「おとーさん、似合う?」

 朝。
 家の外に出たアイシャは、くるっと回転してみせた。

 頭に撒いているはちまきがひらりと揺れた。

 上は白のシャツ。
 下は下着に似た黒の短いパンツ。
 そこから、ふさふさの尻尾が飛び出している。

 ブルマっていう、東の国の伝統の衣装らしい。
 なんでも、運動をする時は、女の子はこれを着るのだとか。

 ちょっと露出が多い気がするんだけど……
 でも、これが正式な衣装らしい。
 東の国は変わっている。

「……フェイト」
「あ、ソフィアも準備……でき、たん……だね……」

 遅れてやってきたソフィアは、顔が真っ赤だった。
 風邪とか、そういうわけじゃない。
 単純に恥ずかしいのだろう。

 ……ブルマ姿なので。

「……」
「……」
「あの……なにか言ってほしいです」
「に、似合っている……よ?」
「……フェイトのえっち」
「えぇ!?」

 今の、どう言えば正解だったのだろう……?

「ほら、そこ。イチャイチャラブラブしてないで、さっさと準備運動をしなさい!」

 監督としてリコリスが同行していた。

 そんなリコリスのサポート下の元、アイシャの体力を増やすための訓練を行う。
 一人では心配なので僕達も一緒に訓練をするのだけど……
 ソフィアまで着替える必要はあったのかな?

 いや、まあ。

 眼福と言えば否定できないので、うれしいのだけど……

「……フェイト」
「な、なに?」
「目がえっちです」
「ごめんなさい……」

 心が見透かされているみたいで、とても居心地が悪い。

 でも、ごめん。
 一応、僕も男だから……

「よーし、それじゃあ、アイシャの特訓を始めるわ!」

 そうリコリスは、いつも通りの姿だ。
 リコリスは特訓しないの? と聞いてみたところ……

「は? なんで、あたしがそんなことしないといけないの? っていうか、あたしか弱いから特訓とか無理だから。この体はガラスのように繊細なのよ」

 という答えが返ってきた。
 体はガラスでも、心は鋼鉄だと思った。

「まずはランニングよ。街をぐるっと回るように走るの」
「がんばるね」
「体力をつけるためのものだから、全力で走ったらダメよ? いかに長く、それでいてそれなりの速度を出すことができるか。それを意識して走るの」
「おー……?」
「わからない? えっと……まあ、長く走り続けることを考えて」
「うん」

 しっかりとアドバイスをしているところを見ると、リコリスが監督をすることは、わりと適任なのかもしれない。

 でも、体力トレーニングの知識なんてどこで得たのだろう?
 謎が多い妖精だった。

「じゃあ、いくわよー。あたしについてきなさい」

 リコリスがふわりと飛ぶ。
 それをアイシャが追いかけて、その後ろを僕とソフィアが続いた。

「はっ……ふっ……はっ……」

 わりとハイペースでアイシャが走る。
 ただ、無理をしている様子はない。
 体のバランスは崩れていないし、走り始めて十分くらいが経ったけど、ペースは一定を保ったままだ。

「アイシャちゃん、すごいですね。あんなに走れるなんて、正直、思っていませんでした」
「うん、僕も。獣人だから、子供でも体力があるのかもしれないね」

 ……その後も、アイシャはペースを落とすことなく走り続けた。
 一時間も走り、僕達だけじゃなくてリコリスも驚かせていた。

「ふう……はあ……ふう……」
「おつかれさま、アイシャ」

 近くの露店で買った、冷たいジュースをアイシャに渡す。

「ありがと、おとーさん。んー」

 ジュースを飲んで、アイシャはにっこり笑顔に。
 運動をした後だから、いつもよりおいしく感じるのだろう。
 尻尾がぶんぶんと、勢いよく横に振られていた。

「アイシャって、めっちゃすごいわねー」
「どうしたの、リコリス?」
「だって、あたしの特訓に全部ついてきたのよ? あれ、本来は大人用のトレーニングメニューなのに」
「え、そうなの?」
「そんなものをアイシャちゃんにやらせて、なにかあったらどうするつもりだったのですか?」
「ま、まった。無茶したわけじゃないから、睨まないで。頭を摘まないで。ちゃんと、あたしなりの考えがあったんだって」

 リコリス曰く……

 まずは、アイシャの現在の限界を知りたい。
 そのために、あえて厳しいメニューを課して、限界を図ろうとしたらしい。

 限界が近いと判断した時はすぐに中止する予定だった、とのこと。

「それなのに、わりとあっさりとあたしの予想を超えてくるんだもの。すごいわね」
「そうでしょう、そうでしょう。アイシャちゃんはすごい子なのですよ」

 ソフィアはとても誇らしげだった。

「でも、これなら、いくらか体を動かすだけで問題なさそうね。身体能力は元々あるっぽいから、あとは、運動とかをして体力を消費させることに慣れさせること」
「慣れておかないといけないの?」
「水泳と同じよ。準備運動なしで水に入ったら、たまにとんでもないことになるでしょ? それと同じで、体力を激しく消耗しそうな時は、事前に似たようなことをしておくことで、体に対する負担を軽減できるの」
「なるほど」

 本当に物知りだなあ。
 よく感心させられてしまう。

「というわけで、これからしばらくは激しめのトレーニングにするわよ!」
「がんばる、おー!」

 アイシャはやる気たっぷりだった。

 たぶん……
 剣を修理するために自分の力が必要と言われて、とてもやる気になっているのだろう。

 それは僕のためじゃなくて、リコリスのため。
 友達の形見を元に戻してあげたいと、だからがんばりたいと、そう思っているのだろう。

「アイシャちゃんは、とても優しい子ですね。母親として誇らしいです」
「うん、僕も誇らしいよ」

 僕とソフィアは、にっこりと笑うのだった。