街へ戻ると、僕は言葉を失う。
ライラさんも似たような感じで、顔を青くしていた。
アイシャは震え、すがるようにスノウを胸に抱いている。
「こんな……」
ライラさんを助けるために、街から離れた時間は三十分くらいだ。
たったそれだけの間に、状況はさらに悪化していた。
暴徒の数は倍以上に。
冒険者と騎士団が必死に鎮圧を試みるものの、いかんせん、数が多すぎる。
暴徒を鎮圧することができず、逆に押されていた。
このままだと、下手したら負けてしまう。
そうなれば、どうなるか?
今は冒険者と騎士団が奮闘することで、なんとか被害は最小限で済んでいるみたいだ。
でも、その防波堤がなくなれば……
想像するだけで恐ろしい。
「この!」
とにかく数を減らすしかない。
近くの暴漢を打ち倒す。
「リコリスちゃん、ミラクルサンダー!」
リコリスも協力してくれて、魔法で暴漢を撃退してくれた。
でも、アリのように、暴漢は次から次に現れて……
いったい、どれだけの数が!?
どれだけの魔剣が流通しているんだ!?
これはもう、戦争に近い。
街が自力で対処することは不可能だ。
王都の騎士団に協力を要請しないと……
「……いや。これだけの騒ぎだ。要請はもうしているよね」
王都の騎士団は、数も練度も桁違いだ。
彼らが到着すれば、どれだけの魔剣が流通していたとしても、制圧できるはず。
問題は時間。
王都は隣にあるわけじゃないから、当然、移動に時間がかかる。
数日……あるいは、一週間。
無理だ。
それだけの間、保たせるなんて不可能だ。
ソフィアがレナを捕まえることに期待したいけど……
でも、彼女に頼ってばかりじゃダメだ。
僕も、自分にできることをしないと。
「やっぱり、一人一人、数を減らす!」
小さな一歩を積み重ねれば、いずれ目的を達成できるはず。
そう信じて剣を振る。
「フェイトってば、めっちゃやる気ねー。普通、こんなになったら諦めるか逃げるけど」
「ダメだよ。ソフィアが戦っているのに、僕だけそんなことするわけにはいかないよ」
「ふふーん、仕方ないわね。リコリスちゃんも付き合ってあげる」
「ありがとう」
リコリスがとても頼もしい。
彼女と一緒なら、なんとかなるかもしれない。
……しかし、予想外の方向から事態が悪化する。
「スノウ?」
ふと、アイシャの心配そうな声が聞こえてきた。
二人の暴漢をまとめて斬り伏せて、安全を確保した後、アイシャのところまで後退する。
「アイシャ、どうしたの?」
「おとーさん……スノウが、スノウの様子がおかしいの!」
「ウゥゥゥ……」
見ると、スノウは小さく震えていた。
極寒の地にいるかのような反応で、体調が悪そうだ。
「スノウは、いつからこんなことに?」
ライラさんの家にいた時は、元気だったはずなのだけど……
「よくわからないけど……街に戻ってきたからだと、思う」
「なんだろう……?」
街の雰囲気にあてられた?
犬は感受性が豊かって聞くし、そんなこともあると思う。
でも、いくらなんでも体調が悪化しすぎだ。
スノウはとても苦しそうにしていて、雰囲気に酔ったわけではなさそうだ。
「ライラさん、スノウの体調不良について、なにかわかりませんか?」
「んー、私は獣人の専門家で獣医じゃないんだけど……ちょっとまってね」
困った顔をしながらも、ライラさんはスノウを診てくれる。
なんだかんだで優しい人だ。
「変な病気に感染した? いや、それにしては発症が早すぎるから違うか。ってことは、怯えているせいで心に異変が……でも、ちょっと悪化しすぎよね。うーん、うーん」
ライラさんもわからないらしい。
「ウゥ……グゥウウウ……」
スノウはとても苦しそうだ。
いったい、なにが起きているんだろう?
なんとかしたいけど、でも、どうすればいいかわからない。
暴漢なら叩き伏せればいいんだけど……
でも、病気や怪我だとしたら、どうやって治療すれば?
