将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

「それで……なんの用ですか?」

 スティアート家の裏手にソフィアとミントの姿があった。

 大きな冒険を終えて……
 ようやく家に帰ることができた。

 ゆっくりと疲れを癒やしたい。
 そう思っていた矢先、ソフィアはミントに呼び出されたのだ。

 正直なところ、ソフィアはミントの存在を忘れていた。
 自分とは別の、フェイトの幼馴染。

 とても気になる存在ではあるものの……
 色々なことがありすぎて、その存在は頭の中からすっかり抜け落ちていた。

 用があると言うが、いったいなんだろうか?
 改めて、恋の宣戦布告でもされるのだろうか?

 思わず身構えるソフィアだけど……
 それを気にした様子はなく、ミントは優しく微笑む。

「まずは、ごめんなさい」
「え?」

 ミントが頭を下げると、ソフィアはキョトンとした。

 それもそうだ。
 謝られるようなことをされた覚えはない。

 不思議に思っていると、ミントは申しわけなさそうに言う。

「二人がスノウレイクにやってきて……私、からかうというか、少し張り合うような態度をとっちゃったよね?」
「……あぁ、アレですか」

 ミントもフェイトに想いを寄せている。
 そして、同じ幼馴染。

 そう判断したソフィアは、ミントをかなり敵視したものだ。

 敵視といっても、魔物に向けるようなものではない。
 恋のライバル的な意味合いなので、苛烈なものではないが……

 それでも剣聖の圧というものがある。
 そんなものをぶつけられたミントは、さぞ苦労しただろう。

 そのことを考えると、謝るのはソフィアの方なのだけど……
 ミントは頭を下げるのをやめない。

「私はフェイトの幼馴染で、フェイトのことが大事」
「……」
「ただ、それは兄弟のような感情なの」
「え?」

 予想外のことを聞かされて、ソフィアは、再び間の抜けた表情に。

「安心して、恋愛感情はないから」
「……それは本当ですか?」
「うん、本当だよ。気遣っているとか身を引こうとか、そういうことじゃなくて、本当にないの。フェイトのことは好きだけど、それは、家族に対する好きと同じなんだ」
「そう、だったのですか……」

 だとしたら、ソフィアは一人で空回りしていたことになる。

 いや、待て。
 意味深な態度を取ってきたミントにも非があるのではないか?

 ああ、なるほど。
 だから、ごめんなさい、なのか。

 色々と納得するソフィアだった。

「どうして、そのようなことを?」
「全部、私の身勝手なんだけど……フェイトのことが心配だったから」

 フェイトは優しい。
 相手が苦しい思いをするなら、自分が肩代わりしてしまうくらい優しい。

 そんな幼馴染だから、いつもハラハラ、心配していた。
 スノウレイクを出て冒険者についていった時は、とても心配したものだ。

 十年くらいして帰ってきて、無事な姿を見て安心できたものの……
 隣には見知らぬ美少女。
 それに、獣人の女の子と妖精。白い狼に似た獣。

 よくわからない、予想を越えた状態で帰ってきた。

 心配して当然だろう。
 なので、せめてソフィアの人隣を確かめるために、あれこれとちょっかいをかけてみた……と、ミントは語る。

「そういうことだったのですね……」
「挑発するようなことをして、ごめんなさい。でも、ソフィアさんが本当にフェイトのことを想っていることがわかって……でも、これはこれで私の身勝手なことですね。本当にごめんなさい」

 三度、ミントは頭を下げた。

 確かに、ミントがやったことは身勝手なことだ。
 フェイトのことを気にしての行為とはいえ、ソフィアの許諾なしに場を荒らすようなことをした。

 ソフィアには怒る権利がある。
 あるのだけど……

「はい、わかりました。謝罪はしっかりと受け止めました」

 ソフィアは怒ることなく、笑顔で応えた。

「えっと……怒らないんですか?」
「少し腹立たしいですが、まあ、気にしません」
「でも、ソフィアさんには私を糾弾したり、フェイトに事実を報告する権利が……」
「そのようなことはしませんよ」

