雪水晶の剣を僕が持っていてもいいのか?
その問題について、完全に悩みが晴れたわけじゃない。
でも、ミントのおかげで少しだけ迷いが消えた。
「じゃあ、私、そろそろ……」
「家に帰るね」と、言おうとしたのだろう。
でも、その言葉が出てくるよりも先に扉が開いた。
姿を見せたのは……
「フェイト、これからのことについて……なの、ですが……」
ソフィアだった。
僕を見て、次いで、ミントを見て。
柔らかな顔が、みるみるうちに固くなっていく。
「……あら、あらあらあら」
ソフィアがにっこりと笑う。
ものすごくにっこりと笑う。
怖い。
顔は笑っているはずなのに、目は笑っていない。
「……あっ」
「やば!?」
後ろからアイシャとリコリス、スノウが現れるのだけど……
ソフィアを見るなり反転して、ダダダッ! と逃げてしまう。
娘に怯えられているけど、いいの?
なんてツッコミを入れる雰囲気じゃない。
「フェイト、なにをしているのですか?」
「な、なにも!? 少し話をしていただけで、やましいことはしていないよ!」
「うんうん、幼馴染の話をしていただけだよねー」
「フェイトの幼馴染は、この私なのですが!」
「えー、でも、私もフェイトの幼馴染なんだけどー」
バチバチと、二人の間で火花が散ったような気がした。
「フェイトは、私と一緒にお話をして楽しかったよねー?」
「っ!?」
ミントが左腕に抱きついてきた。
ぎゅうっと、体を押し付けるようにして……
そんなことをしているせいか、柔らかい感触が……
「私と一緒の方がいいですよね!?」
「っ!?」
反対側にソフィアが抱きついてきた。
やはり、ぎゅうっとしていて……
柔らかくてふくよかな感触が……
「フェイトー」
「フェイト!」
「えっ、いや、その……」
僕はどうすれば!?
というか、普通に話をしていただけなのに、どうしてこんなことに!?
いや、うん。
わかってはいるんだ。
ソフィアは嫉妬してくれていて、ミントは、それを見てからかっているだけ、っていうことは。
でもでも、こんな修羅場っていう状況は初めてで……
混乱して、どうしていいかわからない。
思考がぐるぐるになって、うまい言葉が出てこない。
「おい、フェイト」
進退窮まったところに現れた救世主は、父さんだった。
ソフィアとミントに挟まれた僕を見て、呆れるようなため息。
それから、こちらにやってきて……
「なに遊んでやがる」
「あいた!?」
げんこつをくらってしまう。
「これからについて話をしたい。遊んでないで工房に来い」
「ぼ、僕は遊んでいるわけじゃ……」
「いいな、早くしろよ」
言うだけ言って、父さんは部屋を後にしてしまう。
残された僕達は……
「えっと……そういうわけだから」
「……命拾いしましたね」
「……なんのことかなー」
二人は離れてくれるものの、未だに笑顔で睨み合っていた。
勘弁して。
――――――――――
工房に移動すると、リコリスの姿があった。
その隣に父さんがいて、僕達がとってきたミスリルを見ている。
「……」
その表情は真剣そのもの。
『職人』としての父さんの顔を久しぶりに見て、なんだか、とても懐かしくうれしいと思った。
「おう、来たか」
「さきほどは失礼しました」
一緒に来たソフィアが軽く頭を下げた。
ちなみに、ミントは自分の家に帰った。
もう遅い時間だから、と言っていたのだけど……
一通りソフィアをからかい、満足したのだろう。
のんびりしてて、ふわふわしてて……
そんな女の子に見えるのだけど、実は、ミントはいたずら好きなのだ。
「こいつについての話をするぞ」
父さんは、折れた雪水晶の剣を指先でコンコンと叩いた。
「修理できそう……?」
「できる、と言いたいが……ちと厄介なことになった」
「どういうこと?」
父さんなら修理はできる。
そのためにミスリルをとってきた。
それなのに、どうして……!?
「落ち着け」
「あいたっ!?」
反射的に熱くなってしまうと、再びげんこつをもらってしまう。
おかげで落ち着くことはできたものの、頭が痛い。
父さんは、息子の頭にぽんぽんとげんこつを気軽に落としすぎじゃないだろうか?
「できないって言ってるわけじゃない、早とちりするな」
「いたた……なら、厄介なことっていうのは?」
「この剣が思っていた以上に普通じゃなかった、ってことだ」
父さん曰く……
折れた刃をくっつけるだけなら、大した手間もなく、材料があれば簡単にできるらしい。
ただ、それだけでは雪水晶の剣が本来の力を取り戻すことはない。
色々と調べてみたところ、雪水晶の剣は、ただ単純に切れ味の鋭い剣というわけではないらしい。
想いを力に変えることができるとか。
だからなのか、と納得する。
レナの魔剣にヒビを入れることができたのは、そのおかげなのだろう。
さて。
そんな特殊な剣だから、特殊な方法でないと修復も難しいらしい。
素材を集めるだけじゃなくて、妖精の力が必要になるのだとか。
「あたし?」
みんなの視線がリコリスに向けられた。
「ああ。妖精の協力がないと、剣を修理することは不可能だ」
「へー、ほー」
リコリスはよくわからない声をこぼす。
感心しているような感じだ。
「おっちゃん、すごいわね。普通、そんなところはわからないのに」
「ま、俺も鍛冶やって長いからな。いろんな剣に触れてきたから、それなりの知識はあるつもりさ」
「それでも、妖精の剣についてなんて、普通、知らないわよ。ふふん、あたしが認めてあげるわ」
「おう、ありがとよ」
この二人、気が合うのだろうか?