「あっ……リコリス!」
「あ、あたしに振られても困るんだけど」
「治癒魔法とか使えないの?」
「使えるけど、初級のものだから、簡単な怪我を治すだけよ。見た感じ、スノウは怪我してないし……」
途中で、はて? というような感じでリコリスが小首を傾げた。
「あれ、なにかしら? なんか、これ、見覚えがあるような……?」
「本当に!? スノウは、どうなっているの?」
「が、がっつかないでよ! 見覚えがあるだけで、ハッキリとしたことはわからないし……っていうか、ものすごく嫌な予感がするんだけど」
「嫌な予感?」
「うまくいえないんだけど、このままにしたら、とんでもないことになっちゃうような……っていうか、もう手遅れのような……そんな感じ?」
本当になにを言いたいかわからない。
でも、良いことではなさそうだ。
……そんなリコリスの言葉が的中するかのように、最悪の事態が訪れてしまう。
「ガァッ!」
「スノウ!?」
突然、スノウが鋭く吠えて、アイシャの腕から抜け出した。
スノウは、初めて見るような強い圧を放つ。
目を血走らせているところを見ると、正気を失っているみたいだ。
そして……
どこからともなく現れた黒い霧がスノウに吸い込まれていき、綺麗な銀の毛が黒に染まっていく。
異変はそれだけで終わらない。
「グゥ、ウウウゥ……ガァアアアアアッ!!!」
いつも温厚なスノウからは想像もできないような鋭い咆哮が響いた。
そして、幻でも見ているかのように、スノウの体が大きくなっていく。
アイシャの背丈を超えて、俺よりも大きくなり……
さらに巨大化を続けて、家よりも大きくなってしまう。
「な、なにが……」
「えっ、ちょ……す、スノウ!?」
突然のことに、僕とリコリスは慌てることしかできない。
アイシャとライラさんも唖然とした様子で、言葉も出ない様子だ。
「ガァアアアアアアアッ!!!」
こちらの戸惑いなんて知らないという様子で、変貌したスノウが天に向かって吠えた。
ビリビリと空気が震える。
耳が痛いほどで、咄嗟に両手で押さえた。
「くっ……スノウ!」
このままじゃいけない。
よくわからない焦燥感に突き動かされて、強く名前を呼んだ。
「……」
スノウがちらりとこちらを見る。
血のような赤に染まった瞳。
夜の闇を思わせる毛並み。
槍のように鋭い牙と爪。
それはもう、魔物と呼ぶ以外にない。
「グァッ!」
スノウは僕から視線を外すと、そのままどこかへ走り出してしまう。
その巨体故に、走るだけで地面が揺れていた。
「スノウ!!!」
もう一度、強く呼びかけるものの、スノウが正気に戻ることはない。
異形の姿に変貌を遂げたまま、街の中心の方へ消えてしまう。
「あれは、いったい……?」
わけがわからず、呆然としてしまう。
そんな中、ライラさんが小さくつぶやく。
「もしかして……神獣?」
「ライラさん。今、なんて……?」
「え? いや、その……」
「なにかわかることがあるのなら、教えてください! お願いします!」
「ま、待った待った。私も詳しいことは知らないんだよ。確証はないけど……」
「それでもお願いします」
今は一つでも多くの情報が欲しい。
すがるような思いでライラさんを見つめると、根負けした様子でため息をこぼす。
「ホント、これは確証のない話だから。それを理解した上で聞いてくれるかな?」
「わかりました」
「私は獣人研究家で、色々なことを調べてきた。獣人に限定しないで、獣人が関わっていそうなことは全部調べてきた。その過程で、神獣という存在を知ったんだ」
「……神獣……」
言葉の響きから、すごい存在なのだろうということが想像できた。
「神獣は女神さまの使いで、獣人にとっては、二人目の神さまのようなものさ。それくらいに偉い存在で、強い力を持っているとされていた。まあ、伝承にあるだけで、存在したという証拠が一切ないから、なんとも言えないんだけどね」
「スノウが、その神獣だと?」
「確証はないんだよ。でも、あんなわんこ、見たことがない。神獣と考えるのなら、しっくり来るのさ」
その神獣について、僕は知識を持たない。
故に、判断はライラさん任せになる。
でも、ライラさんは曖昧な情報は口にしない人だ。
そんな彼女がここまで言っているのだから、わりと正解なのかもしれない。
「あー、神獣かー。そういえば、そんな存在がいたわね」
「え、リコリスは知っているの?」
「もちろん。あたしを誰だと思っているの? 女神さまに愛されている、美少女妖精リコリスちゃんよ」
知っているのなら、最初から教えてほしかった……
いや、まあ。
リコリスにそういうことを期待するのは、間違いだとわかってはいるんだけどね。
たぶん、今の今まで本気で忘れていたのだろう。
「スノウが神獣だとして、あんなことになったのはどうして?」
「ごめん、それはわからないかな。私も、神獣について、それほど詳しいわけじゃなくて……ただ単に、研究の過程でそんな存在がいる、って軽く知識を得ただけなのよ」
ライラさんはお手上げとなるが、
「たぶん、暴走しているわね」
リコリスは心当たりがあるらしく、神妙な顔でそう言う。
「暴走?」
「あたしも詳しくは知らないんだけど……神獣って、女神さまに作り出された存在なのよ。神さまに近い存在だけど、でも、神さまじゃない。だから万能じゃない。極論すると、人間と同じような感じなのよ」
「つまり……?」
「良い神獣もいれば、悪い神獣もいる。なにが原因でああなっちゃったのか、それはわからないんだけど……」
「今のスノウは、悪い神獣になっちゃった……っていうこと?」
「正解」
見たことのない犬種だと思っていたけど……
まさか、女神さまの使いだったなんて。
そして、そんなスノウが暴走してしまうなんて。
どうする?
どうすればいい?
