「ぬぅおおおおおっ!!!」
ブレスを恐れることなく、ホルンさんが前に出た。
そんなホルンさんに目標を変更して、煉獄竜が再びブレスを放つ。
極大の炎。
目を灼くかのような強烈な閃光。
それでも……
「おおおおおぉっ!!!」
ホルンさんは止まらない。
直撃は避けた。
しかし、わずかながらかすってしまっている。
ホルンさんが身につけている鎧がみるみるうちに焦げて、一部は溶け始めていた。
そんな力にさらされているホルンさんは、相当な激痛を受けているだろう。
それでも足を止めず、煉獄竜の懐に潜り込む。
「むぅんっ!!!」
ホルンさんは、背中に背負っていた大剣を手に取り、そのまま振り抜いた。
己の身長ほどもある巨大な剣だ。
その威力は破格だ。
強靭な鱗を斬ることは敵わないが、叩き潰すことには成功した。
「これでも……くらぇえええええいっ!!!」
ホルンさんは、再び大剣を叩き込む。
剣としてではなくて、棍棒のように扱い、刃の腹で潰れた鱗を叩いた。
ギィンッ! という音と、煉獄竜の悲鳴が重なる。
さらに……
ゴガァッ!!!
あらかじめ刃に爆薬を仕込んでいたらしく、大剣が爆発した。
業火と衝撃。
そして、至近距離で撒き散らされる鉄片の嵐。
さすがの煉獄竜も、これにはたまらない様子で、身をよじり、苦しそうにしている。
効いている。
でも……
「ホルンさん、大丈夫ですか!?」
「う、む……なんのこれしき」
自爆技のようなものだ。
ホルンさんもそこそこのダメージを負ってしまい、あちらこちらから血が流れていた。
「早く手当てを……」
「そんなヒマはない」
「で、でも……」
「今が攻め時じゃ。わかるな?」
「……わかりました」
ホルンさんの目を見て、説得は不可能と諦めた。
ホルンさんは殉教者のような目をしていた。
刺し違えてでも煉獄竜を倒そうと、覚悟を決めているのだろう。
そんなホルンさんの意思を曲げさせることはできない。
彼の生き方……今までの想いを全て否定するようなことになるからだ。
なら……
「援護します!」
ホルンさんが刺し違えることのないように、全力で援護をする。
僕にできることをする。
それだけだ。
「フェイト、一緒にいきますよ!」
「うん!」
最初に、ソフィアが前に出た。
文字通り、目にも留まらぬ動きで煉獄竜を翻弄する。
さすがの煉獄竜も、ソフィアの神速を追いきれないようだ。
ブレスも連発できるわけじゃなくて、温存している様子で、手足や尻尾を振り回している。
荒れ狂う嵐が意思を持ったかのようだ。
巨大な岩が簡単に砕け、地震が連続しているかのように大地が揺れる。
それでも、ソフィアは攻撃の手を緩めない。
むしろ、さらに加速させていく。
斬る、斬る、斬る、斬る、斬る……斬るっ!!!
一撃一撃のダメージは小さいけれど、着実に煉獄竜の体力を削っていった。
そして僕は……
「このっ!」
ソフィアより圧倒的に手数が少ないものの、攻撃を加えていく。
ソフィアによって傷つけられた場所に、再び斬撃を送り込む。
あるいは、オイルの詰まった革袋を足元に放り、煉黒竜の動きを阻害する。
悔しいけど、今の僕にできることは少ない。
圧倒的に力が足りていない。
でも、それで腐っても仕方ない。
僕は、僕にできることを。
全力で、ありとあらゆる手を使い、ソフィアとホルンさんのサポートをするだけだ。
「グァアアアアアッ!!!?」
度重なる攻撃に音を上げるように、煉獄竜は悲鳴を響かせる。
こころなしか動きが鈍ってきているように見えた。
よし。
この調子で攻撃を重ねていけば……
そう思ったことが油断だったのかもしれない。
「フェイトっ!?」
ソフィアの悲鳴。
気がつけば、煉獄竜の尻尾が目の前に迫っていた。
「あっ……」
壁のように巨大な尻尾が迫る。
その動きはやけにゆっくりだ。
でも、僕の動きもゆっくりで、速く動くことができない。
これは……まずい?