「具体的にどうするのですか?」
ソフィアが肝心な部分について尋ねた。
「剣を打ち直しつつ、魔力を注いでもらうんだよ。その魔力ってのが、妖精でないとダメなのさ」
「なるほど……それ以外には?」
「いや、その他の細かい条件は特にない。妖精に魔力を注いでもらう、って点が重要なんだ」
父さんは苦い顔に。
「まあ……あんなことがあったからな。妖精に魔力を注いでもらうなんて、不可能って言ってもいい。だから、妖精が作った剣は世の中から消えていったのさ」
あんなこと、というのは『妖精狩り』のことだろう。
人間が妖精を狩り、そして、妖精は人前から姿を消した。
当たり前だ。
天敵となった人間の前に現れるわけがない。
それを考えると、リコリスとの出会い。
そして今の状況は奇跡と言えるような気がした。
「ってなわけで……ちっこい嬢ちゃん、力を貸してくれねえか?」
「ま、仕方ないわねー。このあたしの力が必要ってことになると? あたししか頼れないわけで? ふふんっ、仕方ないわねー」
リコリスはものすごいドヤ顔だった。
自分にしかできない、というところがツボに刺さったらしい。
でも、それくらいにしておいて。
ソフィアがイラッとした顔になっているよ?
「それじゃあ、すぐにでも修理する? しましょうか?」
「いや、今は難しいな。もう夜だからな」
「なによ。少しくらい夜ふかししてもいいじゃない」
雪水晶の剣はノノカの形見と言ってもいい。
リコリスとしては早く修理したいのだろう。
「今からだと徹夜になるからな。さすがに、この歳で徹夜はきつい」
「は?」
「たぶん、半日作業になるからな」
「……半日?」
リコリスが、そんなこと聞いてない! という感じで顔をひきつらせた。
「もしかして……半日の間、あたし、魔力を注がないといけないわけ?」
「いや、それはない」
「そ、そうよね……」
「四分の三の9時間ってところだな」
「あんま変わらないわよ!!!」
ダーンッ、とリコリスは近くの机を叩いた。
そのまま、抗議をするかのようにバシバシと叩き続ける。
「9時間も魔力を放出できるわけないでしょ!? 干からびちゃうわよ! 乾燥リコリスちゃんになっちゃうわよ!」
「なんだ、それくらいできないのか」
「挑発するように言っても無駄よ! できるわけないじゃん!?」
「気合だ」
「そんな根性論、今どき流行らないわよ!」
「がんばれ」
「適当な応援!?」
やっぱりこの二人、仲が良いのかもしれない。
でも、困ったな。
あのリコリスがはっきりとできないと言うっていうことは、本当に無理っていうことだ。
そうなると、雪水晶の剣は修理できないわけで……
「ど、どうしよう……?」
「……」
思わぬ落とし穴に、みんな、言葉を失い悩んでしまう。
リコリスに無理をさせるわけにはいかないし……
他の方法が簡単に見つけるかどうかわからなくて……
「……おとーさん」
八方塞がり? と思った時、いつの間に顔を出していたのか、アイシャがいた。
「あれ、アイシャ? まだ起きていたの?」
工房にいなかったので寝ていたと思ったのだけど、違ったみたいだ。
「どうしたんですか、アイシャちゃん。もう寝る時間ですが……ひょっとして、うるさくしてしまいましたか?」
「ううん、そんなことないよ」
「では、どうして……」
「気になって、そこで話を聞いていたの」
アイシャは扉の外を指差した。
すぐそこにいたみたいだけど、ぜんぜん気づかなかった。
それだけ話に集中していたのだろう。
「わたし、お手伝いできないかな?」
「え?」
「私は魔力がすごいいっぱい、って」
「あ」
そういえば、そうだった。
スノウレイクまで旅をして、ミスリルを手に入れて……
色々とあったせいで忘れていたけど、アイシャの魔力量はとんでもないんだった。
落ち着いたら、また魔法の練習をと思っていたんだけど……
これはアリかな?
