将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

「ねえねえ、今日のお昼はどうするの? あたし、はちみつたっぷりのパンケーキが食べたいわ。もちろん、フルーツとクリーム盛り合わせのヤツね」

 翌日。
 街に出たのだけど、リコリスはいつも通りだった。
 お昼のことを考えているらしく、目をキラキラさせつつ飛んでいる。

 本当に落ち込んでいるのかな?
 と、ちょっと疑問に思ってしまうくらいだ。

 でも……
 たぶん、これは空元気。
 長く一緒にいるから、それくらいはわかる。

 本当の元気を出してもらえるように、がんばらないと。

「お昼の話は後です。それよりも先に、武具店に向かいましょう」
「あ、フェイトの剣を新調するの?」
「いいえ。修理できないか相談してみます」
「んー……それ、無理だと思うけどなー」

 ……そんなリコリスの言葉は的中して。

「すまないな、これは俺の手に余るよ」

 武具店に移動して、雪水晶の剣の修理をお願いしてみるものの……
 返ってきた言葉はそんなものだった。

「こいつは妖精が作った剣だろう?」
「よくわかりましたね」
「妖精が作った剣は特別だからな、見ればわかるさ。それに、あんたらは妖精と一緒に行動しているからな」

 そうだった。
 リコリスと一緒のところを見れば、だいたいのことはわかるか。

「そういえば……」

 雪水晶の剣って、どれくらいのレア物なんだろう?
 あまり深く考えることなく使っていたから、よくわからない。

 そんな僕の疑問を察したらしく、ソフィアが説明してくれる。

「妖精が作る剣というのは、かなりのレア物ですよ。切れ味は鋭く、耐久性も抜群。人が作る剣では、その域に到達できないと言われていますね」
「そんなにすごい剣だったんだ……」
「聖剣と比べると格は落ちてしまいますが、それでも、十分すぎるほどの力を持っていますよ。それに造形美にも優れているので、観賞用として取り引きされることもあります。多少の差はありますが、一本で数年は遊んで暮らすことができる額になりますね」
「ふふんっ」

 なぜかリコリスが得意そうにしていた。

「その嬢ちゃんの言う通り、妖精の剣は、俺ら人には手の余る代物でな。技術が追いつくには、あと百年はかかるって言われている。だから……」
「修理することは難しい?」
「そういうことだ」
「そうですか……」

 がっくりと肩を落とした。

 どうにかして修理をしたかったのだけど、それは難しいという。
 このまま諦めるしかないのかな……?

「まったく……ほら、フェイト」

 スノウの頭の上に乗っていたリコリスがふわりと飛んで、僕の頭の上に移動した。
 そして、ぺちぺちと僕の頭を叩く。

「いたっ、いたっ!?」
「何度も言ってるでしょ。気にするんじゃないわよ」
「でも……」
「でももなにもないわ。あたしがいい、って言っているの。そもそも、剣なんだから、いつか壊れて当たり前なのよ」
「そうだけど……」
「観賞用として飾られるわけじゃなくて、戦いの中で、武器としての使命をまっとうすることができた。きっと、雪水晶の剣も満足だったわよ」
「……そうかな?」
「そうよ」

 言い切るリコリスからは迷いがない。

 寂しいと思っているみたいだけど……
 でも、これでいいと、迷いはないみたいだ。

 リコリスは強いな。
 僕は、それでも、どうにかできないものかと未練がましく考えてしまう。

「なんだい、なにか特別な縁がある剣なのか?」
「はい、少し……」
「そっか。そういうことならなんとかしてやりてえが、さすがに妖精の剣は手に余るからな……」

 そうやって考えてくれるところを見ると、良い人なのだろう。

 ……これ以上は迷惑をかけるべきじゃないかな。
 リコリスがいいと言ってくれている。
 それに、修理する方法がわからない。

 こだわり続けたら、わがままになってしまう。
 そんなことになる前に、僕も気持ちを切り替えないといけないのかも……

「……あぁ、そうだ」

 ふと、武具店の店主が思い出したように言う。

「確証はないが、もしかしたらなんとかできるかもしれん」
「本当ですか!?」

 もしかしたら。
 曖昧なものだとしても、可能性があるのだとしたら、なんとかしてみたい。

「こいつは俺の手に余るが、他のヤツならなんとかなるかもしれん」
「あちらこちらの武具店を回れば……?」
「それは時間を無駄にするだけだな。超一流の……いや。さらにその上をいく、神業の鍛冶屋なら、なんとかなるかもしれない。そういうヤツが妖精の剣を修理したことがある、っていう話を聞いたことがある」
「ほ、本当ですか!?」
「こんなことでウソは言わないさ」

 やった!
 まだ確証はないし、その鍛冶屋を見つけることができるという保証もない。
 それでも、わずかな光が見えてきた。

「その鍛冶屋について、心当たりはありませんか?」
「噂を聞いたことくらいしかなくてな……」

 ソフィアの問いかけに、難しい顔をした。

「ただ、『武具の神さまに愛された男』って呼ばれているらしいぜ」
「え」

 ついつい反応してしまうと、ソフィアが怪訝そうにこちらを見た。

「フェイト、知っているのですか?」
「う、うん……」

 その呼び名は……

「父さんがそう呼ばれていた」
 もしかしたら、僕の父さんが雪水晶の剣を修理できるかもしれない。

 その可能性に賭けて……
 次の目的地は、僕の故郷のスノウレイクに決まった。

 そのために、まずは旅の準備をすることに。
 食料や水。
 馬車の手配。
 そして、なによりも大事なのが……服だ。

 服屋に立ち寄り、防寒具を探す。
 スノウレイクは一年の半分以上が雪に包まれた場所なので、しっかりと準備をしないと風邪を引いて……
 いや、下手したら凍死してしまう。

