『黒鉄』。
そう呼ばれている鍛冶屋が僕の実家だ。
一階が武具の売り場と工房になっていて、二階に生活スペースが並んでいる。
それと、それなりに広い庭がセットに。
冬、父さんと母さんと一緒に雪だるまをたくさん作った思い出がある。
そんな思い出が詰まった家が……
「あれぇ!?」
思い切り変わっていた。
二階建てから三階建てへ。
さらに、家の敷地面積も倍くらいに。
「え? え? ……なにこれ?」
「我が家だぞ」
「我が家といわれても……リフォームをしたの?」
「ああ。ちと、必要に迫られてな」
「?」
どんな理由があったのだろう?
以前の家は決して広くないものの、父さんと母さんだけなら問題のないスペースが確保されていた。
築年数はそこそこ経っているけど、建て直しを必要とするほど古くはない。
それなのに、なぜ……?
「あらあら。懐かしい声が聞こえるかと思ったら……おかえりなさい、フェイトちゃん」
「あ、母さん!」
とても懐かしい声。
その優しい声を聞くだけで、ついつい涙が出そうになってしまう。
でも、それは我慢。
男として情けない。
代わりに笑顔を浮かべて振り返り……
「ただいま、母さうぇえええええ!?」
笑顔の挨拶は、途中で驚きの声に変わった。
アミラ・スティア―ト。
僕よりも背が低い。
おまけに童顔なので、父さんと並んで夫婦と言われると、ちょっと犯罪の匂いがしてしまう。
そんな母さんは、赤ちゃんを抱いていた。
首が座っているから、生後半年は経っているのだろう。
「え? え? え? えっと……その子は?」
「ルーテシアちゃんよ?」
いや、名前は聞いていないよ。
名前も大事だけど、今は、それよりも誰なのか、っていうことが気になるんだよ。
母さんは、相変わらずマイペースのようだ。
らしいところを見れて安心したのだけど、でも、やっぱり疑問の方が上だ。
「近所の子を預かっている、とか?」
「あらやだ。ダメよ、フェイトちゃん。自分の妹をそんな風に言うなんて」
「ご、ごめん。そんなつもりは……妹?」
「ええ、妹よ」
「その子が?」
「もちろん」
「……」
たっぷり、一分は思考が停止した。
そして……
「えええええぇーーーーー!!!?」
僕の驚きの声が街中に響き渡ったとかなんとか。
――――――――――
「おいおい、そんなに驚くことはないだろ?」
「驚くよ……」
あれから家の中に入り、改めて事情を説明してもらった。
僕がスノウレイクを出てしばらくは、父さんと母さんはいつも通りに暮らしていたらしい。
しかし、子供がいないことは寂しい。
なら、家族を増やしてしまえばいいのでは?
そんな極論に達したらしく……
まあ、色々とがんばったらしい。
結果、半年くらい前に妹……ルーテシアが生まれたらしい。
子供が生まれたことで、家の中が手狭に。
僕が帰ってきたら、とてもじゃないけれど部屋もスペースも足りない。
なので、思い切って改装したらしい。
「本当に思い切ったことをしたね」
「まあな。でも、こうしてフェイトが帰ってきた。しかも、べっぴんの嬢ちゃん達と一緒に」
父さんにべっぴんと言われ、ソフィアが照れていた。
「改装して正解だっただろう?」
「そうだけど……はぁ。相変わらず、父さんの行動力はすごいね」
思いついたことを、すぐに実行してしまうというか……
父さんは、ほぼほぼ考えないんだよね。
野生の勘のようなもので行動している。
それなのに、ほとんど失敗することがない。
色々な物事において成功を収めている。
そこは、素直にすごいと思う。
「ねえねえ、フェイトちゃん。色々とお話を聞かせてくれる?」
「どんな冒険をしてきたんだ?」
「あ……うん」
二人の笑顔は懐かしくて、温かくて……
今更だけど、ちょっと泣いてしまいそうになった。
その涙を我慢しつつ、僕は今までのことを話した。
奴隷にされていたことは心配をかけてしまうから伏せて……
ソフィアと出会ってからのことをメインに話をする。
その話は思いの外盛り上がり……
僕達は揃って夜ふかしをしてしまうのだった。
「……ん?」
ふと、目が覚めた。
目を開けると、見慣れない天井が。
見慣れないけど……
でも、どこか見覚えがある、懐かしい天井だ。
「……あ、そうか」
スノウレイクに帰ってきたんだっけ。
それで、そのまま家に泊まったんだ。
家は大きく改装されていたけど、でも、僕の部屋はそのままで……
懐かしい気分で、ぐっすりと眠ることができたんだ。
「んーっ!」
起き上がり、そのままぐぐっと背伸びをした。
寝起き特有の気だるい感じが吹き飛んでいく。
代わりに、朝のさわやかな空気を取り込み、頭をしゃっきりとさせた。
「帰ってきたんだよね……」
こうして家で一晩を過ごしたけど、まだ実感が湧いてこない。
夢を見ているようだ。
奴隷に落ちた頃は、こうして家に帰れるなんて思ってなくて……
何度も父さんと母さんの夢を見たものだ。
でも、ソフィアに助けてもらった。
その後も、リコリスやアイシャに助けてもらった。
そうして今、ここにいる。
「うん!」
人の縁というものは大事だ。
とても奇妙なもので、そして、時に温かい。
この手に得た絆を、これからも大事にしていきたいと、改めてそう思った。
ギィ。
そんなことを考えていると、扉がゆっくりと開いた。
改装したばかりらしいけど、立て付けが悪いところは変わっていないらしく、少し音がするんだよね。
姿を見せたのはアイシャだ。
犬耳をピクピクさせつつ、尻尾をふりふり。
そのまま僕のベッドの近くにやってきて……
「あ」
目が合う。
すると、なぜかしょんぼりした顔に。
「おはよう、アイシャ」
「おはよう、おとーさん」
「えっと……どうしたの? なんか、落ち込んでいるみたいに見えるけど」
「おとーさんを起こそうと思って……」
「ああ、なるほど」
でも、先に起きていた。
自分の仕事がなくなってしまい、残念に思っていたのだろう。
「えっと……ね、眠いからまた寝ようかなー」
大根役者だなあと苦笑しつつ、僕はベッドに横になった。
布団をかぶり、すかーすかーと寝息を立ててみせる。
「あっ」
薄目で見てみると、アイシャはうれしそうな顔に。
トテトテとこちらにやってきて、横になる僕の体を揺する。
「おとーさん、起きて。朝だよ、起きて」
「うーん」
「起きて、おとーさん」
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
ゆさささささ!
