「ガァアアアアアッ!!!」

 ブルーアイランドを覆い尽くすかのように、獣の声が響いた。

 その声は刃のように鋭く。
 怨霊のようにおどろおどろしく。
 そして、激しい怒りに満ちていた。

「な、なんだあの化け物は!?」
「おいおい、勘弁してくれよ……」
「くそっ、暴徒の対処で手一杯なのに、こんなやつが現れるなんて」
「なんなんだよ、今日っていう日は、いったいどうなっているんだ!?」

 その獣は災厄と呼ぶ以外にない。

 巨大な体は、歩くだけで大地を揺らして。
 鋭い爪は、石や鉄を簡単に貫いて。
 漆黒の毛は鎧のように固く、刃を通さない。

 冒険者や騎士、憲兵達は絶望する。

 こんなヤツ、いったいどうすればいい……?



――――――――――



「追いついた!」

 走ること少し……
 街の中心部で暴れているスノウに追いついた。

 すでに戦闘が開始されていた。

 冒険者や騎士達が武器や魔法で攻撃する。

 剣、斧、槍、弓、槌……
 火、水、土、風、雷……

 ありとあらゆる攻撃が撃ち込まれるものの、スノウは健在だ。
 どれもダメージを与えることができていない。

「ガァッ!!!」

 スノウは怒りに吠えて、突撃した。

 単なる突撃だけど、あの巨体でそんなことをされれば、それだけで即死級の兵器となる。
 冒険者や騎士達は、慌てて散開。

 ドガァッ!!!

 スノウは頭から2階建ての建物に突っ込み、崩落させた。
 巨大化したばかりだからなのか、自分の体をうまくコントロールできていないみたいだ。
 おかげで、というべきか、まだ死者はいなさそう。

 ただ、怪我人はたくさん。
 崩落した建物に巻き込まれそうになったり……
 飛んできた瓦礫がぶつかり、血が流れたり……
 次々と脱落者が増えていく。

 問題はそれだけじゃない。
 ある程度の数を減らしているものの、暴徒は未だ健在で、暴れ続けている。
 憲兵達が主導になって、市民達の避難をさせているが、スノウのせいでうまくいかない。

 ……状況は非常に厳しい。

「フェイト、どうするのよ!?」
「……おとーさん……」
「……」

 リコリスの焦り顔なんて、初めて見たような気がする。
 アイシャは泣きそうになっていて、すがるようにこちらを見ていた。

 少し考えて、結論を出す。

「リコリス、アイシャをお願い。少しなら、守れるよね?」
「そりゃ、まあ……フェイトは、どうするつもりなのよ? もしかして、スノウを……」
「うぅ……」

 リコリスは気まずい顔になり、その先の台詞は口にしない。
 でも、アイシャはそれだけで察したらしく、さらに表情が歪んでしまう。

 そんな娘の頭を、ぽんぽんと撫でた。
 それから、安心させるように笑顔を向ける。

「大丈夫だよ」
「おとーさん……?」
「スノウを殺したりなんかしない。でも、放っておくことはできないから、どうにかして止めてみせるよ」

 出会ったばかりだけど……
 でも、スノウは家族だ。

 見捨てるなんてことはしない。
 切り捨てるなんてこともしない。

 絶対に助けてみせる!

「とはいえ……」

 今のスノウは、たぶん、SSSランク級の力を持っているだろう。
 ソフィアならなんとかなるだろうけど、僕だと力不足。
 たぶん、返り討ちに遭う。

「それでも」

 僕だって、男だ。

 大事な娘の涙を止めるため。
 大事な家族を取り戻すため。

 ここで立ち上がらなければ、なんのために剣を持っているのか?
 なんのために冒険者になったのか?

「よし……いくよ!」

 僕は、雪水晶の剣をしっかりと握りしめて、暴れるスノウに向けて突撃した。