「フェイト、このようなものはどうですか?」

 どこかウキウキした様子で、ソフィアは厚手のコートを自分の体に当てて、僕に見せる。

 ふわふわのファーがついていて、とても温かそうだ。
 丈も長く、膝までを覆う。

「うん、それなら防寒対策はバッチリだと思うよ」
「……そういう意味で聞いたわけではないのですが」
「?」

 なら、どういう意味なのだろう?

「えっと……それと、手袋とブーツ。できれば、帽子も欲しいかな? 念を押すなら、中に着るシャツも新調しておきたいかも」
「スノウレイクは、それほどまでに寒いところなのですか? 私の記憶では、そこまでではなかったのですが……」
「ソフィアがいた頃は、数年に一度の温かい年だったんだ。普段のスノウレイクは、あの頃の数倍は寒いよ」
「……数倍……」
「ここ最近は、寒冷化が進んでいるみたいだし、しっかりと対策をしておかないとね」
「おとーさん」

 くいくいっと、服を引っ張られた。
 振り返ると……

「どうかな?」

 コートを着て、ふわふわもこもこになったアイシャの姿が。

 単にコートを着ているだけじゃない。
 子供用のコートだからなのか、熊のきぐるみっぽい感じになっていた。

「「か、かわいい」」

 僕とソフィアの声がぴたりと重なる。

「アイシャちゃん、かわいいです! すごくかわいいですよ!」
「はうっ」

 ぎゅうっと、思い切り抱きしめられた。
 アイシャはちょっと苦しそうにしていたものの、ソフィアの温もりを感じることができてうれしそうだ。
 尻尾がぶんぶんと横に振られている。

「おとーさん」
「うん、すごくかわいいよ」
「えへへ」

 素直な感想を口にすると、アイシャは頬を染めてはにかむ。
 天使かな?

「ふっふーん、ここで真打ち登場ね!」

 ふと、リコリスの声が聞こえてきた。
 振り返ると……

「どうよ!? このミラクルワンダフル妖精、リコリスちゃんのかわいらしさに昇天なさい!!!」
「「……」」

 僕とソフィアは沈黙して、

「毛玉?」

 アイシャは、こてんと小首を傾げた。

 アイシャが言うように、毛玉が宙に浮いていた。
 いや、毛玉じゃない。

 よくよく見てみると、毛玉から羽が生えていた。
 たぶん、中にリコリスがいるのだろう。

「えっと……リコリス?」
「ええ」
「なに、それ?」
「見ての通り、防寒具よ! かわいいでしょ?」
「かわいい……のかな?」

 羽の生えた毛玉。
 かわいいと言えなくもないけど……
 どちらかというと、シュールさの方が勝っているような?

「なんでそんなことになっているの?」
「だって、この店、妖精用の防寒具が置いてないんだもの。だから、捨てる予定の羽毛をもらって、自分でなんとかしたっていうわけ。ドヤ!」

 リコリスとしては会心の出来なのだろう。
 でも、それは毛玉と呼ぶ以外の何者でもなくて……

 うん。
 リコリスって、ちょっと残念だったんだね。

「リコリスの防寒具は、あとで私が作ってあげますね。大丈夫ですよ。花嫁修業の一貫として、裁縫は習っていましたから」
「え? なんで、妙に優しい顔をしているの?」
「ふふ、なんでもありませんよ」
「その笑顔はなに!? なんなのぉーーー!?」

 納得いかないというようなリコリスの声が店内に響くのだった。
 スノウレイクは遥か北にある街だ。
 ブルーアイランドからだと、馬車で一ヶ月ほどの長旅になる。

 しっかりと準備をして……
 ライラさんに別れの挨拶をして……
 そして、僕達はスノウレイク行きの馬車に乗り、ブルーアイランドを後にした。



――――――――――



 カタカタカタと車輪が回り、ゆっくりと景色が横に流れていく。

「おー」

 それを見るアイシャは、尻尾をぱたぱたと横に振っていた。
 何度も馬車に乗っているのだけど、流れる景色を見るのは楽しいらしい。

 うん、わかる。
 僕も子供の頃は同じようなものだった。
 普段と違う目線、違う速度で見る景色は、新鮮で楽しいんだよね。

「……む」

 剣を抱くようにして仮眠をとっていたソフィアが、パチリと目を開けた。

「どうしたの?」
「魔物です」
「なら、僕が……」
「フェイトはアイシャちゃんをお願いします。それに、今は私の番なので。では、いってきます」

 止める間もなく、ソフィは馬車を降りてしまう。
 ……ややあって、魔物の悲鳴が聞こえてきた。

 魔物なんだけど同情してしまう。
 ソフィアがいる馬車を襲おうとするなんて、なんて運の悪い。

「いやー、助かりますよ」

 荷台と御者台を繋ぐ小さな扉から、御者の声が聞こえてきた。

「剣聖さまがいるおかげで、魔物の心配をしなくてすみますからね。こんなに安全な旅は久しぶりですよ」
「こちらこそ、ありがとうございます。馬車に乗せてくれて、すごく助かりました」