 ミントの言っていることは全て真実だ。
 嘘なんてついていない。

 同じ女だから、ソフィアはそのことがわかった。

 だとしたら、彼女を責めることなんてできない。
 感情のベクトルは違うものの、同じ男性を好きになった者同士。
 共感は生まれても、敵意が出てくることはない。

「私達、良い友達になれると思うんです。どうですか?」

 ソフィアはにっこりと笑い、手を差し出した。
 ミントは、少しの間ぽかんとして……

「はい、よろしくお願いします」

 ややあって、同じくにっこりと笑い、ソフィアの手を取った。
 雪水晶の剣の修理が完了して……
 雪水晶の剣改め、流星の剣を手に入れることができた。

 それに、すごく久しぶりに父さんと母さんと再会することができた。
 妹ができていたことは驚いたものの……
 みんな元気そうでなにより。

 ミントも昔と変わらず、とても元気そうにしていた。

 これで、スノウレイクでやるべきことは全部やった。

「これから、どうしようか?」

 ソフィア、アイシャ、リコリス、スノウ。
 みんなが部屋に集まった状態で、そんな話を切り出した。

「このままスノウレイクでスローライフを送る、という手もありますよ?」
「それは……」

 非常に魅力的な提案だ。

 いつまでも実家のお世話になるわけにはいかないから、家を借りるなり買うなりして独立して。
 ソフィアと一緒に、スノウレイクを拠点とした冒険者として活躍して。

 あるいは、父さんの跡を継いで鍛冶職人になるのもいいかもしれない。
 あと、いつの間にか生まれていた妹……ルーテシアの成長を見届けたい。

 でも……

「それはできないよ」

 アイシャのこと。
 そして、黎明の同盟のこと。

 これらの問題を放置するわけにはいかない。

 放置したら、なにかとんでもないことが起きるような……
 そんな気がした。

「わかっています。言ってみただけです」

 試されていたのかな?

「やっぱり、アイシャのことについてもっと知りたいよね」
「わたし?」

 アイシャの尻尾がくるっと丸くなる。
 『?』のマークを作っているみたいだ。

 かわいい。

「色々とわからないことが多いんだよね」

 アイシャの魔力量。
 神の子……巫女かもしれない、ということ。

 その辺りをハッキリとさせておきたい。
 そうすれば、自然と黎明の同盟の目的もわかると思う。

「なら、獣人族の里に行けばいいだろ」
「父さん?」

 いつから話を聞いていたのか、振り返ると父さんの姿が。

「わからないことがあるっていうのなら、同じ獣人に聞けばいいだろ」
「簡単に言うけど、里がどこにあるのかなんて……」
「俺は知っているぞ?」
「本当に!?」

 さらりと、とんでもないことを言われた。

 ついつい大きな声が出てしまい、驚いたアイシャの尻尾がピーンと立つ。
 ソフィアが、そんな娘を落ち着かせて……うん、ごめんなさい。

「えっと……どういうこと? もしかして、父さんは獣人の知り合いがいるの?」
「ああ、いるな。日々、色々な仕事をしているが、たまに獣人がやってくるんだよ」
「へえ……」

 さすが、鍛冶の神様に愛された男。
 その名は人間だけじゃなくて、獣人にも届いているようだ。

「ま、お前が言うように色々とあるからな。こっそり会って仕事を請けてるんだが……まあ、それなりの信頼関係は築いているつもりだ。俺の息子ってなら、話くらいは聞いてくれるだろ」
「……」
「なんだ、そのぽかんとした顔は?」
「父さんはすごいね」

 鍛冶職人として大成するだけじゃなくて。
 獣人の心を掴んでしまうほど、人脈に長けていて。

 本当にすごい。
 僕なんかとは比べ物にならない……

「おら」
「いたっ!?」

 いきなりげんこつを落とされた。

「今、つまらないこと考えていただろ?」
「つまらないことなんて……」
「俺は俺。お前はお前。そこにある差なんて気にするな」
「あ……」
「ってか、フェイトはまだまだガキだからな。これからだよ、これから」
「……うん、ありがとう」

 父さんの言葉が心に染み渡る。

 うん。
 卑屈になったりしないで、前を向いて歩いて行こう。

 そして、ソフィアにふさわしい男になって……
 あと、アイシャが誇れるような父親にならないと。

「で、どうする?」
「えっと……」

 みんなの方を見ると、任せる、という感じでうなずかれた。

「じゃあ、お願いしてもいいかな?」
「わかった。今度、お得意さんの獣人が来る予定だから、その時に話をしてやるよ」
「それって、どれくらい先になるかわかる?」
「んー……一週間前後だろうな。正確な日付はわからん」
「一週間前後っていうだけでもわかっていれば十分だよ」