死……
「フェイトっ!!!」
「うわっ!?」
突然、ふわっと体が宙に浮いた。
いや、ソフィアに抱えられていた。
そのまま大きく跳んで、着地。
地面に下ろされた。
「大丈夫ですか!?」
「う、うん……ありがとう」
「よかった……くっ」
「ソフィア!?」
軽くよろめいてしまうソフィアを慌てて支えた。
見ると、利き手である右腕に裂傷が。
綺麗な手が血で濡れてしまっている。
「もしかして……今、僕を助けた時に……」
「私なら大丈夫です」
そう言うものの、強がりであることは明らかだ。
「くっ……!」
自分が情けない。
彼女の力になるどころか、足を引っ張ってしまうなんて。
でも、後悔するのは後だ。
反省も後だ。
今は戦闘に集中しないと。
「ソフィアは、ポーションとかで治療を。その間、僕が時間を稼ぐから」
「ですが……」
「大丈夫。やってみるよ!」
返事を待たないで突撃をした。
さきほどよりも速く。
そして、深く深く集中して……
全力全開。
体も心も魂も、全てを振り絞るような感じで戦う。
「おおおおおおおぉぉぉっ!!!」
戦う。
戦う。
戦う。
剣を振り、大地を駆けて、壁を蹴り跳躍して、再び剣を振り、突き出して、薙いで、払い、叩き、打ち上げ……
ありとあらゆる攻撃を叩き込んでいく。
「これは……」
わずかにだけど、ソフィアの驚くような声が聞こえてきた。
ただ、僕自身も驚いていた。
まさか、煉獄竜と互角に渡り合うことができるなんて。
たぶん……
覚悟が決まったんだろう。
絶対に倒すと意気込んでいた。
負けられないと決意を固めていた。
でも、いざ煉獄竜と相対したら、情けないことにその迫力に飲まれてしまった。
だから、自分でも気づかないうちに動きが鈍くなっていて、さっきのようなミスをしてしまって……
だけど、そんなことはもう終わり。
絶対に同じ過ちは繰り返さない。
そんな覚悟が、僕の力を限界を超えて高めてくれているのだと思う。
もっと強く。
もっと速く。
これ以上、ソフィアを傷つけさせない!
スノウレイクも襲わせたりなんかしない!
ホルンさんとノノカの最後の依頼も果たしてみせる!
あれもこれもと、欲張りかもしれないけど……
でも、今だけは!
「ガァッ!!!」
煉獄竜の意識が完全にこちらへ向いた。
ホルンさんも攻撃をしかけているのだけど、脅威度は僕の方が高いと判断したのだろう。
でも、それは大きな間違いだ。
「ふん。竜といえど、所詮は獣。これで食らうがいい!」
ホルンさんが剣を投擲した。
剣は、どこでも買えるような安物だけど……
その先端に特製の爆薬がくくりつけられている。
剣がドラゴンの鱗を叩き、その衝撃で起爆。
ゴガァッ!!! と洞窟全体を震わせるようなほど、激しい衝撃と轟音が撒き散らされた。
一度だけじゃない。
二度、三度とホルンさんは剣を投擲して、その度に大爆発が起きていた。
至近距離で上級魔法を連発されるようなものだ。
いくら竜とはいえ、ひとたまりもない。
もちろん、これで倒せるとは思っていないけど、
「グゥウウウ……」
煉獄竜の勢いは明らかに衰えた。
しっかりとダメージを負っている様子で、動きが目に見えて鈍くなる。
攻めるなら今だ!
僕はさらに前に出て、剣を全力で振り下ろして……
ギィンッ!
「え?」
剣が折れた。
刃が半ばから折れて、くるくると宙を舞う。
その光景を、僕は呆然と眺めていた。
「あっ……!?」
すぐ我に返るものの、一瞬、遅れてしまう。
ここぞとばかりに煉獄竜が体を回転させて、尻尾を叩きつけてきた。
ギリギリのところで回避するものの、かすり、血が流れる。
煉獄竜の巨体から繰り出される攻撃は非常に強力だ。
かすっただけでも、運が悪いと致命傷になる。
幸い、致命傷は避けられたものの、大量に出血してしまう。
「このっ……!」
ポーションを飲みつつ、追撃を回避。
なんとか危機を乗り越えることができた。
相手は弱っている。
できればこのまま畳み掛けたいのだけど……
ちらりと後ろを見ると、ソフィアの回復は間に合っていない。
もう少しっていう感じだけど、間に合うかどうか。
そして僕は、肝心の武器がない。
これじゃあ、なにも……
「ふっふーん、またせたわね!」
ふと、戦場に似合わない声が飛んできた。
反射的に振り返ると、リコリスの姿が。
「リコリス!? どうしてここに……」
「コレを届けに来たのよ。ほら、受け取りなさい!」
「わっ」
魔法を使ったのだろう。
リコリスがなにかを投げてきた。
って、大暴投!?
