馬車に揺られること、約一ヶ月。

 スノウレイクに近づくにつれて雪が積もってきた。
 初めて見る雪にアイシャとスノウははしゃいでいたけど、旅をする方にとっては面倒なことこの上ない。

 馬車の速度は遅くなり、時折、車輪が雪にハマってしまうことも。

 そんなトラブルがありつつも、馬車は進み……
 そして今日、スノウレイクに到着した。

「わぁ!」

 馬車から降りたアイシャが目をキラキラと輝かせた。
 その視線の先にあるのは、スノウレイクの街並みだ。

 寒さを防ぐために外壁が厚くなっているせいか、どの家も大きい。
 そして、屋根は鋭い三角形だ。
 雪が積もらないように、あえてこうした角度をつけている。

 それでも、ある程度の雪は屋根に残っている。
 それは全ての建物に共通することで……
 街全体に雪化粧が施されていた。

 太陽が登ると、その光が雪で反射してキラキラと輝く。
 眩しくて、でも、綺麗で……
 街全体が輝いているみたいだった。

「わー! わー!」
「オンッ!」

 とても興奮している様子で、アイシャは尻尾をぱたぱたと振っていた。
 その隣に並ぶスノウも、尻尾を激しく振っている。

 すごく良いコンビだ。
 微笑ましい光景に、ついつい笑みがこぼれてしまう。

「ありがとうございました」

 お礼を言って、馬車から降りた。
 ここまで乗せてくれた商人は手をひらひらと振りつつ、またな、と挨拶して街の中へ消えていく。

「ふう、ようやく着きましたね」

 そう言うソフィアは、少し疲れが声に出ていた。

 一ヶ月の馬車旅。
 しかも、最後は雪で思うように進むことができず、時間もとられてしまった。

 さすがの彼女も疲れたのだろう。

「フェイトは元気そうね? なになに、寒さに強いとか? それともアイシャと同じように、雪を見てはしゃいでいるとか? まったく、お子様ねー」
「うん、そうかもしれない」

 リコリスが茶化してくるものの、それを否定することなく肯定した。

 わりと早く旅立ったものの……
 やっぱり、故郷は懐かしい。
 白い街を見ると、帰ってきたんだという実感が湧いてきて、疲れは吹き飛んでしまう。

「街を出てどれくらい経っているのですか?」
「うーん……十年近いかも」

 ソフィアが引っ越した後……
 僕は約束を守るために、冒険者になるために、特訓を始めた。
 子供なので大したことはできないけど、毎日、色々なトレーニングに励んだ。

 それから数年。

 ある日、シグルド達がたまたま街を訪れた。
 そして、家畜を襲っていた魔物をあっさりと討伐してみせた。

 その姿に憧れた僕は、シグルド達の仲間にしてほしいと頼んだんだ。

 彼らは笑顔で受け入れてくれて……
 でも、その笑顔はウソで……
 僕は都合のいい奴隷として使われることに。

「だから、ぜんぜん里帰りできなかったんだよね」
「……あの腐れ外道共め」

 ソフィアが怒りを再燃させていたけど、アイシャのことを思い出して、すぐに笑顔に戻る。

「なら、久しぶりの里帰りですね。さっそく、フェイトの家を訪ねましょう」
「あ、それよりも先に宿に行こう。たぶん、大丈夫だと思うけど、部屋が全部埋まっていたら、最悪野宿になっちゃうかもだし」
「家に泊まらないのですか?」
「この人数で押しかけたら、さすがに迷惑になっちゃうよ」

 僕とソフィアとアイシャ。
 それと、リコリスとスノウ。

 この人数が押しかけたら大変だ。
 家はそんなに広くないから部屋が足りないはず。
 布団も足りないだろうし、ごはんも用意が間に合わない。

 今日は顔を出すくらいにして……
 宿は別に確保しておいた方がいいだろう。

「そんなわけだから、先に宿へ行こう?」
「それはそうかもしれませんが……」

 ソフィアは納得していない顔だ。
 優しい彼女のことだから、家でゆっくりしてほしいと思っているのだろう。

 でも、泊まらなくても両親と過ごすことはできるし……
 焦る必要はないと思う。

「じゃあ、宿へ……」
「行く必要はねえぞ」
「……え……」

 ひどく懐かしい声が聞こえた。

 絶対に忘れることのない声。
 耳にするだけで、妙な安心感を得られるような声。

 その声の持ち主は……

「……父さん?」

 振り返ると、三十くらいの男性が。
 かなりの大柄で、身長は二メートル近い。
 がっしりとした体つきで、一見すると冒険者のようだ。
 北国に似合わないくらい、肌は焼けている。

「おう!」
「……父さん……」

 間違いなく、その人は父さんだった。
 僕の父親の、エイジ・スティアートだった。