夜。
 宿へ戻り、ソフィアとアイシャと合流した。
 そして、互いの情報を交換する。

「……と、いうわけです」
「アイシャが巫女、か……」

 獣人で強い力を持っている。
 それだけじゃなくて、さらに珍しい『巫女』という存在かもしれない。

「確証はないとしても、情報が出てくることはうれしいんだけど……うーん」
「対処方法が思い浮かばないのが、頭の痛いところですね」

 ソフィアの言う通りだ。

 ライラさんの言う通り、アイシャが巫女だったとする。
 でも、巫女というのは伝説みたいなものだから、情報がほとんどないらしい。

 どうやってアイシャを守るか?
 敵の目的を知る、あるいは諦めさせることはできるか?

 情報が少ないせいで、そこに繋がる答えを見つけることができない。

「今は少しでも多くの情報を集めて、それでいて、しっかりとアイシャを守るしかないね」
「ですね。それよりも気になるのが……」
「街で起きている事件のこと?」
「はい。私も、男が暴れているところに遭遇しました」

 当時を思い返しているのか、ソフィアは苦い顔をしていた。

「おかーさん、かっこよかった」
「そうですか? ふふ、ありがとうございます、アイシャちゃん」

 でも、すぐに笑顔になる。
 アイシャの褒め言葉は最強だ。

「観光地だからたくさんの人がやってくるし、乱暴な人が混じっていてもおかしくはないんだけど……」
「事件の数がどんどん増えているんですよね?」
「うん。そこに違和感があるんだよね」

 観光地に来て、ついついハメを外してしまう人はいる。
 でも、それは一部だけで、あちらこちらで事件が起きるのは不可解だ。

「……これは、確たる情報ではないのですが」

 そう前置きして、ソフィアは厳しい顔で語る。

「私が対処した男は、魔剣のようなものを持っていました」
「えっ!? それ、本当なの?」
「断言はできません。ただ、男が持っていた剣は、魔剣によく似ていました」
「魔剣……か」

 レナ……黎明の同盟が関わっていると思われる、呪われた剣。
 強い力を持つものの、持ち主を狂わせることがあると、リーフランドの一件で判明している。

「ねーねー、それ、本当に魔剣なの? っぽい偽物とかじゃないの?」

 その辺りをふわふわと飛ぶリコリスが、そんなことを問いかけてきた。

「わかりません。きちんと確認したわけではないですし……そもそも、私は魔剣を見定めることができません。ただ……」
「ただ?」
「とても嫌な感じがした剣でした」
「ふーん……なら、それは魔剣ね」

 意外というべきか、リコリスはあっさりとソフィアに賛成してみせた。
 あれこれ言うのではないかと思っていただけに、ちょっと驚きだ。

「なんで驚いてるのよ?」
「だって、リコリスがあっさりと賛成するから……」
「ちょっとフェイト。あたしのこと、どういう目で見ているのよ?」
「楽しい……妖精さん?」
「まさかの横からの不意打ち!?」

 ぽつりとこぼれたアイシャの素直な感想に、心のダメージを負った様子で、リコリスはふらふらと墜落した。

「ま、それはともかく」

 わりと元気だったみたいで、すぐに復活して、真面目な顔で言う。

「あたし達妖精は、魔法のエキスパートよ。だから、魔力の流れとか、そういうものに関してはけっこう敏感なの。で……ここんところ、いやーな魔力を感じるのよね」
「それが魔剣?」
「たぶんね。目の前に大嫌いな食べ物が置かれて、その匂いが漂ってくるような感じ」

 わかるような、わからないような……微妙な例えだった。

「で、そんないやーな魔力をあちらこちらから感じるわ」
「えっ」
「それはつまり……一本だけではなくて、複数の魔剣がブルーアイランドに流通していると?」
「たぶんね」

 まさか、と否定したいのだけど……
 でも、そう考えると辻褄が合う。

 魔剣は簡単に人を狂わせてしまう。
 欲望を増加したり、人格を豹変させたり……
 アイザックがいい例だ。

 魔剣が原因だとしたら納得できる。

「でも、なんでこんなところに魔剣が……」
「あの女のせいですね」

 怒りと女性の嫉妬のようなものを交えた表情で、ソフィアが断言した。

「レナのこと?」
「もちろん。その女以外に犯人はいないでしょう」
「うーん」
「フェイトとの出会いは偶然らしいですが、それならば、他の目的があるはずです。あのような姑息で卑劣でずる賢い女が、ただのバカンスでここに来るとは思えません」

 ちょっと言いすぎなような気はするんだけど……
 でも、ソフィアに賛成だ。

 レナは抜け目がない人だ。
 今回の目的は、僕やアイシャでないとしても、他の目的があるのだろう。

 例えば……魔剣をばらまく、とか。

「でも、レナが関わっているとしたら、彼女はなにをしたいんだろう?」
「それは……」
「たぶん、タダで配っていることはないと思うし、魔剣を使って商売をしているんだと思う。前も、資金稼ぎとか言っていたからね。でも、それだけじゃないだろうし、本当の目的は別にあると思うんだけど……」

 それがなんなのか、わからない。

 そもそも、黎明の同盟という組織がどういうもので、なにを目的としているのか?
 それがさっぱりなので、レナ達が目標としているゴール地点が推測できない。

 ソフィアも同じ考えらしく、難しい顔をしていた。

「みんな、悪い人にしちゃう……とか?」

 ふと、アイシャがそんなことを言う。

「悪い人、ということは……私が捕縛に協力した人のような?」
「うん。悪い人をいっぱいに、する……?」

 アイシャは根拠があって言っているわけじゃなくて、思いつくまま、直感で言葉を並べているみたいだ。
 ただ、その内容に興味を惹かれるものがあるのか、ソフィアは真面目な顔に。

「例えば、ですが……」
「うん」
「あえて、魔剣をばらまいているとしたら? そうやって、この街の秩序を崩壊させようとしているとしたら?」
「それは……」

 言われてみると、その可能性もあるような気がした。
 でも、そうだとしたら、レナは、なんてひどいことを考えているのだろう。

「そうだとしたら、すごく大変なことだけど……でもやっぱり、レナの目的がわからないね」
「そこなんですよね……まったく、厄介な相手です。フェイトにちょっかいを出した時点で、そのまま切り捨てておけばよかったです」

 わりと本気のトーンで、ソフィアはそんなことを言うのだった。