「どういうことなんだ?」
事情を知らない父さんは不思議そうに尋ねてくる。
「えっと……」
そんな父さんに、アイシャがすごい魔力を持っていることを教えた。
「なるほど」
「アイシャの魔力をリコリスに渡して、それでリコリスが魔力を供給する。それなら、うまくいくんじゃないかと思ったんだけど、どうかな?」
「いけるんじゃないかしら?」
しばらく考えた後、リコリスはそんな結論を出した。
「あたしだけだと三時間が限界ってところだけど、アイシャが協力してくれるなら百人力ね。たぶん、十二時間までいけるわ。九時間必要っていうのなら、余裕で間に合うわね」
「それなら……」
「ただ、その間、アイシャも魔力を渡し続けないといけないの。それ、けっこう大変なことよ?」
そう言われると迷ってしまう。
すごい魔力を持っていると言われても、アイシャはまだ子供だ。
無理なんて絶対にさせられない。
「なんとかならないのかな? えっと……父さん、途中で休憩を挟むとかは?」
「難しいな……そういう中途半端なことをしたら、それだけ完成度が落ちる。失敗する確率が上がるから、やらねえ方がいいな」
「そっか……」
そうなると、どうすればいいんだろう?
アイシャに無理はさせられない。
しかし、無理をしてもらわないと、雪水晶の剣を修理することはできない。
ジレンマだ。
「大丈夫」
僕達の話を聞いて、アイシャは小さな両手をぎゅっと握り、強く言う。
「わたし、がんばる」
「でも……」
「おとーさんとおかーさんと……リコリスのためにがんばりたいの」
「……アイシャ……」
「それで……おとーさんとおかーさんにぎゅっとしてもらえれば、もっともっとがんばれると思うの。いい?」
「うん、もちろん」
「当たり前です」
僕とソフィアは即答した。
娘ががんばりたいと言う。
そのために傍にいてほしいと言う。
断る理由なんて欠片もない。
「えへへ……わたし、がんばるね」
こうして、今後の方針が決定したのだけど……
僕とソフィアはアイシャのかわいさに夢中になっていて、あまり話を聞いておらず、リコリスに呆れられてしまうのだった。
――――――――――
父さんが雪水晶の剣を修理して、それに必要な魔力はリコリスとアイシャが用意する。
ただ、絶対に失敗が許されない作業だ。
父さんは問題ない。
リコリスも……たぶん、問題はないと思う。
気になるところはアイシャだ。
すごい魔力を持っているといっても、まだ子供。
長時間の作業となると集中力が途切れてしまうだろうし、途中で疲れてダウンしてしまうかもしれない。
そうならないように全力でサポートするけど……
サポートだけじゃなくて、成功率を上げるために、事前にトレーニングをすることになった。
そのトレーニングというのは……
「おとーさん、似合う?」
朝。
家の外に出たアイシャは、くるっと回転してみせた。
頭に撒いているはちまきがひらりと揺れた。
上は白のシャツ。
下は下着に似た黒の短いパンツ。
そこから、ふさふさの尻尾が飛び出している。
ブルマっていう、東の国の伝統の衣装らしい。
なんでも、運動をする時は、女の子はこれを着るのだとか。
ちょっと露出が多い気がするんだけど……
でも、これが正式な衣装らしい。
東の国は変わっている。
「……フェイト」
「あ、ソフィアも準備……でき、たん……だね……」
遅れてやってきたソフィアは、顔が真っ赤だった。
風邪とか、そういうわけじゃない。
単純に恥ずかしいのだろう。
……ブルマ姿なので。
「……」
「……」
「あの……なにか言ってほしいです」
「に、似合っている……よ?」
「……フェイトのえっち」
「えぇ!?」
今の、どう言えば正解だったのだろう……?
「ほら、そこ。イチャイチャラブラブしてないで、さっさと準備運動をしなさい!」
監督としてリコリスが同行していた。
そんなリコリスのサポート下の元、アイシャの体力を増やすための訓練を行う。
一人では心配なので僕達も一緒に訓練をするのだけど……
ソフィアまで着替える必要はあったのかな?
いや、まあ。
眼福と言えば否定できないので、うれしいのだけど……
「……フェイト」
「な、なに?」
「目がえっちです」
「ごめんなさい……」
心が見透かされているみたいで、とても居心地が悪い。
でも、ごめん。
一応、僕も男だから……
「よーし、それじゃあ、アイシャの特訓を始めるわ!」
そうリコリスは、いつも通りの姿だ。
リコリスは特訓しないの? と聞いてみたところ……
「は? なんで、あたしがそんなことしないといけないの? っていうか、あたしか弱いから特訓とか無理だから。この体はガラスのように繊細なのよ」
という答えが返ってきた。
体はガラスでも、心は鋼鉄だと思った。
「まずはランニングよ。街をぐるっと回るように走るの」
「がんばるね」
「体力をつけるためのものだから、全力で走ったらダメよ? いかに長く、それでいてそれなりの速度を出すことができるか。それを意識して走るの」
「おー……?」
「わからない? えっと……まあ、長く走り続けることを考えて」
「うん」
しっかりとアドバイスをしているところを見ると、リコリスが監督をすることは、わりと適任なのかもしれない。
でも、体力トレーニングの知識なんてどこで得たのだろう?