慌てて追いかけて……
ジャンプをして、それをキャッチする。
「これは……雪水晶の剣?」
水晶のような輝きを放つ。
そして、雪のように白い刀身。
僕が知っているものと、いくらか形状が違うのだけど……
でも、それは間違いなく雪水晶の剣だった。
「修理が終わったから持ってきてあげたわ。ふっふーん、絶妙なタイミングだったでしょ? 実は、こっそりタイミングをうかがっていたの」
最後の情報はいらない。
「でも、まだ時間がかかるはずじゃあ? それに、この変化は……」
「細かいことは後! 今は……」
「……うん、そうだね」
やるべきことをやろう。
僕は雪水晶の剣を抜いて、構えた。
以前と変わらなくて、軽すぎず重すぎず。
手にしっくりと馴染んで、体の一部になるような感覚。
「……おかえり」
相棒の帰還を喜ぶ。
「さっそくで悪いけど、いくよ!」
今ならなんでもできる。
そう思えるくらいの力と勇気が湧いてきた。
「ガァアアアッ!!!」
まっすぐに突撃する僕を叩き潰そうと、煉獄竜が吠えた。
巨大な前足を叩きつけてくるのだけど……遅い!
ワンステップ、横に跳ぶ。
それから、体を半身にしてギリギリのところで攻撃を回避。
失敗したら致命傷になっていたかもしれないけど、でも、失敗していないから問題ない。
僕は、そのまま煉獄竜の懐に潜り込み、
「神王竜剣術、壱乃太刀……破山っ!!!」
ありったけの力でありったけの攻撃を繰り出した。
さっき使っていた剣は、煉獄竜の鱗を一度も突破することができなかった。
でも、今回は違う。
雪水晶の剣は、簡単に鱗を切り裂いてしまう。
煉獄竜が悲鳴をあげて、身をよじり、暴れる。
僕に傷つけられるわけがないと油断していたのか、相当な驚きっぷりだ。
うん。
大きなダメージは与えていないものの、とても良い攻撃になった。
これなら……
「ほれ、さらに追加じゃ!」
ホルンさんは、さらに二本の爆弾付きの剣を投擲した。
二つとも今までの戦闘でできた傷に突き刺さり、爆弾が爆発。
至近距離で炎と熱波と衝撃を浴びることになり、煉獄竜が悶える。
でも、これもまた本命の攻撃じゃない。
「はぁあああああっ!!!」
ダメージから回復したソフィアが、煙に隠れて突撃。
聖剣エクスカリバーを構えて、加速、加速、加速。
「蓮華っ!!!」
超高速の抜剣術。
宙を駆ける斬撃が煉獄竜の片翼を斬り飛ばした。
煉獄竜は悲鳴をあげて地面を転がる。
当たり前のことだけど、翼を切り落とされたことなんてないのだろう。
その激痛に悶え、ありえない現実にパニックに陥っていた。
でも、まだ油断はできない。
手負いの虎ほど厄介と言うし……
もしかしたら、とんでもない切り札を隠し持っているかもしれない。
焦らず、慎重に追い詰めて……
「ふっふーん、所詮、このリコリスちゃんの敵じゃないわね! さあ、覚悟なさい!」
「ちょっ!?」
雪水晶の剣を届けに来ただけのはずのリコリスが、なぜか参戦。
前に飛び出して、魔法を詠唱する。
「リコリスちゃんファイアー!」
わりと大きな火球が離れて、煉獄竜に直撃。
それなりの爆発が起きるのだけど……
「グルァッ!!!」
「ひゃあ!?」
それなり、の攻撃では通用しない。
怒りを買うだけで、リコリスは慌てて後方に退避した。
「フェイトー! ソフィアー! あと、おっちゃん。そんなドラゴン、さっさとやっつけちゃいなさい!」
そして、応援。
えっと……
本当になにをしているんだろう?
雪水晶の剣を届けてくれたことはうれしいけど、あまり無茶をしないでほしい。
下手をしたら、リコリスが狙われるかもしれないのだから。
決着は……僕達がつける。
いや。
「おおおおおぉっ!!!」
ホルンさんがつける。
「このっ!」
「はぁあああっ!」
僕とソフィアは援護に徹した。
というのも、片翼を失った煉獄竜が、今まで以上に暴れ始めたからだ。
ただ、手負いの虎というような脅威は感じない。
最後の悪あがきという感じで、デタラメに暴れまわっている印象だ。
あと少し。
「全部持っていけっ!」
ホルンさんは、ありったけの爆撃剣を投擲した。
煉獄竜はそれを危険なものと学習して、避けようとするが……
しかし、そんな隙間がないくらいに、雨あられと剣が降り注ぐ。
結果、煉獄竜は避けることができず、無数の爆撃をその身に受けた。
鱗がはがれ、肉が裂ける。
血が流れて、悲鳴がこぼれる。
「グゥウウウ……」
どんどん動きが鈍くなってきた。
その口からこぼれる唸り声も、弱々しくなってきている。
ここまでくれば、あとは……!
