異変はそれだけで終わらない。

「グゥ、ウウウゥ……ガァアアアアアッ!!!」

 いつも温厚なスノウからは想像もできないような鋭い咆哮が響いた。

 そして、幻でも見ているかのように、スノウの体が大きくなっていく。
 アイシャの背丈を超えて、俺よりも大きくなり……
 さらに巨大化を続けて、家よりも大きくなってしまう。

「な、なにが……」
「えっ、ちょ……す、スノウ!?」

 突然のことに、僕とリコリスは慌てることしかできない。
 アイシャとライラさんも唖然とした様子で、言葉も出ない様子だ。

「ガァアアアアアアアッ!!!」

 こちらの戸惑いなんて知らないという様子で、変貌したスノウが天に向かって吠えた。

 ビリビリと空気が震える。
 耳が痛いほどで、咄嗟に両手で押さえた。

「くっ……スノウ!」

 このままじゃいけない。
 よくわからない焦燥感に突き動かされて、強く名前を呼んだ。

「……」

 スノウがちらりとこちらを見る。

 血のような赤に染まった瞳。
 夜の闇を思わせる毛並み。
 槍のように鋭い牙と爪。

 それはもう、魔物と呼ぶ以外にない。

「グァッ!」

 スノウは僕から視線を外すと、そのままどこかへ走り出してしまう。
 その巨体故に、走るだけで地面が揺れていた。

「スノウ!!!」

 もう一度、強く呼びかけるものの、スノウが正気に戻ることはない。
 異形の姿に変貌を遂げたまま、街の中心の方へ消えてしまう。

「あれは、いったい……?」

 わけがわからず、呆然としてしまう。

 そんな中、ライラさんが小さくつぶやく。

「もしかして……神獣?」
「ライラさん。今、なんて……?」
「え? いや、その……」
「なにかわかることがあるのなら、教えてください! お願いします!」
「ま、待った待った。私も詳しいことは知らないんだよ。確証はないけど……」
「それでもお願いします」

 今は一つでも多くの情報が欲しい。

 すがるような思いでライラさんを見つめると、根負けした様子でため息をこぼす。

「ホント、これは確証のない話だから。それを理解した上で聞いてくれるかな?」
「わかりました」
「私は獣人研究家で、色々なことを調べてきた。獣人に限定しないで、獣人が関わっていそうなことは全部調べてきた。その過程で、神獣という存在を知ったんだ」
「……神獣……」

 言葉の響きから、すごい存在なのだろうということが想像できた。

「神獣は女神さまの使いで、獣人にとっては、二人目の神さまのようなものさ。それくらいに偉い存在で、強い力を持っているとされていた。まあ、伝承にあるだけで、存在したという証拠が一切ないから、なんとも言えないんだけどね」
「スノウが、その神獣だと?」
「確証はないんだよ。でも、あんなわんこ、見たことがない。神獣と考えるのなら、しっくり来るのさ」

 その神獣について、僕は知識を持たない。
 故に、判断はライラさん任せになる。

 でも、ライラさんは曖昧な情報は口にしない人だ。
 そんな彼女がここまで言っているのだから、わりと正解なのかもしれない。

「あー、神獣かー。そういえば、そんな存在がいたわね」
「え、リコリスは知っているの?」
「もちろん。あたしを誰だと思っているの? 女神さまに愛されている、美少女妖精リコリスちゃんよ」

 知っているのなら、最初から教えてほしかった……

 いや、まあ。
 リコリスにそういうことを期待するのは、間違いだとわかってはいるんだけどね。
 たぶん、今の今まで本気で忘れていたのだろう。

「スノウが神獣だとして、あんなことになったのはどうして?」
「ごめん、それはわからないかな。私も、神獣について、それほど詳しいわけじゃなくて……ただ単に、研究の過程でそんな存在がいる、って軽く知識を得ただけなのよ」

 ライラさんはお手上げとなるが、

「たぶん、暴走しているわね」

 リコリスは心当たりがあるらしく、神妙な顔でそう言う。

「暴走?」
「あたしも詳しくは知らないんだけど……神獣って、女神さまに作り出された存在なのよ。神さまに近い存在だけど、でも、神さまじゃない。だから万能じゃない。極論すると、人間と同じような感じなのよ」
「つまり……?」
「良い神獣もいれば、悪い神獣もいる。なにが原因でああなっちゃったのか、それはわからないんだけど……」
「今のスノウは、悪い神獣になっちゃった……っていうこと?」
「正解」

 見たことのない犬種だと思っていたけど……
 まさか、女神さまの使いだったなんて。
 そして、そんなスノウが暴走してしまうなんて。

 どうする?
 どうすればいい?

 迷うのだけど……

「……スノウ……」

 とても心配そうにするアイシャを見て、すぐに迷いは晴れた。

「みんな、スノウを追いかけよう!」
「どうするのよ?」
「どうにかして、元に戻す!」