ソフィアとアイシャは手を繋いで、街中を歩いていた。

「えへへー」

 ライラの家に向かわなければいけないのだけど……
 途中、商店街の方から良い匂いが漂ってきて、アイシャが釣られてしまう。

 露店の肉串を前にして、アイシャの尻尾ははちきれんばかりに横に振られていた。
 ただ、アイシャはいい子だ。
 ほどなくして我に返り、本来の目的があると、ごめんんさいと謝る。

 必死に我慢する幼子。
 しかも、それは愛しい娘。

 そんな子供のわがままを聞かず、なにが親か?

 というわけで、ソフィアは肉串を買い……
 今に至る。

「あむ」

 空いている手に肉串を持つアイシャは、ぱくりと二口目を食べる。

 肉はしっかりと焼かれていて、ほろほろと溶けるように柔らかい。
 おそらく、焼く前に煮込まれているのだろう。
 そして、最後に焼き目を付けて旨味を閉じ込めて、客に提供する。

「あぅ♪」

 アイシャはとても幸せそうな顔をして、やはり尻尾をブンブンと横に振る。

 そんな娘を見るソフィアも、とても幸せそうな顔をしていた。
 うちの娘、世界一かわいい。
 最強だ、無敵だ。
 アイシャこそ、世界の至宝であり、最強の天使なのだ。

 そんなよくわからないことを考えていると、

「どけどけぇっ!」

 突然、街中が騒がしくなった。

 目を血走らせた男が騎士と争っていた。
 男は片手に赤ん坊、もう片方の手に剣を持っている。

「おいっ、バカな真似はやめろ!」
「子供を離すんだ!」
「うるせえうるせえうるせえ! コイツは俺のガキだ、俺の子供だ! 俺のものなんだよぉっ!!!」

 男は目を血走らせて、泡を吹き飛ばすような勢いで叫ぶ。

 子供を抱えているということは、妻から離婚を切り出されたか?
 そして、親権を奪われそうになったのか?
 それを拒み、凶行に及んだか。

 ソフィアは、一瞬でだいたいの状況を見抜いて……
 そして、腰の剣を抜いた。

「アイシャちゃん、少し、ここで待っていてくださいね? 決して、私の目の届く範囲から出てはいけませんよ」
「うん。おかーさん、がんばって」
「はい」

 娘の応援で元気百倍。

 ソフィアは、アイシャに優しく笑いかけて……
 そして視線を男に移して、冷たく目を細くする。

「詳しい事情は知りませんが……」

 一歩。そしてまた一歩、前へ進んでいく。

「おいっ、こっちに来るな!」
「見てわかるだろう! この男を下手に刺激したら……」
「あ……いや、待て。この人は……」

 ソフィアの接近に気がついた騎士達は警告を発して……
 次いで、その正体を知り、驚きの表情に。

「なんだてめえは!? くるな、俺に近づくんじゃねえ!」

 男もソフィアに気がついて、剣の切っ先を向けた。

「この子は俺のものだ、俺が育てていくんだ! 俺の幸せを奪うっていうのなら、お前ら、みんな敵だぁあああああ!」
「うぇ、えええ……!」

 叫ぶ男に恐怖を覚えたのか、子供が泣き出した。
 それでも構うことなく、男は叫び続けて、剣を振り回している。

 ソフィアの視線が絶対零度に。

「同じ親として、子供から引き離されたくないという気持ちは理解できなくはありませんが……」

 ソフィアは剣の柄を強く握りしめて……

「子供を泣かせる親は、親失格です!」

 フッ、とその姿が消えた。

 騎士も男も、突然のことに唖然とする。
 どこにいった?
 慌てて周囲を見るが、もう遅い。

「がっ!?」

 一瞬で男の背後に回り込んだソフィアは、剣の腹で脇腹を打つ。
 骨を砕く感触。

 たまらずに男は倒れて……
 それに巻き込まれる前に、ソフィアは子供を救い出した。

「よしよし、もう大丈夫ですよ」
「……うぅ」

 ソフィアがにっこりと笑いかけると、子供はほどなくして泣き止んだ。
 まだまだ未熟とはいえ、ソフィアも母だ。
 子供のあやし方は慣れたものだった。

「ご協力、ありがとうございます! おい、そいつを捕縛しとけ」
「はっ!」

 騎士達はすぐに我に返り、ソフィアのところにやってきた。
 同時に、地面に転がり悶えている男を拘束する。

 その際、ソフィアの目が驚きでわずかに大きくなる。
 あの剣、魔剣に似ていないだろうか……?

「はい、この子をお願いします」
「騎士団の名誉にかけて、母親のところへ戻しましょう」

 ソフィアは誠実そうな騎士に子供を預けた。

「ところで……つかぬことをお聞きしますが、あなたは、かの有名な剣聖、ソフィア・アスカルとさまでは?」
「私のことを知っているのですか?」
「もちろん。アスカルトさまの年齢で剣聖となった者は、他におりませんから」
「ちょっと照れくさいですが、ありがとうございます」
「その……もしお時間があるのなら、ご相談させていただきたいことがあるのですが」
「相談ですか? うーん……」

 今日、そちらに行くと、すでにライラに連絡をしている。
 今になって約束を覆すのはどうか?

 しかし、騎士はとても真剣な顔をしている。
 ファンとか武勇伝が聞きたいとか、そんなくだらない用事ではないだろう。

「この後、約束があるので……その後でもいいですか? たぶん、夕方か夜になってしまうのですが……」
「はい、それでも構いません! 私達はずっと騎士団支部にいると思うので、いつでもどうぞ」
「わかりました。では、また後で」

 どんな話なのだろうか?
 少し嫌な感じがすると、ソフィアは軽く眉をたわめるのだった。