ぶんぶんぶんぶん!!!
「えっ、ちょ……」
「おきてー!」
僕を起こすため、アイシャは僕を揺する。
何度も揺する。
獣人の、ちょっと強い力で、それこそ全力で揺する。
「おとーさん!」
「うわわわっ……!?」
これはたまらないと、僕は慌てて起きた。
「お、おはよう、アイシャ」
「おとーさん、起きた?」
「う、うん。ありがとう、起こしてくれて」
「えへへー」
にっこりと笑うアイシャ。
かわいい。
「おじーちゃんとおばーちゃんが、ごはんを作ってくれているよ」
「え? ……あ、父さんと母さんのことか」
アイシャからしたら、おじいちゃんおばあちゃんになるんだよね。
そういうイメージがまったくなかったせいか、一瞬、誰のことか迷ってしまった。
「すぐに着替えていくよ、って伝えてくれる?」
「うん」
アイシャは尻尾をぱたぱたと振って、部屋を出ていった。
子供は元気だなあ。
僕はもう、朝からあんなふうにはしゃぐことはできない。
「……うーん、アイシャと一緒にいるから、精神的に老けたのかな?」
そんなことを思いつつ、軽いショックを受けて……
まあ、それはそれで幸せな老け方なのかも。
なんて自分を納得させて、着替えるのだった。
家族みんなでごはんを食べて……
食後の紅茶を飲みつつ、談笑をして……
それからスノウレイクにやってきた本題を果たすべく、父さんの仕事場へ。
以前と変わらず、家の一階が店舗と鍛冶場になっていた。
店舗は少し広くなっていたけれど、鍛冶場はなにも変わらない。
僕の記憶にある通りだ。
父さん曰く、全て考えられて配置されているから、少しでもものの場所が変わると感覚が狂ってしまうとのこと。
そんな父さんに、折れてしまった雪水晶の剣を見てもらった。
「うーん……」
剣を見つめることしばらく、父さんはなんともいえない声をこぼす。
「こいつはまた、綺麗に折れたな」
「どう? 直るかな?」
「おいおい、俺を誰だと思っている? 天才鍛冶職人エイジさまだぞ」
「それじゃあ……!」
「ただ、ちと難しいな」
がくりと肩を落とす。
持ち上げて落とすようなことを言わないでよ……
「ダメなの?」
一緒に様子を見ていたリコリスが、静かに尋ねた。
平静を装っているものの、やはり気になるのだろう。
「こいつは嬢ちゃんが作った剣かい?」
「ちょっと! 子供扱いしないでくれる? あたしは立派なレディーよ」
「おっと、すまないな。名前は?」
「リコリスよ!」
「そっか。じゃあ、改めてよろしくな、リコリス」
「ふふんっ、よろしくしてあげる。このリコリスちゃんと知り合いになれるなんて、なんて運の良い人間なのかしら。一生自慢できるわよ、ふふんっ」
ドヤ顔を連発するリコリス。
でも、父さんはまるで気にした様子がない。
親となると、そういった心の余裕ができるのかな?
