「幸いにも、襲撃者を撃退することができました。しかし、その時の混乱で姫様は行方不明になり……」

 当時を思い返している様子で、クローディアさんは悲痛な表情を浮かべた。

 とても悲しく。
 そして、とても悔しかったのだろう。

 テーブルの上に乗せられた手に、ぎゅうっと力が込められている。

「すぐにでも姫様を探すための旅に出たかったのですが、里の被害も大きく……また、同じことが起きないように、里の移転も決定して……今の今まで、姫様を探しに行くことができませんでした。誠に申しわけございません!」

 クローディアさんは、ものすごく悔しそうな顔をしつつ、アイシャに向かって頭を下げた。

 突然のことに、アイシャがビクリと震えて驚く。
 ただ、クローディアさんの真摯な想いは伝わったらしく、逃げるようなことはしない。

 俺の後ろに隠れたままだけど、顔をそっと出して、

「……別に、気にしてないよ?」

 そう、彼女を気遣う言葉を投げかけた。

「姫様……ありがたきお言葉です!」
「うぅ……」

 姫様と呼ばれることに違和感があるらしく、アイシャはもじもじとした。
 尻尾が不安そうに揺れていたので、頭を撫でてみる。

「えへへ」

 ふにゃっとした笑顔を浮かべて、尻尾が落ち着いた。

「っと……失礼、話が逸れてしまいました」
「獣人の里はどうなったのですか?」
「移転は完了して、だいぶ落ち着きを取り戻しました」

 ソフィアの質問に、クローディアさんは笑顔で答える。

「たまたま、というべきか。それとも運命だったのか、新しい里は、このスノウレイクの近くにあるのです。近くといっても、一週間は歩かないといけませんが……そのようなわけで、私は何度かこちらに足を運び、新しい里で必要な道具を揃えると同時に、姫様の手がかりを探していたのです」
「なるほど」
「そうしたら、偶然、お二人に出会い、姫様と再会することができて……やはり、これは運命なのかもしれませぬ」

 僕は、それほど信心深い方じゃないけど……
 それでも、クローディアさんの言うことに納得してしまう。
 それくらい劇的な出会いと再会だったと思う。

「……フェイト」

 そっと、ソフィアが僕だけに聞こえる声で呼びかけてきた。

「……これから、どうするんですか? アイシャちゃんは……」
「……アイシャは、僕達の娘だよ」

 アイシャを知る人と出会うことができて、それは本当に良かったと思う。
 でも、アイシャが僕達の娘であることに変わりはない。

 アイシャが里で暮らしたいというのなら、それを止めることはできないけど……
 そうでない限りは、ずっと一緒にいるつもりだ。

 いつか嫁に行く?
 ダメ。
 そんなのは絶対にダメ。

「その……クローディアさんは、これからどうするつもりなんですか?」
「そうですね……姫様を見つけることができたのなら、すぐに里に迎え入れたいところなのですが……」

 ちらりと、僕達を見た。

「それが最善なのか、迷うところではあります」

 良かった。
 こちらの事情を理解して、強引な手に出るつもりはないようだ。

「それに、私にはもう一つ、使命があります故」
「もう一つ?」
「はい。同じく里から消えてしまった神獣様を探すことです」
「神……」
「獣……?」

 僕とソフィアは顔を見合わせた。

「人間で言う、女神様のようなものでしょうか。神獣様は、我ら獣人の神なのです。その神獣様の子供がいたのですが、やはり、先の事件で行方不明になってしまい……くっ、今どこでなにをされているのか。ああ、おいたわしや。せめて無事でいてくれれば……」
「ねえねえ」

 成り行きを見守っていたリコリスが口を開いた。

 ふわふわっと宙を飛んで……
 少し離れたところで、おとなしく座っていたスノウの頭に着地する。

「その神獣って、この毛玉のこと?」
「は?」

 そこで初めてスノウの存在に気がついたらしく、クローディアさんは目を丸くした。

「……」

 硬直すること、一分くらい。

「神獣様っ!!!?」

 クローディアさんは、椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がり、叫ぶ。
 ダダダッ! と駆けてスノウのところへ。

「ああ、神獣様! 神獣様! まさか、このようなところで見つかるなんて……これも神獣様のお導きなのですね。ありがとうございます、神獣様。おかげで神獣様を見つけることができました」

 かなり混乱しているみたいだ。

 でも……

「スノウって、すごい犬だったんだね」

 そんな感想が思い浮かぶのだった。