「うん、そうそう。その調子」
「んっ!」

 僕の手に掴まり、アイシャはバシャバシャと水を蹴る。
 それと同時に水に顔をつけて、息継ぎの練習。

 最初はぎこちなくて、目を離せなかったんだけど……
 でも、アイシャはみるみるうちに成長した。
 たぶん、あと三十分も練習すれば泳げるようになるんじゃないかな?

「アイシャはすごいね」
「わたし、すごい?」
「こんなに早く泳げるようになるなんて、すごいよ。運動神経が良いのかな? それとも、泳ぎの才能があるのかも」
「えへへ」

 アイシャはうれしそうに笑う。
 そして、今まで以上に足をバタバタとさせて、泳ぎの練習に励む。

「……」

 ふと、ソフィアがとても微妙な顔をしているのに気がついた。

 アイシャを見て、それから自分を見て……再びアイシャを見る。
 なぜか気まずそうだ。
 アイシャの泳ぎが上達して、うれしくないのかな?

「ソフィア」
「……」
「ソフィア?」
「え? な、なんですか?」
「なにか悩みごと? 難しい顔をしているけど」
「そ、そんなことはありませんよ。ええ、そんなことはありませんとも!」

 必死に否定するところが逆に怪しい。
 ソフィアはなにを隠しているんだろう?

「謎あるところに、あたしあり! 名探偵リコリスちゃん、華麗に可憐にかわいく参上!」

 どこからともなくリコリスが現れた。
 リコリスなので、もう驚くことはない。

「謎って、どういうこと?」
「ソフィアが隠している謎よ」
「っ!?」

 本当に謎を隠しているらしく、ソフィアが図星を突かれたという様子でビクリと震えた。

「迷探偵リコリスちゃんには全てお見通しよ!」

 今、字がおかしかったような……?

「妙な意地を張ってないで、素直に打ち明けなさいよ」
「うぅ……で、ですが、フェイトにどう思われるか」
「気にしない気にしない。むしろ、女の子はいくらか弱点があった方がかわいく見えるんだから」

 リコリスは弱点だらけだよね。
 と思ったものの、口にはしないでおいた。

「ほら」
「えっと……」

 リコリスに背中を押され、ソフィアが僕の前に。
 一度、アイシャの泳ぎの練習は中断して、彼女の話に耳を傾ける。

「フェイト、その、私は実は……」
「うん」
「お……泳げないんです!!!」

 とても恥ずかしそうにしつつ、ソフィアは大きな声で叫んだ。

「そう、なの……?」
「……はい……」

 ちょっと意外だった。
 ソフィアは、なんでもできるようなイメージがあったから。

「すみません、黙っていて……ですが、フェイトやアイシャちゃんの手前、なかなか言い出すことができなくて。うぅ……私の見栄です。笑ってくれていいですよ、さあ、笑ってください!」
「そ、そんなことしないから」

 リコリスが言うように、泳げないというのなら、それはそれでかわいらしい弱点のような気がした。
 隠されていたとしても、別に気にするようなことじゃない。

 それに……

「なら、ソフィアも僕が教えようか?」
「い、いいのですか?」
「もちろん」

 ソフィアの力になれることを見つけられて、それが素直にうれしい。

「えっと……」

 恐る恐るという感じで、ソフィアがアイシャを見た。
 娘に呆れられていないか不安だったのだろう。

 でも現実は……

「おかーさん、泳げないの?」
「……はい」
「なら、一緒に練習しよう?」
「え?」
「わたし、おかーさんと一緒でうれしい」
「……アイシャちゃん……」

 ソフィアは感極まった様子で、

「アイシャちゃん!」
「ふぎゅ」

 おもいきりアイシャを抱きしめた。

「うぅ、そんなうれしいことを言ってくれるなんて。やっぱり、アイシャちゃんは自慢の娘です。かわいいだけじゃなくて、すごく優しいです! 最高です!」
「えへへ」

 ちょっと苦しそうにしつつも、アイシャはうれしそうだった。

 そんな二人を見ていると、ほっこりとした気持ちになる。

「いい、フェイト」
「え?」
「あの二人のように、変な隠し事はしない方がいいわ。素直に心にあるものを伝えるの。それが夫婦円満のコツよ!」
「ま、まだ夫婦じゃないんだけど……」

 ソフィアのことは好きだ。
 彼女からの好意も感じる。

 でも、僕はまだまだ未熟。
 彼女の隣に立つにふさわしい存在にならないといけない。

 それはいつになるのか?
 先は見えず、少し焦りを覚えていたのだけど……
 この気持ちも、ちゃんとソフィアに打ち明けた方がいいのかな?

 そうすれば、今よりも、もっと……

「……ところで、リコリス」
「なに?」
「そう語るっていうことは、リコリスは彼氏や夫がいたことあるの?」
「さあ、海よ! 夏よ! おもいきり遊ぶわよ、ひゃっはー!!!」

 わかりやすくごまかすリコリスだった。