見習いたいところだ。
「で、リコリス。こいつは、お前さんが作ったのか?」
「いいえ。あたしの友達が作ったものよ」
「そっか……ふーむ」
父さんは顎の髭を指先で撫でつつ、考え込んでしまう。
こうなると、しばらく戻ってこない。
「やはり難しいのでしょうか?」
「たぶん」
普通の剣は、折れたりしたらそこで終わりだ。
綺麗につなぎ合わせたとしても、折れた跡は必ず残り、強度に不安が出てしまう。
刃こぼれならなんとかなるが、折れた剣を修復することは、ほぼほぼ無理だ。
……という話を、小さい頃に父さんから聞いた覚えがある。
「可能性はなくはない」
長考の末、父さんはそんな答えを出した。
「えっ、本当に?」
「断定はできないけどな。あくまでも可能性の話だ」
「それでも、できるのならお願い!」
ぐいっと前に出て、詰め寄るようにして頭を下げた。
そんな僕を見て、父さんは苦笑する。
「おいおい、どうしたんだ? お前は、もっとおとなしいと思ってたが、いつの間にか男になってるじゃねえか」
「それは……だって、その剣はリコリスにとって、とても大事なものだから」
「……フェイト……」
「だから、直る可能性があるのなら、なんでもしたい。してみせるよ!」
強く、強く言う。
そうすることで、少しでもこちらの想いが伝わってほしいと願う。
「ホント、成長したな……」
父さんは優しい顔をして、ぽんぽんと僕の頭を撫でた。
成長したって言うのなら、頭を撫でるのはやめてほしいんだけど……
でも、まあ。
嫌な感じはしないし、むしろ、うれしいと思う。
「えっと……父さん、結局、どうなの?」
「ある素材があれば、おそらくだが、修理は可能だ」
「ある素材?」
「妖精が作った剣っていうのは、特殊でな。人が作るものと、かなり製法が異なるんだ。だから、刃が折れたとしても修理は可能だ。今まで以上に強くすることも可能だ」
「へえー」
なんで、そこでリコリスが感心するのだろう?
妖精の剣なのだから、妖精であるリコリスは知ってて当たり前だと思うんだけど……
まあ、リコリスのことだから、忘れたとか、そもそも学んでいないとか、そんなところなのだろう。
「おじさま、とある素材というのは?」
「ミスリル、っていう鉱石だ。知っているか?」
「聞きかじりの知識ですが……ただの金属ではなくて、魔力を帯びている、とても珍しい金属だと」
「正解だ。魔力を帯びているから、妖精の剣とも相性が良い。絶対とは言えないが、うまくやれば修理することができるだろう」
「なら、そのミスリルを手に入れてくればいいんだね!?」
「落ち着け。ミスリルは、とてもレアな鉱石だ。そこらで手に入るようなものじゃないぞ」
「そうなんだ……」
残念。
店で売っているのなら、どれだけ高額だとしても、なんとかして買ってみせたのに。
「諦めるのはまだ早いぜ」
まだ情報を隠していたらしく、父さんがニヤリといたずらっぽく笑う。
「少し離れたところにダンジョンがあってな。そこにミスリルが眠っている、っていう噂だ」
「本当に!?」
「誰かが入手した、っていう話は聞いてないから、噂が本当ならまだあるはずだぜ」
「よし!」
喜びのあまり、ついつい手を上げてしまう。
そんな僕を見て、ソフィアが微笑ましそうに笑う。
「ふふ、フェイトは、やっぱりフェイトですね」
「え? え? それは、どういう意味?」
「さて、どういう意味でしょう?」
ソフィアはとても機嫌よさそうに、にっこりとするのだった。
さっそく、ダンジョンの攻略を開始しようとしたのだけど、それはソフィアに止められた。
準備をしないといけない。
情報収集もしないといけない。
いきなり突撃するなんて無謀の極み……と。
そこで、二手に別れて行動することに。
僕とリコリスは、ダンジョン攻略のための準備を。
ソフィアとアイシャとスノウは、情報収集を。
「やーだー、フェイトと二人きりー? えー、困るー。リコリスちゃん、勘違いされたら困るー。ファンの人が泣いちゃうー」
「……」
「いや、冗談でしょ? そんな冷めた目で見ないでよ。あたし、ちょっと泣くわよ?」
だったら妙なことをしないでほしい。
ここは僕の故郷だから、幼い頃からの知り合いがたくさんいる。
それなのにリコリスのせいで、変な風評被害がついてしまうかもしれない。
勘弁してほしい。
「それで、なにを買うの?」
「ダンジョンはけっこう広いみたいだから、まずは食料と水。それと、休憩場所を確保するための結界と、ポーションも必須だよね。あとは……」
「おいおいおい!?」
必要なものを考えていると、それを遮るような大きな声が響いた。
振り返ると、僕と同じくらいの男性が店に立っている。
こちらを見て驚いている様子で、あたふたとしていた。
なんだろう?