迷うのだけど……
「……スノウ……」
とても心配そうにするアイシャを見て、すぐに迷いは晴れた。
「みんな、スノウを追いかけよう!」
「どうするのよ?」
「どうにかして、元に戻す!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
「ふっ……ふっ……ふっ……!」
ソフィアとレナは剣を構え、互いに睨み合う。
どちらも息が切れていて、体のあちらこちらが傷ついていた。
全力全開で戦うこと、数十分。
未だ決着はついていない。
「あははー……ごめんね。ちょっと剣聖を侮っていたかも」
「私なんか、すぐに倒せると思っていましたか?」
「うん」
「……素直に肯定されると、それはそれで頭にきますね」
「ボク、素直なところが売りだから」
「減らず口を」
イライラとするソフィアは、今すぐにレナを叩き切りたい衝動に駆られる。
ただ、迂闊に飛び出すことはできない。
とっておきの切り札は温存しているものの……
現状、ほぼほぼ全力を出している。
それなのに、レナを仕留めることはできず、互角。
もしも、レナが力を温存していたら?
自分と同じように、とっておきの切り札を隠し持っていたら?
その危険性を考えると、無闇に斬りかかることはできない。
「まさか、ここまで強いなんてなー、ちょっと予想外。仲間は、剣聖なんて大したことないよー、っていうから侮っていたんだ。ごめんね?」
「余裕がありますね?」
「いや、そんなことはないよ? ぶっちゃけ、ほぼほぼ全力を出していたからね」
ほぼほぼ、ということは、全てを出し切っていないということだ。
ソフィアと同じように、切り札を温存しているのだろう。
やはり、迂闊に飛び込むことはできない。
ソフィアは、レナに対する警戒度をさらに上げた。
「んー……ボク、君にも興味が出てきたかも」
「えっ」
ソフィアは顔を青くする。
「わ、私はそういう趣味はないのですが……」
「ボクだってないよ!? そういう意味じゃないからね!?」
レナが慌てて否定した。
「恋愛的な意味じゃなくて、ライバル的な感じ。ボクと全力で戦って、生き延びた人なんてほとんどいないからね」
「なるほど、そういう意味ですか」
「ボク、戦うことも好きなんだー。だから、ここで決着をつけておきたいんだけど……」
レナの殺気がさらに鋭くなり、ソフィアは自然と構えを取る。
しかし、次の瞬間、レナの殺気が消えた。
そのまま剣を鞘に収めてしまう。
「ひとまずの目的は達成したから、それはまた今度の機会にしておくね」
「目的を達成した……?」
そこで、遅れながらソフィアは気がついた。
魔剣を持った暴漢達が暴れ、街は混乱に飲み込まれていたが……
さらに様子がおかしくなっていた。
街の中心から巨大な圧を感じる。
同時に、獣の雄叫びも聞こえてきた。
レナを警戒しつつ、視線をそちらに向けると、巨大な獣が見えた。
「あれは……?」
「ふふ、うまくいったみたいだね」
「あなたがなにかしたのですか!?」
「そういうこと。ごまかしても意味ないし、素直に認めるよん」
レナは得意げに語る。
「ボクらの目的は、アレさ。魔剣をばらまいて、負の感情で街を満たして、封印を崩壊させる。それと同時に神獣を暴走させて、後で、ぱくりとおいしくいただく。うん、そんなところかな」
ソフィアは混乱した。
レナの語る内容が半分も理解できないこともあるのだけど……
なぜ、そんなことをわざわざ口にする?
本当の目的だというのなら、どうしてわざわざ教える?
こちらの疑問を察した様子で、レナがニヤリと笑う。
「君とフェイト……それと、あの獣人の女の子は、けっこう重要な立ち位置にいるからね。色々と本当のことを知れば、ボク達の仲間になってくれるかもしれない。だから、知るべきことは知っておいてほしいんだ。まあ、全部語るのはサービスが良すぎるから、こうしてヒントを与えるくらいにしておくけどね」
「こんなふざけたことをする、あなたの仲間になるなんて、本気で思っているのですか?」
「思っているよ? 本当のことを知れば、きっと心が揺らぐと思うからね」
「……」
いったい、レナはなにを知っているのか?
本当のことというのは、どのようなものなのか?
ソフィアは考えて……
そして、思考を放棄する。
代わりに、聖剣を強く握りしめた。
「ヒント程度と言わず、ここで全部、語ってもらいましょう。無理矢理にでも!」
「えっ、そういう考えになるの? もしかして、脳筋?」
「失礼ですね。ますます、斬りたくなりました」
とっておきを使おう。
ソフィアは、レナを鋭く睨みつけるが……
「ホントは戦いたいけど、でも、ごめんねー。こうなったら、ボクも色々とやらないといけないことがあるんだ。じゃあね」
「待ちなさい!」
ソフィアは、音速に近い速度で剣を振る。
しかし、刃はレナを捉えることはなく……
幻だったかのように、レナの姿は消えていた。
「逃しましたか……」
ソフィアは軽く唇を噛んだ。
ただ、いつまでもぼーっとしているわけにはいかない。
すぐに気持ちを切り替えて、巨大な獣がいる街の中心へ向かった。
「ガァアアアアアッ!!!」
ブルーアイランドを覆い尽くすかのように、獣の声が響いた。
その声は刃のように鋭く。
怨霊のようにおどろおどろしく。
そして、激しい怒りに満ちていた。
「な、なんだあの化け物は!?」
「おいおい、勘弁してくれよ……」
「くそっ、暴徒の対処で手一杯なのに、こんなやつが現れるなんて」
「なんなんだよ、今日っていう日は、いったいどうなっているんだ!?」
その獣は災厄と呼ぶ以外にない。
巨大な体は、歩くだけで大地を揺らして。
鋭い爪は、石や鉄を簡単に貫いて。
漆黒の毛は鎧のように固く、刃を通さない。
冒険者や騎士、憲兵達は絶望する。
こんなヤツ、いったいどうすればいい……?
