アイシャは、獣人の里のお姫様。
 スノウは、獣人の神様。

 とんでもない事実が発覚したのだけど……
 でも、僕にとってアイシャはアイシャ。スノウはスノウ。
 大事な家族であることに変わりはない。

 すごい存在だったからといって態度を変えることはない。
 今まで通り、家族として接するつもりだ。

 それは、ソフィアもリコリスも同じ。
 二人は驚いた様子を見せていたものの、ほどなく落ち着きを取り戻して、いつもどおりになる。

「これからのことなのですが……」

 お茶を飲み、クローディアさんは口を開いた。

「ご足労をかけてしまい申しわけないのですが、一度、我らの里に来ていただけないでしょうか?」
「獣人の里に?」
「はい。姫様と神獣様が見つかったことを報告したく……それに、お礼もしたいのです」
「……アイシャちゃんもスノウも、私達の家族ですよ?」

 ソフィアが牽制するように言うと、クローディアさんは慌てた様子で手を横に振る。

「里に連れ戻すとか、そのようなことは考えておりません! いえ、本当はそうされた方がいいのですが……しかし、今の姫様や神獣様を見ていると、お二人と一緒にいることが一番良いようなので」
「わたし……おとーさんとおかーさんと、一緒にいてもいいの?」
「はい。お二人が姫様の家族ならば、それを引き裂くようなことはいたしません」

 アイシャの問いかけに、クローディアさんはにっこりと笑い、優しく答えてみせた。
 その言葉にウソはなさそうだ。

 よかった、話のわかる人で。

 これで……
 「アイシャは巫女だから、絶対に里に連れ帰る」
 なんて言われていたら、揉めてしまうところだった。
 僕もそうだけど、ソフィアは絶対にそんなことは許さないだろう。

「えっと……スノウはどうなるんですか?」
「はい、神獣様も問題ありません。ただ……」
「ただ?」
「できるのならば、里の浄化に力をお貸しいただけると幸いです」
「浄化?」

 わからない単語が出てきた。

「浄化っていうのは?」
「そうですね……詳細を説明すると長くなってしまうので省きますが、簡単に言うと、結界です。神獣様の力を借りて、新しい結界を張りたいのです。今の里は、神獣様がいないせいで結界を張れていないので……」
「結界がないとまずいことに?」
「そうですね……魔物の侵入を許してしまったり、人間の襲撃を受けることも……」

 なるほど。
 けっこう深刻な事態に陥っているみたいだ。

「そういうことなら力になりたいけど……えっと、スノウはどうかな? 大丈夫?」
「オンッ!」

 任せておけ、というような感じで、スノウは力強く鳴いた。
 子供でも神獣。
 頼りになる。

「はい、それも問題ありません」
「ありがとうございます! この恩、一生忘れませぬ!」

 土下座しそうな勢いで頭を下げられてしまう。
 感謝しすぎでは……?

「わがままを言って申しわけないのですが、できるだけ早く里へ戻りたいのですが……」
「うん、了解です。それじゃあ、今日中に準備をするから、明日、出発しましょう」
「よろしいのですか……?」
「大丈夫だよね、ソフィア?」
「はい、問題ありません」
「かたじけない!」

 再び頭を下げるクローディアさんだった。



――――――――――



「また旅に出るのか?」

 明日の出発に向けて準備をしていると、父さんにそう声をかけられた。

「あ、うん……」

 そういえば……と、今更ながに気づく。

 せっかく実家に帰ってきたのに、親孝行らしいことはまったくしていない。
 新しくできた家族……妹にも、兄らしいことはなにもできていない。

 僕、かなりの親不孝ものでは……?

「変なこと考えるな」
「いたっ」

 こつん、と叩かれてしまう。

「俺は、別に旅に反対してるわけじゃねえ。むしろ、賛成だな。フェイトは、あちらこちら旅をして、世界を見てきた方がいい。その方が、将来、絶対役に立つからな」
「……父さん……」
「母さんも同じ考えさ。ただ、それはそれ、これはこれ。久しぶりに会えた息子がまた旅立つことを寂しく思ってるだろうからな。今日は、母さんとルーテシアといっぱい一緒にいてやれ。準備は俺がしておいてやるさ」
「……ごめんなさい。僕、なにもしてなくてあいたぁ!?」

 今度は、わりと強めのげんこつをもらった。

「つまらないこと考えるな」
「でも……」
「親孝行なんて、真面目に考える必要はねえよ。どうしてもっていうのなら、孫の顔でも見せてくれれば十分だ」
「ま、孫って……」
「なんだ、その気はないのか?」
「ううん。その……い、いつかは、って思っているよ」
「やれやれ、先は長そうだな」

 たぶん、僕の顔は赤くなっているだろう。
 そんな僕を見て、父さんは笑い……

 その声が、とても心地よかった。