どこか見覚えがあるような……
「お前、もしかしてフェイトか!?」
「そうですけど……」
「おいおい、なに他人行儀な感じ作ってるんだよ。ったく、俺の顔を忘れたのか?」
「……あっ」
思い出した。
「もしかして……」
「おう!」
「小さい頃、何度もおやつを勝手に食べて、毎日のように怒られていたタイズ!?」
「そんなピンポイントなところ、覚えてるんじゃねえよ!?」
久しぶりに再会した幼馴染は怒るのだけど、でも、僕は喜んでいた。
懐かしい。
奴隷に堕ちた時は、もう二度と会えないと思っていたから……
なおさら懐かしいと思う。
「え、なになに? 今、フェイトって言った?」
「あっ、本当だ! フェイトだ!」
「わー、すっごい懐かしいわね。おかえりなさい!」
どこからともなく、たくさんの懐かしい顔がやってきた。
ラン、レイド、フェリシア……その他、たくさん。
昔、一緒に遊んだ友達で……
近所のお兄さんお姉さん的な人もいて……
たくさんお世話になった、おじさんおばさんもいた。
みんな、とてもうれしそうにしている。
その笑顔は僕の記憶にあるものとまったく変わらなくて……
「……ただいま!」
ついつい、ちょっと泣いてしまう僕だった。
――――――――――
懐かしい再会を済ませて、それから買い物をしたのだけど……
「うぅー……ぐすっ、ひっく、よがっだわねえええ……」
リコリスがもらい泣きしていた。
僕以上に泣いているんだけど……
適当な性格に見えて、その実、けっこう涙もろいんだよね。
「ほら、もう泣き止んで」
「うぅ……」
「そんな顔をして戻ったら、ソフィア達に何事かと思われるよ?」
「それはわかっているけどぉ、でもでもぉ……」
苦笑してしまう。
でも、それだけじゃなくて温かい気持ちになる。
これだけ泣いてくれるっていうことは、僕の気持ちに寄り添ってくれている、っていう証なわけで……
うん。
素直にうれしい。
「あっ、フェイトだぁ」」
ふと、飛んできた声。
それはとても懐かしくて、ついつい、また涙が出てしまいそうになるほどで……
「……ミント?」
振り返ると、ふんわりとした笑顔を浮かべた女の子が。
背は低く童顔。
そのせいか、同い年のはずなのに二つ三つくらい下に見える。
でも、本当はとてもしっかりした子ということを僕は知っている。
ミント・フラウラウ。
ソフィアと同じ、もう一人の幼馴染だ。
「わー、わー。本当にフェイトだぁ、帰ってきたってみんなが話していたんだけど、本当だったんだねぇ」
「久しぶり、ミント」
「うん、久しぶりぃ」
相変わらずというか、ゆるっとふわっとした話し方をする子だ。
そこは今も変わらないらしく、ほんわりとしている。
「なにをしているのぉ?」
「ダンジョンに潜る予定だから、そのための準備をしているんだ」
「わぁー。ダンジョンっていうことは、フェイト、冒険者になれたんだねぇ。おめでとぉ」
「うん、ありがとう」
久しぶりの再会を喜んでいると、
「……ちょっと、フェイト」
そっと、リコリスが耳打ちしてきた。
「なに?」
「どういう関係か知らないけど、あまりそいつと話さない方がいいわよ。早く切り上げなさい」
「久しぶりに再会したのに、そんなことをするなんて……」
「あたしの命令よ! っていうか、そうしないと、あたしまでとばっちりを食う可能性が……」
「とばっちり?」
よくわからなくて首を傾げていると、
「……フェイト?」
「っ!?」
びくりと震えてしまう。
そっと振り返ると……
「確か、色々な買い物をお願いしたと思うのですが……そちらの方は誰でしょうか?」
にっこり笑顔のソフィアがいた。
怖い。
反射的にそんなことを思ってしまう。
ソフィアは笑顔なのだけど、でも、ぜんぜん目が笑っていない。
ゴゴゴゴゴ、という音がするような感じで、妙な迫力がある。
「わぁ、綺麗な人」
ソフィアの様子に気づいているのかいないのか、ミントは呑気な声をこぼす。
花が咲いたように、にっこりと笑う。
そして、ソフィアに手を差し出した。
「こんにちは。私、ミントっていいます。あなたは?」
「……ソフィア・アスカルトです」
ミントの無邪気な笑顔に毒気を抜かれた様子で、ソフィアは素直に答えた。
そんな彼女の台詞を聞いて、ミントは目を丸くして……
「わぁ!」
再び笑顔の花を咲かせた。
「あなたがソフィアさんなんですね! あ、名前で呼んでもいいですか?」
「え? あ、はい。いいですけど……」
「ありがとうございますー、よろしくですー」
「えっと……」
ミントの明るい笑顔に困惑した様子で、ソフィアがこちらを見た。
どうすればいいの?
そう言いたいみたいだけど……
でも、僕に振られても困る。
ミントはふわふわとした性格で、なにを考えているのかよくわからないところがある。
昔も色々と振り回されたものだ。
「ふぅ」
僕から事情を聞くのを諦めた様子で、ソフィアはミントに視線を戻す。
「えっと……どうして私のことを知っているのですか?」
「フェイトの大事な人なんですよね?」
「え?」
「何度も何度もお話を聞いていましたよ。とても綺麗な子がいるんだー。一番大事なんだー。いつか結婚するって約束したんだー、って」
「ふぁ!?」
妙な声を発して、ソフィアは顔を真っ赤にした。
そして、たぶん、僕も顔を赤くしていて……
「ふぇ、フェイトがそんなことを言っていたのですか……?」