――――――――――
「追いついた!」
走ること少し……
街の中心部で暴れているスノウに追いついた。
すでに戦闘が開始されていた。
冒険者や騎士達が武器や魔法で攻撃する。
剣、斧、槍、弓、槌……
火、水、土、風、雷……
ありとあらゆる攻撃が撃ち込まれるものの、スノウは健在だ。
どれもダメージを与えることができていない。
「ガァッ!!!」
スノウは怒りに吠えて、突撃した。
単なる突撃だけど、あの巨体でそんなことをされれば、それだけで即死級の兵器となる。
冒険者や騎士達は、慌てて散開。
ドガァッ!!!
スノウは頭から2階建ての建物に突っ込み、崩落させた。
巨大化したばかりだからなのか、自分の体をうまくコントロールできていないみたいだ。
おかげで、というべきか、まだ死者はいなさそう。
ただ、怪我人はたくさん。
崩落した建物に巻き込まれそうになったり……
飛んできた瓦礫がぶつかり、血が流れたり……
次々と脱落者が増えていく。
問題はそれだけじゃない。
ある程度の数を減らしているものの、暴徒は未だ健在で、暴れ続けている。
憲兵達が主導になって、市民達の避難をさせているが、スノウのせいでうまくいかない。
……状況は非常に厳しい。
「フェイト、どうするのよ!?」
「……おとーさん……」
「……」
リコリスの焦り顔なんて、初めて見たような気がする。
アイシャは泣きそうになっていて、すがるようにこちらを見ていた。
少し考えて、結論を出す。
「リコリス、アイシャをお願い。少しなら、守れるよね?」
「そりゃ、まあ……フェイトは、どうするつもりなのよ? もしかして、スノウを……」
「うぅ……」
リコリスは気まずい顔になり、その先の台詞は口にしない。
でも、アイシャはそれだけで察したらしく、さらに表情が歪んでしまう。
そんな娘の頭を、ぽんぽんと撫でた。
それから、安心させるように笑顔を向ける。
「大丈夫だよ」
「おとーさん……?」
「スノウを殺したりなんかしない。でも、放っておくことはできないから、どうにかして止めてみせるよ」
出会ったばかりだけど……
でも、スノウは家族だ。
見捨てるなんてことはしない。
切り捨てるなんてこともしない。
絶対に助けてみせる!
「とはいえ……」
今のスノウは、たぶん、SSSランク級の力を持っているだろう。
ソフィアならなんとかなるだろうけど、僕だと力不足。
たぶん、返り討ちに遭う。
「それでも」
僕だって、男だ。
大事な娘の涙を止めるため。
大事な家族を取り戻すため。
ここで立ち上がらなければ、なんのために剣を持っているのか?
なんのために冒険者になったのか?
「よし……いくよ!」
僕は、雪水晶の剣をしっかりと握りしめて、暴れるスノウに向けて突撃した。
スノウは見上げるほどに大きい。
それなのに動きは速く、風のように動いている。
暴れまわっているだけで、明確な攻撃はしていない。
それなのに、冒険者と騎士達は蹴散らされている。
建物が崩れ、噴水などが踏み潰されている。
「これ、どうにかしないと……!」
こんなところで戦えば、周囲にどれだけの被害が出るか。
スノウをうまく止められたとしても、街が半壊したら意味がない。
「まずは注意を引きつける!」
タイミングを図り、前に出た。
強く強く、剣の柄を握り……
「破山っ!!!」
一番使い慣れていて、一番威力があるだろう技を繰り出した。
やりすぎてしまわないか?
という心配はない。
ゼロだ。
むしろ、これじゃあ足りない。
もっともっと強い攻撃を繰り出さないと、今のスノウに届くことはないと感じている。
その感覚は正しくて……
刃はスノウの毛を切ることもできず、鈍器で叩くような結果に終わる。
「グルルルッ……!」
刃は通らなかったけれど、衝撃は伝わったらしい。
それなりのダメージも与えられたらしく、スノウが怒りに満ちた目でこちらを睨む。
よし。
うまいこと注意を引くことができた。
「こっちだよ!」
「ガァッ!」
獣や魔物を前にした時、一番やってはいけないのは背中を見せることだ。
そんなことをしたら、これ幸いと追いかけて攻撃してくる。
奴隷時代の経験で、そんなことを学んだ。
スノウも例外ではないらしく、勢いよく追いかけてきた。
このまま、街の外まで誘い出したいところだけど……
「は、速い……!?」
歩幅の差が圧倒的に違う上に、風のように速く動くことができる。
こうして敵を引きつけることは何度もやっていたから、それなりの自信があったんだけど、すぐに追いつかれてしまう。
スノウが前足を使い、僕を薙ぎ払おうとする。
体を逸らすようにして、なんとか回避。
目の前をスノウの前足が通り抜けていって……
ゴォッ! という風が吹き荒れる。
直撃していたら……と、ゾッとする。
「このっ!」
カウンターで剣を叩き込む。
刃が通らないことは確認済みなので、横にして、鈍器のように使う。
ギィンッ!
