ブルーアイランド。
とある屋敷の客間にレナの姿があった。
ラフな格好に身を包み、大きなソファーに座る。
片手にグラスを持ち、琥珀色の酒をぐいっと喉に流す。
「はぁ……」
レナは落ち込んでいた。
肩を落として、あからさまに落ち込んでいた。
その理由は……
「せっかくフェイトと運命的な再会をしたのに、関係を進めることができないなんて。うぅ、一生の不覚だよ。ボクとしたことが、こんなミスをしちゃうなんて……」
フェイトのことで落ち込んでいた。
もしもここに仲間であるリケンがいたのなら、本来の目的を忘れるな、と説教されていただろう。
「あーあ、任務なんて放り出して、フェイトのところへ行こうかな? こういうところだと男は獣になるって聞くし、ボクのことを襲ってくれるかも♪」
レナは笑顔でそんなことを言う。
冗談などではなくて、彼女が本気なのは明らかだった。
「でも、それやるとリケン辺りがうるさいだろうからなー……仕方ない。任務に励むとしますか」
そうやって気持ちを切り替えるのと同時に、扉がノックされた。
屋敷で働くメイドが扉を開けて……
そこから、きらびやかな服に身を包んだ男が現れる。
ブルーアイランドを拠点とする貴族だ。
「すまないね、待たせてしまったかな?」
「いいえ、そのようなことはありません」
さきほどまでの態度はどこへやら。
レナはスッと立ち上がると、優雅に一礼する。
口調だけではなくて、声のトーンまで変わっていた。
魔法を使っているわけではなくて、ただの手品のようなもの。
もっと簡単に言うと、猫をかぶっているだけだ。
「突然、押しかけた私が責められるべきで、あなたさまが謝罪をされる必要は一切ありません」
「そう言ってもらうと助かるよ。どうしても今日のうちに片付けておかないといけない仕事があってね」
「そのようにお忙しい中、私のために時間を割いていただき感謝いたします」
レナはにっこりと笑う。
本来の性格はかなり問題があるのだけど……
それでも、こうして猫をかぶっている時のレナはとんでもない美少女だ。
貴族は今年で四十になるのだけど、それでも彼女の魅力に惹かれてしまい、視線を奪われてしまう。
ドレスを着ているわけではなくて、ただの動きやすい服。
しかし、それこそがレナの魅力を引き立てるのだというかのように、彼女は輝いていた。
そうやって貴族が自分に惹かれていることを感じて、レナは内心でほくそえむ。
これなら商売がやりやすそうだ。
「どうかされましたか?」
内心は欠片も表に出さず、静かに問いかける。
「あ……いや、なんでもないさ」
レナに見惚れている場合ではない。
本気で口説きたいのなら、他の機会がある。
今は商談を進めるべきだ。
そう思い直した貴族は、場を仕切り直すようにこほんと咳払いをして口を開く。
「それで、例のものは?」
「はい、こちらに」
レナはテーブルの上に置いておいた木製のケースを指差した。
「開けても?」
「もちろんです」
貴族がゆっくりと木製のケースを開ける。
中に収められていたのは、剣だ。
漆黒の刀身。
血のような赤に濡れた宝石。
魔剣。
一本だけではない。
細部は異なるが、合計で五本の魔剣が収められていた。
「ほう……これはまた素晴らしい」
貴族は声のトーンを少し高くした。
彼は剣を学んでおらず、武に関しては知識が薄い。
それでもこの剣は素晴らしいと、直感でわかるほどの業物だ。
素晴らしい剣ということは理解できるが……
しかし彼は、これが魔剣ということを知らない。
適性のない者が扱えば、破滅しか待ち受けていない。
そんな呪われた剣であることを知らない。
「良い剣を持つ商人がいると知人に紹介されて、最初は半信半疑だったけれど……いやはや、これは本当に素晴らしい。レナさん、あなたを疑ったことを許してほしい」
「お気になさらず」
「この剣があれば、私の家はさらに発展することができる。そして、より多くの民の命を守ることができる」
貴族は……端的に言うと、善人だった。
武器を求めるのは、部下の安全のため。
そして、より広い活動を行うため。
そうすることで民のためになる……そう信じて、日々、精力的に活動を行っている。
そんな善人に、レナは魔剣を売りつけようとしている。
破滅が待っていると知っていても構うことはない。
「お気に召されたでしょうか?」
「ああ、とても。いくらか試してみたいが、構わないだろうか?」
「ええ、問題ありません」
すぐに発狂することはないからね。
レナは、心の中でそう付け足した。
「この剣は、ここにある五本で全部だろうか? できるなら、もう少し欲しいのだが……」
「そうですね……まだいくらかはあるのですが、特定の方が独占することは私としては望むことではなく」
「なるほど……まあ、道理だな。このような業物を独占したら、どうなるか。嫉妬を受けるくらいならいいが、良からぬ者が独占すれば厄介なことになりえる」
「申しわけありません」
「いや、こちらこそ無理を言ってすまない。これだけの業物を一気に放出してしまうと、そちらにも問題が出てしまうだろう。そのことを忘れていた」
「いえ、大丈夫です」
「では、試し切りなどをした後になるが……この五本は全て購入させてもらおう。さっそく、商談をまとめたいがどうだろう?」
「はい、喜んで」
レナはにっこりと笑う。
それは演技ではなくて、本心からの笑みだ。
黎明の同盟の活動資金を確保するために、こうして適当な魔剣を売り捌く。
その企みは順調に進んでいた。
そしてもう一つ。
本命の目的は別にあるのだけど……
(ま、こっちはもう少し時間がかかるだろうから、気長にやっていこうかな)