「うんうん。毎日のように、楽しそうに、幸せそうに言っていましたよー」
「はぅ」
照れていた。
ものすごく照れていた。
そんなソフィアに、ミントは、僕が昔どうこうしていたことをさらに語る。
何度もソフィアのことを口にしていたことを語り……
「ご、ごめんなさい!!!」
ついに耐えられなくなり、ソフィアはどこかへ逃げ出してしまった。
「あれ? どうしたんだろう?」
「ミント……今の褒め殺しというか、照れ殺し? わざとなの?」
「え? なんのこと?」
うん。
やっぱり、今も昔も、ミントは天然だった。
でも、それが懐かしくて……
ついつい笑みがこぼれてしまうのだった。
――――――――――
買い物を終えた後、家で合流した。
ミントも一緒で、久しぶりの再会を楽しむことに。
「お邪魔します」
「おう、ミントちゃんか。久しぶりだな」
「はい、久しぶりですー」
父さんとミントが笑顔で話をしていた。
聞けば、僕がいないと接点がなかったらしく、あまり話をしていないとか。
もうちょっと近所交流しようよ。
「しかし、フェイトもやるな」
「え、なにが?」
「ミントちゃんにソフィアの嬢ちゃん。二人も上玉を捕まえるなんてな」
「え? え?」
「で、どっちが本命なんだ?」
「「っ!?」」
父さんがそんなバカな発言をした瞬間、ソフィアとミントが、一瞬、目を光らせたような気がした。
「そ、それは……」
「それは?」
「……そ、そんなことよりも! 僕達はダンジョンの攻略をしないといけないから!」
「逃げましたね」
「逃げたねー」
「ヘタれね」
女性陣からの容赦のない口撃。
状況がよくわからないアイシャは、キョトンとしてて。
同じく、スノウは呑気にあくびをこぼしていた。
「ま、ダンジョンの攻略は明日にしとけ」
「まさか、父さんもそういう話をしたいの?」
「違う違う。ちと天気が悪いだろ? 今から出たら、たぶん、雨に降られるぞ。そうなるよりは、晴れの日に出た方がいいだろ」
「それは、まあ」
「それに、母さんももうすぐ帰ってくるからな。急ぎでないなら、まずは母さんに顔を見せてやれ」
「……うん」
確かに、父さんの言う通り母さんに顔を見せることは大事だ。
ずっと心配をかけていただろうし……
安心させてあげないと。
「で……本命はどっちなんだ?」
「父さん……その野次馬根性、どうにかしてよ」
困った父さんだった。
僕と父さん。
リコリスとアイシャ。
ソフィアとミント。
二階にあるリビングで六人で賑やかに話をしていると、表の扉が開く音が聞こえてきた。
それから、トントントンと軽快に階段を上がる音。
「ただいま……あら?」
姿を見せたのは母さんだった。
背中にルーテシア。
そして、両手に買い物袋。
たぶん、買い物に行っていたんだろうけど……
「母さん、持つよ」
「あらあら、大丈夫よ。私、まだまだ若いもの」
「それは、まあ、否定できないんだけど……」
ともすれば、僕よりも年下に見える母さんだ。
父さんと一緒にいると、たまに、父さんが不審者に間違われてしまうほどだ。
それでも母親は母親。
「体力は僕の方があるんだから。子連れで買い物なんてしなくても、一声かけてくれれば、荷物持ちくらいはできるんだから、無理はしないでよ」
「ふふ、心配してくれてありがとう。でも、これくらい無理じゃないわよ? フェイトちゃんが生まれた頃は、それこそ、毎日おんぶしながら家事とお父さんのお仕事のお手伝いを……」
「そういう話はいいから、ほら」
やや強引に荷物を取り、キッチンへ持っていく。
それぞれの場所に荷物を置いて、それからリビングへ戻る。
「よしよし、いい子ですねー」
「はーい、じっとしててねー」
ソフィアとミントが、ルーテシアと遊んでいた。
ルーテシアはまだ歩けないらしく、はいはいをして床の上を移動している。
ソフィアとミントは、そんなルーテシアを見てだらしのない笑顔を浮かべていた。
いや、うん。
かわいいとは思うけど……
でも、孫をかわいがるおばあちゃんのようになっているよ?
……とは言わない方がいいのだろう。
そう思いつつも、僕は黙っておいた。
「フェイトちゃんは、どうしたの? 確か、ダンジョンの攻略をするのよねー」
「そうだけど、父さんが、今日は家でゆっくりしていけ、って」
「あらー、それは賛成ね。お母さん、フェイトちゃんと色々お話をしたかったから」
「それは……うん、僕も」
ちょっとした照れくささというか、恥ずかしさはあるのだけど……
久しぶりに両親と再会することができた。
話したいことはたくさんだ。
「……」
ふと、アイシャの様子がおかしいことに気がついた。
ルーテシアと遊ぶソフィアとミントを見て、むすっとした顔をしている。
もしかして……
「アイシャ」
「?」
「こっちにおいで。母さんと一緒に、おしゃべりをしよう?」
「うん!」
ぱぁっと顔を明るくして、アイシャはタタタと駆け寄ってきた。
そして、椅子ではなくて僕の膝の上に座る。
さらに顔をすりすりと寄せて甘えてきた。
こんな行動をとるということは、たぶん、ルーテシアに嫉妬していたのだろう。
ソフィアがルーテシアばかりに構うからだ。
でも、それはそれで仕方のないことだし……
こういう嫉妬もよくあることと聞いている。
だから、僕がうまいことフォローしないと。
母さんもそれを察したらしく、アイシャに笑顔で話しかける。
「ねえ、アイシャちゃん。アイシャちゃんは、なにか好きな食べ物はある?」