謎が多い妖精だった。
「じゃあ、いくわよー。あたしについてきなさい」
リコリスがふわりと飛ぶ。
それをアイシャが追いかけて、その後ろを僕とソフィアが続いた。
「はっ……ふっ……はっ……」
わりとハイペースでアイシャが走る。
ただ、無理をしている様子はない。
体のバランスは崩れていないし、走り始めて十分くらいが経ったけど、ペースは一定を保ったままだ。
「アイシャちゃん、すごいですね。あんなに走れるなんて、正直、思っていませんでした」
「うん、僕も。獣人だから、子供でも体力があるのかもしれないね」
……その後も、アイシャはペースを落とすことなく走り続けた。
一時間も走り、僕達だけじゃなくてリコリスも驚かせていた。
「ふう……はあ……ふう……」
「おつかれさま、アイシャ」
近くの露店で買った、冷たいジュースをアイシャに渡す。
「ありがと、おとーさん。んー」
ジュースを飲んで、アイシャはにっこり笑顔に。
運動をした後だから、いつもよりおいしく感じるのだろう。
尻尾がぶんぶんと、勢いよく横に振られていた。
「アイシャって、めっちゃすごいわねー」
「どうしたの、リコリス?」
「だって、あたしの特訓に全部ついてきたのよ? あれ、本来は大人用のトレーニングメニューなのに」
「え、そうなの?」
「そんなものをアイシャちゃんにやらせて、なにかあったらどうするつもりだったのですか?」
「ま、まった。無茶したわけじゃないから、睨まないで。頭を摘まないで。ちゃんと、あたしなりの考えがあったんだって」
リコリス曰く……
まずは、アイシャの現在の限界を知りたい。
そのために、あえて厳しいメニューを課して、限界を図ろうとしたらしい。
限界が近いと判断した時はすぐに中止する予定だった、とのこと。
「それなのに、わりとあっさりとあたしの予想を超えてくるんだもの。すごいわね」
「そうでしょう、そうでしょう。アイシャちゃんはすごい子なのですよ」
ソフィアはとても誇らしげだった。
「でも、これなら、いくらか体を動かすだけで問題なさそうね。身体能力は元々あるっぽいから、あとは、運動とかをして体力を消費させることに慣れさせること」
「慣れておかないといけないの?」
「水泳と同じよ。準備運動なしで水に入ったら、たまにとんでもないことになるでしょ? それと同じで、体力を激しく消耗しそうな時は、事前に似たようなことをしておくことで、体に対する負担を軽減できるの」
「なるほど」
本当に物知りだなあ。
よく感心させられてしまう。
「というわけで、これからしばらくは激しめのトレーニングにするわよ!」
「がんばる、おー!」
アイシャはやる気たっぷりだった。
たぶん……
剣を修理するために自分の力が必要と言われて、とてもやる気になっているのだろう。
それは僕のためじゃなくて、リコリスのため。
友達の形見を元に戻してあげたいと、だからがんばりたいと、そう思っているのだろう。
「アイシャちゃんは、とても優しい子ですね。母親として誇らしいです」
「うん、僕も誇らしいよ」
僕とソフィアは、にっこりと笑うのだった。
あれから一週間が経った。
たくさん体を動かして、しっかりと休憩をして、再び体を動かす。
その繰り返し。
身体能力の高いアイシャでも、最初はとても疲れた様子だったけど……
トレーニングを繰り返すうちに慣れてきたのか、最近はわりと余裕を見せていた。
激しい運動に体が慣れてきた証拠だろう。
この様子なら、あと数日もすれば剣の修理を始められるかもしれない。
そんな期待を抱きつつ、今日もトレーニングに励んだ。
――――――――――
「すみません。この前依頼を出した、フェイトっていいますけど……」
「はい、フェイト・スティア―トさんですね? 依頼の方、完了しています。こちら、特注の研磨剤と錬精水。それと、黒鉄鉱です」
「ありがとうございます」
依頼料を払い、頼んでいた物を受け取る。
どれも剣の修理に必要な材料だ。
いくらか入手難易度が高い素材があったため、ギルドに依頼を出しておいたのだ。
安くない依頼料だけど、雪水晶の剣を修理するためなら惜しくない。
「あれ?」
家に帰ろうとしたところで、ホルンさんの姿を見つけた。
そういえば、剣の修理に夢中になるあまり、あれから話をしていない。
「こんにちは」
「おぉ、フェイトか。久しぶりじゃな」
「すみません。剣の修理の準備で、色々と忙しくて……」
「なに、謝る必要はないぞ。雪水晶の剣が元通りになることは、儂も願うところ。むしろ、手伝えなくてすまんな」
「いえ、そんな! ホルンさんが謝ることじゃ……」
