「スノウ!!!」
「ウゥウウウウウ……」

 スノウが迷うような唸り声をこぼす。

 こちらを見て、いつものような甘える目をして……
 しかし、すぐ狂気に飲まれてしまい、殺意を宿す。

 その繰り返しで、一気に情緒不安定に陥った。

 説得できる可能性が生まれたことはうれしいことだけど、でも、情緒不安定というのは困る。
 今以上に暴走する確率が増えたようなもので、あまり好ましくない。

 どうにかして、正気に戻ってほしいのだけど……

「……フェイト」

 ソフィアは厳しい表情をして、聖剣を握りしめた。

「いざという時は……スノウを斬ります」
「ソフィア!?」
「常識はずれの再生能力があったとしても、今はまだ、能力的に不完全な様子。今ならまだ、斬ることができます」
「ダメだよ、ソフィア! 相手はスノウなんだよ? それなのに……」
「スノウだからこそ、です」

 ソフィアは強い決意を宿した顔で言う。

「大事な家族だからこそ、これ以上の暴走を許すわけにはいきません。そんなことは、スノウ自身が望まないでしょう。他の人を傷つけることなんて、したくないと思っているでしょうし……もしも、アイシャちゃんを傷つけるようなことがあれば?」
「それは……」
「そのようなことになれば、スノウ自身が深く後悔するでしょう。自分を責めるでしょう。だから……そのようなことになる前に、覚悟を決めないといけません」
「それは……わかる、けど……」

 ソフィアの言っていることは、圧倒的なまでの正論だ。
 正しさしかなくて、反論なんてできない。

 短い間だけど、一緒にいてわかったことがある。
 スノウはとても優しい子だ。
 アイシャのことが大好きで、僕達にも懐いてくれている。
 人を傷つけるなんて望んでいないし、ましてや、アイシャを傷つけるなんて絶対にしたくないはずだ。

 だから、そんなことになる前に……

「……ダメだよ! ダメだ、絶対にダメだよ!」
「フェイト?」

 ソフィアが正しいことはわかる。
 わかるけど……でも、心が納得してくれない。

 僕らは道具じゃない、人間だ。
 理屈だけで納得するものじゃなくて、心がある。
 それを無視していたら、人である意味がないじゃないか。

「スノウを斬っても、なにも救われないよ。終わりになるだけで、なにも始まらないよ」
「ですが、元に戻す方法がわかりません。これ以上の被害を出す前に、最悪の事態になる前に……」
「嫌だ」
「フェイト、聞き分けてください。戦場では、時に冷酷な決断を下す必要があります。そして、ここはもう戦場です。スノウに私達の声は届いているかもしれません。しかし、元に戻すことは難しく……ならばもう、後の選択肢は一つしかないじゃないですか」
「それでも、嫌だ」
「フェイト!」
「僕は!!!」

 強く言うソフィアに対抗して、僕も声を大きくした。
 今までにない様子に、ソフィアは気圧されたらしく言葉を止める。

「家族を見捨てるなんてこと、絶対にしたくないんだ」
「……フェイト……」
「そんなことをしたら、もう笑えないよ。幸せになんてなれないよ。僕は、ソフィアと一緒に幸せになりたい。でも、今は少し変わっていて……アイシャやリコリス。そして、スノウも……みんな一緒に、家族で幸せになりたいんだ。誰か一人でも欠けるなんてダメなんだ。そうやって幸せを掴むために、僕は強くなりたいと願ったんだ……だから、だから僕は……!!!」
「……すみませんでした」

 ソフィアに優しく抱きしめられた。

「そうですね、フェイトの言う通りですね。ここでスノウを斬ってしまえば、私達は、もう二度と笑えないでしょうね……そもそも、こんなに簡単に諦めるべきではありませんね」
「ソフィア!」
「あがいてあがいて、失敗してもあがいて……最後まで諦めることなく、あがき続けましょう!」
「うん!」

 一緒に剣を構えて、再び暴走するスノウを迎え撃つ。

 行動不能に陥らせるために、致命傷は避けて、足などへ攻撃を繰り返して……
 合間に何度も呼びかける。
 家族の名前を口にする。

「ウゥ……オォオオオオオ、グルァアアアアアッ!!!?」

 三十分ほど交戦を続けて、少しずつスノウの様子が変わってきた。

 暴走は続いている。
 でも、攻撃をためらうような場面が増えてきた。
 なにかを思い出すかのように、僕達をじっと見つめる機会が増えてきた。

「これなら、いけるかもしれないね!」
「ですが、あとひと押しが……」

 ソフィアの言う通り、決定打が足りない。

 少しずつだけど、スノウは正気に戻ってきている。
 攻撃が減っていることがその証拠だ。

 ただ、未だ暴走は続いていて……
 それに、元の子犬サイズに戻す方法もわからない。

 絶対に諦めない。
 諦めないのだけど、このままだとまずい。

 ただ単にあがくだけじゃなくて、解決策を見つけるために考えていかないと。
 どうする?
 どうすればいい?

 ……そうやって考えていたせいで、隙が生まれてしまう。

「ガァッ!」
「しまっ……!?」

 一瞬の隙を突かれてしまう。
 スノウの巨体が目の前に迫り、鋭い牙が迫る。

 防御は間に合わない。
 回避も不可能。

 これは……

「スノウっ!!!」

 その時、アイシャの声が響いた。