 スノウレイクは遠く、馬車の定期便はない。
 独自に雇う必要があったのだけど、遠すぎるせいでなかなか引き受けてくれる人がいない。
 いたとしても、とんでもない料金を求められることがあった。

 困り果てたところで、スノウレイクへ向かう商人と出会うことができた。
 彼の馬車を護衛する。
 その報酬として、スノウレイクまで乗せてもらう。

 そんな契約を交わしたのだ。

「ところで、スティアートさん達は、どうしてスノウレイクへ?」

 なにもないとヒマらしく、御者はそう話を振ってきた。
 僕もヒマなので、その世間話にのっかる。

「えっと……スノウレイクは僕の故郷なんです」

 詳細を説明すると長くなりそうなので、雪水晶の剣の修理の件は黙っておいた。

「へえ、スノウレイクの……じゃあ、大変ですねえ」
「え? それ、どういう意味なんですか?」
「おや、知らないんですか?」

 御者の口ぶりからすると、スノウレイクでなにか問題が起きているらしい。
 嫌な予感がする。

「私は、こうしてスノウレイクと他の街を行き来している商人なんですが、最近、おかしなことが起きてましてね」
「おかしなこと?」

 もしかして、ブルーアイランドのような……

「豊作が続いているんですよ」
「え?」

 豊作?
 豊作っていうと……野菜とか果物がたくさんとれるっていう、あの豊作?

「ほら。スノウレイクは雪の街でしょう? 栽培できる野菜や果物に限りがある……はずなのに、最近では、どんな野菜や果物も栽培できて、おまけに豊作続き」
「そんなことが?」
「ええ。ただ、人手が足りなくて、てんてこまいらしいですよ。スティアートさんの家は農業を?」
「いえ……鍛冶屋です」
「それなら手伝いをすることは……あ、知り合いが農業をやっているのなら、やっぱり手伝いに駆り出されるかもしれないですね。あの街では今、子供も収穫の手伝いをするほど人手が足りていないので」
「はあ……」
「まあ、うれしい悲鳴というやつですね。私も、取り引きできる商品が増えて、色々と得をさせてもらっていますよ。なので、こうして頻繁に行き来しているんですよ」

 ブルーアイランドのような事件が起きているのでは? と気構えたのだけど……
 拍子抜けだ。

「……でも」

 気になる話だ。

 スノウレイクは雪の街で、農業に向いていない。
 もちろん、雪の中でも育つ野菜や果物はあるけど、それは限られている。
 農家には厳しい環境だ。

 だから、父さんは農業ではなくて鍛冶を選んだわけで……

 それなのに、豊作が続いている?
 色々な野菜と果物が収穫できている?

 それが本当なら、喜ぶべきことなのだろう。
 でも、理由がわからないのだとしたら、なんだか不気味にも感じられて……
 どう受け止めていいか、正直、よくわからない。

「ただいま戻りました」

 魔物を掃討したらしく、ソフィアが馬車に戻ってきた。

「おかーさん、おつかれさま」
「はい、ありがとうございます。フェイトとアイシャちゃんを守るため、お母さん、がんばりましたよ」
「ちょっと、ソフィア。あたしは? ねえ、あたしは守ってくれないの?」
「それは……フェイト? どうしたのですか、笑って」
「ううん、なんでもないよ」

 スノウレイクでなにかが起きているかもしれない。
 でも、みんなと一緒なら大丈夫だ。
 馬車に揺られること、約一ヶ月。

 スノウレイクに近づくにつれて雪が積もってきた。
 初めて見る雪にアイシャとスノウははしゃいでいたけど、旅をする方にとっては面倒なことこの上ない。

 馬車の速度は遅くなり、時折、車輪が雪にハマってしまうことも。

 そんなトラブルがありつつも、馬車は進み……
 そして今日、スノウレイクに到着した。

「わぁ!」

 馬車から降りたアイシャが目をキラキラと輝かせた。
 その視線の先にあるのは、スノウレイクの街並みだ。

 寒さを防ぐために外壁が厚くなっているせいか、どの家も大きい。
 そして、屋根は鋭い三角形だ。
 雪が積もらないように、あえてこうした角度をつけている。

 それでも、ある程度の雪は屋根に残っている。
 それは全ての建物に共通することで……
 街全体に雪化粧が施されていた。

 太陽が登ると、その光が雪で反射してキラキラと輝く。
 眩しくて、でも、綺麗で……
 街全体が輝いているみたいだった。

「わー! わー!」
「オンッ!」

 とても興奮している様子で、アイシャは尻尾をぱたぱたと振っていた。
 その隣に並ぶスノウも、尻尾を激しく振っている。

 すごく良いコンビだ。
 微笑ましい光景に、ついつい笑みがこぼれてしまう。

「ありがとうございました」

 お礼を言って、馬車から降りた。
 ここまで乗せてくれた商人は手をひらひらと振りつつ、またな、と挨拶して街の中へ消えていく。

「ふう、ようやく着きましたね」

 そう言うソフィアは、少し疲れが声に出ていた。

 一ヶ月の馬車旅。
 しかも、最後は雪で思うように進むことができず、時間もとられてしまった。

 さすがの彼女も疲れたのだろう。

「フェイトは元気そうね? なになに、寒さに強いとか? それともアイシャと同じように、雪を見てはしゃいでいるとか? まったく、お子様ねー」
「うん、そうかもしれない」

