「くそっ!!!」
場末の酒場にシグルドの声が響いた。
すでに何杯も酒を飲んでいるらしく、顔は赤い。
瞳もとろんとしていて、焦点が合っていない。
それでもまだ酒を飲む。
「あの無能が英雄とか、めっちゃありえないんですけどぉ? ねえ、マジありえないんだけど」
「本当にありえない出来事ですね……どのような経緯で、こんなことになったのか。女神でさえ、このようなことは予測できないでしょう」
同席するミラとレクターも、かなりの量を飲んでいた。
酔いで頬を赤くしつつ、愚痴のような台詞をこぼす。
彼らの話題の中心にいるのは……フェイトだ。
「あのクソ雑魚の無能奴隷が英雄だぁ? はっ、バカも休み休みに言え。英雄なんて、そんなわけあるわけないだろ」
「でもさー、フェンリルを倒して、陥落寸前だった砦を救ったらしいじゃん? それで、英雄って呼ばれるようになったらしいじゃん?」
「フェンリルを倒したのは、あの剣聖でしょう。無能に倒せるような魔物ではありませんし、逆に、一瞬で食べられてしまうのがオチです」
「ああ、そうだ……あの無能野郎、剣聖の手柄を自分のものにしやがったんだ! くそっ、許せねえ……胸糞悪い話だぜ」
実際は、ソフィアがフェイトに助けられた形になるのだけど……
そのような事実を知らず、また認めようとしないシグルド達は、不満を燻ぶらせていく。
どうにかして、フェイトに痛い目に遭わせてやりたい。
フェイトは、自分達の誘いを断った。
それだけではなくて、試験の際に恥をかかせた。
許せることではない。
実際は純粋な勝負で負けただけなのだけど……
それを素直に受け入れられるほど、彼は素直ではない。
フェイトはなにかしらのイカサマをした。
その結果、自分達は負けて、醜態を晒すことになった。
彼らはそう思い込んでいた。
それだけではない。
フェイトを奴隷にした件や、その他、試験の妨害をした容疑をかけられてしまい、ギルドマスターからの査問を受けてしまった。
幸いというべきか、決定的な証拠がないために冒険者資格の剥奪は免れた。
犯罪者に堕ちることもない。
ただ、ギルドからの評価は大きく下がり……
今のランクが適正かどうか、考え直されれることに。
さらに、三ヶ月の活動禁止も言い渡された。
悪いことしかない。
そのことで、余計にフラストレーションが溜まっていた。
「これは、私の独自の情報網を使い得た情報ですが……ギルドは、あの無能のEランク昇格を決定したらしいです」
「なんだと!?」
「えっ、ありえないっしょ。あの無能が冒険者になって、まだ一週間くらいでしょ?」
「どんなヤツでも、ランクアップするには、最低一ヶ月以上の期間を必要とする。それが、ギルドが定めたルールだろうが!」
シグルドは荒い言葉を放ち、テーブルを強く叩いた。
客がいないわけでもないが、場末の酒場で荒れる者は多く、日常茶飯事なので誰も気にとめることはない。
「他の冒険者からの要望が相次いだそうですよ。今回の成果にふさわしい報酬を、って」
「規則規則っていうギルドだけど、さすがに無視できない数の要望が来て、それで特例を認める気になったみたい。ったく、どんなイカサマを使ったんだか」
「このままだと、彼は史上最速で昇格した期待の新人冒険者、として名を馳せることになるでしょう」
「くそっ、そんなことが許されていいわけねえだろ!? あんな無能が、俺達がいなけりゃなにもできない無能が……!」
飲まなければやっていられないというかのように、シグルドはさらに酒を飲む。
煽るような飲み方で、ジョッキからあふれる酒がテーブルの上に垂れ落ちた。
「っていうかさ……あたしらに関する噂、知ってる?」
「どういうことだ?」
「あー……今の二人に話すのはなんだけど……」
「いいから話せ」
「わかったわよ。でも、あたしが言ったんじゃないってことは、覚えておいてよ? あたしに怒ったりしないでね?」
何度も念を押した後、ミラが不愉快そうに言う。
「あたしら『フレアバード』の評価が落ちているの」
「なんだと?」
「あの無能が抜けて……その後、アイツは剣聖と組んだでしょ? それで、大活躍。このままだと、史上最速で異例のランクアップ。そんな有能な人材を手放した『フレアバード』は、いったいなにを考えているんだろう? ってね」
「なっ……!?」
ミラの言うことは、至極当たり前の評価だ。
手放した人材が、実はとんでもなく優秀だった。
そのことが判明したら、手放した側の評価が落ちることは当然。
見る目がなかった、ということになるのだから。
それともう一つ。
ミラは隠していたが……
最近、依頼を立て続けに失敗していた。
そのことに関連して……
フェイトがいなくなったから、失敗しているのでは?