「フェイト!」
「うん! ホルンさん、トドメは任せました!」
ソフィアの合図で、僕達は一緒に突撃した。
かなり弱っているものの、未だ煉獄竜の攻撃は激しく、苛烈だ。
爪を振り回して、尻尾を薙ぐ。
ブレスも吐く。
それらを回避しつつ、二人同時に攻撃を加えて……
そして、僕の雪水晶の剣とソフィアのエクスカリバーが、それぞれ煉獄竜の足の付根を刺す。
さらに刃を根本まで押し込んだ。
そして、ぐるりと強引に回転させて、神経を断つ。
「ギァアアアアアッ!!!?」
これで、ヤツはもうまともに動くことができない。
防御をすることも逃げることもできない。
だから……
「「ホルンさんっ!!!」」
「うむ!!!」
ホルンさんが真正面から駆ける。
そうすることで、あえて煉獄竜の注意を自分にひきつけているみたいだ。
ホルンさんの様子から、なにかただならぬものを感じ取ったのだろう。
煉獄竜は彼を第一の標的として、ブレスを放つ。
……でも、それが命取りになる。
「それを待っていたぞ!」
それは、かつてノノカが手に入れたという宝物。
どんな攻撃も一度だけ跳ね返すという、魔法の鏡。
それによって、ブレスは正反対に跳ね返された。
煉獄竜は自分の攻撃をまともに浴びることになって……
「これで……終わりじゃあああああっ!!!」
そして、ホルンさんの渾身の一撃が煉獄竜の瞳を貫いた。
「っ……!!!?」
ビクンッと、煉獄竜の巨体が震えた。
「……」
しばらくの沈黙。
僕もソフィアも。
ホルンさんもリコリスも、油断なく構えたまま、煉獄竜の様子を見る。
そして……
ドォンッ……!
煉獄竜は地に沈んだ。
「……」
傷だらけの体はピクリとも動かない。
呼吸もしておらず、完全な沈黙を保っていた。
煉獄竜の討伐は……完了した。
「や……」
「やったあああああーーーーっ!!!」
僕とソフィアは抱き合って喜んだ。
そのまま、ぴょんぴょんとジャンプをして、さらに喜ぶ。
ただ、そんな僕達以上に喜んでいる人がいた。
「……」
ホルンさんはなにも言わず、煉獄竜の前で剣を掲げてみせた。
討伐完了の証。
それを誰に見せているのか?
掲げた剣は天に向けられている。
つまり……そういうことなのだろう。
ホルンさんは、友達との最後の約束を果たすことができたのだ。
「いやー、すごいね」
パチパチパチ、と拍手が響いた。
慌てて振り返ると、レナの姿が。
いったい、今までどこに潜んでいたのやら、まるで気配を感じなかった。
「いざとなったらボクも加勢するつもりだったんだけど、まさか、三人だけで倒しちゃうなんて。あ、小さな援軍もあったから、四人かな?」
「……なにをしに来たの?」
僕は剣を構えた。
ソフィアも、続いてエクスカリバーを構える。
レナと面識のないホルンさんは、やや戸惑っている様子ではあったけど……
僕達の様子を見て敵と判断したらしく、リコリスを背にかばい、刃の先を変える。
「んー、称賛? あ、心配しないで。こうなった以上、横からかっさらう、なんてことは考えてないから」
「信じられませんね」
「ホントホント。その煉獄竜は、好きにしていいよ。素材にするなり、そのまま埋葬するなり、お好きに」
「……」
「でも、フェイトのことは諦めていないけどね♪」
「ぶった斬ります!」
「お、落ち着いて」
ソフィアが突撃しそうだったので、慌てて制止した。
「なにもする気がないなら、どうして僕達の前に?」
「だから、称賛だって。剣聖ならともかく、フェイトと見知らぬおっちゃんが煉獄竜を倒しちゃうなんて、思ってもいなかったからさー。すごいなー、って感心したの。だから、称賛したいと思って出てきたの。それだけ」
「……」
嘘は言っていないように見えた。
それに、レナの性格を考えると、そういうことをしてもおかしくない。
って……
なんだかんだで、レナともそこそこの付き合いになるんだよな。
彼女の性格、行動が少しは読めるようになってきた。
それを喜ぶべきなのか、どうなのか……悩ましい。
「それだけの力があるなら、資格はあるかもね」
「資格?」
「今、ふと思ったことなんだけどねー……フェイト。それにソフィアも。ボク達『黎明の同盟』の仲間にならない?」
「「なっ!?」」
思わぬ誘いに、ソフィアと同時に驚きの声をあげてしまう。
僕達がレナの仲間に……?
