「はぁっ!」

 恐怖を感じるような相手ではないけれど、この巨体は厄介だ。
 まずは様子を見るための一撃を叩き込む。

 ギィンッ!

 鉄の塊を叩いたかのように、剣が弾かれてしまう。

「コイツ……硬い!?」

 毛の一本一本が鋼でできているかのようだ。
 フェンリルの特徴とそっくりなのだけど……

「でも……うーん、違うよな」

 コイツがフェンリルだとしたら、Sランクの魔物。
 相当な恐怖を覚えるはずなのだけど……
 大したことはない。
 体が震えることはないし、いつも通りに過ごすことができる。
 故に、どうしてもSランクの魔物とは思えない。

「って、コイツの正体はどうでもいいや。今は、なんとかしないと!」

 コイツと戦っている時に、本命のフェンリルが現れたりしたら、かなり厄介なことになる。
 なるべく早く、コイツを倒さないと。

 大丈夫。
 コイツは怖くない。
 だから、僕なんかでも倒せるはずだ。
 これだけの巨体でもなんとかなるはずだ。

「ガァッ!!!」

 魔物が吠えて、丸太のような前足を叩きつけてきた。
 剣を盾のようにして受け止める。

「ガッ!?」

 受け止められるとは思っていなかったらしく、魔物が動揺したような声をこぼす。

 視界を全て塞ぐような攻撃は圧巻なのだけど、でも、力が足りていない。
 多少の重さは感じたものの、しっかりと耐えることができる。

 うん。
 やっぱりこの魔物、見掛け倒しだ。
 やはり、見た目で相手を威圧して怯んだところを一気にやる……というような、特殊な生態を持つ魔物なのだろう。

 元奴隷の僕ではあるけれど、中身のないヤツに負けるほど、落ちぶれてはいないつもりだ。

「グルァッ、ガァアアア!!!」
「とはいえ、どうしたものか……」
「ガッ、ガァ……!?」

 魔物は前足を乱打するものの、僕は全て受け止めて、耐えてみせた。
 思わずという感じで動揺する魔物。
 一方の僕は、ガードの体勢のまま考える。

 この魔物、やたらと硬い。
 生存本能に特化して、そのように進化したのかもしれない。

 ソフィアに教わった剣技なら、断ち切れるかもしれないのだけど……
 今の僕では、きちんと集中しないとダメなので、時間がかかる。
 その間に魔物が攻撃をして、邪魔をされて……たぶん、うまく発動できないだろう。

「ガアアアアアッ!」
「おっと」

 魔物がさらに力を入れてきた。
 まだ耐えられるけど、いい加減、重い。

「考え事をしているんだから、どいてくれるかな?」
「グアッ!?」

 魔物の前足を押し返して、そのまま、さらに吹き飛ばす。
 巨体が人形のように転がり、木々を薙ぎ倒しつつ、地面に転がる。

「グ、グァ……?」

 なにが起きた?
 というような感じで、魔物が目を白黒させていた。

 吹き飛ばされたことが信じられないみたいだけど……
 キミ、軽いよ?
 ソフィアと一度だけ模擬戦をしたことがあるけれど、その経験を考えると、彼女の方が圧倒的に重い。
 それに比べて、この魔物は、身も心も魂もなにもかもが軽い。

 あ、いや。
 今の言い方だと、ソフィアの体重が重いと勘違いされそうだ。
 ものすごく怒りそう。
 心に秘めておくことにして、絶対に口にしないようにしないと。

「というか……チャンス!」
「グア!?」

 魔物は尻もちをつくような形で、腹部をさらけ出していた。
 この機会、逃す手はない。

 突撃。

 剣を腰だめに構えて、槍のように突き出す。

「グギャアアアアアッ!?」

 刃が魔物の腹部に突き刺さる。
 どうやら、腹部は柔らかいらしい。

「なら!」

 突き刺したまま剣を横に薙いで、さらに縦に叩き落とす。
 さらなる傷をつけられて、まものがのたうち回る。

「おっと」

 暴れ回る魔物に巻き込まれないように、一度、後ろへ引いた。
 魔物は痛みに悶えていて、こちらのことをまるで気にしていない。
 気にする余裕がない。

 これならば。

「神王竜剣術・壱之太刀……」
「ガァアアアッ!!!」

 こちらが攻撃をしようとしていることを察して、魔物が我に返り、怪我を気にせず突撃してきた。
 凶悪な牙で噛みつこうとするが、それよりも僕の方が速い。

 スゥ……と息を吸い、意識を集中。
 剣と体と心を一つにして、唯一、僕が使える技を放つ。

「破山!!!」

 剣を上から下に叩き下ろす。
 刃の鋭さで斬るのではなくて、圧力で強引に断ち切る。

 そんな方法で、魔物の頭部を両断した。

「ふぅ」

 無事に討伐完了。

 でも、これで安心してはいけない。
 本命のフェンリルは、まだどこかにいるはずなのだから。
 砦に向かう前に、すぐに探しに行かないと。

「フェイト!!!」

 聞き慣れた声。
 振り返ると、慌てた様子のソフィアが。

「フェイト、大丈夫ですか!? フェンリルがもう一匹いると聞いて、それをフェイトが足止めするために……って、その魔物……死体? 死んでいるのですか? これは、あなたが……?」
「うん、そうだよ。フェンリルを探している最中に、偶然、出会ったんだ。コイツも砦に向かったら厄介だと思って、倒しておいたよ。これくらいの魔物なら、僕でもなんとかなるからね。あ、それよりも、早くフェンリルを探しに行かないと」
「……そこで死んでいる魔物が、フェンリルの雄なのですが」
「え?」