鉄を叩いたような感触と音。
毛だけじゃなくて、体も固いらしい。
ただ、小さいながらもダメージは受けている様子で、スノウは再び怒りに吠えた。
うまい具合にヘイトを稼ぐことができている。
それは良いことなんだけど……
「これ、どうやって街の外まで誘い出せば……うわっ!?」
逃げる。
しかし、すぐに追いつかれてしまう。
その繰り返しで、なかなか進むことができない。
このままだと被害が拡大する一方だ。
それに、スノウの攻撃はとても強力で速い。
何度も何度も避けられるかどうか。
「……ううん、ダメだ。弱気になったらいけない」
泣き出しそうなアイシャの顔を思い出した。
アイシャにあんな顔は似合わない。
やっぱり、笑顔が一番だ。
その笑顔を取り戻すために、僕は、できることを全力でやらないと!
諦めたり絶望したり、そんなことをしているヒマはない。
「はぁっ!」
攻撃と撤退。
それを交互に繰り返しつつ、少しずつだけどスノウを砂浜の方へ誘い出していく。
今のところ順調だ。
スノウの注意は僕に向けられていて、街に対する被害も最小限に押さえられている。
問題があるとすれば、僕の体力だろうか。
まだ十分も経っていないのに、息が切れ始めていた。
この状態のスノウと戦うことは、それだけ体力の消費が激しい。
そして……それがミスを誘う。
「ガァアアアッ!!!」
「しまっ……!?」
石を踏んでしまい、わずかに動きが止まってしまう。
その隙は逃さないというように、スノウは吠えつつ、前足を叩きつけてきた。
スノウの前足が目の前に迫る。
あまりにも速く、そして、巨大だ。
今から逃げることは難しい。
なら受け止めるしかない!
僕は気合を入れて、剣を構えて……
ギィンッ!
一つの影が割り込んだ。
風にたなびく綺麗な髪。
女神さまはこんな感じなのかな? と思うような容姿。
そして、誰よりも力強い瞳。
「ソフィア!?」
「私のフェイトに……なにをしているのですか!!!」
どこからともなく現れたソフィアは、スノウの一撃を軽々と受け止めてみせた。
それだけで終わらなくて、怒りの形相でカウンターを繰り出す。
まずは前足を弾いて……
それから、クルッと回転しつつ、下から上に刈り上げるかのような蹴り。
ウソみたいな光景だけど、スノウが吹き飛んだ。
「えぇ……」
ソフィアの方が圧倒的に小さいのに、暴走状態のスノウを吹き飛ばしてしまうなんて。
これが剣聖の力?
頼もしいのだけど……
でも、ちょっと怖いかも。
「どこの誰か知りませんが、見掛け倒しのようですね。これならまだ、あの泥棒猫の方が面倒でしたよ」
泥棒猫って、レナのことかな?
「この混乱を収めるためにも、すぐに終わらせてあげますね」
そう言って、ソフィアは追撃に移ろうとして……
「ソフィア、待って!」
必殺の一撃を放とうとしていることに気がついて、僕は慌てて止めた。
駆け出そうとしていたソフィアは、僕の声に驚いた様子で、軽く体勢を崩す。
たたらを踏みつつ止まり、何事かと振り返る。
「なんですか、フェイト?」
「ちょっとまって。あの魔物は……」
「わかっています。あの泥棒猫が用意したもの、と注意してくれようとしたのでしょう?」
「え、レナが関わっているの?」
「はい、そうみたいですよ。詳細は知りませんが……彼女が魔剣をばらまいて、街の秩序を崩壊させて、あの魔物を召喚したらしいです。具体的な方法は不明ですけどね」
「レナが……」
悪い子じゃないと思っていたけど……
でも、やっぱり僕の考えが甘いのだろうか?
これだけのことをしでかしている。
普通に考えて、悪人確定だ。
「では、フェイトはここで待っていてください。すぐに片付けて……そういえば、アイシャちゃんとリコリスは?」
「えっと」
今はレナのことは後回しだ。
とにかく、スノウのことをなんとかしないと。
「アイシャとリコリスなら大丈夫。それよりも、あの魔物を殺したらダメ」
「え? なぜですか?」
「あれは、スノウなんだ」
「あの魔物が……スノウ?」
「信じられないかもしれないけど、でも、本当のことなんだ。スノウが突然苦しみだして、突然、あんな風になって……なんとかして止めないと!」
「それは……ですが……」
ソフィアが迷うような表情に。
ややあって、意を決した様子で言う。
「フェイト言われて気づきました。確かに、あの魔物はスノウだと思います」
「じゃあ……」
「助けたいのは私も同じです。しかし……助けられるのですか?」
その問いかけに対する答えが思い浮かばない。
絶対に助けたい。
アイシャの友達ということもあるが、スノウは、もう僕達家族の一員だ。
過ごした時間が短いとしても、それは変わらない。
でも、どうやって助ければいい?
