ガァンッ!

 ひときわ大きな音と共に、バリケードが突破された。
 隙間に体をねじ込むようにして、暴漢が家の中に入ってくる。

 ライラは慌てて逃げようとするが……
 しかし、家の周囲は暴漢に囲まれている。
 いざという時の隠し通路はない。

 詰みだ。

「女だ女だ女だ、あああああっ、俺の女だぁあああああ!!!」
「ひっ……」

 獣人の研究に人生を捧げてきたライラではあるが、それでも女性だ。

 欲望に満ちた、獣のような視線を向けられて平静でいられるわけがない。
 こんなヤツに襲われるなんて、絶対に嫌だと、涙を浮かべてしまう。

「うっ、くぅううう……」

 逃げることはできない。
 撃退することもできない。

 どうしようもなくて、ライラに残された道は絶望しかない。

 それでも、ライラは泣き叫ぶことはしなかった。
 無様な姿を見せてたまるものかという、せめてもの抵抗だ。
 意味はないかもしれないが、それでも、己の矜持を守ることはできる。

 ライラは涙を浮かべつつ、ゆっくりと迫ってくる暴漢を睨みつけて……

「神王竜剣術、壱之太刀・破山っ!!!」

 突然、入り口が吹き飛ぶ。
 暴漢も一緒に吹き飛んだ。

「ライラさん、大丈夫ですか!?」



――――――――――



 アリが獲物に群がるように、ライラさんの家は複数の暴漢に取り囲まれていた。

 見ると、すでに家の中に侵入されていて、ライラさんが襲われる直前。
 こうなったら仕方ないと、入り口を吹き飛ばして、まとめて暴漢を退治した。

「ライラさん、大丈夫ですか!?」
「……」

 ライラさんは、ぽかーんと目を丸くしていた。

「ライラさん?」
「……はっ!?」

 ややあって我に返った様子で、ライラさんの目の焦点が合う。

 そして、こちらを見て……
 ぽろぽろと涙をこぼしつつ、勢いよく抱きついてくる。

「う、うわぁーんっ! 助かった、助かったよ! 本当にありがとうっ!!!」
「えっ? いや、あの……えっと……」

 ライラさんは、怖い思いをして精神的に不安定になっていることはわかるんだけど……
 でも、彼女は立派な大人の女性だ。
 こうして抱きつかれてしまうと、その、なんていうか……
 どうしていいかわからなくて、棒立ちになってしまう。

「リコリスちゃん、ウルトラメガファイア!」

 ひらりとリコリスが宙を舞い、炎の魔法を唱えた。
 死角から迫っていた暴漢の顔が燃える。
 暴漢は悲鳴をあげて転げ回り、そのまま昏倒した。

「こらっ、フェイト! ラッキーハプニングにデレっとしてないで、今は、ちゃんとやるべきことをやりなさい!」
「ご、ごめん」

 リコリスの言う通りだ。
 怯えているライラさんに無理をさせるのは申しわけないけど……
 気持ちを落ち着けるのは後にして、今は、ここからの脱出を第一に考えないと。

「ライラさん、動けますか? 怪我はしていませんか?」
「あ、ああ……うん。なんとか大丈夫だね」
「なら、逃げますよ。僕とリコリスが道を切り開くから、アイシャとスノウについてきてください!」
「りょ、了解! ん? スノウって、この子のことかな? これは、もしかして……」
「急いで!」
「お、オッケー!」

 ライラさんが立ち直ったところを確認して、家の外へ。

 待ち構えていたかのように暴漢が襲ってくるのだけど……遅い!
 ソフィアとの稽古に比べたら、彼らの攻撃なんて赤子のようなものだ。

 サイドステップで暴漢が持つ魔剣を回避。
 すれ違いざまに剣の腹を叩き込み、脇の骨を砕いてやる。

 理性は飛んでいても痛覚は残っているらしく、暴漢は悲鳴をあげて倒れた。

「プリティーリコリスちゃん、ハイパーメガファイア……発射ぁ!」

 リコリスも魔法で暴漢を撃退するのだけど……
 ハイパーとかメガとか、大層な名前を叫んでいるものの、やっていることは初級魔法のファイアだ。

 時間の無駄になるし、隙にもなるから、普通に唱えてほしいんだけど……
 リコリスだから、無理なんだろうなあ。

「みんな、こっちへ!」

 いくらかの暴漢を蹴散らしつつ、道を切り開いた。
 そして、少し離れたところにある森に身を隠す。

 理性が飛んでいるせいで、思考力も落ちているのかもしれない。
 暴漢は僕達を見失った様子で、やがて、別の方向に消えていった。

 それを見て、隣にいるライラさんが、へなりとその場に座り込む。

「た、助かったぁ……」
「改めて、大丈夫ですか?」
「ああ……うん。私はなんともないよ。君達のおかげだよ、本当にありがとう」
「よかった」
「でも、どうしてここに?」
「アイシャのおかげです。もしかしたら、ライラさんも襲われているんじゃないか、って教えてくれて」
「そうだったんだ……ありがと、小さな英雄ちゃん」
「えへへ」

 ライラさんに頭を撫でられて、アイシャはうれしそうに笑うのだった。