『フレアバード』はフェイトがいたからこそ成立していたのであり、彼がいなくなった今、Aランクをキープすることは難しいだろう、という評価もあった。
そして、今回の査問。
次回のランク評価会議で、Bランクに降格する可能性が高い。
いや、それで済めばマシな方。
最悪、Cランクまで落ちるだろう。
「それは、実に不愉快な話ですね。私達が低く評価されて、あの無能が高く見られるなんて、あってはならないミスですよ」
「ってか、あたしらが追放したわけじゃないし。あの剣聖が余計なことをしたのが悪いんだし」
「そもそも、私達は、一度、彼に手を差し伸べています。戻ってきてもいいと、好条件で改めて迎え入れようとしました。それを断ったのは、他ならぬあの無能です」
無理矢理奴隷にされたフェイトからすれば、戻るわけのない話だが……
そんなことを自覚している様子はなく、レクターは憮然とした表情になる。
ミラもふてくされたような顔だ。
シグルドに至っては、殺意に近い怒気を放っている。
三人はフェイトの活躍が気に入らない。
彼が上に登り、自分達が下に落ちているなどという現状を、絶対に認めない。
認めたら最後。
彼らのプライドは粉々に砕けてしまうだろう。
もっとも……
三人のプライドはとても安いもので、まったく価値のないものではあるが。
「くそ、このままじゃ……」
焦りを覚えている様子で、シグルドが舌打ちをする。
それから酒を煽り、今後を考える。
考えて。
考えて。
考えて。
どうしようもない案を思いついた。
「なあ……やっぱ、俺は天才みたいだぜ?」
「ん? どしたの、いきなり」
「なにか思いついたのですか?」
シグルドは、ニヤリと悪い笑みをこぼす。
「なあに、簡単な話さ。そう、とても簡単な話だ」
「もったいつけないで教えてよー」
「あの無能が名声を手に入れるなんてことは、ありえねえ。それが間違った認識だっていうことを、他のやつらにしっかりと教えてやらないとな。本当はとんでもない無能で、クズなのさ」
「ほう……私には、シグルドの考えていることが、なんとなくわかってきましたよ」
レクターも悪い顔に。
一人、事情を飲み込めないミラは頬を膨らませる。
「だーかーらー、どういうこと?」
「シンプルな話さ。あの無能は、剣聖の力を借りたことで、手柄を立てた。大勢の証人もいるって話だから、今更それを覆すことは難しい、なかったことにもできねえ。ただ……」
「史上最速のランクアップという功績が撤回されるほどの失態を犯したのならば、どうなると思いますか?」
「あー……なるほどなるほど、そういう話ね」
二人の企みを理解したミラは、唇の端を吊り上げた。
「あの無能になにかしら失敗をさせて、雑魚っぷりをアピールしよう、っていうことね?」
「そういうことです。彼を陥れることになりますが……しかし、私達の行いは正しいのです。本当の彼の実力、性根を世間に晒すことこそが、必要なのですからね」
「いいぜいいぜ、おもしろくなりそうだ。アイツの化けの皮を剥いでやろうぜ」
ここから先は、さすがに他の者に聞かれるとまずい。
三人は声を潜めて、フェイトを陥れる策を考えた。
場末の酒場にシグルドの声が響いた。
すでに何杯も酒を飲んでいるらしく、顔は赤い。
瞳もとろんとしていて、焦点が合っていない。
それでもまだ酒を飲む。
「あの無能が英雄とか、めっちゃありえないんですけどぉ? ねえ、マジありえないんだけど」
「本当にありえない出来事ですね……どのような経緯で、こんなことになったのか。女神でさえ、このようなことは予測できないでしょう」
同席するミラとレクターも、かなりの量を飲んでいた。
酔いで頬を赤くしつつ、愚痴のような台詞をこぼす。
彼らの話題の中心にいるのは……フェイトだ。
「あのクソ雑魚の無能奴隷が英雄だぁ? はっ、バカも休み休みに言え。英雄なんて、そんなわけあるわけないだろ」