 それまでに旅の準備を進めておこう。

「それじゃあ……次の目的地は、獣人族の里、ということで!」
「あー……うー?」

 僕の腕の中には、妹のルーテシアが。
 こちらに向けて手を伸ばしたりしている。

 たくさん動くから大変だ。
 落としたりしないように注意して……
 あと、ぐずったりしないように、抱き方にも気をつけて……

「うぅ……赤ちゃんって大変だ」
「ふふ、がんばってくださいね、お兄ちゃん」

 母さんは、にこにこと笑っていた。

 料理をする間、ルーテシアの面倒を見ることにしたんだけど……
 これが思っていた以上に大変だ。

 すごく儚い感じがして、絶対にミスはできないと緊張する。

「うぅ……」
「わわ!?」

 いきなりルーテシアが涙ぐむ。

 な、なんで!?
 僕、なにもしていないはずなのに。

「ダメですよー、フェイト」

 料理をしつつ、母さんがアドバイスをしてくれる。

「赤ちゃんは相手の感情に敏感ですからねー。フェイトが不安に思っていたら、赤ちゃんも不安になっちゃうの。だから、どーんと構えないとダメですよ」
「どーん、と……」

 そんなことを言われても難しい。

 なにしろ、故郷に帰ってきて、初めて妹がいると知ったんだ。
 しかも、こんなに小さい。

 どうしていいかわからなくて……
 ついつい引け腰になってしまうのも仕方ないと思う。

 って……

 そんな言い訳をしても、ルーテシアには関係ないか。
 妹を不安にさせているのは僕で……
 そして、僕はお兄ちゃんだ。
 なら、それらしくならないと。

「ルーテシア」
「うー……?」
「えっと……大丈夫。うん、大丈夫だからね」

 にっこりと笑い、軽く揺らしてみる。

 ルーテシアは目をパチパチとさせて、

「きゃっきゃっ」

 ご機嫌を取り戻してくれたみたいで、笑ってくれた。

 よかった……
 赤ん坊は泣くのが仕事と聞くけど、でも、やっぱり笑顔の方がいいよね。

「うー」

 ルーテシアは手を伸ばして……
 小さな小さな手で、僕の指を必死になって、ぎゅっと掴んだ。

「あ……」

 なんて小さい手なんだろう。
 でも、温かくて……
 こうしていると、不思議な気分になる。

 そんな僕達を見た母さんは笑顔に。

「ふふ。ルーテシアちゃんは、お兄ちゃんを好きになったみたいね」
「僕のことを……?」
「そう。ルーテシアちゃんは、好きな人に触れたがるの。私とか。パパはまだね」
「……父さん……」

 なんてかわいそうな。

 でも、それよりも……

「……ルーテシア……」
「あうー……あうっ」

 今更だけど。
 ようやくだけど。
 ルーテシアのことを妹だ、って……そう強く実感することができた。

 そして、同時に思う。

 僕は今まで、ソフィアやアイシャ。
 リコリスやスノウのために旅をして、戦ってきた。

 でも、それだけじゃない。
 この人の力になりたい、守りたい。
 そう思う人は、他にもたくさんいるんだ。

 ……ルーテシアのように。

「黎明の同盟をなんとかしなくちゃいけない理由……一つ、増えたかな」
「あー……」

 エイジは困っていた。

 息子のため、お得意さんになった獣人に話をする。
 それは問題ない。
 まだ成功したわけではないが、お得意さんの獣人は話が通じる人で、ほぼほぼ問題はないと思っている。
 なので、彼女がやってくるまではいつも通り仕事をするだけだ。

 なのだけど……

「じー……」
「オフゥ」

 鍛冶場の隅からエイジに向けられている二つの視線。
 アイシャとスノウのものだった。

 エイジか、はたまた鍛冶に興味があるのか、じっと見つめている。
 しかし、声をかけようとはしない。
 一定の距離を保ち、見るだけだ。

「どうしたんだ?」

 エイジは作業を中断して、そう声をかけた。

「っ!?」
「オフゥ!?」

 アイシャとスノウは、息ぴったりという様子でびくりと震えて、さらに奥へ逃げてしまう。

 でも、完全に鍛冶場から出ていくことはなくて……
 ややあって、再び先ほどの位置に戻り、エイジを観察する。

 なにがしたいのだろう?
 エイジは混乱するが……

 少し考えた末に休憩を取ることにした。
 作業道具を置いて、火を落とす。

「あー……ちょっと休憩するんだが、一緒にお菓子でも食べないか?」
「「っ!」」

 アイシャとスノウの目がキラーンと光った。



――――――――――



「はむ……あむ、あむ」

 アイシャは両手で甘いパンを持ち、少しずつ口に運んでいく。
 飲み込むよりも口に運ぶ方が速いらしく、リスみたいに頬が膨らんでいく。

 その隣では、スノウが尻尾をぶんぶんと振りながらパンを食べていた。
 あまりにも尻尾を振りすぎているせいで、埃が舞い上がっている。

 後で掃除をしないとダメだな、とエイジは心の中で苦笑した。

「うまいか?」
「うん……おいしい」
「オンッ!」

 二人はとてもうれしそうだ。
 物で釣ってしまったけれど、少しは心を開いてくれたらしい。

「あー……アイシャ、って名前で呼んでもいいか?」
「……うん、いいよ」
「ありがとな。アイシャは俺の仕事に興味あるのか?」

 アイシャは、ふるふると首を横に振る。

「なら、俺に興味が?」

 今度は、こくりと縦に頷いた。

「そっか。話をしたいとか、そんな感じか?」
「うん……おじーちゃん、だから」
「うぐっ」

 不意に飛び出した、『おじーちゃん』という言葉。
 それはエイジの胸に深く突き刺さり、今まで味わったことのない感情をもたらしてくれる。

 喜び、感動、幸せ。
 それらをミックスしたような、不思議で温かい感情だ。

 いったい、これは……?

