とんでもない話だった。
 天災と同レベルの魔物がスノウレイクの近くにいるなんて……

 もしも街が襲われたら、とんでもない被害が出るだろう。
 場合によっては壊滅してしまうかもしれない。

「って、あれ?」

 続けて、気がついた。

「ホルンさんが煉獄竜と出会ったのって、だいぶ前のことなんですよね?」
「そうじゃな。かれこれ、数十年前になるじゃろうか」
「数十年前?」

 少し疑問に思う。
 それだけ昔からいて、スノウレイクに被害が出ないなんてこと、ありえるのだろうか?

 そんな僕の疑問を察した様子で、ホルンさんが言う。

「ノノカのおかげじゃ」
「ノノカの?」
「一矢報いたというか……最後に、彼女が煉獄竜を封印してくれてな。ヤツは今、とあるダンジョンの奥で眠っている」
「そうだったんですね」

 煉獄竜を封印してしまうなんて、すごい。
 すごいなんて言葉一つで表現できないくらい、本当にすごい。

 さすが、リコリスの友達というべきか。
 ノノカも色々と規格外だったのだろう。

「儂は、友の願いを叶えるにスノウレイクにやってきたのじゃ。今までの依頼は、そのための準備という感じじゃな」
「そうだったんですね……って」

 煉獄竜と戦うということは、その封印を解くわけで……
 もしも討伐できなかったら、そのまま煉獄竜が解き放たれることになる。
 その場合、スノウレイクが狙われる?

「大丈夫じゃよ」

 僕の懸念を察したらしく、ホルンさんが柔らかい口調で言う。

「ヤツはとあるダンジョンの最深部に封印されておってな。眠らせたりするのではなくて、巨大な檻を作り、閉じ込めている感じじゃ。ヤツはその巨体故に抜け出すことはできないが、儂ら人間は自由に出入りが可能じゃ」
「なるほど」

 それなら、もしも討伐に失敗しても煉獄竜が解放されることはない。

 一安心して……
 でも、いやいや違うだろう、と慌てる。

「む、無茶ですよ!」
「なにがじゃ?」
「あの煉獄竜と戦うなんて、絶対に無茶です! 返り討ちに遭うかも……」
「そうじゃな」

 ホルンさんは全て理解している様子だった。

 自分の剣では、煉獄竜に届かないこと。
 そして、絶対的な死が待ち受けていること。

 それでも、穏やかな様子は崩れない。

「なら、どうして……」
「男にはやらねばならん時がある」
「……あ……」
「フェイトも男なら、儂の気持ちがわかるじゃろう?」
「……」

 なにも言い返せない。

 つまらない意地なのかもしれない。
 男なんて、と笑われるのかもしれない。

 でも……

 ホルンさんが言うように、男には、確かにやらねければいけない時があるんだ。

「それに……儂も、もうこの歳じゃ。冒険者を続けているものの、いつ体が自由に動かなくなるかわからぬ。なればこそ、今のうちに仇を取りたい。悔いのない人生を生きたいのじゃ」
「それは……」

 そう言われると、もう反対できなかった。

 ホルンさんにとって、それだけノノカは大事なパートナーだったんだろう。
 その仇を討つ。
 当たり前の考えで、それを止める権利なんて僕にはない。

「最後にノノカの友達に出会うことができてよかった。いい思い出になったよ」

 ホルンさんは死ぬつもりだ。

 煉獄竜に一人で立ち向かうなんて、無謀極まりないけど……
 刺し違える覚悟で挑めば、あるいは。

 だけど……

「……僕にも手伝わせてくれませんか?」

 気がつけば、そんな言葉が飛び出していた。

 ホルンさんは目を丸くして驚く。

「……気持ちだけありがたく受け取っておこう」
「ダメですか?」
「これは儂の戦いじゃ。無関係のフェイトを巻き込むわけにはいかん」
「無関係なんかじゃありません」
「む?」
「僕はリコリスの友達……というか、家族みたいなものだと思っています。そして、ノノカはリコリスの友達。関係あります」
「それは……」
「それに、封印がずっと続くわけじゃないですよね? もしかしたら、なにかの弾みで解けてしまうかもしれない。なら、煉獄竜の討伐は、スノウレイクにとってとても大事なことです。故郷を守るための戦いでもあります」
「むう……」

 思いつくまま言葉を並べて、ホルンさんの退路を塞いでいく。
 咄嗟に出てきた言葉だけど、わりと説得力があったみたいで、ホルンさんは苦い表情に。

「それに……」
「それに?」
「僕は逃げたくありません」

 ここで、ホルンさんに全部任せて、なにもなかったことになんかできない。
 そんなことは絶対にダメだ。

 男として、一人の人間として。
 剣を取り、戦わないといけない場面だって、断言できる。

「……ふぅ」

 ややあって、ホルンさんは小さな吐息をこぼした。
 そして、手をこちらに差し出してくる。

「よろしく頼む」
「あ……はいっ!」

 僕は、しっかりとホルンさんの手を握り返した。