「ウソだぁ……」

 突然の第三者の声。
 慌てて振り返ると、レナの姿があった。

 いつもの笑顔はどこへやら。
 目を大きくして、とても驚いているみたいだ。

「完全に堕ちたはずなのに……あの状態から元に戻るなんて、聞いたことがないよ……堕ちた神獣を手に入れられるはずだったのに、それで新しい魔剣を作ることができるはずだったのに……」
「レナっ!」

 真っ先に動いたのはソフィアだ。
 攻撃対象をすぐに切り替えて、聖剣で斬りかかる。

「くっ」

 ほぼほぼ反射だけで、レナはソフィアの攻撃を防いでみせた。

 ただ、精神的なショックが大きいらしく、その動きにキレはない。
 ソフィアの連撃を防ぐことで精一杯な様子で、苦い顔をしていた。

「よく姿を見せることができましたね! 今すぐ、ここで、叩き切ってあげます!!!」
「あーもうっ、今は君なんかに構っているヒマはないんだよ!」
「くっ!」

 レナはその場でくるっと回転して、その勢いを乗せてソフィアを蹴りつけた。
 ソフィアは剣でガードするものの、勢いを殺すことはできず、吹き飛ばされてしまう。

「ソフィア!」
「私は大丈夫です! それよりも……」

 レナは今までにない焦りの表情を浮かべていた。
 そして、魔剣をアイシャとスノウに向ける。

「させる……かぁっ!!!」
「っ!?」

 アイシャとスノウ、それとリコリスを背中にかばい、レナと対峙する。
 彼女の放つ刃をガードして、カウンターを繰り出す。

「どいて!」
「どかないよ!」
「嫌いになるよ!?」
「君が勝手に言っていることだから!」

 何度か刃を交わす。

 いつものレナなら、僕なんかが相手になるわけがない。
 防ぐのは一度が限界で、そこで倒されてしまうだろう。

 でも、今は動揺しているせいか、剣が鈍い。
 おかげで、なんとか食らいつくことができた。

「一つ確認するよ!」
「なにさ!?」
「スノウにあんなひどいことをしたのは、レナでいいの!?」
「そうだよ、そうさ! でも、それのなにが悪いのさ! 正義はボク達にあるんだ!」
「そんなもの……!!!」

 レナの過去がどんなものなのか、それはわからない。
 スノウの正体がどういった存在なのか、それもわからない。

 だけど。

 あんなにも無邪気で優しい子を暴走させて……
 たくさんの悲しみと恐怖をばらまいて……

 それが正義?
 それが大義?

「認めてたまるかぁあああああっ!!!」
「っ!?」

 ありったけの想いを乗せて。
 ありったけの気持ちを込めて。

 全力で剣を振り下ろした。

 ギィンッ!!!

「……あ」

 雪水晶の剣が……折れた。

 負荷に耐えられず、刃が半ばから折れて、宙を舞う。
 破片がキラキラと舞い、輝いていた。

 でも……

「なっ!?」

 レナが持つ魔剣もタダでは済まなくて、その刀身にヒビが入っていた。
 折れるとまではいかないが……
 しかし、もう使い物にならない。

「う、うそだぁ……ボクの魔剣が、ティルフィングが……そこらの剣に傷つけられた……?」

 呆然とするレナだけど、状況を思い出したらしく、すぐ我に返る。

 こちらを睨みつけて……
 次いで、怒りの感情を消して、笑う。
 ものすごく楽しそうに、うれしそうに、喜びを携えて笑う。

「あはっ、あはははははは!!! あははははははははははははははははっ!!!!!!」
「レナ……?」
「ダメ。うそ、なにこれ。もう笑うしかないよ! ボクの魔剣が負けるなんて、しかも普通の剣に……あはははっ、すごいすごいすごい、本当にフェイトはすごいよ!!!」

 レナの目は子供のように、キラキラと輝いていた。
 英雄を見るような目を僕に向けている。

「あー……ホント、ダメだ。なんかもう、黎明の同盟の悲願とか、そういうのどうでもよくなってきちゃうよ。それよりも、とにかく、フェイトをボクのものにしたいな」
「……悪いけど、売約済みだから」
「そういう意思の硬いところも、好きだよ♪ ボク色に染め甲斐があるからね……ふふっ」

 レナは、一歩後ろへ下がる。

「ティルフィングを壊すなんていう、本当にすごいものを見せてもらったからね。今回は、おとなしく引くね。じゃあね、フェイト。いつか、絶対にボクのものにしてみせるから♪」

 レナは、パチリとウインクをして……
 その姿は、空気に溶けるかのようにして消えた。