「おじーちゃんは、おとーさんに似ているね」
「んっ……お? あ……そ、そうか?」

 我に返ったエイジは、そのまま問い返してしまう。

「うん。似ているよ」
「ま、親子だからな。ちなみに、どんなところが?」
「かっこいい、ところ」
「ぐはっ」

 孫にかっこいいと言われた。
 これほどの名誉はあるだろうか?

 エイジはそんなことを思い……
 すでに孫バカになりつつあった。

「おとーさんに似てて、気になって……見ていたの。邪魔したら、ごめんなさい……」
「いやいや、邪魔なんてことはねえよ」
「本当に……?」
「ああ。興味があるなら、ずっと見ていればいい。なんなら、こうしておしゃべりをしてもいいぞ」

 むしろ、もっとしたい。
 色々な話をしたい。

 エイジは、一瞬でアイシャに魅了されてしまった。

 孫に勝てる者はいない。
 それが証明された瞬間だった。
「……」

 夜。
 リコリスは、スティアート家のテラスに出て、ぼーっと夜空を眺めていた。

 今日は比較的温かいけれど、それでも、スノウレイクは寒冷地帯だ。
 夜風は凍えるほどに寒く、吐息は白い。

 それでも、リコリスは夜空を眺めていた。

 そんなリコリスに、そっと上着がかけられる。
 旅に出る前に買った、妖精用の防寒具だ。

「あ……」
「どうしたんですか、こんなところで」

 振り返るとソフィアがいた。
 防寒具も彼女が用意してくれたらしい。

「んー……別に。なんとなくかしら」
「友達のことを考えていたのですか?」
「……まーね」

 いつになくおとなしいリコリスは、ゆっくりと語る。

「ノノカのこと、気持ちの整理はしたつもりだったんだけど……なーんか、こんなところで話を聞くとは思ってなくてさー」
「そうですね。私も、意外なところで知り合いの話を聞くと驚いてしまいます」
「あたし、ノノカの一番の理解者だと思ってたのよねー。ずっと長いこと一緒にいたし? 冒険に行っている以外は、やっぱり一緒にいたし? ノノカのことはあたしが一番知っている、みたいな?」
「そうですね」
「でも……」

 リコリスは軽く下を向いた。
 その表情は、ソフィアの方からは見えない。

 ただ、リコリスがどんな顔をしているのか、ソフィアには想像できた。
 できたけど、それについて触れるようなことはしない。

 いつもと変わらない様子で……
 ただ、隣に寄り添う。

「ノノカって、けっこう無茶してたのねー……」
「そうみたいですね」
「煉獄竜とか、とんでもないヤツを相手にしてて、さすがにあれはビックリしたわ」
「なかなかにワイルドですね」
「そうなのよ。いつもボロボロになって帰ってくるし……そのくせ、笑顔だし」

 リコリスはさらに下を向いた。

「……冒険者に襲われた時も、自分のことよりもあたしのことを心配していたし」
「そうですか……」
「普通、逆でしょ。自分の心配をしなさいよ。あたしなんか、かばってる場合じゃないでしょ。まったく……フェイトと似て、本当にお人好しなんだから」

 ぽつりと、なにかが地面に落ちた。

 とても小さな雫。
 リコリスの涙だ。

「こんな……不意打ち、みたいに……思い出させない、でよ……もう……」

 一度、涙がこぼれると、もう我慢できなかった。
 次から次に雫が落ちていく。

「……」

 ソフィアはなにも言わず、そっとリコリスに手を伸ばした。
 そのまま自分の肩に乗せて、頬を寄せる。

「寂しい時や悲しい時は、泣いていいと思いますよ」
「……」
「大事な人のことを思い返して泣くことは、悪いことではありません。心配をかけてしまう、ということもありません」
「あんた……」
「だから……思い切り泣くといいと思います」
「……っ……」

