あれからリコリスの指導の元、アイシャは魔法の練習に励んだ。

 がんばって、がんばって、がんばって……
 しかし、うまくいかない。

 あまりにも魔力量が多いせいで、制御の難易度が格段に跳ね上がっているらしい。
 魔法が発動することなく失敗してしまうか……
 発動したとしても、さっきのようにとんでもない効果を生み出してしまうか。

 その二択で、なかなか思うようにいかない。

 そして……

「うっ……うううぅ……!」

 どうにもこうにも思い通りにいかなくて、アイシャが涙目になってしまう。

 そんなアイシャの頭を、リコリスがぽんぽんと撫でた。

「そんな顔しないの」
「でも……」
「最初からうまくいくなんてこと、ないわ。この天才美少女リコリスちゃんでさえ、魔法をうまく扱えるようになるまで何年もかかったもの」
「そう……なの?」
「ええ、そうよ。だから、落ち込まないの。これから何日もがんばらないといけないんだから」
「……」
「それとも、そんなにがんばれない? もうやめる? 別に、あたしはそれでもいいわよ。無理して辛いことする必要はないものね」
「……ううん、がんばる」

 アイシャは指先で涙を拭い、ふんす、と鼻息を荒くした。

「がんばって、魔法を覚えるの。それで、おとーさんとおかーさんの力になるの」
「うんうん、そうやって努力をすることが……」
「アイシャちゃん!」
「ふぎゅ!?」

 リコリスがドヤ顔で語るものの……
 途中で、娘の愛らしさに我慢できなくなった様子で、ソフィアがアイシャを抱きしめた。

 ……間にいるリコリスは潰されていた。

「あーもう、アイシャちゃんは健気でかわいくて、かわいいですね!」
「おかーさん、苦しい……」
「アイシャちゃんが悪いんですよ? そうやって、お母さんを誘惑するんですから」
「ふあ……?」

 キョトンとするアイシャ。
 目をハートマークにして、ひたすらに娘を愛でるソフィア。

 うん。
 一時はどうなるかと思ったけど、うまい具合に場がほぐれてよかった。

 ただ……

「ぐえええ……し、死ぬぅ……」
「ソフィア……そろそろリコリスが大変だから、一度、離れようね?」

 アイシャのことになると、周囲が目に入らなくなるのがソフィアの悪い欠点だった。



――――――――――



 翌朝。

 鈍らない程度に体を動かして……
 みんなで一緒に朝食を食べて……

 それから、再び海へ。

「おとーさん、おかーさん。見て?」

 水着姿のアイシャは、尻尾をぶんぶんと振りつつ、元気よく海を泳いでいた。
 すっかり泳ぎ上手だ。

 ライラの話によると、獣人は人間よりも優れているらしいから……
 泳ぎをすぐにマスターすることができたのだろう。

 いや。
 そんなことは関係ないかな?
 単純に、アイシャがとても優れているからなのかもしれない。

 ……なんてことを考える僕は、親ばかなのだろうか?

「よかった、アイシャちゃんが元気になって」
「うん、そうだね」

 僕とソフィアは水着に着替えているものの、まだ泳いでいない。
 パラソルの下に並んで座り、楽しそうに泳ぐアイシャを眺めている。

 海で遊ぶのは楽しいんだけど、でも、こうしてのんびりする時間も楽しい。
 大好きな人が一緒だとなおさらだ。

 ただ……

「ん……海の風は気持ちいいですね。ちょっとひんやりしてて、心地いいです」
「そ、そうだね」

 ソフィアの水着姿は昨日も見たんだけど……
 でも、慣れない。

 色々なところが露出していて。
 ついつい、変なところに目がいきそうになって。
 ドキドキして。

 うぅ……こんなことを考えているのが知られたら、幻滅されてしまうかも。

「ふふ。フェイト、顔が赤いですが、どうしたのですか?」
「え? い、いや、なにもないけど……」
「本当に?」

 ソフィアが身を乗り出すようにして、こちらの顔を覗き込んできた。

 ち、近い。
 それに、見上げるようにしているものだから胸元が強調されて……

「ふふ」

 ソフィアがニヤリと笑う。
 わかってやっているのだろうか?
 だとしたら、ソフィアは剣聖じゃなくて小悪魔だ。

「……ふがっ」
「「っ!?」」

 ふと、隣からリコリスのいぶきが聞こえてきた。
 体を大の字にして、だらしない格好で寝ている。

 二人きりの世界を作っていた僕達は、途端に恥ずかしくなり……

「「……」」

 共に顔を熱くして、黙り込んでしまうのだった。

 恥ずかしいけど……
 でも……うん、平和だ。
 こんな時間がずっと続いてほしいと思う。

「……あれ?」

 でも、そこでふと気がついた。
 泳いでいるはずのアイシャが、いつの間にか姿を消していることに。