元に戻す方法は?
……なにもわからない。
「あの魔物がスノウだというのなら、私だって、どうにかして助けたいとは思います。しかし、その方法がわからないことには……」
「それは……そうだけど」
「あの状態のスノウを放っておけば、どれだけの被害が生まれるか。いえ、すでにかなりの被害が出ています。放置することはできません。すぐに無力化しないと」
「まさか……」
「気絶させられるのなら、そうしますが……そうでない場合は。それが、剣聖としての役目です」
ソフィアが気まずそうに目を逸らす。
つまり、無力化が難しい場合は……殺すということだ。
わかっている。
ソフィアはなにも悪くない。
むしろ、この緊急時に甘いことを言う僕の方が悪い。
だけど……
それでも僕は……!
「ですが」
迷う僕に、ソフィアはまっすぐな視線を向けてきた。
今度は、僕が知るいつものソフィアのものだ。
「私はアイシャちゃんのお母さんですから。お母さんとしての役目も果たさないといけません」
「ソフィア!」
「フェイトは、どうしますか?」
「もちろん、決まっているよ」
ソフィアのおかげで迷いが晴れた。
改めて、覚悟を決めることができた。
「スノウを取り戻す!」
「グルルルゥ……!」
スノウが起き上がり、怒りに満ちた目をこちらに向けてくる。
ソフィアの乱入は予定外だけど、十分にヘイトを稼ぐことができた。
「ソフィア、背中を向けて浜辺の方まで逃げるよ」
「えっ、逃げるのですか?」
「うん。今の状態なら、背中を見せて逃げれば、喜んで追いかけてくると思う。逆に下手に立ち向かうと、警戒して逃げられるかも」
野生の動物と同じだ。
獲物が自分より格下と判断したのなら、徹底的にやる。
自分と同等か上と判断したら、撤退も考える。
「なるほど、魔物もそのような習性があるのですね。さすがです、フェイト」
「奴隷時代に学んだものだから、なんだかんだで、あの時の経験が活きているみたい」
人生、どんなことが役に立つかわからない。
「でも、ソフィアは知らなかったの?」
「私の場合は、全て斬り伏せてしまえば済んでいたので」
「さ、さすがだね……」
剣聖だからこそ、そんなことができるのだろう。
たぶん、ソフィアの中に撤退の二文字はない。
代わりにあるものが、殲滅か追撃、とかかな?
「浜辺まで誘導するよ」
「はい」
背を向けて逃げると、予想通りスノウが追いかけてきた。
逃さない。
この牙を突き立ててやる。
そんな感じで、殺意たっぷりだ。
うまく誘導できたことは予想通り。
でも、予想外のこともあって……
「は、はや!?」
歩幅が圧倒的に違う。
それだけじゃなくて、これだけの巨体なのに、しなやかに動くことができる。
予想以上の速度で、浜辺まで誘導する前に捕まってしまいそうだ。
「フェイト!」
「あっ」
ソフィアが手を引いてくれた。
グンと加速することができて、スノウよりも速く駆けることができた。
「ありがとう、ソフィア」
「いえ、どういたしまして」
とはいえ、これは大変だ。
無理矢理走らされているようなものだから、足が追いつかなくて、転んでしまいそうになる。
でも、我慢。
気合でなんとか乗り切る。
そして……
「見えた!」
浜辺に到着した。
不幸中の幸いというべきか、暴徒の事件で避難が行われていたらしく、遊泳客はゼロだ。
浜辺を管理する冒険者が数人、残っているだけ。
「な、なんだ、あんたらは?」
「細かい話は後! 今すぐ、ここから逃げて!」
強く言いながら、後ろから迫るスノウを指差した。
冒険者達は一斉に顔を青くして、慌てて逃げ出す。
スノウがそちらを追いかけないか心配だったけど、杞憂に終わる。
第一ターゲットは僕達みたいで、まっすぐこちらに突撃してきた。
「フェイト、いきますよ」
「うん!」
アタッカーはソフィア。
僕はサポートだ。
まだまだ圧倒的な実力差があるため、彼女がアタッカーを務めるのは当たり前。
ただ、いくらソフィアでも、スノウのような相手と戦うのは初めてだろう。
細かいところでミスが出るかもしれない。
それをフォローするのが僕の役目だ。
「ガァッ!」
スノウが吠えて、突撃をしてきた。
その巨体を活かして、そのまま轢き潰してしまおう、という考えなのだろう。
でも、甘い。
ただの突撃なんて、ソフィアに通じるはずがなくて……