 リコリスの顔がくしゃりと歪んで……
 そして、夜空に妖精の泣き声が響いた。



――――――――――



「……さっきのあたしは忘れなさい、ずびっ」

 ほどなくして泣き止んだリコリスは、いつもの調子に戻っていた。

 目が赤く。
 鼻水がちょっと垂れているものの、その表情はスッキリとしたものだ。

「さっきのリコリスというのは、私にすがりついて、思い切り泣いていた時のリコリスでしょうか?」
「ばっ……!? だから忘れなさいって!」
「ええ、そうですね。そうしたいところはやまやまですが、あのようなリコリスは初めて見るので、なかなかインパクトが強く……簡単に忘れられるかどうか」
「ぐぬぬぬ」
「これは、フェイトやアイシャちゃんに相談するしかないですね。このようなことがあったのですが、どうすれば忘れることができますか、って」
「だーーー!!! そんなことしたら、暴れるわよ!? めっちゃ暴れるわよ!?」
「すでに暴れているじゃないですか」

 ぽかぽかぽか、とリコリスはソフィアを叩く。
 しかし、所詮は妖精の腕力。
 剣聖相手にどうにかすることはできず、子供が駄々をこねているようにしか見えない。

「リコリス」
「なによ!?」
「今は、私達が一緒にいますからね」
「……ふんっ」

 リコリスはそっぽを向いた。
 その耳は赤くなっていた。

 どんな表情をしているのか?
 それは、当の本人にしかわからない。
 一週間くらいが経って……
 父さんの知り合いの獣人はいつ来るのかな? と思っていた、その日。

 ようやく、待ち望んだ時がやってきた。

「フェイト、来たぞ」

 裏庭で素振りをしていると、父さんが工房から顔を出して、そう言った。
 それはつまり……

「すぐに用意する!」

 家の中へ戻り、タオルで汗を拭いた。
 顔を洗ってさっぱりとした後、私服に着替える。

 そうやって準備を終えて、急いでリビングへ。

 そして……

「姫様、よくぞご無事で……!」
「うー……?」

 感涙しつつ、アイシャに向かいひざまずく獣人の女性。
 そして、そんな女性にひたすらに困惑するアイシャ。

 そんな光景が飛び込んできて、

「……どういうこと?」

 ついつい、僕はそんなことを言うのだった。



――――――――――



「……さきほどは失礼しました」

 ややあって、女性は落ち着きを取り戻して……
 ひとまず、みんなで話をすることに。

 まずは僕達が自己紹介をして……
 そして、女性の番。

「私は、クローディア・バルネッタと申します。以後、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」

 僕とソフィアは挨拶をするのだけど……

「うー……」

 アイシャは僕の後ろへ隠れて、尻尾をピーンと立てている。
 いきなりひざまずかれたせいか、とても警戒しているみたいだ。

 ただの勘だけど……
 クローディアさんは、悪い人じゃないような気がした。

 見た目は、二十歳くらいだろうか?
 でも、獣人はとても長く生きている人もいるみたいだから、実年齢はよくわからない。

 背は高く、ソフィアよりも大きい。
 手足はスラリと伸びていて、美術品みたいに綺麗だ。

 そんなクローディアさんには、猫の耳と尻尾が。
 獣人だけど、アイシャとは種族がちょっと違うのかな?

 でも、燃えるような赤髪がとても綺麗で……
 女性に対する感想じゃないんだけど、かっこいい、と思える人だった。

「エイジから聞いているかもしれませんが、私はこの店の常連でして……月に一度くらいの間隔で利用させてもらっていました」
「クローディアは武具を求めているわけじゃなくてな。包丁とか鍬とか、そういったものが欲しい、って言われてたのさ」

 父さんが、そう補足してくれた。

 なるほど。
 父さんは一流の鍛冶職人だから、そういったものを作らせたら右に出る人はいない。

 ちょっと誇らしい気分だった。

「私にはとある目的があったのですが……それが、姫様を見つける、というものでした」
「えっと……その姫様っていうのは、アイシャのこと?」
「はい、そうでございます」

 とても硬い口調だ。
 アイシャの従者……とか?

 でも、そうなると、クローディアさんが言うように、アイシャは実はやんごとなき身分だった……?

「姫様っていうのは、どういうことなのでしょうか? 私達はアイシャちゃんと長いこと一緒にいますが、過去はよく知らず……」

 アイシャと出会い、保護をして、親子になった経緯を説明した。

「そうですか! お二人が姫様を保護して……誠にありがとうございます。このクローディア、感謝の念に絶えません」
「いえ、大したことはしていませんから。それよりも、アイシャのこと、教えてくれるとうれしいです」
「はい、わかりました」