そんなこと考えたこともなかった。
「ま、思いついただけだから、本格的な勧誘は後にしておくよ。頭の片隅にでもいいから、置いておいてくれるとうれしいな」
「そのようなふざけた誘い、考えるまでもありません」
「そうかな? ボク達の目的を知れば、きっと賛同してくれると思うよ。まあ……その辺りは、今度話すよ。ボクは、この辺で帰るね」
レナはそう言うと、ちらりとホルンさんを見る。
「……さすがに、これ以上ドヤ顔して話をして、空気を壊すほどバカじゃないからねー」
ばいばい、と手を振り、レナは姿を消した。
たぶん、転移の魔道具を使ったのだろう。
「ふむ……今の少女は何者じゃ? 只者ではないようじゃったが……」
「色々とありまして」
一言で説明することはできない。
それよりも……
「撤退したのは本当だと思うから、今は、やるべきことをやりましょう」
「……そうじゃな。ありがとう」
やるべきこと。
それは、ホルンさんがノノカから受けた依頼を完遂することだ。
ホルンさんがノノカから請けた依頼の内容は、煉獄竜をなんとかしてほしい、というものだ。
なんとかしてほしいは、被害を出さないだけじゃない。
素材を悪用されるなどして、二次被害を出さないことも含まれているのだろう。
そう判断したホルンさんは、荷物から大量の油を取り出した。
それを煉獄竜の死体にかけて、火をつける。
たちまち全身が燃えて、ブスブスと焼け焦げた匂いと煙が充満する。
僕達は洞窟の外に出て、しばらく様子を見る。
そして、全部燃えただろうと、十分な時間をとってから……
「ノノカ嬢……遅くなったが、これで約束を果たすことができたぞ」
ホルンさんは、あらかじめしかけておいた爆薬を起動させた。
複数の爆音。
そして、轟音と共に大量の土砂が崩落して、洞窟が埋まる。
途方もない重さの大量の土砂だ。
煉獄竜がゾンビになって復活することもないだろうし、その素材を悪用することもできない。
これで、完全に終わりだ。
「……」
ホルンさんはなにも言わず、空を見上げた。
なにを考えているのか、それはわからない。
でも……
その頬を、一筋の涙が伝った。
スノウレイクに戻った後、ホルンさんと別れ、自宅へ。
父さんと母さんに迎えられて。
ルーテシアに迎えられて。
あと、ミントにも迎えられた。
たまたま遊びに来ていたらしい。
ミントを見たソフィアは、なにやら笑顔で彼女に話しかけて……
ミントも笑顔で応対して……
うん。
二人は仲が良いのかな?
そして、僕は……
「ふぅ」
自室のベッドに横になり、ぼーっと天井を眺めていた。
疲れた。
肉体的な疲労だけじゃなくて、精神的な疲労も大きい。
煉獄竜と戦い、無事に倒すことができた。
それはうれしいのだけど……
レナの言葉が気になる。
僕とソフィアを黎明の同盟に誘う。
思ってもいなかったことなので、まだ少し動揺していた。
それと、気になることはもう一つ。
「これ……雪水晶の剣、なのかな?」
父さんとアイシャとリコリスのおかげで、折れてしまった雪水晶の剣は修理された。
でも、ところどころが以前と違っている。
使い勝手は変わらないのだけど、切れ味や耐久力は格段に上がっていた。
見た目は似ているけど、中身はまったくの別物だ。
「どうして、こんな風になっているんだろう……?」
「それはアイシャのおかげね」
「うわっ」
いきなりリコリスが現れて驚いた。
暗殺者じゃないんだから、音を消して忍び寄らないでほしい。
「アイシャのおかげって、どういうこと?」
「あの子の魔力を使って剣を修理したでしょ?」
「うん」
「思っていたよりもあの子の魔力がすごくてねー。必要以上の魔力を受けて、剣が自己進化したみたいなの」
「じ、自己進化……?」
なにそれ、怖い。
思わず雪水晶の剣をまじまじと見てしまう。
自己進化っていうことは、この剣、生きているのかな……?