ソフィアはミリ単位で攻撃を見切り、回避。
同時にカウンターを叩き込む。
スノウが悲鳴をあげて転がる。
鉄のような毛で覆われているが、ソフィアの聖剣を防ぐことはできなかったみたいだ。
「ふふ、やりましたね」
機動力を奪うことができて、ソフィアは満足そうに言う。
だけど……
「ソフィア、まだだよ!」
「え?」
スノウがゆっくりと立ち上がる。
ソフィアにつけられた傷は、時間が逆再生するかのように急速に癒えていく。
「再生能力だ!」
「しかも、なんてデタラメな速度……自然治癒というレベルではありませんね」
ソフィアが険しい表情に。
その理由はよくわかる。
世界には色々な魔物がいて、中には自然治癒という特殊能力を持つ個体がいる。
その名前の通り、自然に傷が治ってしまうという能力だ。
ただ、どれだけ強力な力を持つ魔物でも、足を斬られれば、その治癒に数日はかかると言われている。
今、スノウが見せたように、十秒足らずで治ってしまうなんてありえない。
「規格外すぎますねっ!」
ソフィアは剣を振り、スノウの突撃を防いだ。
その間に、僕はもう一度、スノウの足を斬りつける。
今度は刃が通る。
しかし、その後の結果は変わらず。
ソフィアの時と同じく、スノウの傷はすぐに治癒されてしまう。
「これじゃあ、どうやって無力化すれば……」
「時間があれば、罠を作成するのですが、それは難しいですね」
「罠を作れたとしても、うまくかかるかどうか、ものすごい微妙なところだよね」
「まったくです」
スノウの攻撃をなんとか防ぎつつ、攻略法を探す。
僕一人だけだったら、一分と保たなかっただろうけど……
でも、今はソフィアが一緒だ。
彼女と一緒なら、何分でも耐えられることができそうだ。
とはいえ、街の被害やその後のことを考えると、早々に決着をつけたい。
「それに、泥棒猫がやらかす前に、なんとかしたいところです」
「レナがなにか企んでいるの?」
「スノウをこのようにしたのは、泥棒猫の仕業です。このままスノウを放置しておくとは思えません。なにかしら、どこかのタイミングでちょっかいをかけてくるはずです」
「……レナ……」
悪い子には見えなかった。
常識とか足りないところはあるけど、でも、笑顔の綺麗な女の子だった。
それなのに、どうしてこんなことを……?
黎明の同盟って、いったいなんなんだろう?
思うところは色々とあるのだけど……
でも、今は考えるのはやめておこう。
今、最優先に考えるべきことはスノウだ。
「魔法で眠らせるとか?」
スノウの前足を避けて、カウンターを繰り出しつつ、相談を続ける。
「スノウはそこらの魔物とは違います。魔法に対する高い抵抗力を持っているでしょう。並の使い手では……ふっ!」
ソフィアも器用にカウンターを放ちつつ、話を続けていた。
ただ、彼女の場合は、一度に数回の斬撃を繰り出している。
スノウの治癒能力のこともあって、あまり遠慮はしていないみたいだ。
「リコリスならどうかな?」
「可能かもしれませんが……今、アイシャちゃんの傍を離れてしまうのは、ちょっと困りますね」
「そっか……うーん、そうなると……うわっ」
スノウがくるっと回転したかと思うと、尻尾を鞭のように薙ぎ払ってきた。
予想外の攻撃に、少し反応が遅れてしまう。
危ういところで回避に成功するものの……
「なんか……攻撃速度が上がってきていない?」
「私達の動きに慣れてきたのか、あるいは、自分の体の動かし方を理解してきたのか……」
スノウがこの状態になって、まだ時間が浅い。
生まれたばかりの雛のようなもの。
だから、今までは思うように体を動かせていなかったのだろう。
でも、時間が経つことで慣れてきて……
100パーセントの力を発揮しつつある。
恐ろしい話だった。
今までが全力じゃなくて、まだまだ余力があったなんて。
これで全力全開になれば、どうなるか?
どれだけの被害が生まれるか?
「くっ……」
本当なら、スノウを討伐しなくてはいけないのかもしれない。
元に戻す方法はなくて、無駄なことをしているのかもしれない。
それでも。
諦めるなんてことはしたくない。
全力であがいて、あがいて、あがいて……
ギリギリまで追いつめられたとしても、それでも諦めることなく、みっともなくてもあがき続けたいと思う。
僕はもう、理不尽なんかに負けたくない!