「好きな……食べ物?」
「私、料理が得意なのよ。今日のごはんは、アイシャちゃんの好きなものを作ってあげる」
「ホント!?」
「うん、本当」
「わぁ」
アイシャの目がキラキラと輝いた。
「あのー……あたしの好きな料理を作ってもらうことは……?」
ちゃっかりとリコリスも割り込んでいた。
「ふふ、いいわ。リコリスちゃんの好きな料理も作ってあげる」
「やっふぅー!」
「やほー!」
リコリス、うれしいのはわかるけど、変な喜び方をしないように。
ほら、アイシャが真似をした。
「アイシャちゃんはなにが好き?」
「えっと、えっと……お肉!」
「お肉ね、ふふ、了解。じゃあ、今日はハンバーグにしましょうか」
「はんばーぐ?」
「あら、ハンバーグを知らないの? ハンバーグっていうのは……」
楽しく、穏やかな時間が過ぎていった。
翌日。
家族で朝食を食べて……
そして、準備を整えた後、僕達はダンジョンへ移動した。
父さんの言うダンジョンは、村から一時間ほどのところにあった。
比較的損傷の少ない遺跡。
その一角にダンジョンの入り口がある。
「地下に潜るのではなくて、塔を登るのですね」
雲を貫くような大きな塔が見えた。
縦に長いだけじゃなくて、横も広い。
ちょっとした城に見えるくらいだ。
「ふーん、珍しいダンジョンね。これ、かなり昔のものよ」
「わかるの?」
「あたしを誰だと思っているの? 超絶天才ミラクルマジカル妖精リコリスにょ!」
噛んでしまったので、色々と台無しだ。
ちなみに、アイシャとスノウはいない。
旅の最中ならともかく、今は実家がすぐ近くにある。
できるだけ危険からは遠ざけたいので、父さんと母さんに預かってもらっていた。
アイシャが巫女かもしれなくて、それで狙われるという可能性もなくはないのだけど……
父さんはそこら辺の冒険者よりも、よっぽど強い。
安心して二人を任せることができる。
「おじさまにいただいた情報によると、五階層みたいですね。ただ、一つ一つの階が広く、目的のミスリルがどこにあるかわからない……厄介ですね」
「最悪、塔の端から端まで歩き回らないといけないね」
塔はかなり広そうだ。
全部を踏破するとなると、一週間くらいかかってしまうかもしれない。
そうなる前にミスリルを見つけたいところだけど……
こればかりは運だよりになってしまう。
「安心しなさい。このミラクルワンダーラッキガール、リコリスちゃんがいれば、ミスリルなんてすぐに見つかるわ」
「あはは、期待しているよ」
「ふふん、任せなさい! じゃあ、いくわよ!」
リコリスが意気込んで塔の扉を開けて、
「グルァアアアアアッ!!!」
「ぎゃああああああ!!!?」
いきなり獣型の魔物が飛び出してきて、リコリスが涙目で悲鳴をあげた。
「あぶ……」
「危ないですね」
慌てて前に出ようとしたけれど、それよりも先にソフィアが動いた。
その手は剣の柄に伸びていて……
チン、という音を立てて、剣を鞘に収める。
すでに抜剣した後だった。
魔物は縦に両断されて、そのまま絶命する。
「びびったー……マジでびびったー……いやいやいや、いきなり襲われるとか、考えないわよ! なんなのよ、これ! むかつく!!!」
恐怖が怒りに変換されたらしく、リコリスは憂さ晴らしとばかりに、塔の壁を蹴りつけていた。
「ソフィアはすごいね。僕だったら間に合わなかったよ」
「いえ、フェイトも十分に動けていたと思いますよ。私の場合は、こうなることをある程度予測していたので、それで先に対処できたのです」
「もしかして、扉越しに魔物の気配を感じていたの?」
たぶん、あの魔物は扉の近くで獲物を待ち構えていたのだろう。
そして、中に入ってくる人を不意打ちで倒す。
「いいえ、そういうわけではありません」
「なら、どうして……?」
「リコリスが調子に乗る時は、まあ、こういうことがよくあるので」
「なるほど」
「そこ! なんで納得するのよ! おかしいでしょ!?」
だって、リコリスだから。
その一言でなんでも解決してしまいそうだった。
とにかくも攻略を開始した。
ソフィアと肩を並べるようにして、前に進む。
リコリスは少し後ろを、ふわふわと浮いてついてきていた。
「グァ!?」
「ギャオオオン!?」
「ガッ……」
長年放置されていたらしく、魔物が大繁殖していた。
十メートルも進まないうちに、あちらこちらから襲ってくるのだけど、その全てを撃退する。
ソフィアが八割、僕が二割くらいだろうか?
僕の方が圧倒的に少ない……と、落ち込むことはない。
以前なら一割も倒すことはできなかっただろう。
それが、今では二割に届くことができた。
うん。
少しずつかもしれないけど、僕もきちんと成長している。
そのことを実感することができてうれしい。
「それにしても……」
ソフィアはダンスを踊るようにしつつ、魔物の相手をする。
一撃も食らうことなく、逆に致命傷だけを叩き込んでいく。
その顔は、ちょっとうんざりとした様子だ。
「数が多すぎませんか?」
「そうだよね……ちょっとおかしいかも」
魔物も動物と同じように繁殖する。
だから、放置すれば数が増えるのはわかるけど……
でも、エサをどうしていたのか? という疑問が残る。
魔物も食べないと生きていけない。
これだけの数を養うエサなんて、どこから手に入れたのだろう?
村が襲われたという話は聞いてないし……うーん?