「……儂には、どうしてもやらなくてはいけないことがあってな」
そう言うホルンさんは、とても険しい表情をしていた。
普段の穏やかな雰囲気はどこへやら。
抜き身の刃のように鋭く、触れることをためらわせる。
でも、同時に思いつめているような感じもして……
放っておいたらいけない。
そんなことを強く思い、不躾なことだと自覚しつつも口を開く。
「その、やらないといけないこと、っていうのは……聞いてもいいですか?」
「……面白い話ではないぞ?」
「それでも、お願いします」
「……」
「……」
視線と視線が真正面からぶつかる。
すごい圧で、ともすれば目を逸らしてしまいそうになる。
それでも我慢して……
「ふぅ」
やがて、ホルンさんは小さな吐息をこぼした。
それと同時にプレッシャーも消える。
「こう言ってはなんじゃが、フェイトは意外と気が強いのじゃな」
「そんなこと、初めて言われました……」
「まあ、そうでなければあの剣聖と一緒にいることなどできぬか……いいじゃろう。明るい話ではないが、質問に答えよう」
「ありがとうございます。それと、ごめんなさい」
話をしてくれるお礼と。
ズカズカと心に踏み込んだ謝罪をした。
ホルンさんは小さく笑い、軽く手を振る。
「よい。儂は気にしておらん。それよりも、儂の目的じゃが……」
「は、はい」
「……ノノカに託された依頼を果たすことじゃ」
「託された依頼……ですか」
「うむ。儂とノノカの最後の冒険はこの近くでな……そこで、ヤツに出会ったのじゃ」
当時を思い返しているらしく、ホルンさんはギリッと奥歯を噛む。
「……当時、儂とノノカはとある素材の採取という依頼を請けていた。遠出をしなければいけなかったが、それほど難しいものではなくて、問題なく終わると思っていたが……しかし、ヤツに……煉獄竜に出会ったのじゃ」
「なっ……!?」
思わぬ単語が飛び出してきたことに、僕は驚き、言葉を失ってしまう。
煉獄竜。
Sランクに指定されている魔物だ。
その能力は圧倒的の一言に尽きる。
相対した者はほとんど生き残っていないため、詳細な記憶はないのだけど……
噂によると、一匹で国を一つ、滅ぼすことが可能だとか。
その噂が決して誇張されたものではなくて、むしろ過小評価されているとか。
……そんな話を聞く。
「すみません。こんなこと聞くのはなんですけど、それは本当に煉獄竜なんですか……?」
「うむ、間違いない。儂も自分の目を疑ったが……あれは間違いなく煉獄竜じゃったな。力もその名にふさわしいものじゃった」
「そう、ですか……」
まさか、そんなとんでもない魔物に遭遇したなんて。
「ヤツのせいで依頼は失敗。そればかりではなくて、多くの森が焼けて、草花も炭になってしまった。そのことを、ノノカは大層悲しんでおったよ」
「……」
「そして、儂に頼んだ。いつか、あいつをやっつけて、とな」
「……」
その気持ちはよくわかる。
放っておけばい、そのままになんてしておけない。
ノノカはもういないのだけど……
だからこそ、彼女の最後の願いを叶えてあげたいと思うのだろう。
「……あれ?」
ふと、気がついた。
「今度こそ依頼を果たす、っていうことは……もしかして、この近くに煉獄竜が?」
「……うむ」
ホルンさんは重々しく頷くのだった。
とんでもない話だった。
天災と同レベルの魔物がスノウレイクの近くにいるなんて……
もしも街が襲われたら、とんでもない被害が出るだろう。
場合によっては壊滅してしまうかもしれない。
「って、あれ?」
続けて、気がついた。
「ホルンさんが煉獄竜と出会ったのって、だいぶ前のことなんですよね?」
「そうじゃな。かれこれ、数十年前になるじゃろうか」
「数十年前?」
少し疑問に思う。
それだけ昔からいて、スノウレイクに被害が出ないなんてこと、ありえるのだろうか?
そんな僕の疑問を察した様子で、ホルンさんが言う。
「ノノカのおかげじゃ」
「ノノカの?」
「一矢報いたというか……最後に、彼女が煉獄竜を封印してくれてな。ヤツは今、とあるダンジョンの奥で眠っている」
「そうだったんですね」
煉獄竜を封印してしまうなんて、すごい。
すごいなんて言葉一つで表現できないくらい、本当にすごい。
さすが、リコリスの友達というべきか。
ノノカも色々と規格外だったのだろう。
「儂は、友の願いを叶えるにスノウレイクにやってきたのじゃ。今までの依頼は、そのための準備という感じじゃな」
「そうだったんですね……って」
煉獄竜と戦うということは、その封印を解くわけで……
もしも討伐できなかったら、そのまま煉獄竜が解き放たれることになる。
その場合、スノウレイクが狙われる?
