一週間が経過して……
 今日、リーフランドを発つことにした。

 たくさんの荷物が入った大きなリュックを、僕とソフィアが背負う。
 手伝いたいということで、アイシャも小さなリュックを背負っていた。

 リコリスは、アイシャの頭にライドオン。

「お世話になりました」

 見送りに来てくれたエドワードさんとエミリアさんに頭を下げる。
 ずいぶんと長い間、お世話になった。
 感謝だ。

「ふふ、いいのですよ。スティアートくんは、将来の息子なのですから」
「えっと……」

 そう言ってもらえるのはうれしいのだけど、エドワードさんは問題ないのかな?

 ちらりと見ると……
 ややつまらなそうな顔をしていたものの、以前のように声高に反対する様子はない。

 少しは認められた……のかな?

 だとしたら、うれしい。
 完全に認めてもらえるように、もっともっとがんばらないと。

「お父さま、お母さま。また旅に出ることになりますが、どうかお元気で」
「ソフィアも、体には十分に注意してくださいね」
「日々の鍛錬を忘れるでないぞ」
「はい、もちろんです」
「……小僧も、ほどほどに気をつけるといい」
「あ……はい!」

 うれしい。
 アイシャみたいに尻尾が生えていたら、きっと、ぶんぶんと左右に揺れていただろう。

「むう……フェイトがお父さまに寝取られる? そんなことは……」

 なにやらソフィアがとんでもない勘違いをしていた。
 下手に口を出すと、さらに場が混乱してしまいそうなので、後で間違いを訂正することにした。

「おじーちゃん、おばーちゃん」
「おぉ、なんだい、アイシャ?」

 途端にエドワードさんの顔がだらしないものに。
 すっかりアイシャの魅力にやられてしまっているみたいだ。

「また、遊びに来ても……いい?」
「うむ、うむ。もちろんだとも」
「ぜひ、遊びに来てくださいね」
「というか、このままウチに留まらないか? 二人の旅についていくなんて、危険だろう? うむ、そうした方がいい。そうしなさい」
「「はぁ……」」

 必死にアイシャを引き留めようとするエドワードさんを見て、母娘は同時にため息をこぼした。

「旦那さま、アイシャちゃんと離れたくないのはわかりますが、わがままを言わないでください」
「わ、わがままなどではないぞ? 旅に出るよりも、我が家にいる方が安全で……」
「それは屁理屈です」
「そうです、お母さまの言う通りです」
「ぐぬぬ……」
「アイシャちゃんのことを調べる旅なんですから、さすがに本人がいないとダメです」
「し、しかし危険では……」
「私の傍にいることがもっとも安全です」

 ソフィアが胸を張って言う。
 なぜか、リコリスがそれを真似する。

 妖精って、ノリだけで生きているのかな……?

「む、むう……」

 エドワードさんも、理屈ではわかっているのだろう。
 でも、感情が納得してくれないらしく、未練がましそうに何度もアイシャを見ていた。

「やれやれ、困ったおっちゃんねー。娘に会いたくて、無理難題ふっかけて呼び戻したかと思えば、孫娘の魅力にメロメロでワガママ言うなんて」
「しー……リコリス、聞こえちゃうよ」
「ふふん。こんな時は、この天才美少女妖精アイドルリコリスちゃんにお任せよ!」
「えっと……お願い」

 本当にお願いしてもいいのか?
 少し迷ったものの、他に妙案がないので頼むことにした。

 リコリスはひらりと舞い上がり、エドワードさんの耳元へ。

「ねえねえ、おっちゃん」
「なんだ、二人と一緒にいる妖精か……なんの用だ?」
「ちょっと話があるんだけど……」

 こそこそ、こそこそ。

 なにやら内緒話をしているのだけど……
 リコリスがとても悪い顔をしていた。

「なっ……!? がっ、ぐううう……」

 ややあって、エドワードさんがひどく衝撃を受けたような顔をして、地面に膝をついてしまう。
 それを見たリコリスは満足そうに、ひらりと舞い戻る。

「ほら、おっちゃんを黙らせてあげたわ。これで問題ないわね」
「……リコリス……」
「お父さまになにを言ったのですか?
「ふふん、簡単なことよ。これ以上ワガママを言うと、アイシャに嫌われるわよ、ってね。あと、アイシャのモノマネをして、おじーちゃん嫌い! とも言っておいたわ」
「「うわぁ」」

 僕とソフィアはドン引きだ。
 今のエドワードさんにとって、それは致命傷にもなりえる言葉の刃だ。
 さすがに同情してしまう。

「えっと……お、お父さま? 今度は、なるべく家に帰るようにしますから」
「も、もちろん、アイシャも一緒です!」
「……」

 ダメだ。
 僕達の声が届いていないらしく、エドワードさんはうなだれたまま、放心していた。

 ちょっとかわいそうだけど……
 でも、それだけアイシャのことを好きになったという証でもあって……
 そのことがうれしかった。

 血が繋がっていなくても、アイシャは僕達の大事な娘だ。
 そんなアイシャを受け入れてくれて、好きになってくれて……ありがとうございます。

「旦那さま、いつまでも放心していないで、きちんと見送りをしないといけませんよ。もしかしたら……」

 エミリアさんが、エドワードさんに小さな声でなにかささやいた。
 すると、エドワードさんの瞳に生気が戻る。

「ブルーアイランドまでは遠い。十分に気をつけるように。もしもなにかあれば、私達を頼るといい」

 何事もなかったかのように立ち上がり、威厳たっぷりに言う。
 ……いや、威厳なんてもうないんだけどね。

「……お母さま、お父さまになんて?」
「……二人目の孫ができるかもしれませんから、それを楽しみにする、というのもアリなのではありませんか? と」
「……お、お母さま!? そ、そのようなことは、その、あの……あう」
「……ふふ。ソフィアは、イヤなのですか?」
「……そ、そんなことは! むしろ、今すぐにでも……」

 とんでもない会話が聞こえてきたような……
 うん。
 僕はなにも聞いていない。

「フェイト、期待してる?」

 リコリスがニヤリと笑うけど、それも聞こえなかったことにした。

「それと……」

 エドワードさんがこちらを見た。
 気まずそうにしつつ……
 しかし、ハッキリと言う。

「フェイトくん」
「あ……」

 初めて名前で呼ばれた。

「……また、遊びに来るといい。いつでも歓迎する」
「はい!」

 しっかりと頷いた僕に、エドワードさんも小さく笑ってみせるのだった。