「でもさー、フェンリルを倒して、陥落寸前だった砦を救ったらしいじゃん? それで、英雄って呼ばれるようになったらしいじゃん?」
「フェンリルを倒したのは、あの剣聖でしょう。無能に倒せるような魔物ではありませんし、逆に、一瞬で食べられてしまうのがオチです」
「ああ、そうだ……あの無能野郎、剣聖の手柄を自分のものにしやがったんだ! くそっ、許せねえ……胸糞悪い話だぜ」
実際は、ソフィアがフェイトに助けられた形になるのだけど……
そのような事実を知らず、また認めようとしないシグルド達は、不満を燻ぶらせていく。
どうにかして、フェイトに痛い目に遭わせてやりたい。
フェイトは、自分達の誘いを断った。
それだけではなくて、試験の際に恥をかかせた。
許せることではない。
実際は純粋な勝負で負けただけなのだけど……
それを素直に受け入れられるほど、彼は素直ではない。
フェイトはなにかしらのイカサマをした。
その結果、自分達は負けて、醜態を晒すことになった。
彼らはそう思い込んでいた。
それだけではない。
フェイトを奴隷にした件や、その他、試験の妨害をした容疑をかけられてしまい、ギルドマスターからの査問を受けてしまった。
幸いというべきか、決定的な証拠がないために冒険者資格の剥奪は免れた。
犯罪者に堕ちることもない。
ただ、ギルドからの評価は大きく下がり……
今のランクが適正かどうか、考え直されれることに。
さらに、三ヶ月の活動禁止も言い渡された。
悪いことしかない。
そのことで、余計にフラストレーションが溜まっていた。
「これは、私の独自の情報網を使い得た情報ですが……ギルドは、あの無能のEランク昇格を決定したらしいです」
「なんだと!?」
「えっ、ありえないっしょ。あの無能が冒険者になって、まだ一週間くらいでしょ?」
「どんなヤツでも、ランクアップするには、最低一ヶ月以上の期間を必要とする。それが、ギルドが定めたルールだろうが!」
シグルドは荒い言葉を放ち、テーブルを強く叩いた。
客がいないわけでもないが、場末の酒場で荒れる者は多く、日常茶飯事なので誰も気にとめることはない。
「他の冒険者からの要望が相次いだそうですよ。今回の成果にふさわしい報酬を、って」
「規則規則っていうギルドだけど、さすがに無視できない数の要望が来て、それで特例を認める気になったみたい。ったく、どんなイカサマを使ったんだか」
「このままだと、彼は史上最速で昇格した期待の新人冒険者、として名を馳せることになるでしょう」
「くそっ、そんなことが許されていいわけねえだろ!? あんな無能が、俺達がいなけりゃなにもできない無能が……!」
飲まなければやっていられないというかのように、シグルドはさらに酒を飲む。
煽るような飲み方で、ジョッキからあふれる酒がテーブルの上に垂れ落ちた。
「っていうかさ……あたしらに関する噂、知ってる?」
「どういうことだ?」
「あー……今の二人に話すのはなんだけど……」
「いいから話せ」
「わかったわよ。でも、あたしが言ったんじゃないってことは、覚えておいてよ? あたしに怒ったりしないでね?」
何度も念を押した後、ミラが不愉快そうに言う。
「あたしら『フレアバード』の評価が落ちているの」
「なんだと?」
「あの無能が抜けて……その後、アイツは剣聖と組んだでしょ? それで、大活躍。このままだと、史上最速で異例のランクアップ。そんな有能な人材を手放した『フレアバード』は、いったいなにを考えているんだろう? ってね」
「なっ……!?」
ミラの言うことは、至極当たり前の評価だ。
手放した人材が、実はとんでもなく優秀だった。
そのことが判明したら、手放した側の評価が落ちることは当然。
見る目がなかった、ということになるのだから。
それともう一つ。
ミラは隠していたが……
最近、依頼を立て続けに失敗していた。
そのことに関連して……
フェイトがいなくなったから、失敗しているのでは?
