「あー……」

 エイジは困っていた。

 息子のため、お得意さんになった獣人に話をする。
 それは問題ない。
 まだ成功したわけではないが、お得意さんの獣人は話が通じる人で、ほぼほぼ問題はないと思っている。
 なので、彼女がやってくるまではいつも通り仕事をするだけだ。

 なのだけど……

「じー……」
「オフゥ」

 鍛冶場の隅からエイジに向けられている二つの視線。
 アイシャとスノウのものだった。

 エイジか、はたまた鍛冶に興味があるのか、じっと見つめている。
 しかし、声をかけようとはしない。
 一定の距離を保ち、見るだけだ。

「どうしたんだ?」

 エイジは作業を中断して、そう声をかけた。

「っ!?」
「オフゥ!?」

 アイシャとスノウは、息ぴったりという様子でびくりと震えて、さらに奥へ逃げてしまう。

 でも、完全に鍛冶場から出ていくことはなくて……
 ややあって、再び先ほどの位置に戻り、エイジを観察する。

 なにがしたいのだろう?
 エイジは混乱するが……

 少し考えた末に休憩を取ることにした。
 作業道具を置いて、火を落とす。

「あー……ちょっと休憩するんだが、一緒にお菓子でも食べないか?」
「「っ!」」

 アイシャとスノウの目がキラーンと光った。



――――――――――



「はむ……あむ、あむ」

 アイシャは両手で甘いパンを持ち、少しずつ口に運んでいく。
 飲み込むよりも口に運ぶ方が速いらしく、リスみたいに頬が膨らんでいく。

 その隣では、スノウが尻尾をぶんぶんと振りながらパンを食べていた。
 あまりにも尻尾を振りすぎているせいで、埃が舞い上がっている。

 後で掃除をしないとダメだな、とエイジは心の中で苦笑した。

「うまいか?」
「うん……おいしい」
「オンッ!」

 二人はとてもうれしそうだ。
 物で釣ってしまったけれど、少しは心を開いてくれたらしい。

「あー……アイシャ、って名前で呼んでもいいか?」
「……うん、いいよ」
「ありがとな。アイシャは俺の仕事に興味あるのか?」

 アイシャは、ふるふると首を横に振る。

「なら、俺に興味が?」

 今度は、こくりと縦に頷いた。

「そっか。話をしたいとか、そんな感じか?」
「うん……おじーちゃん、だから」
「うぐっ」

 不意に飛び出した、『おじーちゃん』という言葉。
 それはエイジの胸に深く突き刺さり、今まで味わったことのない感情をもたらしてくれる。

 喜び、感動、幸せ。
 それらをミックスしたような、不思議で温かい感情だ。

 いったい、これは……?

「おじーちゃんは、おとーさんに似ているね」
「んっ……お? あ……そ、そうか?」

 我に返ったエイジは、そのまま問い返してしまう。

「うん。似ているよ」
「ま、親子だからな。ちなみに、どんなところが?」
「かっこいい、ところ」
「ぐはっ」

 孫にかっこいいと言われた。
 これほどの名誉はあるだろうか?

 エイジはそんなことを思い……
 すでに孫バカになりつつあった。

「おとーさんに似てて、気になって……見ていたの。邪魔したら、ごめんなさい……」
「いやいや、邪魔なんてことはねえよ」
「本当に……?」
「ああ。興味があるなら、ずっと見ていればいい。なんなら、こうしておしゃべりをしてもいいぞ」

 むしろ、もっとしたい。
 色々な話をしたい。

 エイジは、一瞬でアイシャに魅了されてしまった。

 孫に勝てる者はいない。
 それが証明された瞬間だった。