「例えよ、例え。剣が生きているなんて、そんなことはないわ」
「そ、そうなんだ……」
「でもまあ……ノノカの想いも詰まってるだろうから、ある意味では、生きているのかもしれないわね」
「……」
「色々な人の想いを受け継いでいく。そんな剣なのよ、これは」
リコリスはしんみりとした表情で言う。
雪水晶の剣が無事に修理されて。
それに関連して、友達のことを思い返して。
色々な想いが胸を巡っているのだろう。
「リコリスは説明をしに来てくれたの?」
「それもあるけど……あと、ちょっとした提案ね」
「提案?」
「剣の名前、新しくフェイトがつけてあげて」
「え」
唐突な話に驚いてしまう。
どういうことだろう?
「妖精が作る剣って、持ち主に応じて変わったり、与えられた役目によって変わったりするの。成長する剣なのよね」
「そんなものが作れるなんて、すごいね……」
「ノノカは、人間との友情の証として雪水晶の剣を作った。だから、ずっとあのままだったの。友情の証だから、変わったりしたらまずいからね」
「なるほど」
だから成長しなかった。
ずっと同じ形でいて……
ホルンさんとの友情を示し続けた。
そんなところだろう。
「ただ、折れちゃって、役目が終わったのよ。で、打ち直して……新しく生まれ変わった。だからその剣は成長したの」
「僕に名前をつけてほしい、っていうのは?」
「その剣は生まれたばかりのようなもので、なにも役目がないのよ。だから、フェイトが新しい主として、役目と名前をあげて」
「僕が……」
とんでもなく重要な役目だ。
ノノカが残した剣を、僕があれこれしていいのかな? っていう疑問はあるんだけど……
でも、リコリスが言っているのだから、そこは問題ないのだろう。
「うーん」
考える。
剣の名前と、その役目。
今、ふさわしいものは……
「……流星の剣、なんてどうかな?」
「悪くないわね。でも、どういう意味なの?」
「剣が新しく生まれ変わったとしても、託された願いとかは引き継いでいると思うんだ。だから、僕はそれをなくしたりしたくなんかない。受け継いでいきたい」
それだけじゃなくて……
「新しい願いとかも受け止めていきたいと思うんだ。だから……」
「願いを捧げる流星の名前にした、っていうわけ?」
「うん」
「ふーん……いいんじゃない?」
そっけなく言うリコリスだけど、笑みが浮かんでいた。
たぶん、認めてくれたんだと思う。
「うん。今日から君は、流星の剣だ」
よろしく、と心の中で相棒に声をかけた。
「それで……なんの用ですか?」
スティアート家の裏手にソフィアとミントの姿があった。
大きな冒険を終えて……
ようやく家に帰ることができた。
ゆっくりと疲れを癒やしたい。
そう思っていた矢先、ソフィアはミントに呼び出されたのだ。
正直なところ、ソフィアはミントの存在を忘れていた。
自分とは別の、フェイトの幼馴染。
とても気になる存在ではあるものの……
色々なことがありすぎて、その存在は頭の中からすっかり抜け落ちていた。
用があると言うが、いったいなんだろうか?
改めて、恋の宣戦布告でもされるのだろうか?
思わず身構えるソフィアだけど……
それを気にした様子はなく、ミントは優しく微笑む。
「まずは、ごめんなさい」
「え?」
ミントが頭を下げると、ソフィアはキョトンとした。
それもそうだ。
謝られるようなことをされた覚えはない。
不思議に思っていると、ミントは申しわけなさそうに言う。
「二人がスノウレイクにやってきて……私、からかうというか、少し張り合うような態度をとっちゃったよね?」
「……あぁ、アレですか」
ミントもフェイトに想いを寄せている。
そして、同じ幼馴染。
そう判断したソフィアは、ミントをかなり敵視したものだ。
敵視といっても、魔物に向けるようなものではない。
恋のライバル的な意味合いなので、苛烈なものではないが……
それでも剣聖の圧というものがある。
そんなものをぶつけられたミントは、さぞ苦労しただろう。
そのことを考えると、謝るのはソフィアの方なのだけど……
ミントは頭を下げるのをやめない。
「私はフェイトの幼馴染で、フェイトのことが大事」
「……」
「ただ、それは兄弟のような感情なの」
「え?」
予想外のことを聞かされて、ソフィアは、再び間の抜けた表情に。
「安心して、恋愛感情はないから」
「……それは本当ですか?」
「うん、本当だよ。気遣っているとか身を引こうとか、そういうことじゃなくて、本当にないの。フェイトのことは好きだけど、それは、家族に対する好きと同じなんだ」
「そう、だったのですか……」
だとしたら、ソフィアは一人で空回りしていたことになる。
いや、待て。
意味深な態度を取ってきたミントにも非があるのではないか?