 リコリスが茶化してくるものの、それを否定することなく肯定した。

 わりと早く旅立ったものの……
 やっぱり、故郷は懐かしい。
 白い街を見ると、帰ってきたんだという実感が湧いてきて、疲れは吹き飛んでしまう。

「街を出てどれくらい経っているのですか?」
「うーん……十年近いかも」

 ソフィアが引っ越した後……
 僕は約束を守るために、冒険者になるために、特訓を始めた。
 子供なので大したことはできないけど、毎日、色々なトレーニングに励んだ。

 それから数年。

 ある日、シグルド達がたまたま街を訪れた。
 そして、家畜を襲っていた魔物をあっさりと討伐してみせた。

 その姿に憧れた僕は、シグルド達の仲間にしてほしいと頼んだんだ。

 彼らは笑顔で受け入れてくれて……
 でも、その笑顔はウソで……
 僕は都合のいい奴隷として使われることに。

「だから、ぜんぜん里帰りできなかったんだよね」
「……あの腐れ外道共め」

 ソフィアが怒りを再燃させていたけど、アイシャのことを思い出して、すぐに笑顔に戻る。

「なら、久しぶりの里帰りですね。さっそく、フェイトの家を訪ねましょう」
「あ、それよりも先に宿に行こう。たぶん、大丈夫だと思うけど、部屋が全部埋まっていたら、最悪野宿になっちゃうかもだし」
「家に泊まらないのですか?」
「この人数で押しかけたら、さすがに迷惑になっちゃうよ」

 僕とソフィアとアイシャ。
 それと、リコリスとスノウ。

 この人数が押しかけたら大変だ。
 家はそんなに広くないから部屋が足りないはず。
 布団も足りないだろうし、ごはんも用意が間に合わない。

 今日は顔を出すくらいにして……
 宿は別に確保しておいた方がいいだろう。

「そんなわけだから、先に宿へ行こう?」
「それはそうかもしれませんが……」

 ソフィアは納得していない顔だ。
 優しい彼女のことだから、家でゆっくりしてほしいと思っているのだろう。

 でも、泊まらなくても両親と過ごすことはできるし……
 焦る必要はないと思う。

「じゃあ、宿へ……」
「行く必要はねえぞ」
「……え……」

 ひどく懐かしい声が聞こえた。

 絶対に忘れることのない声。
 耳にするだけで、妙な安心感を得られるような声。

 その声の持ち主は……

「……父さん?」

 振り返ると、三十くらいの男性が。
 かなりの大柄で、身長は二メートル近い。
 がっしりとした体つきで、一見すると冒険者のようだ。
 北国に似合わないくらい、肌は焼けている。

「おう!」
「……父さん……」

 間違いなく、その人は父さんだった。
 僕の父親の、エイジ・スティアートだった。
「えっと……」

 突然すぎる再会。
 そして、本当に久しぶりの再会。

 家に戻ったら色々なことを話そうと思っていたのだけど、でも、それらの言葉はぽーんと頭の外に飛び出してしまう。
 なにを言えばいいかわからなくて、口を開け閉めしてしまう。

「久しぶりだな、フェイト!」
「わわわっ」

 ガシガシと頭を乱暴に撫でられた。

 髪が乱れる!?
 というか、ちょっと痛い!?

「と、父さん……!?」
「おいおい、なに逃げようとしてるんだよ。久しぶりの再会なんだから、頭くらい撫でさせろや」
「そ、そう言われても、ちょっと力が強いというか……いたたたっ」
「おいおい、これくらいで痛いのか? まったく、相変わらずもやしっ子なんだな。そんなんじゃ冒険者になれねーぞ」
「そ、そんなことないから! 僕はもう冒険者だから!」
「はっはっは、冗談の腕は増したようだな」

 信じてもらえない……
 がくりと肩を落としてしまう。

「フェイトは立派な冒険者ですよ」

 にっこりと笑いつつ、ソフィアが間に入る。

「おや? 嬢ちゃんは……」
「お久しぶりです、エイジさん。ソフィア・アスカルトです。覚えているでしょうか?」
「お……おーっ! ソフィア嬢ちゃんか! もちろん覚えているぜ。まさか、こんな美人に育っているなんてな」

 僕からソフィアに興味が移ったらしい。
 父さんは今まで以上の笑顔で、ソフィアの肩をバシバシと叩く。

 女の子にする挨拶じゃない。
 でも、ソフィアはなにも気にしていない様子で、にこにこと笑っていた。

「どうして、ソフィア嬢ちゃんが一緒に……ああ、そうか。お前ら、結婚したのか?」
「「えっ」」
「なんで驚くんだ? 一緒にいた頃、すごく仲良くしていたじゃねえか。俺は確信したね。俺とアミラのように、お似合いの夫婦になるってな」
「「……」」

