17話 デート

 ようやく冒険者になることができた。
 僕の心は、これまでないほどに踊り、わくわくしている。

 さっそく依頼を請けて、冒険者として、記念すべき第一歩を踏み出すことにしよう。

 ……そう思っていたのだけど。

「明日、ちょっとした用事があります。昼、街の中央にある噴水の前で待っています。遅刻は厳禁ですよ?」

 そんなことをソフィアに言われてしまい、冒険は中止。
 ちょっと残念だけど……
 でも、ソフィアの用事の方が大事だ。

 いったい、なんだろう?
 もしかして、稽古の続きかな?
 あるいは、冒険者の心構えを教えてくれるとか。

 不思議に思いつつ、待ち合わせ場所の噴水へ。

「えっと……あ、いたいた。ソフィア」
「フェイト、こんにちは」

 昼の太陽に負けないくらい、ソフィアの笑顔は輝いていた。
 とてもうれしそうで、気分もよさそうだけど、どうしたのだろう?

「というか、なんで待ち合わせ? 僕達、同じ宿に泊まっているんだから、宿で合流すればいいと思うんだけど」
「それでは情緒が足りないではありませんか。せっかくのデートなので、待ち合わせがしたいのです」
「……デート?」
「はい、デートです」

 僕は首を傾げた。

「デート?」

 混乱しているらしく、また同じ言葉を繰り返してしまう。

「えっと……ちょっと待って。それは、どういうこと?」
「そのままの意味ですが」
「聞いていないよ?」
「サプライズデートです♪」

 そんな風にかわいく言われたら、咎めることなんてできるわけない。
 女の子のかわいいは、女の子の涙に匹敵するくらい強力な武器なのだ。

 時に、その威力は伝説の聖剣を上回るだろう。
 そういえば、ソフィアはその聖剣を持っているんだっけ。
 なら、完璧だね。

「って、いけないいけない」

 おもいきり混乱しているぞ、僕。

「せっかくフェイトと再会できたのですから、冒険者だけではなくて、一緒に遊びたいと思いまして。その……もしかして、迷惑でしたか?」
「ううん、そんなことはないよ。冒険者稼業もやりたいけど、でも、ソフィアと遊びたいとも思うよ」
「そう言っていただけるとうれしいです」
「でも……」

 自分の格好を見る。
 いつもと変わらない、ごくごく普通の服だ。
 対するソフィアは、いつもと違う服を着てオシャレをしている。

「ごめん。デートって知っていたら、もうちょっとまともな格好を……いや、他の服も大したことはないから、難しいか」
「気にしないでください。フェイトが一緒にいれば、それでいいのですから」
「うーん、でも……」
「なら、今日は、私のわがままを一つ聞いてくれませんか? それでよし、ということで」
「うん、了解。なんでも言ってね」
「そんなことを言うと、無茶を言ってしまいますよ?」
「いいよ。ソフィアのためなら、なんでもどんなことでもするつもりだから」
「……」
「ソフィア?」
「そういう台詞は反則です……胸に響いたじゃないですか」

 赤い顔で、そんなことを言う。

 反則というのは、なんで?
 よくわからないので、正直、どうすればいいかわからない。

「えっと……とりあえず、街をふらふらしてみようか」
「はい、そうですね」

 こうして、僕とソフィアのデートがスタートした。

 とはいえ、ここはそれほど大きな街ではないから、デートスポットと呼べるようなところはない。
 劇場はないし、市場もない。
 芸人もいないし、サーカスもない。
 あるものといえば、個人経営の商店と公園くらい。

 ただ……

「ふふっ、楽しいですね」
「うん、そうだね」

 ソフィアと一緒なら、なにをしても楽しい。
 公園を散歩するだけでも、世界が輝いているかのように、とても気分が踊る。

 そうしてデートをしていると、自然と昔のことを思い出した。
 そう、確かあれは……

「……ねえ、ソフィア。昔のことを覚えている」
「はい、全部覚えていますよ」
「全部なんだ……」

 すごい。
 ソフィアとの思い出はどれも大事なものだけど、さすがに、僕は断片的に忘れてしまっていることがある。

「なら、公園で遊んでいた時、迷子になっちゃったことは覚えている?」
「う……は、はい。もちろん、覚えていますよ」

 ソフィアにとっては黒歴史らしく、軽くたじろいでいた。

 事の成り行きはこうだ。
 一緒に公園で遊んでいたのだけど、ソフィアは、途中で綺麗な蝶を見つけて、ふらふらとどこかへ消えた。
 昔の彼女は、目を離すと、ちょくちょく迷子になっていたんだよね。

 で、慌てた僕はあちらこちらを探して……
 日が暮れる頃になって、ようやくソフィアを見つけることができたのだ。

 ソフィアは街を少し出たところにある小さな森にいて、帰り方がわからず、一人で泣いていた。
 そんな彼女をおんぶして、僕達は街へ戻ったのだ。

「公園でソフィアと一緒にいると、あの時のことを思い出すね。もう、蝶についていったりしないでね?」
「意地悪を言わないでください……というか、あの頃は子供だったため、仕方ないのです。今は、そのようなことはしません」
「本当かな? ソフィアって、しっかりしているようで抜けているところがあるから、ちょっと心配かな?」
「もう……今日のフェイトは意地悪ですね」

 ソフィアは頬を膨らませて……
 でも、すぐに笑顔になって、子供のように無邪気に笑う。

「ふふっ、とても懐かしい思い出ですね」
「公園に来たら、ふと思い出したんだ。ああ、そういえばこんなことがあったなあ……って」
「忘れていたのですか?」
「ごめん。さすがに、全部は覚えてなくて……」
「謝らないでください。全部を覚えているなんて、難しいことは理解していますから。ちょっと寂しいですけどね」

 ソフィアの顔が若干ではあるけれど曇ってしまう。
 でも、そんな顔は見たくないから……

「ちゃんと覚えていることもあるよ」
「それは、どんなことですか?」
「将来、結婚しようね」
「あ……」
「あの約束だけは、なにがあっても忘れたことはなかったよ。毎日、考えていて……辛い時は、約束を想うことで耐えることができたんだ。だから、ありがとう」
「……再会したばかりで、フェイトは冒険者になったばかり。なので、すぐにとは言いませんが……いつか、約束を守ってくれますか? 願いを叶えてくれますか?」
「もちろん」

 温かい日差しが降り注ぐ公園で、僕とソフィアは、改めて二人の絆を確認するのだった。