ああ、なるほど。
だから、ごめんなさい、なのか。
色々と納得するソフィアだった。
「どうして、そのようなことを?」
「全部、私の身勝手なんだけど……フェイトのことが心配だったから」
フェイトは優しい。
相手が苦しい思いをするなら、自分が肩代わりしてしまうくらい優しい。
そんな幼馴染だから、いつもハラハラ、心配していた。
スノウレイクを出て冒険者についていった時は、とても心配したものだ。
十年くらいして帰ってきて、無事な姿を見て安心できたものの……
隣には見知らぬ美少女。
それに、獣人の女の子と妖精。白い狼に似た獣。
よくわからない、予想を越えた状態で帰ってきた。
心配して当然だろう。
なので、せめてソフィアの人隣を確かめるために、あれこれとちょっかいをかけてみた……と、ミントは語る。
「そういうことだったのですね……」
「挑発するようなことをして、ごめんなさい。でも、ソフィアさんが本当にフェイトのことを想っていることがわかって……でも、これはこれで私の身勝手なことですね。本当にごめんなさい」
三度、ミントは頭を下げた。
確かに、ミントがやったことは身勝手なことだ。
フェイトのことを気にしての行為とはいえ、ソフィアの許諾なしに場を荒らすようなことをした。
ソフィアには怒る権利がある。
あるのだけど……
「はい、わかりました。謝罪はしっかりと受け止めました」
ソフィアは怒ることなく、笑顔で応えた。
「えっと……怒らないんですか?」
「少し腹立たしいですが、まあ、気にしません」
「でも、ソフィアさんには私を糾弾したり、フェイトに事実を報告する権利が……」
「そのようなことはしませんよ」
ミントの言っていることは全て真実だ。
嘘なんてついていない。
同じ女だから、ソフィアはそのことがわかった。
だとしたら、彼女を責めることなんてできない。
感情のベクトルは違うものの、同じ男性を好きになった者同士。
共感は生まれても、敵意が出てくることはない。
「私達、良い友達になれると思うんです。どうですか?」
ソフィアはにっこりと笑い、手を差し出した。
ミントは、少しの間ぽかんとして……
「はい、よろしくお願いします」
ややあって、同じくにっこりと笑い、ソフィアの手を取った。
雪水晶の剣の修理が完了して……
雪水晶の剣改め、流星の剣を手に入れることができた。
それに、すごく久しぶりに父さんと母さんと再会することができた。
妹ができていたことは驚いたものの……
みんな元気そうでなにより。
ミントも昔と変わらず、とても元気そうにしていた。
これで、スノウレイクでやるべきことは全部やった。
「これから、どうしようか?」
ソフィア、アイシャ、リコリス、スノウ。
みんなが部屋に集まった状態で、そんな話を切り出した。
「このままスノウレイクでスローライフを送る、という手もありますよ?」
「それは……」
非常に魅力的な提案だ。
いつまでも実家のお世話になるわけにはいかないから、家を借りるなり買うなりして独立して。
ソフィアと一緒に、スノウレイクを拠点とした冒険者として活躍して。
あるいは、父さんの跡を継いで鍛冶職人になるのもいいかもしれない。
あと、いつの間にか生まれていた妹……ルーテシアの成長を見届けたい。
でも……
「それはできないよ」
アイシャのこと。
そして、黎明の同盟のこと。
これらの問題を放置するわけにはいかない。
放置したら、なにかとんでもないことが起きるような……
そんな気がした。
「わかっています。言ってみただけです」
試されていたのかな?