「スノウッ!!!」
だから、呼びかけた。
強く、ありったけの声で。
みんなで一緒に考えた名前を呼ぶ。
「スノウ! 僕だよ、フェイトだ!!!」
「グルルルゥ……!」
「こんなことをしたらダメだよ! 思い出して、キミはとても優しい子で、アイシャの友達だったじゃないか! 僕達の家族じゃないか!!!」
「グゥ……!」
「だから、戻っておいで……スノウッ!!!」
「ウゥ……」
それは奇跡なのか。
あるいは、必然なのか。
僕の声が届いた様子で、スノウは動きを止めた。
「スノウ!!!」
「ウゥウウウウウ……」
スノウが迷うような唸り声をこぼす。
こちらを見て、いつものような甘える目をして……
しかし、すぐ狂気に飲まれてしまい、殺意を宿す。
その繰り返しで、一気に情緒不安定に陥った。
説得できる可能性が生まれたことはうれしいことだけど、でも、情緒不安定というのは困る。
今以上に暴走する確率が増えたようなもので、あまり好ましくない。
どうにかして、正気に戻ってほしいのだけど……
「……フェイト」
ソフィアは厳しい表情をして、聖剣を握りしめた。
「いざという時は……スノウを斬ります」
「ソフィア!?」
「常識はずれの再生能力があったとしても、今はまだ、能力的に不完全な様子。今ならまだ、斬ることができます」
「ダメだよ、ソフィア! 相手はスノウなんだよ? それなのに……」
「スノウだからこそ、です」
ソフィアは強い決意を宿した顔で言う。
「大事な家族だからこそ、これ以上の暴走を許すわけにはいきません。そんなことは、スノウ自身が望まないでしょう。他の人を傷つけることなんて、したくないと思っているでしょうし……もしも、アイシャちゃんを傷つけるようなことがあれば?」
「それは……」
「そのようなことになれば、スノウ自身が深く後悔するでしょう。自分を責めるでしょう。だから……そのようなことになる前に、覚悟を決めないといけません」
「それは……わかる、けど……」
ソフィアの言っていることは、圧倒的なまでの正論だ。
正しさしかなくて、反論なんてできない。
短い間だけど、一緒にいてわかったことがある。
スノウはとても優しい子だ。
アイシャのことが大好きで、僕達にも懐いてくれている。
人を傷つけるなんて望んでいないし、ましてや、アイシャを傷つけるなんて絶対にしたくないはずだ。
だから、そんなことになる前に……
「……ダメだよ! ダメだ、絶対にダメだよ!」
「フェイト?」
ソフィアが正しいことはわかる。
わかるけど……でも、心が納得してくれない。
僕らは道具じゃない、人間だ。
理屈だけで納得するものじゃなくて、心がある。
それを無視していたら、人である意味がないじゃないか。
「スノウを斬っても、なにも救われないよ。終わりになるだけで、なにも始まらないよ」
「ですが、元に戻す方法がわかりません。これ以上の被害を出す前に、最悪の事態になる前に……」
「嫌だ」
「フェイト、聞き分けてください。戦場では、時に冷酷な決断を下す必要があります。そして、ここはもう戦場です。スノウに私達の声は届いているかもしれません。しかし、元に戻すことは難しく……ならばもう、後の選択肢は一つしかないじゃないですか」
「それでも、嫌だ」
「フェイト!」
「僕は!!!」
強く言うソフィアに対抗して、僕も声を大きくした。
今までにない様子に、ソフィアは気圧されたらしく言葉を止める。
「家族を見捨てるなんてこと、絶対にしたくないんだ」
「……フェイト……」
「そんなことをしたら、もう笑えないよ。幸せになんてなれないよ。僕は、ソフィアと一緒に幸せになりたい。でも、今は少し変わっていて……アイシャやリコリス。そして、スノウも……みんな一緒に、家族で幸せになりたいんだ。誰か一人でも欠けるなんてダメなんだ。そうやって幸せを掴むために、僕は強くなりたいと願ったんだ……だから、だから僕は……!!!」
「……すみませんでした」
ソフィアに優しく抱きしめられた。
「そうですね、フェイトの言う通りですね。ここでスノウを斬ってしまえば、私達は、もう二度と笑えないでしょうね……そもそも、こんなに簡単に諦めるべきではありませんね」
「ソフィア!」
「あがいてあがいて、失敗してもあがいて……最後まで諦めることなく、あがき続けましょう!」
「うん!」
一緒に剣を構えて、再び暴走するスノウを迎え撃つ。
行動不能に陥らせるために、致命傷は避けて、足などへ攻撃を繰り返して……
合間に何度も呼びかける。
家族の名前を口にする。
「ウゥ……オォオオオオオ、グルァアアアアアッ!!!?」
三十分ほど交戦を続けて、少しずつスノウの様子が変わってきた。
暴走は続いている。
でも、攻撃をためらうような場面が増えてきた。
なにかを思い出すかのように、僕達をじっと見つめる機会が増えてきた。
「これなら、いけるかもしれないね!」
「ですが、あとひと押しが……」
ソフィアの言う通り、決定打が足りない。
少しずつだけど、スノウは正気に戻ってきている。
攻撃が減っていることがその証拠だ。
ただ、未だ暴走は続いていて……
それに、元の子犬サイズに戻す方法もわからない。
絶対に諦めない。
諦めないのだけど、このままだとまずい。
ただ単にあがくだけじゃなくて、解決策を見つけるために考えていかないと。
どうする?
どうすればいい?
……そうやって考えていたせいで、隙が生まれてしまう。
「ガァッ!」
「しまっ……!?」
一瞬の隙を突かれてしまう。
スノウの巨体が目の前に迫り、鋭い牙が迫る。
防御は間に合わない。
回避も不可能。
これは……
「スノウっ!!!」
その時、アイシャの声が響いた。