19話 救援要請

 三十くらいの冒険者らしき男が、巨大な魔物に追いかけられていた。
 山のように巨大な亀型の魔物だ。
 その姿のわりに、かなり俊敏で、じわじわと距離をつめている。

「あれは、Aランクの魔物、グランドタートル!? なぜ、このようなところに……」
「助けないと!」
「はい、もちろんです」

 あのままだと、あと数分もしないうちに追いつかれてしまうだろう。
 迷っているヒマはないし、応援を呼ぶ時間もない。

「フェイトは周囲の警戒をお願いします!」
「了解!」

 僕も、なんてことは言わない。
 あの魔物は見たことがないし、かなりの強敵に見えた。
 手伝えることはあるかもしれないが……
 今は人命がかかっている。
 余計なことはしないで、確実に彼を助けられる方法を選ぼう。

 ソフィアに任せておけば、なにも問題はない。
 そうやって無条件に信頼できるほど、彼女は強い。
 規格外、想像外、予測外の強さなのだ。

 それが、剣聖というもの。

「神王竜剣術・弐之太刀……疾風!」

 ソフィアは男と魔物の間に割り込んで、抜剣。
 気がついた時には、剣を振り抜いていた。

 超高速の抜剣は、強烈な衝撃波を生み出す。

「……」

 魔物は縦に両断。
 断末魔の悲鳴をあげることもできず、そのまま倒れた。

 あんな巨大な魔物を一撃だなんて……
 思わず彼女の剣に見惚れてしまいそうになるけれど、自分の仕事はしっかりとやらないと。
 増援が現れないか、周囲を警戒。

 数分ほど様子を見るのだけど、魔物は今ので打ち止めのようだ。
 剣を鞘に収める。
 ソフィアも同じ判断をしたらしく、剣をしまう。

「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……助かったよ。ありがとう」

 手を引かれ、男は立ち上がる。

「俺は、この先の砦の警備を担当している冒険者だ。ゲイル、っていうんだ」

 魔物を近づけないために、街から少し離れたところに砦が建築されていることが多い。
 対魔物の拠点となるだけではなくて、旅人の宿代わりになったりすることもある。

「僕は、フェイト・スティアート。冒険者だよ」
「私は、ソフィア・アスカルトです。同じく冒険者です」
「ソフィア・アスカルト!? もしかして、剣聖の……?」
「あ、はい。そうですね」
「ああ、こんなところで剣聖と出会えるなんて、女神の導きに違いない……頼む! 助けてくれないか!?」



――――――――――



 ゲイルの話によると、砦が凶暴な魔物に襲われたらしい。
 なんとか追い返すことに成功したものの、守備隊に甚大な被害が出てしまう。

 また、魔物を倒したわけではないので、再襲撃が予想される。
 次に襲われたら、守り切ることはできず、陥落してしまうだろう。

 自分達ではどうすることもできない、外部へ救助を求めるしかない。
 しかし、再襲撃されるかもしれない、魔物は他にもいるため、刺激されて活発化している今、砦の外に出るのは自殺行為。
 ただ、そのリスクを覚悟で、ゲイルは外部に助けを求めることに。
 その途中で僕達に出会い……というわけだ。

 もちろん、そんな話を聞いて、放っておくことはできない。
 僕とソフィアは、ゲイルの案内で砦に移動した。
 幸い、魔物に襲われることはなかった。

「おーい、みんな!」
「あっ……ゲイルが帰ってきたぞ!」
「よかった、無事だったのね!」

 砦に到着すると、門が開いて、二人の男女が出てきた。
 どちらも冒険者らしい格好だ。
 たぶん、ゲイルの仲間なのだろう。

「セイル、ラクシャ、もう安心していいぞ。援軍を連れてきた」
「援軍っていうのは、そちらの二人か? 俺は、セイル。こっちは、仲間のラクシャだ」
「フェイト・スティアートです」
「ソフィア・アスカルトです」

 自己紹介をしつつ、軽く頭を下げる。

「えっ、もしかして、剣聖の……!?」
「剣の戦乙女と言われている、ソフィア・アスカルト!?」

 二人の視線がソフィアに集中した。
 とても有名人だ。
 そんな幼馴染を持つことができて、僕も誇らしい。

「よかった……これで助かる」
「もうダメだって、本気で思っていたから……ありがとう、助けに来てくれて」
「いえ。同じ冒険者として、当たり前のことをしただけですから。それにまだ、砦を襲う魔物を討伐したわけではありませんし……ひとまず、詳しい状況を教えてもらえますか?」
「ああ。ひとまず、中で話をしよう。ゲイルは、ゆっくり休んでほしい。疲れただろう?」
「そうさせてもらうよ……正直、もう限界だ」
「大丈夫、ゲイル? 私が医務室まで連れて行ってあげる。あなたが一番怪我が軽いとはいえ、それでも、本来なら動いていいような傷じゃないんだから」