 ものすごく恥ずかしくなって、顔が熱くなる。

 そういう風に見られて、そういう風に言われることはうれしいけど……
 でも、まだ結婚はしていないわけで……
 あと、恥ずかしさが先行するわけで……

「おっ? そういや、そこのちびっこコンビはどうしたんだ?」
「あう」

 アイシャは人見知りをして、僕の後ろに隠れてしまう。
 スノウも同じように、僕の後ろに隠れてしまう。

「えっと……」
「おとーさん、この人、だれ?」

 説明をしようとしたところで、アイシャが僕のことを「おとーさん」と呼んでしまう。

 まずい。
 ややこしい事態に……

「俺は、エイジ。フェイトの親父だな」

 ややこしい事態にならず、父さんはしゃがみ、アイシャと目線を合わせて言う。

「つまり、おじいちゃんになる、っていうわけだ」
「おじーちゃん? おとーさんの方のおじーちゃん?」
「おう」
「おじーちゃん!」
「オンッ!」

 その一言で気を許したらしく、アイシャとスノウは父さんに抱きついた。
 父さんはしっかりと二人を受け止めて、それぞれ頭を撫でる。

 その際、ちらりと獣人の尻尾に視線がいったものの、なにか口にすることはない。

 僕らの事情はなにもわからないだろう。
 でも、深く聞くのは後回し。
 今はアイシャとスノウを可愛がることを優先した、という感じだった。

「……こう言ってはなんですが、フェイトのお父さまは乱雑な方に見えましたが、違いましたね。とても優しく、気遣いができる方なのですね」
「……うん。自慢の父さんだよ」

 小声で、そんなやりとりをした。

「ところで、宿はいらない、って……?」
「里帰りしたってのに、宿を取る必要なんてないだろ」
「でも、僕達が行くと、さすがに狭いでしょう?」
「大丈夫だ、問題ない」

 やけに自信たっぷりに言うのだけど……
 でも、家はそんなに広くなかったはず。
 一人二人ならともかく、四人もやってくると、寝場所に困るはずなのだけど……

 まあ、父さんがこう言うのだから、本当に問題はないのだろう。
 変な気遣いをすることなく、ウソはつかない人だ。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 みんなでお世話になろう。

「おいおい、ちげえだろ」
「え?」
「こういう時は、違う言葉を使うだろ?」
「あ……」

 僕は目を大きくして……
 次いで、ふんわりと笑う。

「ただいま、父さん」
「おかえり、息子よ」
 『黒鉄』。
 そう呼ばれている鍛冶屋が僕の実家だ。

 一階が武具の売り場と工房になっていて、二階に生活スペースが並んでいる。
 それと、それなりに広い庭がセットに。

 冬、父さんと母さんと一緒に雪だるまをたくさん作った思い出がある。

 そんな思い出が詰まった家が……

「あれぇ!?」

 思い切り変わっていた。

 二階建てから三階建てへ。
 さらに、家の敷地面積も倍くらいに。

「え? え? ……なにこれ?」
「我が家だぞ」
「我が家といわれても……リフォームをしたの?」
「ああ。ちと、必要に迫られてな」
「?」

 どんな理由があったのだろう?

 以前の家は決して広くないものの、父さんと母さんだけなら問題のないスペースが確保されていた。
 築年数はそこそこ経っているけど、建て直しを必要とするほど古くはない。

 それなのに、なぜ……?

「あらあら。懐かしい声が聞こえるかと思ったら……おかえりなさい、フェイトちゃん」
「あ、母さん!」

 とても懐かしい声。
 その優しい声を聞くだけで、ついつい涙が出そうになってしまう。

 でも、それは我慢。
 男として情けない。

 代わりに笑顔を浮かべて振り返り……

「ただいま、母さうぇえええええ!?」

 笑顔の挨拶は、途中で驚きの声に変わった。

 アミラ・スティア―ト。

 僕よりも背が低い。
 おまけに童顔なので、父さんと並んで夫婦と言われると、ちょっと犯罪の匂いがしてしまう。

 そんな母さんは、赤ちゃんを抱いていた。
 首が座っているから、生後半年は経っているのだろう。

「え? え? え? えっと……その子は?」
「ルーテシアちゃんよ?」

 いや、名前は聞いていないよ。
 名前も大事だけど、今は、それよりも誰なのか、っていうことが気になるんだよ。

 母さんは、相変わらずマイペースのようだ。
 らしいところを見れて安心したのだけど、でも、やっぱり疑問の方が上だ。

「近所の子を預かっている、とか?」
「あらやだ。ダメよ、フェイトちゃん。自分の妹をそんな風に言うなんて」
「ご、ごめん。そんなつもりは……妹?」
「ええ、妹よ」
「その子が?」
「もちろん」
「……」

 たっぷり、一分は思考が停止した。
 そして……

「えええええぇーーーーー!!!?」

 僕の驚きの声が街中に響き渡ったとかなんとか。



――――――――――



「おいおい、そんなに驚くことはないだろ?」
「驚くよ……」

 あれから家の中に入り、改めて事情を説明してもらった。

 僕がスノウレイクを出てしばらくは、父さんと母さんはいつも通りに暮らしていたらしい。
 しかし、子供がいないことは寂しい。

 なら、家族を増やしてしまえばいいのでは?

