「ごめんなさい」

 宿の部屋で、僕はリコリスに頭を下げていた。
 その手前には、折れてしまった雪水晶の剣が。

 この剣は普通の剣じゃない。
 リコリスの友達が残した剣だ。

 だから、とても大事なもの。
 それを譲り受けておきながら、こんな風に折ってしまうなんて……
 リコリスとその友達に申しわけなくて、頭を下げることしかできない。

「あー……折れちゃったか」

 リコリスの声のトーンは、わりと平坦なものだった。

「……おうおうおう、兄ちゃんよぉ、どうしてくれるんや?」

 突然、リコリスの口調と声のトーンが変わった。
 驚いて顔を上げると、こちらにガンを飛ばすリコリスが目の前に。

「こいつはなぁ、金貨数千枚の価値がある名剣なのさ。それを折るとか、あぁん、どう弁償してくれるってんだ? おうおうおう?」
「ご、ごめんなさい……?」
「ごめんで済んだら騎士はいらねえんだよ、おうおう。へへ、金がねえならそこの女で代わりに楽しませてふぎゃあ!?」

 ソフィアのげんこつが落ちた。
 ガンッ、といい音がしたけど、大丈夫だろうか……?

「地上げのようなことをしないでください。アイシャちゃんの教育に悪いです」
「うー……ちょっとした冗談じゃん」

 頭を押さえて涙目になるリコリスはいつも通りで……

「えっと……リコリスは怒っていないの?」
「は? なんでよ?」
「だって、僕が雪水晶の剣を折っちゃって……」
「なんで、それくらいで怒らないといけないのよ。適当に遊んで叩き折ったとかなら怒るかもしれないけど、そうじゃないでしょ? フェイトはフェイトにできることを精一杯やって、それで、魔剣と相打ち? になる形で剣が折れた。悪いことなんてなーんにもないわ」
「でも……」
「ほら、シャキっとしなさい、シャキっと。あたしは気にしてないんだから」
「……」
「じゃ、あたしはお風呂に入ってくるわ。覗くんじゃないわよ?」

 ひらりと飛んで、リコリスが部屋を出ていった。

 その背中を見送り……
 僕は、軽い吐息をこぼしてしまう。

「気にしてないとか……それ、ウソだよね」

 適当に遊んで折ったのなら怒る……リコリスは、そう言っていた。
 つまり、それだけの思い入れがあるということ。
 気にしていないなんて言葉は、僕を気遣っているだけにすぎない。

「はぁ……」

 落ち込む。
 凹む。

 リコリスにはいつも助けられているのに、その恩を仇で返すような真似をして……
 そして、落ち込んでいるリコリスに対してなにもできない。

 僕は、僕が情けない。

「フェイト!」
「いたっ」

 パシン、と背中を叩かれた。

 驚いて振り返ると、眉を吊り上げたソフィアが。

「そうやって思い悩むのは、フェイトがとても優しいからですが……しかし、今は落ち込んでいる場合ではありません」
「でも……」
「過ぎたことはどうしようもありません。どれだけの力を持っていたとしても、過去を変えることはできません。それなら、未来に目を向けるべきでは?」
「……ソフィア……」
「これからのことを考えましょう。大丈夫です。フェイトは一人ではありません、私がいます。いつまでも、ずっと一緒にいます」
「おとーさん、わたしもいるよ?」
「オンッ!」

 僕を支えるかのように、アイシャもそう言ってくれた。
 スノウも隣に寄り添ってくれた。

 ……うん。
 僕は、なんて幸せ者なんだろう。

「そうだね。落ち込んでいる場合じゃないね」

 そもそも、本当に辛いのはリコリスだ。
 それなのに僕が落ち込んでいても、なにも意味はない。

 この事態を招いたのは僕なのだから……
 最低限、僕は、なんとかしようという気概を見せないといけない。

「がんばって、なんとかしないといけないね」
「その意気です」
「おとーさん、がんばって」

 にっこりと笑うソフィア。
 ぐっと小さな拳を握り、応援してくれるアイシャ。
 そんな二人を見ていたら元気が出てきた。

 うん。
 今なら、なんでもできそうだ。

「どうにかしたいけど、どうすればいいのかな……?」

 考える。
 考える。
 考える。

 ……考えすぎて頭がクラクラしてきた。

「うぅ、知恵熱が出そう」
「ふふ、フェイトったら」
「おー?」
「もっとシンプルに考えればいいのではないですか? 幸いというべきか、刀身が折れただけ……と」
「鍛冶はよく知らないけど、刀身が折れるのって、けっこう致命的だと思うんだけど……」
「ですが、剣を極めた剣聖がいるように、鍛冶を極めた方もいると思います。そういう方なら、修理も可能なのでは?」
「そっか……うん、そうだね。もうダメだ、って勝手に諦めないで、ひとまず色々なところに相談してみようか」
「はい。もちろん、私もお手伝いしますからね」
「わたしもがんばるよ」
「オンッ!」
「ありがとう、みんな」

 僕は、大事な家族達をまとめてぎゅうっと抱きしめた。