街へ戻ると、僕は言葉を失う。

 ライラさんも似たような感じで、顔を青くしていた。
 アイシャは震え、すがるようにスノウを胸に抱いている。

「こんな……」

 ライラさんを助けるために、街から離れた時間は三十分くらいだ。
 たったそれだけの間に、状況はさらに悪化していた。

 暴徒の数は倍以上に。
 冒険者と騎士団が必死に鎮圧を試みるものの、いかんせん、数が多すぎる。

 暴徒を鎮圧することができず、逆に押されていた。
 このままだと、下手したら負けてしまう。

 そうなれば、どうなるか?

 今は冒険者と騎士団が奮闘することで、なんとか被害は最小限で済んでいるみたいだ。
 でも、その防波堤がなくなれば……
 想像するだけで恐ろしい。

「この!」

 とにかく数を減らすしかない。
 近くの暴漢を打ち倒す。

「リコリスちゃん、ミラクルサンダー!」

 リコリスも協力してくれて、魔法で暴漢を撃退してくれた。

 でも、アリのように、暴漢は次から次に現れて……
 いったい、どれだけの数が!?
 どれだけの魔剣が流通しているんだ!?

 これはもう、戦争に近い。
 街が自力で対処することは不可能だ。
 王都の騎士団に協力を要請しないと……

「……いや。これだけの騒ぎだ。要請はもうしているよね」

 王都の騎士団は、数も練度も桁違いだ。
 彼らが到着すれば、どれだけの魔剣が流通していたとしても、制圧できるはず。

 問題は時間。
 王都は隣にあるわけじゃないから、当然、移動に時間がかかる。

 数日……あるいは、一週間。

 無理だ。
 それだけの間、保たせるなんて不可能だ。

 ソフィアがレナを捕まえることに期待したいけど……
 でも、彼女に頼ってばかりじゃダメだ。
 僕も、自分にできることをしないと。

「やっぱり、一人一人、数を減らす!」

 小さな一歩を積み重ねれば、いずれ目的を達成できるはず。
 そう信じて剣を振る。

「フェイトってば、めっちゃやる気ねー。普通、こんなになったら諦めるか逃げるけど」
「ダメだよ。ソフィアが戦っているのに、僕だけそんなことするわけにはいかないよ」
「ふふーん、仕方ないわね。リコリスちゃんも付き合ってあげる」
「ありがとう」

 リコリスがとても頼もしい。
 彼女と一緒なら、なんとかなるかもしれない。

 ……しかし、予想外の方向から事態が悪化する。

「スノウ?」

 ふと、アイシャの心配そうな声が聞こえてきた。
 二人の暴漢をまとめて斬り伏せて、安全を確保した後、アイシャのところまで後退する。

「アイシャ、どうしたの?」
「おとーさん……スノウが、スノウの様子がおかしいの!」
「ウゥゥゥ……」

 見ると、スノウは小さく震えていた。
 極寒の地にいるかのような反応で、体調が悪そうだ。

「スノウは、いつからこんなことに?」

 ライラさんの家にいた時は、元気だったはずなのだけど……

「よくわからないけど……街に戻ってきたからだと、思う」
「なんだろう……?」

 街の雰囲気にあてられた?
 犬は感受性が豊かって聞くし、そんなこともあると思う。

 でも、いくらなんでも体調が悪化しすぎだ。
 スノウはとても苦しそうにしていて、雰囲気に酔ったわけではなさそうだ。

「ライラさん、スノウの体調不良について、なにかわかりませんか?」
「んー、私は獣人の専門家で獣医じゃないんだけど……ちょっとまってね」

 困った顔をしながらも、ライラさんはスノウを診てくれる。
 なんだかんだで優しい人だ。

「変な病気に感染した? いや、それにしては発症が早すぎるから違うか。ってことは、怯えているせいで心に異変が……でも、ちょっと悪化しすぎよね。うーん、うーん」

 ライラさんもわからないらしい。

「ウゥ……グゥウウウ……」

 スノウはとても苦しそうだ。

 いったい、なにが起きているんだろう?
 なんとかしたいけど、でも、どうすればいいかわからない。

 暴漢なら叩き伏せればいいんだけど……
 でも、病気や怪我だとしたら、どうやって治療すれば?

「あっ……リコリス!」
「あ、あたしに振られても困るんだけど」
「治癒魔法とか使えないの?」
「使えるけど、初級のものだから、簡単な怪我を治すだけよ。見た感じ、スノウは怪我してないし……」

 途中で、はて? というような感じでリコリスが小首を傾げた。

「あれ、なにかしら? なんか、これ、見覚えがあるような……?」
「本当に!? スノウは、どうなっているの?」
「が、がっつかないでよ! 見覚えがあるだけで、ハッキリとしたことはわからないし……っていうか、ものすごく嫌な予感がするんだけど」
「嫌な予感?」
「うまくいえないんだけど、このままにしたら、とんでもないことになっちゃうような……っていうか、もう手遅れのような……そんな感じ?」

 本当になにを言いたいかわからない。
 でも、良いことではなさそうだ。

 ……そんなリコリスの言葉が的中するかのように、最悪の事態が訪れてしまう。

「ガァッ!」
「スノウ!?」

 突然、スノウが鋭く吠えて、アイシャの腕から抜け出した。

 スノウは、初めて見るような強い圧を放つ。
 目を血走らせているところを見ると、正気を失っているみたいだ。

 そして……
 どこからともなく現れた黒い霧がスノウに吸い込まれていき、綺麗な銀の毛が黒に染まっていく。