 クローディアさん曰く……

 アイシャは元々、獣人の里で暮らしていたらしい。
 普通の獣人ではなくて、特別な存在である『巫女』。
 故に、姫様と呼ばれていたらしい。

「なるほど」

 アイシャが巫女という話は、以前、ブルーアイランドで聞いた通りだ。
 あの時は可能性の話だったけど……今、それが確信に変わった。

「私達は穏やかに暮らしていたのですが……ある日、人間達が襲いかかってきたのです」
「それって……」
「もしかして……」

 僕とソフィアは顔を見合わせる。
 たぶん、同じことを考えているのだろう。

 獣人の里を襲った人間。
 それは……おそらく、黎明の同盟ではないだろうか?
「幸いにも、襲撃者を撃退することができました。しかし、その時の混乱で姫様は行方不明になり……」

 当時を思い返している様子で、クローディアさんは悲痛な表情を浮かべた。

 とても悲しく。
 そして、とても悔しかったのだろう。

 テーブルの上に乗せられた手に、ぎゅうっと力が込められている。

「すぐにでも姫様を探すための旅に出たかったのですが、里の被害も大きく……また、同じことが起きないように、里の移転も決定して……今の今まで、姫様を探しに行くことができませんでした。誠に申しわけございません!」

 クローディアさんは、ものすごく悔しそうな顔をしつつ、アイシャに向かって頭を下げた。

 突然のことに、アイシャがビクリと震えて驚く。
 ただ、クローディアさんの真摯な想いは伝わったらしく、逃げるようなことはしない。

 俺の後ろに隠れたままだけど、顔をそっと出して、

「……別に、気にしてないよ?」

 そう、彼女を気遣う言葉を投げかけた。

「姫様……ありがたきお言葉です!」
「うぅ……」

 姫様と呼ばれることに違和感があるらしく、アイシャはもじもじとした。
 尻尾が不安そうに揺れていたので、頭を撫でてみる。

「えへへ」

 ふにゃっとした笑顔を浮かべて、尻尾が落ち着いた。

「っと……失礼、話が逸れてしまいました」
「獣人の里はどうなったのですか?」
「移転は完了して、だいぶ落ち着きを取り戻しました」

 ソフィアの質問に、クローディアさんは笑顔で答える。

「たまたま、というべきか。それとも運命だったのか、新しい里は、このスノウレイクの近くにあるのです。近くといっても、一週間は歩かないといけませんが……そのようなわけで、私は何度かこちらに足を運び、新しい里で必要な道具を揃えると同時に、姫様の手がかりを探していたのです」
「なるほど」
「そうしたら、偶然、お二人に出会い、姫様と再会することができて……やはり、これは運命なのかもしれませぬ」

 僕は、それほど信心深い方じゃないけど……
 それでも、クローディアさんの言うことに納得してしまう。
 それくらい劇的な出会いと再会だったと思う。

「……フェイト」

 そっと、ソフィアが僕だけに聞こえる声で呼びかけてきた。

「……これから、どうするんですか? アイシャちゃんは……」
「……アイシャは、僕達の娘だよ」

 アイシャを知る人と出会うことができて、それは本当に良かったと思う。
 でも、アイシャが僕達の娘であることに変わりはない。

 アイシャが里で暮らしたいというのなら、それを止めることはできないけど……
 そうでない限りは、ずっと一緒にいるつもりだ。

 いつか嫁に行く?
 ダメ。
 そんなのは絶対にダメ。

「その……クローディアさんは、これからどうするつもりなんですか?」
「そうですね……姫様を見つけることができたのなら、すぐに里に迎え入れたいところなのですが……」

 ちらりと、僕達を見た。

「それが最善なのか、迷うところではあります」

 良かった。
 こちらの事情を理解して、強引な手に出るつもりはないようだ。

「それに、私にはもう一つ、使命があります故」
「もう一つ?」
「はい。同じく里から消えてしまった神獣様を探すことです」
「神……」
「獣……?」

 僕とソフィアは顔を見合わせた。

「人間で言う、女神様のようなものでしょうか。神獣様は、我ら獣人の神なのです。その神獣様の子供がいたのですが、やはり、先の事件で行方不明になってしまい……くっ、今どこでなにをされているのか。ああ、おいたわしや。せめて無事でいてくれれば……」
「ねえねえ」

 成り行きを見守っていたリコリスが口を開いた。

 ふわふわっと宙を飛んで……
 少し離れたところで、おとなしく座っていたスノウの頭に着地する。

「その神獣って、この毛玉のこと?」
「は?」

 そこで初めてスノウの存在に気がついたらしく、クローディアさんは目を丸くした。

「……」

 硬直すること、一分くらい。

「神獣様っ!!!?」

 クローディアさんは、椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がり、叫ぶ。
 ダダダッ! と駆けてスノウのところへ。

「ああ、神獣様! 神獣様! まさか、このようなところで見つかるなんて……これも神獣様のお導きなのですね。ありがとうございます、神獣様。おかげで神獣様を見つけることができました」