『フレアバード』はフェイトがいたからこそ成立していたのであり、彼がいなくなった今、Aランクをキープすることは難しいだろう、という評価もあった。
そして、今回の査問。
次回のランク評価会議で、Bランクに降格する可能性が高い。
いや、それで済めばマシな方。
最悪、Cランクまで落ちるだろう。
「それは、実に不愉快な話ですね。私達が低く評価されて、あの無能が高く見られるなんて、あってはならないミスですよ」
「ってか、あたしらが追放したわけじゃないし。あの剣聖が余計なことをしたのが悪いんだし」
「そもそも、私達は、一度、彼に手を差し伸べています。戻ってきてもいいと、好条件で改めて迎え入れようとしました。それを断ったのは、他ならぬあの無能です」
無理矢理奴隷にされたフェイトからすれば、戻るわけのない話だが……
そんなことを自覚している様子はなく、レクターは憮然とした表情になる。
ミラもふてくされたような顔だ。
シグルドに至っては、殺意に近い怒気を放っている。
三人はフェイトの活躍が気に入らない。
彼が上に登り、自分達が下に落ちているなどという現状を、絶対に認めない。
認めたら最後。
彼らのプライドは粉々に砕けてしまうだろう。
もっとも……
三人のプライドはとても安いもので、まったく価値のないものではあるが。
「くそ、このままじゃ……」
焦りを覚えている様子で、シグルドが舌打ちをする。
それから酒を煽り、今後を考える。
考えて。
考えて。
考えて。
どうしようもない案を思いついた。
「なあ……やっぱ、俺は天才みたいだぜ?」
「ん? どしたの、いきなり」
「なにか思いついたのですか?」
シグルドは、ニヤリと悪い笑みをこぼす。
「なあに、簡単な話さ。そう、とても簡単な話だ」
「もったいつけないで教えてよー」
「あの無能が名声を手に入れるなんてことは、ありえねえ。それが間違った認識だっていうことを、他のやつらにしっかりと教えてやらないとな。本当はとんでもない無能で、クズなのさ」
「ほう……私には、シグルドの考えていることが、なんとなくわかってきましたよ」
レクターも悪い顔に。
一人、事情を飲み込めないミラは頬を膨らませる。
「だーかーらー、どういうこと?」
「シンプルな話さ。あの無能は、剣聖の力を借りたことで、手柄を立てた。大勢の証人もいるって話だから、今更それを覆すことは難しい、なかったことにもできねえ。ただ……」
「史上最速のランクアップという功績が撤回されるほどの失態を犯したのならば、どうなると思いますか?」
「あー……なるほどなるほど、そういう話ね」
二人の企みを理解したミラは、唇の端を吊り上げた。
「あの無能になにかしら失敗をさせて、雑魚っぷりをアピールしよう、っていうことね?」
「そういうことです。彼を陥れることになりますが……しかし、私達の行いは正しいのです。本当の彼の実力、性根を世間に晒すことこそが、必要なのですからね」
「いいぜいいぜ、おもしろくなりそうだ。アイツの化けの皮を剥いでやろうぜ」
ここから先は、さすがに他の者に聞かれるとまずい。
三人は声を潜めて、フェイトを陥れる策を考えた。