「大丈夫じゃよ」
僕の懸念を察したらしく、ホルンさんが柔らかい口調で言う。
「ヤツはとあるダンジョンの最深部に封印されておってな。眠らせたりするのではなくて、巨大な檻を作り、閉じ込めている感じじゃ。ヤツはその巨体故に抜け出すことはできないが、儂ら人間は自由に出入りが可能じゃ」
「なるほど」
それなら、もしも討伐に失敗しても煉獄竜が解放されることはない。
一安心して……
でも、いやいや違うだろう、と慌てる。
「む、無茶ですよ!」
「なにがじゃ?」
「あの煉獄竜と戦うなんて、絶対に無茶です! 返り討ちに遭うかも……」
「そうじゃな」
ホルンさんは全て理解している様子だった。
自分の剣では、煉獄竜に届かないこと。
そして、絶対的な死が待ち受けていること。
それでも、穏やかな様子は崩れない。
「なら、どうして……」
「男にはやらねばならん時がある」
「……あ……」
「フェイトも男なら、儂の気持ちがわかるじゃろう?」
「……」
なにも言い返せない。
つまらない意地なのかもしれない。
男なんて、と笑われるのかもしれない。
でも……
ホルンさんが言うように、男には、確かにやらねければいけない時があるんだ。
「それに……儂も、もうこの歳じゃ。冒険者を続けているものの、いつ体が自由に動かなくなるかわからぬ。なればこそ、今のうちに仇を取りたい。悔いのない人生を生きたいのじゃ」
「それは……」
そう言われると、もう反対できなかった。
ホルンさんにとって、それだけノノカは大事なパートナーだったんだろう。
その仇を討つ。
当たり前の考えで、それを止める権利なんて僕にはない。
「最後にノノカの友達に出会うことができてよかった。いい思い出になったよ」
ホルンさんは死ぬつもりだ。
煉獄竜に一人で立ち向かうなんて、無謀極まりないけど……
刺し違える覚悟で挑めば、あるいは。
だけど……
「……僕にも手伝わせてくれませんか?」
気がつけば、そんな言葉が飛び出していた。
ホルンさんは目を丸くして驚く。
「……気持ちだけありがたく受け取っておこう」
「ダメですか?」
「これは儂の戦いじゃ。無関係のフェイトを巻き込むわけにはいかん」
「無関係なんかじゃありません」
「む?」
「僕はリコリスの友達……というか、家族みたいなものだと思っています。そして、ノノカはリコリスの友達。関係あります」
「それは……」
「それに、封印がずっと続くわけじゃないですよね? もしかしたら、なにかの弾みで解けてしまうかもしれない。なら、煉獄竜の討伐は、スノウレイクにとってとても大事なことです。故郷を守るための戦いでもあります」
「むう……」
思いつくまま言葉を並べて、ホルンさんの退路を塞いでいく。
咄嗟に出てきた言葉だけど、わりと説得力があったみたいで、ホルンさんは苦い表情に。
「それに……」
「それに?」
「僕は逃げたくありません」
ここで、ホルンさんに全部任せて、なにもなかったことになんかできない。
そんなことは絶対にダメだ。
男として、一人の人間として。
剣を取り、戦わないといけない場面だって、断言できる。
「……ふぅ」
ややあって、ホルンさんは小さな吐息をこぼした。
そして、手をこちらに差し出してくる。
「よろしく頼む」
「あ……はいっ!」
僕は、しっかりとホルンさんの手を握り返した。
「……と、いうことになったんだけど……」
宿へ戻り、ソフィアに事情を説明した。
「……」
「……」
ソフィアはジト目だった。
リコリスもジト目だった。
「?」
アイシャはよくわかっていないらしく、小首をコテンと傾げている。
そんなアイシャの足元で、スノウが楽しそうにじゃれついていた。
「……フェイト」
「は、はい!?」
ソフィアが妙に怖い。
ついつい背筋をピンと正してしまう。
ソフィアは変わらずに僕へジト目を送り……
ややあって、はぁとため息をこぼす。
「そういう大事なことは一人で決めないで、私達に相談してほしかったのですが……まあ、仕方ないですね。そういう話を聞いて、すぐに動いてしまうくらい、フェイトは優しいのですから」
「えっと……?」
「ま、次からはちゃんと考えなさいよ」
よかった。
二人は怒っていたわけじゃなくて、呆れていただけらしい。
……あれ?
それはそれでダメなのかも?
「話は理解しました。煉獄竜なんてものがいるのなら、放っておくわけにはいきません。フェイトが言っていたように、なにかしらの弾みで封印が解けたら、とんでもないことになりますからね。今のうちに倒しておくべきです」
「それに、そいつがノノカの冒険を台無しにしてくれたんでしょ? なら、野放しになんてしておけないわね。ふざけたことをしてくれた礼、たっぷりしないと」
リコリスの目は怒りに燃えていた。
親友の仇を取ることができる。
その想いが一気に膨れ上がっている様子だった。
「よかった」
一人で決めてしまったことはよくないことだった。
でも、二人は協力を約束してくれた。
うん。
改めて二人に感謝を。
「でもさー」
いつもの調子に戻り、リコリスが言う。
「フェイトはどうやって戦うの? 今、剣がないじゃん」
「……あ」
しまった。
雪水晶の剣は、まだ修理前だった。
「出発は決まっているのですか?」
「ホルンさんは明後日、って言っていたけど……」
絶対に間に合わない。
「そうなると、日をずらしてもらうか、代わりの剣を用意するしかありませんね」
「日をずらすのは難しいかも……」
煉獄竜は月の満ち欠けで力が変わると言われている。
新月になると力を失い、満月になると100パーセントの力を発揮することができる。
そして、明後日が新月だ。
その日を逃しても、一ヶ月待てば再び新月はやってくるけど……
死も覚悟したホルンさんに、僕の都合で一ヶ月も待ってくれなんて、とてもじゃないけど言えない。
「仕方ありませんね。私の予備の剣を貸して……」
「いいや、それには及ばねえ!」
「父さん!?」
いつからいたのか、父さんが部屋に入ってきた。
「友のために命を賭ける……くううう、泣かせる話じゃねえか!」
「話を聞いていたの?」
「悪いな。そんなつもりはなかったんだが、話が聞こえてきて、つい」
父さん……僕らだからいいものの、他の人にそれをやらないでね?