 かなり混乱しているみたいだ。

 でも……

「スノウって、すごい犬だったんだね」

 そんな感想が思い浮かぶのだった。
 アイシャは、獣人の里のお姫様。
 スノウは、獣人の神様。

 とんでもない事実が発覚したのだけど……
 でも、僕にとってアイシャはアイシャ。スノウはスノウ。
 大事な家族であることに変わりはない。

 すごい存在だったからといって態度を変えることはない。
 今まで通り、家族として接するつもりだ。

 それは、ソフィアもリコリスも同じ。
 二人は驚いた様子を見せていたものの、ほどなく落ち着きを取り戻して、いつもどおりになる。

「これからのことなのですが……」

 お茶を飲み、クローディアさんは口を開いた。

「ご足労をかけてしまい申しわけないのですが、一度、我らの里に来ていただけないでしょうか?」
「獣人の里に?」
「はい。姫様と神獣様が見つかったことを報告したく……それに、お礼もしたいのです」
「……アイシャちゃんもスノウも、私達の家族ですよ?」

 ソフィアが牽制するように言うと、クローディアさんは慌てた様子で手を横に振る。

「里に連れ戻すとか、そのようなことは考えておりません! いえ、本当はそうされた方がいいのですが……しかし、今の姫様や神獣様を見ていると、お二人と一緒にいることが一番良いようなので」
「わたし……おとーさんとおかーさんと、一緒にいてもいいの?」
「はい。お二人が姫様の家族ならば、それを引き裂くようなことはいたしません」

 アイシャの問いかけに、クローディアさんはにっこりと笑い、優しく答えてみせた。
 その言葉にウソはなさそうだ。

 よかった、話のわかる人で。

 これで……
 「アイシャは巫女だから、絶対に里に連れ帰る」
 なんて言われていたら、揉めてしまうところだった。
 僕もそうだけど、ソフィアは絶対にそんなことは許さないだろう。

「えっと……スノウはどうなるんですか?」
「はい、神獣様も問題ありません。ただ……」
「ただ?」
「できるのならば、里の浄化に力をお貸しいただけると幸いです」
「浄化?」

 わからない単語が出てきた。

「浄化っていうのは?」
「そうですね……詳細を説明すると長くなってしまうので省きますが、簡単に言うと、結界です。神獣様の力を借りて、新しい結界を張りたいのです。今の里は、神獣様がいないせいで結界を張れていないので……」
「結界がないとまずいことに?」
「そうですね……魔物の侵入を許してしまったり、人間の襲撃を受けることも……」

 なるほど。
 けっこう深刻な事態に陥っているみたいだ。

「そういうことなら力になりたいけど……えっと、スノウはどうかな? 大丈夫?」
「オンッ!」

 任せておけ、というような感じで、スノウは力強く鳴いた。
 子供でも神獣。
 頼りになる。

「はい、それも問題ありません」
「ありがとうございます! この恩、一生忘れませぬ!」

 土下座しそうな勢いで頭を下げられてしまう。
 感謝しすぎでは……?

「わがままを言って申しわけないのですが、できるだけ早く里へ戻りたいのですが……」
「うん、了解です。それじゃあ、今日中に準備をするから、明日、出発しましょう」
「よろしいのですか……?」
「大丈夫だよね、ソフィア?」
「はい、問題ありません」
「かたじけない!」

 再び頭を下げるクローディアさんだった。



――――――――――



「また旅に出るのか?」

 明日の出発に向けて準備をしていると、父さんにそう声をかけられた。

「あ、うん……」

 そういえば……と、今更ながに気づく。

 せっかく実家に帰ってきたのに、親孝行らしいことはまったくしていない。
 新しくできた家族……妹にも、兄らしいことはなにもできていない。

 僕、かなりの親不孝ものでは……?

「変なこと考えるな」
「いたっ」

 こつん、と叩かれてしまう。

「俺は、別に旅に反対してるわけじゃねえ。むしろ、賛成だな。フェイトは、あちらこちら旅をして、世界を見てきた方がいい。その方が、将来、絶対役に立つからな」
「……父さん……」
「母さんも同じ考えさ。ただ、それはそれ、これはこれ。久しぶりに会えた息子がまた旅立つことを寂しく思ってるだろうからな。今日は、母さんとルーテシアといっぱい一緒にいてやれ。準備は俺がしておいてやるさ」
「……ごめんなさい。僕、なにもしてなくてあいたぁ!?」

 今度は、わりと強めのげんこつをもらった。

「つまらないこと考えるな」
「でも……」
「親孝行なんて、真面目に考える必要はねえよ。どうしてもっていうのなら、孫の顔でも見せてくれれば十分だ」
「ま、孫って……」
「なんだ、その気はないのか?」
「ううん。その……い、いつかは、って思っているよ」
「やれやれ、先は長そうだな」