とある屋敷の客間にレナの姿があった。
ラフな格好に身を包み、大きなソファーに座る。
片手にグラスを持ち、琥珀色の酒をぐいっと喉に流す。
「はぁ……」
レナは落ち込んでいた。
肩を落として、あからさまに落ち込んでいた。
その理由は……
「せっかくフェイトと運命的な再会をしたのに、関係を進めることができないなんて。うぅ、一生の不覚だよ。ボクとしたことが、こんなミスをしちゃうなんて……」
フェイトのことで落ち込んでいた。
もしもここに仲間であるリケンがいたのなら、本来の目的を忘れるな、と説教されていただろう。
「あーあ、任務なんて放り出して、フェイトのところへ行こうかな? こういうところだと男は獣になるって聞くし、ボクのことを襲ってくれるかも♪」
レナは笑顔でそんなことを言う。
冗談などではなくて、彼女が本気なのは明らかだった。
「でも、それやるとリケン辺りがうるさいだろうからなー……仕方ない。任務に励むとしますか」
そうやって気持ちを切り替えるのと同時に、扉がノックされた。
屋敷で働くメイドが扉を開けて……
そこから、きらびやかな服に身を包んだ男が現れる。
ブルーアイランドを拠点とする貴族だ。
「すまないね、待たせてしまったかな?」
「いいえ、そのようなことはありません」
さきほどまでの態度はどこへやら。
レナはスッと立ち上がると、優雅に一礼する。
口調だけではなくて、声のトーンまで変わっていた。
魔法を使っているわけではなくて、ただの手品のようなもの。
もっと簡単に言うと、猫をかぶっているだけだ。
「突然、押しかけた私が責められるべきで、あなたさまが謝罪をされる必要は一切ありません」
「そう言ってもらうと助かるよ。どうしても今日のうちに片付けておかないといけない仕事があってね」
「そのようにお忙しい中、私のために時間を割いていただき感謝いたします」
レナはにっこりと笑う。
本来の性格はかなり問題があるのだけど……
それでも、こうして猫をかぶっている時のレナはとんでもない美少女だ。
貴族は今年で四十になるのだけど、それでも彼女の魅力に惹かれてしまい、視線を奪われてしまう。
ドレスを着ているわけではなくて、ただの動きやすい服。
しかし、それこそがレナの魅力を引き立てるのだというかのように、彼女は輝いていた。
そうやって貴族が自分に惹かれていることを感じて、レナは内心でほくそえむ。
これなら商売がやりやすそうだ。
「どうかされましたか?」
内心は欠片も表に出さず、静かに問いかける。
「あ……いや、なんでもないさ」
レナに見惚れている場合ではない。
本気で口説きたいのなら、他の機会がある。
今は商談を進めるべきだ。
そう思い直した貴族は、場を仕切り直すようにこほんと咳払いをして口を開く。
「それで、例のものは?」
「はい、こちらに」
レナはテーブルの上に置いておいた木製のケースを指差した。
「開けても?」
「もちろんです」
貴族がゆっくりと木製のケースを開ける。
中に収められていたのは、剣だ。
漆黒の刀身。
血のような赤に濡れた宝石。
魔剣。
一本だけではない。
細部は異なるが、合計で五本の魔剣が収められていた。
「ほう……これはまた素晴らしい」
貴族は声のトーンを少し高くした。
彼は剣を学んでおらず、武に関しては知識が薄い。
それでもこの剣は素晴らしいと、直感でわかるほどの業物だ。
素晴らしい剣ということは理解できるが……
しかし彼は、これが魔剣ということを知らない。
適性のない者が扱えば、破滅しか待ち受けていない。
そんな呪われた剣であることを知らない。
「良い剣を持つ商人がいると知人に紹介されて、最初は半信半疑だったけれど……いやはや、これは本当に素晴らしい。レナさん、あなたを疑ったことを許してほしい」
「お気になさらず」
「この剣があれば、私の家はさらに発展することができる。そして、より多くの民の命を守ることができる」
貴族は……端的に言うと、善人だった。
武器を求めるのは、部下の安全のため。
そして、より広い活動を行うため。
そうすることで民のためになる……そう信じて、日々、精力的に活動を行っている。
そんな善人に、レナは魔剣を売りつけようとしている。
破滅が待っていると知っていても構うことはない。
「お気に召されたでしょうか?」
「ああ、とても。いくらか試してみたいが、構わないだろうか?」
「ええ、問題ありません」
すぐに発狂することはないからね。
レナは、心の中でそう付け足した。
「この剣は、ここにある五本で全部だろうか? できるなら、もう少し欲しいのだが……」
「そうですね……まだいくらかはあるのですが、特定の方が独占することは私としては望むことではなく」
「なるほど……まあ、道理だな。このような業物を独占したら、どうなるか。嫉妬を受けるくらいならいいが、良からぬ者が独占すれば厄介なことになりえる」
「申しわけありません」
「いや、こちらこそ無理を言ってすまない。これだけの業物を一気に放出してしまうと、そちらにも問題が出てしまうだろう。そのことを忘れていた」
「いえ、大丈夫です」
「では、試し切りなどをした後になるが……この五本は全て購入させてもらおう。さっそく、商談をまとめたいがどうだろう?」
「はい、喜んで」
レナはにっこりと笑う。
それは演技ではなくて、本心からの笑みだ。
黎明の同盟の活動資金を確保するために、こうして適当な魔剣を売り捌く。
その企みは順調に進んでいた。
そしてもう一つ。
本命の目的は別にあるのだけど……
(ま、こっちはもう少し時間がかかるだろうから、気長にやっていこうかな)