不思議に思いつつ、とにかく魔物を倒して、掃討した。
けっこう時間がかかってしまったけど、一階の魔物はだいたい倒しただろう。
「これで終わりかな?」
「少し待ってください」
ソフィアが目を閉じて集中した。
ややあって、明るい表情を見せる。
「ほぼほぼ邪悪な気配は消えましたね。多少は残っているかもしれませんが、ほぼ、この階の掃討は完了したと考えていいでしょう」
「よかった。それじゃあ、まずは一階から探索を始めようか」
「ソッコーでミスリルが見つかってくれるとうれしいんだけど。かわいいかよわいリコリスちゃん的に、ダンジョンの中で寝泊まりなんてイヤだもの」
「いいから行きますよ」
「ふぎゃ!?」
ソフィアに鷲掴みにされて、リコリスが連れて行かれる。
最近、リコリスの扱いがさらに雑になってきたような……?
でも、リコリスだから仕方ないよね。
そんなことを思いつつ探索を続けて……
僕は、それを見つけた。
「おや?」
ある程度、探索をしたところで初老の男性と遭遇した。
歳は……たぶん、六十以上。
髪は全部白髪になっているところを見ると、もっと上かもしれない。
ただ、そんな見た目とは正反対に、とても鋭いプレッシャーを放っていた。
体は木の枝のように細い。
軽鎧を身に着けているが、サイズが合っていない。
それでも、こうして相対していると冷や汗が流れてしまいそうだ。
この人はとてつもなく強い。
多分、ソフィアに匹敵するか……
下手したらソフィア以上だ。
「こんにちは」
ソフィアは臆することなく、にっこりと挨拶をしてみせた。
こういうところ、本当にすごいと思う。
僕も慌てて挨拶をする。
「こ、こんにちは」
「やっほー」
「うむ、こんにちは」
こちらが挨拶をすると、老人から放たれていた圧が消えた。
僕達のことを盗賊かなにかと警戒していたのかもしれない。
「お嬢ちゃん達は冒険者かね?」
「はい。私は、ソフィア・アスカルトといいます」
「フェイト・スティアートです」
「ふふん、美少女妖精リコリスちゃんよ」
「ほう……お嬢ちゃんが、あの剣聖なのかね」
ソフィアのことを知っているらしく、老人は驚いたように目を大きくした。
その反応に、こちらも驚いてしまう。
「ソフィアのこと、知っているんですか?」
「ふぉっふぉっふぉ、冒険者で嬢ちゃんのことを知らぬ者はおらんよ。史上最年少で剣聖の称号を授かり、聖剣エクスカリバーを手に入れた。儂ら冒険者の憧れじゃな」
「そんな、憧れだなんて……」
ソフィアが顔を赤くして照れていた。
こんなに年上の人に憧れなんて言われたら、さすがに恥ずかしいのだろう。
「おっと、名乗り遅れたのう。儂は、ホルン・エイズフランという。同じく冒険者じゃ」
「ん?」
老人の名前を聞いて、リコリスが眉をたわめるのが見えた。
なにか気になることがあるんだろうか?
「ホルンさんは、こんなところでなにを?」
「冒険者がすることは一つ。お宝探しじゃよ」
「なるほど」
当たり前のことを聞いてしまい、ちょっと恥ずかしかった。
「お主らは?」
「僕達は、この塔にあるって言われているミスリルを探しに来たんです」
「ほう、ミスリルか。それはまた、珍しいものを探しておるのう」
「どうしても必要なので……見たことないですか?」
「うーむ。力になりたいが、まだ見ていないのう」
「そうですか……」
「ただ、儂も塔の探索を始めて間もないからのう。上層は調べておらん。もしかしたら、上層にはあるかもしれんぞ」
「ありがとうございます」
貴重な情報を得ることができた。
感謝だ。
「ところで……」
ホルンさんの視線がリコリスに向けられる。
「その子は妖精なのか?」
「当たり前でしょ。こんなにもかわいくてキュートで可憐でビューティフルでわんだほーな女の子、妖精以外にいるわけないじゃない」
「ふぉっふぉっふぉ、それもそうじゃな、すまんすまん」
「まったくよ」
なんとなく息の合いそうな二人だった。
「いや、すまぬな。妖精を見かけるのは本当に久しぶりじゃから、つい」
「ということは、以前にも妖精を?」
「うむ。妖精は滅多に人前に姿を見せることはないが……若い頃、運良く出会うことができてのう。いやはや、あれは良い思い出になった」
リコリス以外の妖精か……
どんな子だったんだろう?