 ラクシャに付き添われて、ゲイルが奥に消えた。

「では、二人はこちらへ」

 俺達は会議室に案内された。
 そして、セイルと呼ばれた冒険者が厳しい顔を見せる。

「現状についてですが……正直、かなりひどい」
「どれくらいの被害が?」
「冒険者が二十人いて、砦に常駐する憲兵隊が三十人いた。ただ、冒険者はほぼほぼ壊滅。まともに動けるのは俺とゲイルとラクシャの三人だけ。憲兵隊にいたっては、もっとひどい。全員が重軽傷で、まともに動けるのは一割くらいだろうか」
「そうですか……」

 悲惨な現状を告げられて、僕とソフィアは厳しい顔に。

 冒険者は全てが自己責任だ。
 財宝を見つけて一財産を築くこともあれば、セイルから聞いたように、命を落としてしまうこともある。
 重傷を負い、二度と治らない後遺症を負うこともある。

 物語にあるように、華やかな世界ではない。
 そのことを痛感する僕だった。

 憲兵も大変な仕事だ。
 人々を守り、秩序を維持することを目的とされている。
 そのために己の体を盾とする場面も求められてしまい……
 怪我をする人は絶えないと聞く。

「魔物について教えてくれませんか?」
「断定はできないが……たぶん、ウルフ系の魔物だと思う。見た目は巨大な狼で、ただ、サイズがデタラメに大きい。十メートルはあった」
「十メートルのウルフ系の魔物……それは、もしかして……」
「フェンリルかもしれないね」

 思いついたまま口を挟むと、ソフィアが驚いた顔に。

「フェイトは、フェンリルを知っているのですか?」
「うん、知っているよ。ウルフ系の魔物の、いくつかいるうちの最上位の一つ。青と白の毛並みが特徴的で、大人になると十メートルを超える個体に成長する。その毛は鋼のように固く、爪は槍のように鋭く、牙は貫けないものがないとか」
「はい、その通りです。付け加えるのならば、Sランクの魔物ですね。Sランクの魔物が出没することは滅多にないため、その知識なんて持っていないのですが……どうして、フェイトは知っているのですか?」
「え? これは常識じゃないの?」
「非常識ですよ……例えるなら、子供が高ランク魔法の構造を知っているようなものです」
「そうなんだ……奴隷だった頃、役立たず、って罵られたり殴られたりすることがイヤで、色々なことを勉強していたんだけど……その中で覚えたことなんだ」
「あいかわらず、覚えた経緯が……ますます、あの連中に殺意が。ですが、すごいですね。並の冒険者以上に、フェンリルについて詳しいですし……弱点なども覚えていますか?」
「うーん、そこら辺はよくわからないかも。でも強いてあげるなら、夜行性っていうことかな? 昼は動きが多少は鈍くなるらしいよ。まあ、あくまでも多少だから、過度な期待は禁物かな」
「それで十分です」

 ソフィアは剣を手に席を立つ。

「砦の損耗具合からして、次の襲撃には耐えられないでしょう。受けに回っていたら、さらなる犠牲者が出るかもしれません。ちょうどいいことに、今は昼間。こちらから討って出ます」
「本当か? 助かるよ……ヤツの襲撃があるかもしれないと思うと、怪我人を搬送することもできなくて。ゲイルが救助を呼んでこれたのも、奇跡に近い。できるだけ早く倒してくれるのなら助かる」
「はい、任せてください」

 ソフィアは自信たっぷりに、力強く頷いてみせた。
 それから僕を見る。

「すみませんが、フェイトは……」
「うん、ここで待っているよ」
「……私の言いたいことをすぐに察してくれることは助かるのですが、フェイトは、それで問題はありませんか? 一緒に来るという選択肢も……」
「ううん、それはやめておくよ。僕は、まだまだだから足手まといになるだろうし……今は、一刻を争う事態だからね。本気のソフィアについていくことは難しいから、ここで待つよ」
「フェイトなら、あるいは可能かもしれませんが……」
「そんなことないよ」
「そのようなことはあると思うのですが……ただ、それでも今回は待っていてもらえたらと。Sランクの魔物が相手になると、なにが起きるかわからないので……すみません」
「謝らないで。不確定要素があると心配っていうのはわかるし、あと、僕のことも心配してくれているんだよね? ソフィアの気持ちはうれしいよ」
「そう言っていただけると……」
「いつか、僕も隣に並んで、一緒に剣を振ることができるようにがんばるから」

 誓うように、僕はそう言うのだった。