昼は海を満喫していたのだけど……

「むう」

 夜。
 みんなで一緒にごはんを食べるのだけど、ソフィアの機嫌は斜めだった。
 ムスッとした表情で、私怒っています、とわかりやすくアピールしている。

「えっと……ソフィア?」
「なんですか?」
「昼間のことはごめんというか、僕にその気はないというか……」
「フェイトはなんの話をしているのですか?」
「その……謝罪を」
「謝られる理由がわからないのですが。そもそも、私は怒ってなんていませんが」

 ウソだ。
 ものすごい不機嫌そうにしている。

「おとーさん、おかーさん……ケンカ?」
「大丈夫よ、アイシャ。あれはケンカっていうよりは、ちょっとしたじゃれ合いのようなものだから」
「じゃれ合い?」
「そうよ。ソフィアも意地悪というかひねくれているというか……フェイトも大変ねー」

 不安そうにするアイシャをリコリスがなだめていた。
 すごく助かるのだけど……
 ソフィアがひねくれているというのは、どういう意味だろう?

「フェイトは、私より、あのレナという女性の方が好みなのでは?」
「そ、そんなことないよ!」
「本当に?」
「本当に!」

 無実を訴えるように、ソフィアの目をじっと見つめる。

「……っ……」

 一瞬、ソフィアがニヤリとしたような?

 でも、今はムスッとした表情に。
 見間違えだったのかもしれない。

「なら、言葉と行動で証明してくれませんか?」
「言葉はわかるけど……行動っていうのは?」
「答えを提示したら意味がないでしょう? フェイトが自分で考えてください」
「うーん」

 言葉は簡単だ。
 ソフィアに対する想いをそのまま口にすればいいと思う。

 でも、行動と言われても……

 抱きしめる……とか?
 いや、でも。
 人前でそんなことをするのはどうかと思うし、そもそも、いきなり抱きついたりしたらセクハラになりそうだ。

 なら……

「そ、ソフィア」
「はい」

 緊張しつつ、考えた内容を実行する。

「僕が好きな女性は、これまでもこれからも、ソフィア一人だけだよ」
「……そうですか」
「それを証明しようと思うんだけど、ちょっといいかな?」
「はい、どうぞ」

 ソフィアの手を取り、そっと手の甲にキスをする。
 騎士などが主に忠誠を捧げるためのキスだ。

 僕の場合は、ちょっと意味合いは違うのだけど……
 でも、彼女のために全部を捧げる、という想いは本物だ。

「……」

 ソフィアは目を丸くして、

「ふふ」

 鈴を転がすように笑う。

「フェイトってば、どこでこんなことを覚えたんですか?」
「えっと……」

 ついつい言葉を濁してしまう。
 アイシャに読んであげた本の中で、こんなシーンがあったというのはちょっとどうかと。

「たぶん、本などで見かけた、という感じでしょうか」
「うぐ」

 読まれている。

「ですが、とてもうれしかったです」

 ソフィアはにっこりと笑う。

 よかった。
 どうやら機嫌が治ったみたいだ。

「あー……フェイト? ソフィアが不機嫌そうにしていたの、アレ、演技よ」
「え?」

 ふと、横からリコリスが口を挟んできた。

「ど、どういうこと?」
「多少、不機嫌になっているのは事実だろうけど、それは演技。フェイトにあれこれしてほしいから、わざとあんな態度をとっていたのよ」
「そ、そうなの……?」

 ソフィアを見ると、ペロッと舌を出されてしまう。

「すみません。フェイトに甘い言葉をささやいてほしくなり、つい」
「……そ、そういうことなんだ」

 がっくり。
 体の力が抜けてしまい、床に膝をついてしまいそうになる。

 ソフィアとケンカなんてしたことがないから、どうしようかと慌てていたんだけど……
 まさか、全部演技だったなんて。

「でも……そっか。そうだよね」

 ソフィアは演技と言うけれど……
 でも、不機嫌になったことも事実らしい。

 そうさせてしまったのは、僕がレナにハッキリとした態度をとれなかったからだ。
 心配させることのないよう。
 不機嫌にさせないよう。
 次、出会うことがあれば、きちんと対応しないと。

「僕、がんばるよ、ソフィア」
「はい、期待していますね」

 こちらの考えていることを察した様子で、ソフィアはうれしそうに微笑む。

「雨降って地固まる、っていうヤツかしらねー」
「雨……?」
「ケンカをして仲直りして、もっと仲良くなる、っていうことよ」
「おー。おとーさん、おかーさん、仲良し」

 アイシャはうれしそうに、尻尾をパタパタと振る。

「ところで……あたしとアイシャ、今夜は部屋を別にした方がいい? フェイトとソフィアは、二人で熱い夜を過ごしたいんじゃない?」
「「変な気をつかわないで!?」」
「くひひ」

 一番上手なのはリコリスかもしれない。
 ニヤリと笑う彼女を見て、そんなことを思うのだった。