「ちょっと、なんで逃げるのさ!? そこは、真正面から戦うところだよね!?」
「あなたのような低レベルの相手をするのは飽きたので」
「むかっ」

 家の屋根から屋根へ跳ぶ。

 足場は悪いが、なにも問題はない。
 ソフィアは次から次に、テンポ良くジャンプして距離を稼いでいた。
 さすが剣聖というべきか。

 ただ、レナも負けていない。

 パワーは上だけど、その分、速度はややソフィアに劣る。
 それでも引き離されることなく、しっかりと追いかけていた。

 引き離されそうになれば、屋根板を蹴り剥がす勢いで加速。
 体力は消費してしまうが、決して諦めない。

 そうやって、二人は街の屋根を飛び回り、追いかけっこをして……
 しばらくしたところで、街外れの広場に降り立った。

「はぁ、ふぅ……鬼ごっこは終わり?」

 かなりの距離を移動したため、さすがのレナも軽く息が切れていた。
 持久力はあまりない方なのだ。

 一方のソフィアも、そこそこに消耗していた。
 レナのような相手から、一度も捕まることなく逃げるというのはかなり難しい。
 油断したり気を抜いたりしたら、すぐに追いつかれてしまう。

 そうならないように常に気を張っていたため、精神的な消耗が大きい。

「そうですね、鬼ごっこは終わりです」
「うん?」
「ここなら、思う存分に戦うことができますからね」

 さきほどは、屋根の上とはいえ街中で戦いを繰り広げていた。
 派手な技を使えば周囲を巻き込んでしまうため、本当の意味で全力を出すことができない。

 でも、ここなら問題はないだろう。
 いくらかの瓦礫と、家の建築用の資材があるだけ。
 誰かを巻き込む心配はない。

 資材は巻き込んでしまうかもしれないが……
 それはもう、運が悪かったと思って諦めてもらうしかない。

 これ以上、レナを引き寄せることは難しいし……
 かといって本気で逃げに徹したら、レナが追いかけるのを諦めてしまうかもしれない。

 故に、ここを第二の戦場とすることがベストなのだ。

「あー……なーる、そういうことか」

 ソフィアの意図を察したレナは、苦い顔に。
 相手の意図にまんまと乗せられたことを腹立たしく思っているのだろう。

「ボク、まだまだだなあ。こういうことになるな、ってよく注意されるんだけど、ちょくちょく騙されちゃうんだよね」
「そう言うわりに、全然焦っている様子はありませんね」
「それはそうだよ」

 レナは不敵な笑みを浮かべて、魔剣ティルフィングを構える。

「だって、どれだけ小細工をしても、最終的にボクが勝つからね」

 圧倒的な自信だ。

 でも、自惚れているわけではない。
 レナには、そう言えるだけの実力と戦いのセンスがある。

 今までにない強敵だ。
 ソフィアは気を引き締めて、聖剣エクスカリバーを構えた。

 そして……



――――――――――



「ソフィア、大丈夫かな……?」

 暴漢達を制圧して……
 その合間にソフィアのことを考える。

 二手に別れてそれなりの時間が経つ。
 ソフィアなら、もうレナを見つけているはずだ。
 そして、おそらく戦いに……

「大丈夫よ。ソフィアは心だけじゃなくて体も鋼鉄でできているんだから、ちょっとやそっとじゃ怪我なんてしないわ」
「……リコリス……」
「乙女心を欠片だけ残した戦闘人形のようなものだもの。心配無用よ」

 僕を励ましてくれているのはわかるんだけど、言い方というものが。
 もしもソフィアに聞かれたら、ミンチにされてしまうと思う。

「グルル……オンッ! オンッ!」

 アイシャの腕の中で、スノウが吠えた。
 その視線の先に、魔剣を手にした暴漢が。

 すごい。
 僕が気づくよりも先に、いつもスノウが敵を探知してくれている。
 まだ小さいのに、なんて優秀なんだろう。

 おかげで、しっかりと準備をして、迎撃をすることができた。

 剣を鞘に戻して、深く集中。
 そして、四之太刀・蓮華で暴漢を倒した。

「ありがとう、スノウ」
「クゥーン」

 頭を撫でると、スノウは甘えるように、うれしそうに鳴いた。

「むぅ……」

 ふと、アイシャがおもしろくなさそうな顔に。
 もしかして、スノウに妬いているのかな?

「アイシャもありがとう」
「ふわ」
「上手にナビゲートしてくれているから、挟み撃ちに遭うこともなくて、うまいこと戦えているよ」
「えへへ」

 アイシャは笑顔になり、尻尾をブンブンと横に振る。
 抱えているスノウも尻尾を振っていて……
 こうして見ていると、二人は姉妹のようだった。

 それはいいのだけど……

「ねえ、フェイト……気づいてる?」
「うん」

 珍しく、リコリスは顔をこわばらせていた。
 たぶん、僕も似たような顔をしていると思う。

「この暴動、どんどんひどくなっている」