気になる。
「よかったら、その妖精について話を聞かせてもらえませんか?」
「うむ、構わないぞ」
長い話になるのだろう。
ホルンさんは手近な場所に腰をおろした。
「あれは、儂がまだ若い頃の話じゃ……ちょっとした縁から、ノノカという妖精と出会ったのじゃよ」
「ノノカですって!?」
飛びつくような反応を見せたのはリコリスだ。
いつものふざけた雰囲気はどこへやら、とても真面目な顔をしている。
ヒュンとホルンさんの目の前に飛んで、ぐいっと詰め寄る。
「ちょっと、おっさん! あんた、ノノカの知り合いなわけ!?」
「うむ、そうなるが……妖精の嬢ちゃんもそうなのかい?」
「当たり前よ! ノノカは、あたしの友達なんだから!」
もしかして……
「リコリス。そのノノカっていう子は、雪水晶の剣を作ったっていう……?」
「そうよ。ノノカが雪水晶の剣を作ったのよ」
「雪水晶の剣じゃと!?」
予想外の展開にこちらが驚いていると、今度はホルンさんが話に食いついてきた。
「ど、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、雪水晶の剣は、以前、儂が使っていたものじゃ!」
「えっ!?」
なんかもう……
衝撃的な事実が次々と判明して、頭が追いついていかなかった。
ホルンさんは、若い頃から冒険者をやっていたらしい。
それこそ、僕と同じくらいの歳で活躍をしていたという。
剣聖に至るほどではなかったものの、その下の『剣豪』の称号を得ていたとか。
弱気を助けた悪をくじく。
正義の味方を地でやっていたホルンさんは、各地を旅しつつ、色々な人を助けてきたという。
そんなある日、ホルンさんは妖精と出会った。
とある商人の館の護衛を引き受けたところ……
そこで、結界に囚われている妖精を見つけたのだ。
その容姿などから、妖精は人間に乱獲された。
囚われた妖精は観賞用として閉じ込められることも多く……
その商人も、妖精を囚え、愛でていたという。
それを見たホルンさんは激怒。
結界を破壊して、妖精を解放した。
商人は激怒して、さらに冒険者ギルドからも厳しい罰を受けることになったものの、後悔は一切していないという。
そして……
「なぜか、その妖精は儂は懐かれてしまってのう」
なぜか、って……
そこまでしたのなら、恩義を感じても不思議じゃないと思う。
でも、ホルンさんからしたら、大したことはしていないのかもしれない。
人間でも妖精でも関係ない。
困っている人がいたら助ける、ただそれだけ。
すごくかっこいいと思った。
僕もこんな人になりたい。
「それから、しばらく妖精と一緒に旅をしたのじゃ。なんでも、彼女には大事な友達がいるそうでな。その友達がいる場所まで送り届けたのじゃよ」
「あーーーっ!!!?」
突然、リコリスが大きな声をあげた。
耳がキーンとして、思わず顔をしかめてしまう。
「いきなり、どうしたんですか?」
「思い出した、思い出したわ! このおっちゃん、確かに、ノノカを連れてきたわ!」
「ノノカ?」
「あたしの友達の名前よ! なんで忘れるわけ!?」
忘れるもなにも、たぶん、今初めて聞いたんだけど……
「それはともかく」
ごまかされた。
「ある日、行方不明になっていたノノカが、見知らぬ人間と一緒にやってきたの。あたしは思ったわ。このおっちゃんが誘拐犯だ、ってね」
「なんで、そうなるの……?」
「短絡的すぎませんか……?」
「そして、あたしは、ウルトラミラクルハイパーリコリスちゃんキックをかましてやったわ!」
「ふぉっふぉっふぉ、あの時は痛かったのう。首が折れるかと思ったわい」
笑い話ではないような……
「まあ、その後誤解は解けて、しばらく仲良くしたのよ」
「妖精と一緒に過ごすなんて、とても貴重な経験をさせてもらったよ」
「ふふんっ、おっちゃんはあたしの魅力にメロメロだったわね!」
「そうじゃのう、嬢ちゃんはかわいいからのう」
「ふへへーん!」
リコリスが胸を張り、張り……
そのまま、コテンと後ろにコケた。
空中で転がるなんて、器用な真似をするなあ。
「そうして、儂はしばらくの間、二人の妖精と過ごしたのじゃ」
「なるほど」
妙なところで縁が繋がっている。
改めて、縁っていうものは不思議なものだなあ、と思った。
「ただ、いつまでも好意に甘えてはおれぬからな。旅立つ決意をしたのじゃが……そうしたら、嬢ちゃんの友達、ノノカ嬢ちゃんが、お礼に剣を作ってくれたのじゃよ」
「それが雪水晶の剣……?」
「うむ。とても見事な剣でな。このようなものをもらうわけにはいかぬと、しばらくの間、借りるだけにしておいたのじゃ」
「なるほど」
「それに、ただ強い剣というだけではないようでな」
「え?」
それは、どういう意味だろう?
武器としてではなくて、他になにか意味を持っているのだろうか?
僕の疑問を察した様子で、ホルンさんは言葉を続ける。
「知っているじゃろうが、妖精が作り上げた武具はとても貴重なものじゃ。とても強い力を持ち、美術品として鑑賞できるほどの美しさを持つ。売れば、十年は遊んで暮らせるじゃろうな」
「でも……本当の価値はそこじゃない」
「ほう」
思わずこぼれ出た言葉を聞いて、ホルンさんはおもしろそうな顔に。
続きを、と視線で促されて、僕は思ったままを口にする。
「妖精は、人間に乱獲された過去がある。だから、人前から姿を消して、ひっそりと暮らしていた。仲は最悪」
「うむ」
「それなのに、人間のために妖精が剣を作った。それは……人間と妖精の友好の証にもなるんじゃないかな、って思いました」
「その通りじゃ」
ホルンさんは昔を懐かしむように、遠い目をして言う。
「ノノカ嬢は、作りあげた剣を儂に渡す時、こう言った。これは私達の友好の証ですよ……と」
「……ノノカ……」
友達の話を聞いて、リコリスがちょっと涙ぐんでいた。
やっぱり、まだ色々と思うところがあるみたいだ。
「そうですか……雪水晶の剣は、人間と妖精の友好の証なんですね」
「うむ」
そんな剣を、ホルンさんはどうして手放してしまったのか?
まだ、いくらかの疑問が残っていた。