スノウの前足が目の前に迫る。
 あまりにも速く、そして、巨大だ。
 今から逃げることは難しい。

 なら受け止めるしかない!

 僕は気合を入れて、剣を構えて……

 ギィンッ!

 一つの影が割り込んだ。

 風にたなびく綺麗な髪。
 女神さまはこんな感じなのかな? と思うような容姿。
 そして、誰よりも力強い瞳。

「ソフィア!?」
「私のフェイトに……なにをしているのですか!!!」

 どこからともなく現れたソフィアは、スノウの一撃を軽々と受け止めてみせた。

 それだけで終わらなくて、怒りの形相でカウンターを繰り出す。
 まずは前足を弾いて……
 それから、クルッと回転しつつ、下から上に刈り上げるかのような蹴り。

 ウソみたいな光景だけど、スノウが吹き飛んだ。

「えぇ……」

 ソフィアの方が圧倒的に小さいのに、暴走状態のスノウを吹き飛ばしてしまうなんて。
 これが剣聖の力?

 頼もしいのだけど……
 でも、ちょっと怖いかも。

「どこの誰か知りませんが、見掛け倒しのようですね。これならまだ、あの泥棒猫の方が面倒でしたよ」

 泥棒猫って、レナのことかな?

「この混乱を収めるためにも、すぐに終わらせてあげますね」

 そう言って、ソフィアは追撃に移ろうとして……

「ソフィア、待って!」

 必殺の一撃を放とうとしていることに気がついて、僕は慌てて止めた。

 駆け出そうとしていたソフィアは、僕の声に驚いた様子で、軽く体勢を崩す。
 たたらを踏みつつ止まり、何事かと振り返る。

「なんですか、フェイト?」
「ちょっとまって。あの魔物は……」
「わかっています。あの泥棒猫が用意したもの、と注意してくれようとしたのでしょう?」
「え、レナが関わっているの?」
「はい、そうみたいですよ。詳細は知りませんが……彼女が魔剣をばらまいて、街の秩序を崩壊させて、あの魔物を召喚したらしいです。具体的な方法は不明ですけどね」
「レナが……」

 悪い子じゃないと思っていたけど……
 でも、やっぱり僕の考えが甘いのだろうか?

 これだけのことをしでかしている。
 普通に考えて、悪人確定だ。

「では、フェイトはここで待っていてください。すぐに片付けて……そういえば、アイシャちゃんとリコリスは?」
「えっと」

 今はレナのことは後回しだ。
 とにかく、スノウのことをなんとかしないと。

「アイシャとリコリスなら大丈夫。それよりも、あの魔物を殺したらダメ」
「え? なぜですか?」
「あれは、スノウなんだ」
「あの魔物が……スノウ?」
「信じられないかもしれないけど、でも、本当のことなんだ。スノウが突然苦しみだして、突然、あんな風になって……なんとかして止めないと!」
「それは……ですが……」

 ソフィアが迷うような表情に。

 ややあって、意を決した様子で言う。

「フェイト言われて気づきました。確かに、あの魔物はスノウだと思います」
「じゃあ……」
「助けたいのは私も同じです。しかし……助けられるのですか?」

 その問いかけに対する答えが思い浮かばない。

 絶対に助けたい。
 アイシャの友達ということもあるが、スノウは、もう僕達家族の一員だ。
 過ごした時間が短いとしても、それは変わらない。

 でも、どうやって助ければいい?
 元に戻す方法は?

 ……なにもわからない。

「あの魔物がスノウだというのなら、私だって、どうにかして助けたいとは思います。しかし、その方法がわからないことには……」
「それは……そうだけど」
「あの状態のスノウを放っておけば、どれだけの被害が生まれるか。いえ、すでにかなりの被害が出ています。放置することはできません。すぐに無力化しないと」
「まさか……」
「気絶させられるのなら、そうしますが……そうでない場合は。それが、剣聖としての役目です」

 ソフィアが気まずそうに目を逸らす。
 つまり、無力化が難しい場合は……殺すということだ。

 わかっている。
 ソフィアはなにも悪くない。
 むしろ、この緊急時に甘いことを言う僕の方が悪い。

 だけど……
 それでも僕は……!

「ですが」

 迷う僕に、ソフィアはまっすぐな視線を向けてきた。
 今度は、僕が知るいつものソフィアのものだ。

「私はアイシャちゃんのお母さんですから。お母さんとしての役目も果たさないといけません」
「ソフィア!」
「フェイトは、どうしますか?」
「もちろん、決まっているよ」

 ソフィアのおかげで迷いが晴れた。
 改めて、覚悟を決めることができた。

「スノウを取り戻す!」