デリカシーが皆無で、下手したら訴えられるからね?
「そういうことなら、明後日までに剣の修理をしてやるよ」
「え? できるの?」
「ああ、問題はねえさ。今夜、準備をして、明日作業をする。そして、明後日の朝に仕上げをする。問題はねえ!」
父さんは嘘を吐かない。
そんな父さんが言うのなら、本当に可能なんだろうけど……
「リコリスとアイシャは平気なの?」
問題は、父さん一人で全ての作業ができるわけじゃない、というところだ。
リコリスとアイシャの協力が必須だけど、二人は……?
「ノノカの仇討ちのためなら、あたしだって、できることはなんでもやるわ」
「わたし……がんばる」
二人はやる気たっぷりだった。
「フェイト」
「なに、父さん?」
「ただ修理するだけじゃなくて、前以上の最高の剣にしてやる。だから、お前はお前にしかできないことをやれ」
「……うん!」
父さんの息子でよかった。
この時、僕は心底そう思った。
「あーうー?」
「はーい、よしよし」
「きゃっきゃっ」
スティアート家のリビングで、ソフィアは末っ子のルーテシアを抱いていた。
慣れたもので、しっかりとルーテシアを抱いている。
心地いいらしく、ルーテシアは笑顔で、小さな手をソフィアに伸ばしていた。
「あらあら。ルーテシアちゃんは、ソフィアさんのことを好きになったみたいね」
「ふふ、そうだとうれしいです」
リビングにいるのはソフィアとアミラとルーテシアの三人だけだ。
他のメンバーは、剣の修理の準備を進めている。
ソフィアも手伝ってもよかったのだけど……
それよりも、幼い子を抱えつつ、一人で家事をするアミラのことが気になり、ルーテシアの面倒を見ることにしたのだった。
食器を洗い終えたアミラは手を拭きつつ、ソフィアの隣へ。
「ありがとう、ソフィアさんのおかげで助かったわ」
「お役に立てたのならなによりです」
にっこりと笑うソフィア。
ただ、その笑顔の下は、実は緊張でいっぱいだった。
スノウレイクにやってきて、しばらくの時間が経っているが……
フェイトを抜きにしてエッジやアミラと話をしたことはない。
いつもフェイトが一緒にいた。
だから特に緊張することもなく、自然体で接することができた。
しかし、今は二人だけ。
失礼をしてしまわないか?
嫌われてしまわないだろうか?
ソフィアの心境は、息子さんを婿にください! と挨拶をする者のそれで……
とてもとても緊張していた。
「あうー」
そんなソフィアの心をほぐすかのように、ルーテシアが触れてきた。
小さい指はとても温かく、自然と笑顔になる。
「ふふ、かわいいですね」
「ソフィアさんは、赤ちゃんの予定は?」
「え」
「フェイトと子供を作らないのかしら?」
「……えぇ!?」
ぼんっ、とソフィアの顔が耳まで赤くなる。
それから、大きな声を出してしまったことで、はっとした顔になり、慌ててルーテシアを見る。
ルーテシアは特に驚いてなくて、機嫌良さそうに笑っていた。
「ほ……」
「どうしたの、そんなに驚いて」
「お、驚きます。突然、そのようなことを言われるなんて」
「あら。でも、二人は付き合っているのでしょう?」
「……はい」
「結婚する予定なのでしょう?」
「……は、はい」
「なら、問題ないじゃない」
そういうものだろうか?
