励んだ。

 そして、一週間。
 多少の自信を身につけることができたので、改めて、冒険者業を再開することにした。
 そして、ソフィアと一緒にギルドを訪ねたのだけど……

「連続殺人事件?」

 思わぬ話を聞かされることに。

 ギルドの受付嬢は、ほとほと困り果てた様子で説明してくれる。

「ここ最近、街を騒がせている殺人鬼の噂はご存知ですか?」
「殺人鬼? 僕は知らないけど……」

 ソフィアを見る。

「私も知らないですね。ここ最近は、フェイトの稽古に忙しかったもので」
「ごめんね」
「そこは、違う言葉がほしいです」
「……ありがとう?」
「はい、どういたしまして」
「ごほんっ」

 目の前でイチャイチャしないでくれる?
 というような感じで、受付嬢にジト目を向けられてしまう。

 僕とソフィアは顔を赤くしつつ、話の続きに耳を傾ける。

「最初の犠牲者は、とある冒険者でした。ダンジョンの攻略に挑む予定でしたが、時間になっても姿を見せない。不思議に思ったパーティーメンバーが迎えに行ったところ、宿で死体となっているところを発見されたのです」
「ふむふむ」
「次の犠牲者は、冒険者ギルドの関係者です」
「ギルドにも犠牲者が出ているのですか?」
「はい……」

 知り合いなのか、受付嬢は悲しそうな顔になる。

「こちらも似たような感じで……真面目な方で無断欠勤などしない人でした。しかし、三日連続の無断欠勤。不思議に思った上司が家を訪ねたところ、死体を発見したのです」
「確かに、似たような内容だね」
「三人目の犠牲者は、憲兵隊の一員です。その日、たまたま被害者は一人で街の見回りをしていました。通常、最低でもペアで行動することが義務付けられていますが、その日はたまたまバディが体調不良で、一人で見回りをしていたみたいです。そして……翌朝、無残な姿で発見されました」
「憲兵隊にも被害が出ているなんて……」

 ソフィアが難しい顔になるが、それもそのはずだ。

 憲兵隊は、街の治安、秩序を維持する部隊だ。
 とても仲間意識が強く、身内に手を出すような敵には容赦しない。
 徹底的な捜査が行われて、苛烈な報復をされる。

 そんな憲兵隊に手を出すようなことは、普通はしない。
 犯罪者でも迷うほどだ。

「今のところ、犠牲者はこの三人です。四人目が出る前に、なんとしても捕まえなければなりません。とはいえ、相手は正体不明の殺人鬼。情報も少ないため、誰も依頼を請けてくれず……」
「あら? その事件は、ギルドが管理しているのですか? 殺人事件となれば、憲兵隊の管轄になると思いましたが」
「もちろん、憲兵隊でも捜査は行われていますよ。ただ、どのような手を使っているのか、犯人の目撃情報がゼロで、手がかりもゼロ。このままでは、四人目の被害者が出るのは時間の問題。なので、冒険者ギルドも協力することにしたんですよ」
「なるほど、面子にこだわっている場合ではない、ということですね」

 冒険者は人々の依頼に応えて……
 憲兵隊は、治安や秩序を乱す犯罪者を捕まえる。

 そのような役割分担ではあるが、似たような部分もあるため、互いにライバル視しているところがある。
 仲良く活動することは少ないのだけど……
 今回は、そうは言っていられない、ということか。

 それほどの事件……
 心がざわざわとした。

「と、いうわけで……」

 受付嬢が極上のスマイルを浮かべた。

「スティアートさんとアスカルトさんは、今は、特に依頼は請けていませんよね? どうでしょうか? 殺人鬼の事件を解決したら、報酬は、なんと金貨四百枚です!」

 金貨四百枚といえば、一般的な人の年収に相当する。
 かなりの額だ。
 それだけ、ギルドは力を入れているのだろう。

 ただ……

「うーん」
「乗り気じゃないですか?」
「えっと……この前、フェンリルを倒して、その素材を売ったから、お金なら余るくらいに持っているんだよね」

 あの時の素材は、全部で、金貨三千枚で売れた。

 その情報を知っているらしく、受付嬢が頭を抱える。

「そういえば、そうでしたね……」
「……でも」

 事件のことを考える。
 姿の見えない殺人鬼が街のどこかに潜んでいる。

 三件、事件が起きた。
 これで終わりと考えるのは、あまりにも楽観的だろう。

 計画的なものなのか快楽目的なのか、犯人の目的はわからないけど……
 おそらく、犯人は味をしめている。
 また繰り返すだろう。
 そんな予感がした。

 四件目の事件が起きた時、その被害者が知り合いだとしたら?

 朝、いつも挨拶をしてくれる宿の店主とか。
 今話をしている受付嬢とか。

 あるいは……ソフィアとか。

 そんなことになったら、僕は、とても後悔するだろう。
 あの時、事件の解決に身を乗り出していればと、一生、考え続けることになるだろう。

 そんなことはイヤだ。
 せっかく自由の身になって、冒険者になったんだ。
 大変なことだとしても、逃げずに立ち向かいたい。

「ソフィア、僕は……」
「はい、いいですよ」
「えっと……まだなにも言ってないんだけど?」
「依頼を請けるのでしょう?」
「そのつもりだけど、よくわかったね」
「私を誰だと思っているのですか? フェイトの幼馴染ですよ。あなたのことは、世界で一番知っています」
「……」
「どうしたのですか、ぽかんとして」
「いや、うん……なんだか、うれしくて」

 ソフィアの言葉はいつも温かくて、一人じゃないと教えてくれる。
 彼女が隣にいれば、なんでもできるような気がした。
 それこそ、今回の依頼もきちんと解決できると思う。

「でーすーかーらー……」

 受付嬢のジト目、再び。
 イチャイチャしているつもりはなかったのだけど、そう見えていたらしい。

 やや恥ずかしい。
 反省。

「と、とにかく」
「ごまかしましたね」
「ですね」

 ソフィアまで裏切らないでくれないかな?

「その依頼、僕達で良ければ請けるよ」
「ありがとうございます! 期待の新星のフェイトさんと、剣聖のソフィアさんなら、きっと解決できると信じています」

 そんなわけで……
 僕達は、殺人鬼の捕縛、もしくは討伐の依頼を請けたのだった。