 そんな極論に達したらしく……
 まあ、色々とがんばったらしい。

 結果、半年くらい前に妹……ルーテシアが生まれたらしい。

 子供が生まれたことで、家の中が手狭に。
 僕が帰ってきたら、とてもじゃないけれど部屋もスペースも足りない。

 なので、思い切って改装したらしい。

「本当に思い切ったことをしたね」
「まあな。でも、こうしてフェイトが帰ってきた。しかも、べっぴんの嬢ちゃん達と一緒に」

 父さんにべっぴんと言われ、ソフィアが照れていた。

「改装して正解だっただろう?」
「そうだけど……はぁ。相変わらず、父さんの行動力はすごいね」

 思いついたことを、すぐに実行してしまうというか……
 父さんは、ほぼほぼ考えないんだよね。
 野生の勘のようなもので行動している。

 それなのに、ほとんど失敗することがない。
 色々な物事において成功を収めている。

 そこは、素直にすごいと思う。

「ねえねえ、フェイトちゃん。色々とお話を聞かせてくれる?」
「どんな冒険をしてきたんだ?」
「あ……うん」

 二人の笑顔は懐かしくて、温かくて……
 今更だけど、ちょっと泣いてしまいそうになった。

 その涙を我慢しつつ、僕は今までのことを話した。

 奴隷にされていたことは心配をかけてしまうから伏せて……
 ソフィアと出会ってからのことをメインに話をする。

 その話は思いの外盛り上がり……
 僕達は揃って夜ふかしをしてしまうのだった。
「……ん?」

 ふと、目が覚めた。
 目を開けると、見慣れない天井が。

 見慣れないけど……
 でも、どこか見覚えがある、懐かしい天井だ。

「……あ、そうか」

 スノウレイクに帰ってきたんだっけ。
 それで、そのまま家に泊まったんだ。

 家は大きく改装されていたけど、でも、僕の部屋はそのままで……
 懐かしい気分で、ぐっすりと眠ることができたんだ。

「んーっ!」

 起き上がり、そのままぐぐっと背伸びをした。

 寝起き特有の気だるい感じが吹き飛んでいく。
 代わりに、朝のさわやかな空気を取り込み、頭をしゃっきりとさせた。

「帰ってきたんだよね……」

 こうして家で一晩を過ごしたけど、まだ実感が湧いてこない。
 夢を見ているようだ。

 奴隷に落ちた頃は、こうして家に帰れるなんて思ってなくて……
 何度も父さんと母さんの夢を見たものだ。

 でも、ソフィアに助けてもらった。
 その後も、リコリスやアイシャに助けてもらった。

 そうして今、ここにいる。

「うん!」

 人の縁というものは大事だ。
 とても奇妙なもので、そして、時に温かい。
 この手に得た絆を、これからも大事にしていきたいと、改めてそう思った。

 ギィ。

 そんなことを考えていると、扉がゆっくりと開いた。
 改装したばかりらしいけど、立て付けが悪いところは変わっていないらしく、少し音がするんだよね。

 姿を見せたのはアイシャだ。
 犬耳をピクピクさせつつ、尻尾をふりふり。
 そのまま僕のベッドの近くにやってきて……

「あ」

 目が合う。

 すると、なぜかしょんぼりした顔に。

「おはよう、アイシャ」
「おはよう、おとーさん」
「えっと……どうしたの? なんか、落ち込んでいるみたいに見えるけど」
「おとーさんを起こそうと思って……」
「ああ、なるほど」

 でも、先に起きていた。
 自分の仕事がなくなってしまい、残念に思っていたのだろう。

「えっと……ね、眠いからまた寝ようかなー」

 大根役者だなあと苦笑しつつ、僕はベッドに横になった。
 布団をかぶり、すかーすかーと寝息を立ててみせる。

「あっ」

 薄目で見てみると、アイシャはうれしそうな顔に。
 トテトテとこちらにやってきて、横になる僕の体を揺する。

「おとーさん、起きて。朝だよ、起きて」
「うーん」
「起きて、おとーさん」

 ゆさゆさ、ゆさゆさ。

 ゆさささささ!
 ぶんぶんぶんぶん!!!

「えっ、ちょ……」
「おきてー!」

 僕を起こすため、アイシャは僕を揺する。
 何度も揺する。
 獣人の、ちょっと強い力で、それこそ全力で揺する。

「おとーさん!」
「うわわわっ……!?」

 これはたまらないと、僕は慌てて起きた。

「お、おはよう、アイシャ」
「おとーさん、起きた?」
「う、うん。ありがとう、起こしてくれて」
「えへへー」

 にっこりと笑うアイシャ。
 かわいい。

「おじーちゃんとおばーちゃんが、ごはんを作ってくれているよ」
「え? ……あ、父さんと母さんのことか」

 アイシャからしたら、おじいちゃんおばあちゃんになるんだよね。
 そういうイメージがまったくなかったせいか、一瞬、誰のことか迷ってしまった。

「すぐに着替えていくよ、って伝えてくれる?」
「うん」

 アイシャは尻尾をぱたぱたと振って、部屋を出ていった。

 子供は元気だなあ。
 僕はもう、朝からあんなふうにはしゃぐことはできない。

「……うーん、アイシャと一緒にいるから、精神的に老けたのかな?」

 そんなことを思いつつ、軽いショックを受けて……
 まあ、それはそれで幸せな老け方なのかも。
 なんて自分を納得させて、着替えるのだった。
 家族みんなでごはんを食べて……
 食後の紅茶を飲みつつ、談笑をして……