「やっぱり、アイシャのことについてもっと知りたいよね」
「わたし?」
アイシャの尻尾がくるっと丸くなる。
『?』のマークを作っているみたいだ。
かわいい。
「色々とわからないことが多いんだよね」
アイシャの魔力量。
神の子……巫女かもしれない、ということ。
その辺りをハッキリとさせておきたい。
そうすれば、自然と黎明の同盟の目的もわかると思う。
「なら、獣人族の里に行けばいいだろ」
「父さん?」
いつから話を聞いていたのか、振り返ると父さんの姿が。
「わからないことがあるっていうのなら、同じ獣人に聞けばいいだろ」
「簡単に言うけど、里がどこにあるのかなんて……」
「俺は知っているぞ?」
「本当に!?」
さらりと、とんでもないことを言われた。
ついつい大きな声が出てしまい、驚いたアイシャの尻尾がピーンと立つ。
ソフィアが、そんな娘を落ち着かせて……うん、ごめんなさい。
「えっと……どういうこと? もしかして、父さんは獣人の知り合いがいるの?」
「ああ、いるな。日々、色々な仕事をしているが、たまに獣人がやってくるんだよ」
「へえ……」
さすが、鍛冶の神様に愛された男。
その名は人間だけじゃなくて、獣人にも届いているようだ。
「ま、お前が言うように色々とあるからな。こっそり会って仕事を請けてるんだが……まあ、それなりの信頼関係は築いているつもりだ。俺の息子ってなら、話くらいは聞いてくれるだろ」
「……」
「なんだ、そのぽかんとした顔は?」
「父さんはすごいね」
鍛冶職人として大成するだけじゃなくて。
獣人の心を掴んでしまうほど、人脈に長けていて。
本当にすごい。
僕なんかとは比べ物にならない……
「おら」
「いたっ!?」
いきなりげんこつを落とされた。
「今、つまらないこと考えていただろ?」
「つまらないことなんて……」
「俺は俺。お前はお前。そこにある差なんて気にするな」
「あ……」
「ってか、フェイトはまだまだガキだからな。これからだよ、これから」
「……うん、ありがとう」
父さんの言葉が心に染み渡る。
うん。
卑屈になったりしないで、前を向いて歩いて行こう。
そして、ソフィアにふさわしい男になって……
あと、アイシャが誇れるような父親にならないと。
「で、どうする?」
「えっと……」
みんなの方を見ると、任せる、という感じでうなずかれた。
「じゃあ、お願いしてもいいかな?」
「わかった。今度、お得意さんの獣人が来る予定だから、その時に話をしてやるよ」
「それって、どれくらい先になるかわかる?」
「んー……一週間前後だろうな。正確な日付はわからん」
「一週間前後っていうだけでもわかっていれば十分だよ」
それまでに旅の準備を進めておこう。
「それじゃあ……次の目的地は、獣人族の里、ということで!」
「あー……うー?」
僕の腕の中には、妹のルーテシアが。
こちらに向けて手を伸ばしたりしている。
たくさん動くから大変だ。
落としたりしないように注意して……
あと、ぐずったりしないように、抱き方にも気をつけて……
「うぅ……赤ちゃんって大変だ」
「ふふ、がんばってくださいね、お兄ちゃん」
母さんは、にこにこと笑っていた。
料理をする間、ルーテシアの面倒を見ることにしたんだけど……
これが思っていた以上に大変だ。
すごく儚い感じがして、絶対にミスはできないと緊張する。
「うぅ……」
「わわ!?」
いきなりルーテシアが涙ぐむ。
な、なんで!?
僕、なにもしていないはずなのに。
「ダメですよー、フェイト」
料理をしつつ、母さんがアドバイスをしてくれる。
「赤ちゃんは相手の感情に敏感ですからねー。フェイトが不安に思っていたら、赤ちゃんも不安になっちゃうの。だから、どーんと構えないとダメですよ」
「どーん、と……」
そんなことを言われても難しい。
なにしろ、故郷に帰ってきて、初めて妹がいると知ったんだ。
しかも、こんなに小さい。
どうしていいかわからなくて……
ついつい引け腰になってしまうのも仕方ないと思う。
って……
そんな言い訳をしても、ルーテシアには関係ないか。
妹を不安にさせているのは僕で……
そして、僕はお兄ちゃんだ。
なら、それらしくならないと。
「ルーテシア」
「うー……?」
「えっと……大丈夫。うん、大丈夫だからね」
にっこりと笑い、軽く揺らしてみる。
ルーテシアは目をパチパチとさせて、
「きゃっきゃっ」
ご機嫌を取り戻してくれたみたいで、笑ってくれた。
よかった……
赤ん坊は泣くのが仕事と聞くけど、でも、やっぱり笑顔の方がいいよね。
「うー」
ルーテシアは手を伸ばして……
小さな小さな手で、僕の指を必死になって、ぎゅっと掴んだ。
「あ……」
なんて小さい手なんだろう。
でも、温かくて……
こうしていると、不思議な気分になる。
そんな僕達を見た母さんは笑顔に。
「ふふ。ルーテシアちゃんは、お兄ちゃんを好きになったみたいね」
「僕のことを……?」
「そう。ルーテシアちゃんは、好きな人に触れたがるの。私とか。パパはまだね」
「……父さん……」
なんてかわいそうな。
でも、それよりも……
「……ルーテシア……」
「あうー……あうっ」
今更だけど。
ようやくだけど。
ルーテシアのことを妹だ、って……そう強く実感することができた。
そして、同時に思う。
僕は今まで、ソフィアやアイシャ。
リコリスやスノウのために旅をして、戦ってきた。
でも、それだけじゃない。
この人の力になりたい、守りたい。
そう思う人は、他にもたくさんいるんだ。
……ルーテシアのように。
「黎明の同盟をなんとかしなくちゃいけない理由……一つ、増えたかな」