剣を極めたソフィアではあるが、こと恋愛に関してはド素人だ。
アミラの言うことが本当に正しいかどうかわからず、なんともいえない表情をしてしまう。
「子供を作るにはえっちをしないといけないけど、別にそれは恥ずかしがることじゃないのよ?」
「そ、そういうものですか……?」
「そういうもの。大事な人との子供を作るっていう、とても大事なことだし……そういうのを抜きにしても、好きな人の温もりをものすごく感じることができるの。それ、とても大事なことだと思わない?」
「そう……ですね」
ソフィアは、自分がフェイトとそういうことをしているところを想像した。
再び顔が赤くなった。
理屈ではわかっていても、まだまだ感情が追いつかない。
そんなソフィアを見たアミラは、孫の顔を見るのはまだ先みたい、と密かに思うのだった。
「それはそうと……ソフィアさん、ありがとう」
「え?」
突然のお礼の言葉に、ソフィアはキョトンとした。
「えっと……なんのことですか?」
「ソフィアさんがフェイトを助けてくれたのよね?」
「……知っていたんですか?」
「ううん、詳細はなにも知らないわ。ただ、フェイトが大変なことになっているのは、なんとなく想像できたから。定期的に届く手紙が届かなくなって、風の噂であの冒険者達がひどい人って知って……でも、私達はなにもできなかった。助けたいと思っても、そうするだけの力がなかった」
そう語るアミラはとても悔しそうだ。
一人の母として、子を守れないことを心底後悔しているのだろう。
「でも、ある日、手紙がまた届くようになったの。そこには、ソフィアさんのことが書かれていて……うん。手紙を見るだけでわかったわ。あの子はソフィアさんに助けられて、そして、充実した日々を送っているんだ、って」
アミラはそっと頭を下げる。
「だから、ありがとうございました」
「そ、そんなっ」
ソフィアが慌てる。
「私は、そんな大したことはしていません。フェイトを助けたというか、そんなことはなくて……フェイトは自分であの状況をなんとかしたのです。私は、少し背中を支えたくらいですから」
「それでも、ソフィアさんがいなかったら、どうなっていたかわからないわ。だから、やっぱりお礼を言わせてちょうだい」
「えっと……」
どうしよう? という感じで、ソフィアは視線をさまよわせて……
ややあって、アミラを見た。
その顔は凛々しく、そして、優しくもある。
「どういたしまして」
それだけで終わらなくて、
「それと、ありがとうございます」
「ソフィアさん?」
「私も、フェイトに何度も助けられてきて……だから、ありがとうございます。アミラさんに言うのはおかしいかもしれませんが、でも、今はそうしたい気分で……ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして」
ソフィアとアミラは互いに笑う。
そんな二人の優しい雰囲気にあてられたのか、ルーテシアはすぅすぅと穏やかな寝息を立て始めた。
「よし」
一階の工房に父さんの姿があった。
仕事着に着替えて、気合を入れるはちまきを頭に巻いている。
その後ろにリコリスとアイシャが。
二人の姿はいつも通りだけど、表情が違う。
まっすぐに前を向いていて、絶対に剣を修理するという、強い決意が感じられた。
「それじゃあ作業を始めるぞ。俺が剣を打つから、妖精の嬢ちゃんは、指示したタイミングで魔力を注ぎ込んでくれ」
「任せなさい!」
「アイシャちゃんは、妖精の嬢ちゃんの魔力がなくなってきたら補給してくれ」
「がんばる」
三人はやる気たっぷりだ。
でも、気合が入りすぎているということはなくて……
ほどよい感じに緊張して、ほどよい感じに息を抜いている。
うん。
これなら、きっとうまくいくだろう。
僕は雪水晶の剣の復活を確信するのだけど……
事態は思わぬ方向に転がっていく。
――――――――――
「……時間がない?」
剣の修理が始まって数時間したところで、ホルンさんが尋ねてきた。
僕とソフィアで対応をして……
そして、煉獄竜の目覚めが近いと告げられた。
「封印の状態を観測する魔道具を置いていたのじゃが……それによると、封印はあと半日で解けてしまうじゃろう」
「そんな……!?」
「どういうことですか? 封印は頑強なもので、まだまだ問題はないという話だったと思いますが」
「そう、問題はなかったはずなのじゃが……しかし、何度も確認したから間違いない。このままだと、半日ほどで封印が解けてしまうじゃろう」
いったい、どうしてそんなことに……?
なにが起きているのか。
色々と考えてみて……
「「……もしかして」」
ソフィアとピタリと声が重なる。
本来ならありえないことを引き起こしてしまう。
そんなことができる連中に心当たりがある。
「『黎明の同盟』……かな?」
「可能性はあると思います。また、あの泥棒猫でしょうか……?」
今回、彼らの影はなかったはずなのだけど……
でも、不思議とこの悪い予感は間違っていないと思えた。
またレナがなにかやらかしているのだろうか?
そう思えてならない。
「そういうわけじゃから、儂はすぐに出発しようと思う。お主らはどうする?」
「それは……」
雪水晶の剣の修理は終わっていない。
終わるのを待っていたら、先に煉獄竜が復活してしまうだろう。
それなら……
「僕も行きます」
「フェイト!? ですが、剣は……」
「ソフィア、代わりの剣を貸してくれないかな?」
「……わかりました。確かに、こうなった以上、のんびりと修理を待っているわけにはいきませんね」
できることなら、雪水晶の剣で戦いたい気持ちがあった。
人と妖精の絆の証。
その剣で戦えば、色々な想いを乗せることができるだろう、って。
でも、この状況で無理は言えない。
被害を出さないことが最優先で……
今は煉獄竜の討伐だけを考えよう。
「では、すぐに準備をしてくれ。儂は街の入口で待っておるぞ」
「わかりました」
ホルンさんを見送り……
それから、僕とソフィアは互いの顔を見る。
「やることはたくさん」
「すぐに済ませてしまいましょう」
互いに小さく笑みを浮かべるのだった。