 それからスノウレイクにやってきた本題を果たすべく、父さんの仕事場へ。

 以前と変わらず、家の一階が店舗と鍛冶場になっていた。
 店舗は少し広くなっていたけれど、鍛冶場はなにも変わらない。
 僕の記憶にある通りだ。

 父さん曰く、全て考えられて配置されているから、少しでもものの場所が変わると感覚が狂ってしまうとのこと。

 そんな父さんに、折れてしまった雪水晶の剣を見てもらった。

「うーん……」

 剣を見つめることしばらく、父さんはなんともいえない声をこぼす。

「こいつはまた、綺麗に折れたな」
「どう? 直るかな?」
「おいおい、俺を誰だと思っている? 天才鍛冶職人エイジさまだぞ」
「それじゃあ……!」
「ただ、ちと難しいな」

 がくりと肩を落とす。
 持ち上げて落とすようなことを言わないでよ……

「ダメなの?」

 一緒に様子を見ていたリコリスが、静かに尋ねた。
 平静を装っているものの、やはり気になるのだろう。

「こいつは嬢ちゃんが作った剣かい?」
「ちょっと! 子供扱いしないでくれる? あたしは立派なレディーよ」
「おっと、すまないな。名前は?」
「リコリスよ!」
「そっか。じゃあ、改めてよろしくな、リコリス」
「ふふんっ、よろしくしてあげる。このリコリスちゃんと知り合いになれるなんて、なんて運の良い人間なのかしら。一生自慢できるわよ、ふふんっ」

 ドヤ顔を連発するリコリス。
 でも、父さんはまるで気にした様子がない。

 親となると、そういった心の余裕ができるのかな?
 見習いたいところだ。

「で、リコリス。こいつは、お前さんが作ったのか?」
「いいえ。あたしの友達が作ったものよ」
「そっか……ふーむ」

 父さんは顎の髭を指先で撫でつつ、考え込んでしまう。
 こうなると、しばらく戻ってこない。

「やはり難しいのでしょうか?」
「たぶん」

 普通の剣は、折れたりしたらそこで終わりだ。
 綺麗につなぎ合わせたとしても、折れた跡は必ず残り、強度に不安が出てしまう。
 刃こぼれならなんとかなるが、折れた剣を修復することは、ほぼほぼ無理だ。

 ……という話を、小さい頃に父さんから聞いた覚えがある。

「可能性はなくはない」

 長考の末、父さんはそんな答えを出した。

「えっ、本当に?」
「断定はできないけどな。あくまでも可能性の話だ」
「それでも、できるのならお願い!」

 ぐいっと前に出て、詰め寄るようにして頭を下げた。

 そんな僕を見て、父さんは苦笑する。

「おいおい、どうしたんだ? お前は、もっとおとなしいと思ってたが、いつの間にか男になってるじゃねえか」
「それは……だって、その剣はリコリスにとって、とても大事なものだから」
「……フェイト……」
「だから、直る可能性があるのなら、なんでもしたい。してみせるよ!」

 強く、強く言う。
 そうすることで、少しでもこちらの想いが伝わってほしいと願う。

「ホント、成長したな……」

 父さんは優しい顔をして、ぽんぽんと僕の頭を撫でた。

 成長したって言うのなら、頭を撫でるのはやめてほしいんだけど……
 でも、まあ。
 嫌な感じはしないし、むしろ、うれしいと思う。

「えっと……父さん、結局、どうなの?」
「ある素材があれば、おそらくだが、修理は可能だ」
「ある素材?」
「妖精が作った剣っていうのは、特殊でな。人が作るものと、かなり製法が異なるんだ。だから、刃が折れたとしても修理は可能だ。今まで以上に強くすることも可能だ」
「へえー」

 なんで、そこでリコリスが感心するのだろう?
 妖精の剣なのだから、妖精であるリコリスは知ってて当たり前だと思うんだけど……

 まあ、リコリスのことだから、忘れたとか、そもそも学んでいないとか、そんなところなのだろう。

「おじさま、とある素材というのは?」
「ミスリル、っていう鉱石だ。知っているか?」
「聞きかじりの知識ですが……ただの金属ではなくて、魔力を帯びている、とても珍しい金属だと」
「正解だ。魔力を帯びているから、妖精の剣とも相性が良い。絶対とは言えないが、うまくやれば修理することができるだろう」
「なら、そのミスリルを手に入れてくればいいんだね!?」
「落ち着け。ミスリルは、とてもレアな鉱石だ。そこらで手に入るようなものじゃないぞ」
「そうなんだ……」

 残念。
 店で売っているのなら、どれだけ高額だとしても、なんとかして買ってみせたのに。

「諦めるのはまだ早いぜ」

 まだ情報を隠していたらしく、父さんがニヤリといたずらっぽく笑う。

「少し離れたところにダンジョンがあってな。そこにミスリルが眠っている、っていう噂だ」
「本当に!?」
「誰かが入手した、っていう話は聞いてないから、噂が本当ならまだあるはずだぜ」
「よし!」