 たぶん、僕の顔は赤くなっているだろう。
 そんな僕を見て、父さんは笑い……

 その声が、とても心地よかった。
「……」

 工房に入ろうとしたソフィアだけど、中から聞こえてきた会話に思わず足を止めてしまう。

『親孝行なんて、真面目に考える必要はねえよ。どうしてもっていうのなら、孫の顔でも見せてくれれば十分だ』
『ま、孫って……』
『なんだ、その気はないのか?』
『ううん。その……い、いつかは、って思っているよ』

 そんなやりとりが聞こえてきて……

「っっっーーー!!!?」

 思わず、ソフィアは中に入るのを止めて、意味もないのに物陰に隠れてしまう。

 顔を押さえると、とても熱くなっていた。
 鏡を見たら、きっと真っ赤になっているだろう。
 耳まで赤いに違いない。

『ううん。その……い、いつかは、って思っているよ』

 フェイトの言葉が耳に焼き付いて離れない。
 そのまま脳の奥にまで染み込んでくるかのようだ。

「ふぇ、フェイトは……そ、そんな風に思っていたのですね……」

 もちろん、ソフィアもそういうことを考えなかったわけではない。
 むしろ、ちょくちょく考えていた。

 いやらしい?
 そんなことは知らない。

 自分も一人の女の子。
 年頃の乙女なのだ。
 好きな人と結ばれたい、というのは当たり前の感情。
 だから、そういうことを妄想したり想像したりしても、当たり前。
 うん、問題ない。

 そんな感じで、ソフィアは自分の感情を正当化して……
 それから、久しぶりにそういう想像やら妄想をして……
 ぼんっ、と顔を再び赤くした。

「ソフィアって、けっこうむっつりよね」
「ーーーっ!!!?」

 突然、耳元から聞こえてきた声に、ソフィアは悲鳴をあげそうになる。
 でも、気合と根性でなんとか我慢した。

 慌てて振り返ると、にんまりと笑うリコリスの姿が。

「にひひ」
「……聞いていたのですか? 見ていたのですか?」
「バッチリ」

 リコリスのニヤニヤ笑顔が止まらない。
 それを見たソフィアは……

「斬ります」
「ちょ!?」

 剣の柄に手を伸ばす。
 ただの剣ではなくて、聖剣エクスカリバーだ。

「は、はやまらないで!? こんなにかわいいリコリスちゃんを斬っちゃうなんて、人類の損失よ!? 世界が泣くわ! 泣いて大洪水が起きるわ!」
「冗談ですよ」

 ソフィアはにっこりと笑いつつ、剣の柄から手を離す。

「あ、あはは……」

 もーやだなー、ソフィアの意地悪。
 そんな感じでリコリスは笑うものの……

(ウソだ。あれ、絶対斬るつもりだったわ……)

 ソフィアの本気を感じたリコリスは、内心でガタガタと震えていた。

 ちょっと際どいネタでからかうのはやめておこう。
 そう誓うリコリスだった。

 まあ……
 忘れっぽいところがあるリコリスなので、再びやらかすかもしれないが。
 それはまた別の話だ。

「でも、そんなに恥ずかしがることないんじゃない?」
「そ、そのようなことを言われても……! だってだって、フェイトと、その……え、えっちなことをするなんて……」
「だから、別に恥ずかしいことじゃないでしょ」
「……えっちなことなのに?」
「そのえっちなことをすることで、人間も動物も子供を産むことができるんじゃない。子孫繁栄のための唯一の方法なのよ。恥ずかしがる必要はないと思うけどねー」
「むう」

 そんな簡単に割り切れないと、ソフィアは複雑な表情に。

 それから、ふと思いついた様子でリコリスに尋ねる。

「リコリスは、そういう経験はあるんですか?」
「えっ」

 一瞬の硬直。
 でも、すぐに回復して、リコリスは得意そうに胸を張る。

「ま、まーね! ミラクルかわいいリコリスちゃんなら、引く手あまただもん。ノノカと一緒にいる前は、あちらこちらの妖精から誘われて大変だったわ」
「わぁ」
「そのテクニックで、男連中はメロメロ。骨砕き! 魔性のリコリスちゃんって呼ばれていたわ!」
「すごいです!」

 完全に信じ込んでいる様子で、ソフィアは子供のように目をキラキラさせた。
 こういうことに関しては、ぽんこつになるソフィアだった。

「ぜひ、話を聞かせていただけませんか!?」
「え、ええ。いいわよ、リコリスちゃんのピンク色の話、してあげる!」
「お願いします!」

 リコリスがありもしない話を盛大に撒き散らして……
 ソフィアが真に受けて、思い込んでしまい……
 初めての日、色々とやらかすことになるのだけど、それもまた別の話だ。