 喜びのあまり、ついつい手を上げてしまう。
 そんな僕を見て、ソフィアが微笑ましそうに笑う。

「ふふ、フェイトは、やっぱりフェイトですね」
「え? え? それは、どういう意味?」
「さて、どういう意味でしょう?」

 ソフィアはとても機嫌よさそうに、にっこりとするのだった。
 さっそく、ダンジョンの攻略を開始しようとしたのだけど、それはソフィアに止められた。

 準備をしないといけない。
 情報収集もしないといけない。
 いきなり突撃するなんて無謀の極み……と。

 そこで、二手に別れて行動することに。
 僕とリコリスは、ダンジョン攻略のための準備を。
 ソフィアとアイシャとスノウは、情報収集を。

「やーだー、フェイトと二人きりー? えー、困るー。リコリスちゃん、勘違いされたら困るー。ファンの人が泣いちゃうー」
「……」
「いや、冗談でしょ? そんな冷めた目で見ないでよ。あたし、ちょっと泣くわよ?」

 だったら妙なことをしないでほしい。

 ここは僕の故郷だから、幼い頃からの知り合いがたくさんいる。
 それなのにリコリスのせいで、変な風評被害がついてしまうかもしれない。
 勘弁してほしい。

「それで、なにを買うの?」
「ダンジョンはけっこう広いみたいだから、まずは食料と水。それと、休憩場所を確保するための結界と、ポーションも必須だよね。あとは……」
「おいおいおい!?」

 必要なものを考えていると、それを遮るような大きな声が響いた。

 振り返ると、僕と同じくらいの男性が店に立っている。
 こちらを見て驚いている様子で、あたふたとしていた。

 なんだろう?
 どこか見覚えがあるような……

「お前、もしかしてフェイトか!?」
「そうですけど……」
「おいおい、なに他人行儀な感じ作ってるんだよ。ったく、俺の顔を忘れたのか?」
「……あっ」

 思い出した。

「もしかして……」
「おう!」
「小さい頃、何度もおやつを勝手に食べて、毎日のように怒られていたタイズ!?」
「そんなピンポイントなところ、覚えてるんじゃねえよ!?」

 久しぶりに再会した幼馴染は怒るのだけど、でも、僕は喜んでいた。

 懐かしい。
 奴隷に堕ちた時は、もう二度と会えないと思っていたから……
 なおさら懐かしいと思う。

「え、なになに? 今、フェイトって言った?」
「あっ、本当だ! フェイトだ!」
「わー、すっごい懐かしいわね。おかえりなさい!」

 どこからともなく、たくさんの懐かしい顔がやってきた。
 ラン、レイド、フェリシア……その他、たくさん。

 昔、一緒に遊んだ友達で……
 近所のお兄さんお姉さん的な人もいて……
 たくさんお世話になった、おじさんおばさんもいた。

 みんな、とてもうれしそうにしている。
 その笑顔は僕の記憶にあるものとまったく変わらなくて……

「……ただいま!」

 ついつい、ちょっと泣いてしまう僕だった。



――――――――――



 懐かしい再会を済ませて、それから買い物をしたのだけど……

「うぅー……ぐすっ、ひっく、よがっだわねえええ……」

 リコリスがもらい泣きしていた。
 僕以上に泣いているんだけど……

 適当な性格に見えて、その実、けっこう涙もろいんだよね。

「ほら、もう泣き止んで」
「うぅ……」
「そんな顔をして戻ったら、ソフィア達に何事かと思われるよ?」
「それはわかっているけどぉ、でもでもぉ……」

 苦笑してしまう。

 でも、それだけじゃなくて温かい気持ちになる。
 これだけ泣いてくれるっていうことは、僕の気持ちに寄り添ってくれている、っていう証なわけで……

 うん。
 素直にうれしい。

「あっ、フェイトだぁ」」

 ふと、飛んできた声。
 それはとても懐かしくて、ついつい、また涙が出てしまいそうになるほどで……

「……ミント?」

 振り返ると、ふんわりとした笑顔を浮かべた女の子が。

 背は低く童顔。
 そのせいか、同い年のはずなのに二つ三つくらい下に見える。
 でも、本当はとてもしっかりした子ということを僕は知っている。

 ミント・フラウラウ。
 ソフィアと同じ、もう一人の幼馴染だ。

「わー、わー。本当にフェイトだぁ、帰ってきたってみんなが話していたんだけど、本当だったんだねぇ」
「久しぶり、ミント」
「うん、久しぶりぃ」

 相変わらずというか、ゆるっとふわっとした話し方をする子だ。
 そこは今も変わらないらしく、ほんわりとしている。

「なにをしているのぉ?」
「ダンジョンに潜る予定だから、そのための準備をしているんだ」
「わぁー。ダンジョンっていうことは、フェイト、冒険者になれたんだねぇ。おめでとぉ」
「うん、ありがとう」

 久しぶりの再会を喜んでいると、

「……ちょっと、フェイト」

 そっと、リコリスが耳打ちしてきた。

「なに?」
「どういう関係か知らないけど、あまりそいつと話さない方がいいわよ。早く切り上げなさい」
「久しぶりに再会したのに、そんなことをするなんて……」
「あたしの命令よ! っていうか、そうしないと、あたしまでとばっちりを食う可能性が……」
「とばっちり?」

 よくわからなくて首を傾げていると、

「……フェイト?」
「っ!?」

 びくりと震えてしまう。
 そっと振り返ると……

「確か、色々な買い物をお願いしたと思うのですが……そちらの方は誰でしょうか?」

 にっこり笑顔のソフィアがいた。